第三章25 斃死
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲをををををオオオオオオオオオオオオオオオヲヲ!」
その巨神の動きは緩慢だった。
一撃必殺の威力を秘めてはいるものの、やはり自重に耐えきる瞬発力はなさそうだった。
【だが剣災、ヤツの持続力は常人の三十倍ほどある。ここは短期決戦を狙え】
「常人の三十倍の体力って――桁が違いすぎますよ……」
巨神の殴打、蹴破りを避けながら、俺はアズさんと通話する。
「ケンちゃん! こっちは任せて!」
巨神の繰り出す砂の波濤から、最強の盾が身を護ってくれる。
「オオオオオオオヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲををををををををヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!」
巨神は殴打を繰り出し、蹴破ろうと足を振り、波濤を飛ばし、砂の刃で鉈を振る。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲオオオオオオオオオオオ!」
何度も、何度も、何度も、何度も、
短期決戦を狙っているのに、全くこっちにつけ入る隙を見せない最大級のゴーレムだった。
しかし彼が放った砂の波濤がほんの一瞬止んだ時だった。
【剣災、今だ】
一度死んだ俺の魂の半分が、闘気を滲ませて騎士に命じる。
「――――っ! オーケー! 姫様、主君様! ――ベラノ・プリメロ・アンビシオン! 竜の加護を舐めんなよぉぉぉおおおおおおお!」
俺は巨神に取り込まれて底が下がった砂漠の大地に左手をつける。
そして一気に――――砂の足場を「分解・融合」した。
「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ――――――――――――――――――ッ!?」
【ド――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!】
轟音と地震という、規格外の地響きが鳴り、巨神はその場にうつ伏せに倒れる。
骸竜の加護の力で、俺はここから巨神の足場までを分解して大穴を開け、もう一度融合し、落とし穴のごとく巨神を転倒させたのだ。
そして俺は巨神の砂の頭頂部に触れ、もう一度「分解」する。
ベラノ・プリメロ・アンビシオンにコーティングされていた大量の砂はよそへ「融合」して飛ばし、砂の王の矮躯を露出させる。
黒紫の瞳が恐怖で歪んだ。
「人間の糞餓鬼が! ふざけるな! やめろ! これ以上近寄るな!」
彼はみじめに叫び、四つん這いで俺から遠ざかろうと砂の大地を力なくよろよろと歩く。
巨神化の影響で、砂状化して逃げる体力・気力がないのだ。
俺は盾を構え、剣を握って宝石のような砂地を踏み進める。
「お、オネスト! オネストはどこだ!? はやくコレを斃せ!」
ベラノは俺たちを指差してヤツを呼ぶ。
「承服いたしました」
砂の魔人オネストが、ベラノの背後に砂の姿から人の姿として顕現した。
「オネスト! ああ、俺のかわいい息子よ! さあ、はやくあやつらを討ち斃せ!」
く――――っ! まだ、こいつは俺の壁に成るのか!
来るなら斬るが、こいつとは万全の状態で戦いたかった……!
「……アンビシオン様の核魂の部位はうなじでしたね?」
オネストは死人のような口調で確認する。
「ああ! そうだ! 一昨日の夜に教えたじゃないか! もしかしたらまたこいつらが攻めて来るかもしれないからと! そこだけは必ず護れと! だからお前が後ろで見張って護っていろ! いや、なんならあれらを殺せ! 最悪の死に至らしめろ!」
ベラノは藁にも縋る思いを顔に出して助けてくれと叫ぶ。俺を警戒してなのか、決してオネストに振り返ったりはしない。
「殺せ! ――――我らゴーレムが人間を従える天に立つために! さしたる権能も持たない人間の無力さを教えてやれ! 我らゴーレムこそが神だ! 巨神の番兵だ!」
ベラノの溜めに溜めた人間への敵意と宿願が聞こえた。
しかしオネストは、
「……ああ、一昨日の夜にしかと聞き届けました。――――その言葉を聞きたくて、己れは十余年も貴様に仕えていたのだからな。土塊のゴミが。いったい何百回、貴様の為に心を殺してくだらない死闘を繰り広げて殺してきたと思っている」
そう言い捨て、不敬を働き、ベラノのうなじに腕を突っ込んだ。
――――貫通して、喉元から掴んだ核魂が飛び出ている。
戦士の謀叛だ。
「オネスト……? な、ぜ……?」
しわがれた声でベラノは問いかける。
「十八年前に貴様が犯した女ゴーレムの子どもが己れだ。それは知っているか?」
ベラノは息をしづらそうにコクコクと怯えるように頷きを繰り返す。
「そうだ……あの女を見染め、老生はオネストという息子を――――」
「己れの実父はその女が本当に愛した男だ。――――その女を犯すためだけに貴様が殺した己れの父親だ! 貴様は己れの父親などではない!」
オネストが初めて見せた士人としての怒気。土魂と士魂。
オネストが魂の奥にまで長らく孕んでいた憎悪。
今、この時の為にまで隠し取っておいた殺意――――。
「ァ――――」
もはや、ベラノは呼吸をしていなかった。ただ茫然と虚空を眺めて話を聞いている。
「さらばだ。砂の王、ベラノ・プリメロ・アンビシオン。己れの復讐はこれで終わりだ。もし生まれ変わったら、今度はもっと熱く生きることだな」
「マテェエエエエエエエエエエエ――――――――っ!」
ベラノは残った全ての力を狂ったように振り絞り、砂を隷属させて抵抗を試みる。
「待つのはてめえだ!」
俺はオネストまで斬りつけないように剣を置き、「小さい武器」で前から核魂を突いた。
――――アズさんがくれた、タクティカル万年筆で。
俺の挙動に動揺して、ベラノの動きが止まり、核魂にヒビが入る。
「まっ――――――――」
最期のセリフを聞き届ける前に、オネストはベラノの核魂を握りつぶした。
黄金色の輝石が割れ――――砂の王が斃死して、あっけなく本物の砂に還っていく。
「あ――――――」
俺たちはようやく、オネストの叛逆に手を貸した結果に成ったのだと理解した。
オネストのゴーレム族・四方戦士としての魂は、ゴーレム族の戦士としての魂は、今この時の為にと死闘を繰り広げてきたのだろう。
「――オネスト」
「……なんだ?」
俺の呼びかけに、彼は生気のない声で応える。
「お前、本当にふざけてやがるな」
敵として何度も立ちはだかり、屈辱を俺に与え、
また立ちはだかるのかと恐々とさせ、
しまいにはほとんど全ての手柄を横取りする始末。
美味しいところをかっさらっていく所業、
全ては実父を殺されたことへの恨みから。――――ふざけている。
「貴様の感想などどうでもいい。――さっさと武装を解け、今の己れは只人のオネストだ。もう戦士ではない。ケンシロー・ハチオージ」
「……ほう」
ようやく俺を名前で呼びやがった。
「信じるわよ、オネスト」
「信じますよぉ~」
それを聞いた剣と盾が、揃って人間の姿に戻る。
俺の、俺たちの魂を賭けた死闘が終わったのだ。
「最後良いところまで追い詰めたのにね」
「疲れただけのお仕事でしたねぇ~」
「まあ、絶対ベラノを倒さなきゃいけない仕事じゃなかった。――今回の仕事の本分はフォーサイス粘土の採集だからな」
【ふぁっふぁっふぁ、ベラノを倒してくれとの依頼をしたつもりだったのだがね】
ラピスが苦言を呈してブルートゥース越しに口を挟む。
するとララが疲れたような顔をして苦笑する。
「そうだったわね。私たち、簡単に言っちゃうと粘土集めでここまで来たのよね……」
目的に対する仕事の熱量のギャップを嘆くララ。
「……フォーサイス粘土の採集だと? 貴様らはそんなものを集めて何をする気だ」
オネストがやや不穏当な雰囲気で俺たちを死んだような目でねめつける。しかし声音は少し前までと比べれば非常に穏当だった。
「決まってんだろ? ……いや、決まってはいないか。俺たちの職務は――――画材を作って売る仕事だ」
「――――」
初めてオネストが閉口した。俺たちが一介の画材店の従業員だとは思っていなかったのだろう。剣聖と互角にやり合う画材屋の職工見習いなどそう居ないだろうから。
「随分と、攻撃的な画材屋だ。己れたちの城をここまで――」
かつて砂の城があったフォーサイス砂漠はただの横並びする丘陵になっていた。
画材を作って売る仕事。そのために俺たちは砂漠の王を斃死させ、砂の世界に風穴を開けたのだ。
「いや、城を自壊させたのはベラノだったから。それのトドメを差したのはお前だったから」
「ふ、ただの児戯だ」
「大逆謀叛を児戯扱い!?」
自らの行いまでも詰まらないとへりくだるオネスト。正直者には程遠い。
「それより――盾の女、名前は何だ?」
唐突にオネストはリシェスに名前を訊ねる。
「り、リシェスです。――リシェス・ヴィオレ・ヌウェルです」
声を強張らせて答えるリシェスにオネストはほんの微かに笑う。意外とそういう薄い笑顔が似合っている。
「やはりフラン地方のゴーレムだったか。良い名だ」
背の低めの男のオネストと背の高い女のリシェスの対面を俺は見ていて不釣り合いというよりむしろ、微笑ましいと思うのだった。
そしてこう続ける。
「――――リシェス。己れと夫婦の誓いを立てろ」
――オネストは堂々とそう言い放ったのだ。
不器用が過ぎる愛の告白だった。
第三章25話でした。次回から第三章エピローグが始まります。
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