第三章23 最強の矛盾
褐色の肌から生えた金色の髪がかき上げられる。
「庭が騒がしいからなにをしているのかと思えば、人間と小競り合いをしていたとはな。オネスト、お前はなぜいつも老生の目を盗んで手を抜く?」
「申し訳ありません。アンビシオン様。己れはただ――――」
「言い訳をするな」
高年の男は腕を砂の刃に変えて、半裸のオネストの上半身にぶつけた。
「っ――――」
オネストの硬い砂肌が削られ、彼は死んだような無感動な声で呻く。
「なにをしてる……? お前ら、揃いも揃って仲間を――――」
「静かに。怒る時はもっと熱くなりなさい。半端に微温いのはダメだ。老生はただ、――――奴隷を躾けただけだ」
「――――っ!」
砂の王は老いてなおフサフサの金色の髪を風になびかせ、黒紫の瞳に陰を作り、褐色の肌には築き上げてきた苦労を刻んだような皺があった。
「下がっていろ、オネスト。配下に任せていたら埒が明かない。――――後ろを頼むぞ」
ベラノ・プリメロ・アンビシオンはしわがれた低い声で話す。
今度の相手は正真正銘、本丸の敵だ。
「――――はい」
オネストは静かに従順にベラノのはるか後方に侍る。
そしてベラノはゆっくり片腕を上げて、
「銀翼の騎士団諸君、老生の砂の世界は堪能してもらえたかな?」
悠然と矛盾のような問いかけをしてきた。
「ああ、堪能できたさ。フォーサイスの地獄巡りもお前で三周目、今回の依頼を通したら巡った地獄はもっとだからな……!」
こいつを倒す。こいつさえ倒せれば――――。しかし、後ろにはまだ元気なオネストが控えている。やはりあいつも突破しなければいけないのか……!
【――騎士の少年。そこに標的は居るのか?】
アズさんと同行してこちらへ向かうラピスが通信魔道具越しに問いかけてくる。俺の両手両足首がまだ治りきっていないのはお構いなしか。
「いるぞ。金髪のオッサンだろ? あれが砂の王か」
俺はララの治療を受けて寝そべりながら高年の男を見る。
【――エサクタだ。よくぞ辿り着いた】
【剣災、うなじを狙え。ヤツの核魂はそこに在る】
アズさんからの視点により、あっさりとこの依頼の目的が達成されようとしている。
「うなじだってよ! 皆ァ!」
「ここはもう、視ているだけのわけにはいきませんな」
「あちし、もう見過ごせないわさ」
「にしししし! ケンシロー。もしかして、おれたちのこと忘れてたに!?」
恐竜のティラノ、プテラ、そしてヴェロキが前に出る。
「そっちこそ、律儀にいいつけ守っていたくせに」
存在自体は忘れていなかった。ただ指示を出せる余裕がなかったのだ。俺はこの通りズタボロ状態そして治療中だからようやくだ。
「ティラノ、踏み潰せ! プテラ、つっつき壊せ! ヴェロキ、噛み砕け! ――――砂漠の領主ベラノ・プリメロ・アンビシオンを討て!」
俺は最後の仕事をキメラに頼る。
「あい」「あい」「さー!」
恐竜たちは意気を高め、鬨の声を上げてベラノに向かう。
のしのしと、ばさばさと、どたどたと、走り、飛び、跳ねる。
「……三対一か、厄介だな」
ベラノはそう呟いて、――――砂漠の砂を操って円錐状の防壁を作った。
「――――っ!? 自分以外の砂を操った!?」
「ちげえヨ、ケンシロー・ハチオージ。あれは操ってんじゃねエ。隷属させてんのサ」
俺との戦いで戦力外となった剣聖は、俺の近くに胡坐をかいてへたり込む。
「隷属?」
「ゴーレム族の秘奥義『砂奴隷』ダ。ゴーレム族の中じゃあ、あいつくらいしか使えねえだろうヨ」
「あれは本当に、選ばれたゴーレム族の魔人しか使えませんねぇ……」
俺たちの前に立つリシェスもまた、同じように呟く。
ティラノが、プテラが、ヴェロキが円錐状の砂壁を攻撃するが、ビクともしていない。
オネストははるか後方でポケットに手を突っ込んでそれを視ていた。
「――ここに来て反則級の権能持ちかよ……っ!」
さすがは砂の王だけある。
「ケンシロー・ハチオージ。治療のための魔力を貸したイ。てめえの『剣』に触れていいカ?」
剣聖は只人に成ったような声音で俺に許可を仰ぐ。
「……目的は?」
「目的なんてねえサ。たダ、あそこにいるゴーレムの男二体をぶっ殺してえだけサ」
「ハッ!」
やっぱりまだ狂ってやがった。
「許可するぜ。剣聖、ライアン・ソード・ハウリング」
剣聖と剣災の協力はかなりの矛盾をはらんでいるように思えた。
【ド――――――――ッ】
耳触りの悪い音が聞こえてベラノの方を向くと、
「ぁ……」
円錐状の砂壁から砂の棘が突き出てプテラの身体を串刺しに貫いていた。棘から棘が、さらに棘から棘が生えていて、プテラの身体は血まみれかつボロボロになっている。
「プテラぁ――――――――っ!」
「あちしの命もここまでなのね……。いいわ、これが『現代融合』の限界なのよ」
プテラの命があっけなく尽きた。
「……なんだ。そんな簡単に逝くのか。冷めているな。――――なら」
砂の壁を解除したベラノはその隷属させていた砂を剣のように操り、――――巨躯を揺らすティラノを縦断した。
「この命、ここで――――」
「ティラノ……!」
最期の言葉さえ言い切れずに、彼も逝く。
「うにー! ここは一回距離をとるに!」
「老生から離れるとは命知らずだな。気概がぬる過ぎる」
ベラノは砂を隷属させるのを止めたと思ったら、地面から砂を浮かべ、ひと塊にし、
【ザァ――――――――――――――ッ】
「うに――――」
波濤のようにヴェロキを襲い、跡形もなくなった。
ヴェロキは砂の波濤に巻き込まれて、――――粉微塵にされたのだ。
「ヴェロキ!」
心強かった進撃のお供たちがいとも簡単に、その命を散らせた。
「老生に勝ちたいなら、もっと熱くなりなさい」
地面が元の砂漠に戻り、ベラノは金の髪を揺らす。黒紫の瞳に熱は宿っていなかった。
「――――さて、人間。贖いの時間だ。許しを乞うて平伏しろ」
俺はまだ、
「ララ」
「ごめん。もうちょっと……治療魔法は少し苦手かも……」
治療が済んでいない。アズさんとペアリングを繋げる余裕もない。
あと少しすれば、砂の棘が俺たちを貫き、砂の刃が俺たちを切り裂き、砂の波濤が俺たちを粉微塵にするだろう。
圧倒的な絶望――――
「させないです」
そこに立ち向かったのは、――――リシェス。
「もうなにもできないウチじゃない。ウチは本当に攻撃力とか皆無だけれど、護るためにならどんなに――――」
「赦せ、同朋の砂」
砂の剣がリシェスを襲う。
「リシェス!」
彼女の腕が斬り落とされ、砂に成って、――断面に沿って元の場所に戻る。
「――――――――っ! ウチは護る! 痛いけど護る! ケンちゃんたちが傷ついてるのに、指なんてくわえてられない! ウチはケンちゃんを護る! 最強の矛で皆を護るケンちゃんを! ウチは最強を護れる最強の盾に成る!」
「りしぇ――――」
知らなかった。自分を護るために傷つかれることがこんなにも苦しいことだなんて。
――自分を護るために上げてくれる咆哮が、こんなにも頼もしいものだなんて。
リシェスの咆哮を聞き、ベラノの――
「ほう。それは熱いな。だが、もっと熱くなりなさい」
砂の波濤の準備が整う。
「リシェス! 逃げろ!」
気概だけじゃ、なにもできない。
「させない!」
リシェスは長身の自身の体を大きく開き、そして――――
【ザァ――――――――――――――ッ】
砂の波濤に真正面から立ちはだかって、俺とララ、剣聖の盾に成った。
「リシェス――――――」
ララが圧倒されたように彼女の名前を呼び、彼女は――――
「ぁ――――」
砂が晴れて、見ると――リシェスはほぼ無傷でそこに居た。
――砂波濤に削られた箇所が、磨き抜かれた金剛石のように、服から覗く肢体を透明に透けさせて。
――彼女は心が滾るような美しい造形物にも見えた。
「ウチはウチの世界を護る! この覚悟にだけは逃げも隠れもしない! ウチは美しくてかっこよくて、最高に最高なこの世界に――――皆に恋をしたんだから!」
砂の王の怒濤の砂波濤を受けても生き残る彼女は、本当に金剛石並みかそれ以上の硬度に成ったのかもしれない。
――――土壇場の戦闘で、紫紺の魂の熱量が強くなった。
彼女の決意は最高硬度の盾に成った。――剛砂だ。
「ケンシロー、もう動いても大丈夫よ。――――闘いましょう」
治療を終えた『アズさんを――――皆を護るための俺の剣』が再び剣に成って右手に収まる。
俺の前には肌を褐色に戻した『皆を護る俺を護るための盾』が構える。
二人は俺の口上を待つ。
俺の最強の矛、ララ。
俺の最強の盾、リシェス。
騎士、ケンシロー・ハチオージ。――――俺の最強の矛盾がそこに居た。
「ああ。リシェス。こんな狭い砂漠に暮らす狭量なあいつらに教えてやろうぜ。お前が惚れたこの世界が、どうしようもなく最高だってことをな!」
「うん、そうだねぇ。ケンちゃん」
最高最強最上の盾に対する、俺の苦手意識は完全に消えていた。
――どうも俺は大切なものに気づくのが人より遅いらしい。
護るために護ってもらう――――
まだまだ俺は『仕事』ができる。
今なら最強の矛盾をもってして、最高の無双もできそうだった。
第三章23話でした。ケンシローたちの今回の仕事も終わりが近いです。
応援よろしくお願いいたします。