第三章21 慙死
業火の黒煙と白く輝く砂煙は混じり合い、重なり合い、そして完全に掻き消えた。
休む間も与えてくれねえのか……!
アバリシアの城を前に、オネストは立ちはだかる。
砂に熱――という諺があるか定かではないが、あるとすれば「全く変化がない」という意味で使えそうなくらいに、彼にダメージの類は見受けられなかった。
むしろ今の攻撃でそう成ったのかと思いたくなるくらい、無表情・無感動・無関心で死んだような雰囲気の状態だった。
「オネスト」
彼は後ろにいる剣聖に呼ばれて一瞥を返す。
剣聖は体力・気力共に枯れ果てたのか、狂い笑うのをやめて只人のように倒れてオネストを見上げていた。
「きははハハ、悪いナ。俺ってば今日はもう戦えそうにねえワ。疲れタ」
オネストはそれに何も言い返さず、剣聖の腕を掴み、――――こちらへ放り投げた。
「ハ……?」
右手に剣を持った俺の前に、疲弊しきった剣聖が転がる。
「……なんの真似だよ、オネスト」
俺のその問いにオネストは重い口を開く。
「それを殺せ。戦えない奴は要らない」
「――――――」
こいつ、今なんて言いやがった?
「お……」
「オネ――」
「どうした? 貴様はそのゴミを殺したいほど憎んであの剣戟を繰り広げたのだろう? ほら、殺していいぞ」
「なに……言ってやがんだ。仲間だろ?」
オネストが無慈悲に言い捨てた言葉に俺は反発する。すると彼はさらに――
「城を侵攻されようとしているのに、戦えない傭兵など、無価値な剣奴でしかない。殺して捨てるか、損傷部分を修理して戦えるようにするかしろ」
「ふざけ――――っ!」
「貴様がどちらも選ばないなら、己れがこの使えなくなった剣奴の骨を一本ずつ砕いていく。貴様は金髪碧眼の女の仇が死んでいくのを、黙して――見ていろ」
「待てヨ、オネスト! 俺はまだ死にたくねエ! 一日休めば戦えル。また戦えるんダ! だから――」
「くだらない戯れ言を飛ばすな。貴様が一日休んだ後に、雇い主が居なくなっていたら、貴様が生きている価値など一番ないだろう? ここで無価値のものを捨てるか、明日無価値のものを捨てるか――――これがまともな二択に聞こえるのか、剣奴?」
「――」
剣聖は絶句し、絶望の顔色を滲ませる。髪の色素が一層薄まった気さえした。
「オネスト! てめえ、自分に与してたやつをどうしてそこまで――――っ!」
「騎士、ケンシロー・ハチオージ」
剣聖が俺の名を呼ぶ。
「なんだよ! 現代剣聖!?」
「俺は死ぬなら剣で死にたイ」
「な――――」
オネストの使命を呑み込んで、剣聖が俺に首を差し出してきた。
「俺ハ――俺の人生ハ、剣に生かされた人生だっタ。剣で殺してきた人生だっタ。――死に方を選べるなラ、俺は斬殺を選ブ」
「――――っ!」
つくづく思う。この世界は病気だ。手の施しようがないほどの大病に罹患している。
「剣以外ハ、慙死なんダ」
「っ――――」
「どうした只人。目の前の卑しい剣奴が殺してくれとせがんでいるぞ?」
ふざけるな。
――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、――ふざけるな!
俺の魂に、憤怒が飛来する。
「ケンシロー?」
俺の剣、ララが俺の判断を待つ。
【剣災――――】
俺の姫様、アズさんが俺の回答を待つ。
「騎士、ケンシロー・ハチオージ」
現代剣聖、ライアンが死を待つ。
「――剣奴の世界では剣以外は慙死か。剣以外で死ぬのがよほど屈辱的なようだな」
ゴーレム、オネストはなにも待っていない。
「ふざけやがって」
剣災の俺は、回答を出す。
「――――俺の剣は、こんなことに使うもんじゃねえ」
「ケンシロー?」
ララが不安そうに声をかけてくれる。
「いつかあんな職場で画材の素材集めの仕事をしていれば、同族の人間を殺す事態になるとは思ってた。――でも、それは今じゃねえ。悪いけど、他の仕事がつかえてるんだ」
【正解だ。剣災】
アズさんが肯定してくれる。
「騎士、ケンシロー・ハチオージぃぃぃぃいいいいいイイ! てめえハそれでモ――――」
剣聖は慚愧の言葉を吼えかけて、俺の続ける言葉に邪魔をされる。
「俺は――剣災、ケンシロー・ハチオージは現代剣聖、ライアン・ソード・ハウリングを殺さない代わりに――――ゴーレムの魔人、アバリシア四方戦士のオネストを倒す」
「……戯れ言だ」
かつての仇を護って戦う。――それが俺の選択だ。
「オネスト。俺はお前に挑戦する!」
真剣勝負――いや、士魂の死闘の第二部の始まりだ。
***
――ヤツの核魂は心臓だと憶えている。
――ヤツの体は鋼竜のように堅いと憶えている。
――ヤツの攻撃スタイルは肉弾戦闘だと憶えている。
何の親しみも湧かない敵が相手なら、俺はそいつを躊躇なく斬れる。
「らァああああああああああああああ――――ああ!」
――だからヤツを斬る。
――ヤツの心臓を貫く。
――ヤツをここで討ち倒す。
ヤツを――――
「少しは太刀筋がまともになったが、……児戯の範囲は逸さないな」
――――倒したかったのに。
「そもそも、体力も気力も消耗し、疲弊しきった状態で己れに勝てると思っていたのか?」
俺はオネストにもう一度負けた。
――まず背後から蹴りを一発食らい、倒れたところで腹を蹴り上げられ、蹴り飛ばされて倒れたところで、鈍器のような踵に頭を横薙ぎに蹴られた。
――そして、横向きに倒れたところで、両手両足首の骨を踏み砕かれた。
――最後に胸ぐらをつかんで持ち上げられて、俺がその場でとっさに吐いた悪態の返事なのか、盛大に投げ上げられて、胸の真ん中を蹴ってきた。
――現在、俺は蹴り飛ばされて砂地に倒れている。両手両足首が折れて、身動きが出来ない状態で、まさに半死状態だった。
「くだらない児戯だったな。貴様のそれは、使えない剣奴の真似事だ」
オネストは投げ捨てられた俺の剣を手に取り、俺に近づいてくる。
「ララ!」
「ケンシロー!」
「確か、剣以外は慙死だったな? ――――剣奴の世界では」
「――――っ! ちょっと! あんた、ケンシローになにする気よ!?」
「黙れ、剣の女。人に戻れば屍がひとり分増えるだけだ」
オネストの体の砂が一部、先端を残して『俺の剣』全体を覆う。砂で固めて、ララの意思で変身を解けないようにしている。
「ララを放せ! オネスト」
オネストは俺の叫びに何の感慨も現さず、倒れる俺に肉薄し、俺の腹を踏んで動かないように俺を固定し、『俺の剣』を俺の心臓に付きつけてきた。
「やめて!」
「オネスト! 止めロ! そいつハ、慙死以上ダ!」
……むごすぎる。
【――――ダメだ、剣災……】
「オネスト! ふざけんなよ! そんなに心臓を抉りたいなら素手でやれよ!」
「……」
オネストはなにもきかない。
「さらばだ、只人の剣奴――――貴様は仕事のしすぎだ。骸にでも成って休め」
「いや! やめて! ケンシロー! ケンシロー!」
ララが悪漢に犯されるかのように、金切り声で悲痛に叫ぶ。
オネストが握る『俺の剣』が、俺の胸の肉に刺し傷として入り始める。
ゆっくりと、ゆっくりと、お互いが感触を忘れないように、俺の剣が挿し込まれていく。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ララが傷つく声が聞こえる。
「オネストぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は最後までお前を憎むと叫んだ。
「黙せ。死人如きが喋るな」
――俺がララに体を殺される。
――ララが俺に心を殺される。
「オネストぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――っ!」
俺の剣が胸骨に差し掛かるその刹那―――――
「ケンちゃんたちから、今すぐ離れろぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
媚びるのを止めた女のゴーレムが――――リシェス・ヴィオレ・ヌウェルが現れ、オネストを突き飛ばしていた。
お久しぶりの第三章21話でした。彼らにももう少しだけ仕事が残っています。
もうしばらくお付き合いいただけたら幸いです。
感想・アドバイス・評価等々お待ちしております!