第三章20 金言術師曰く、
××××
私はケンシロー・ハチオージの剣『ララ・ヒルダ・メディエーター』
――刀を折った。魂を斬った。
――狂った聖なる敵はもう、刀も剣も魂も持たない。
私、ララ・ヒルダ・メディエーターは剣を折った。彼、ケンシロー・ハチオージは敵を折った。姫、ザラカイア・アズライト・シーカーの騎士は勝ちを負った。
一度アズさんを殺した敵である、現代――そして永代剣聖、ライアン・ソード・ハウリングをここに沈めた。
――そのはず、だったのに。
「きはははははははハ……」
「――――くっ」
私が意図せず人間に戻っている――――?
「なんなのよ、今の奇声? 魔法?」
「分からん、ララ。もう一度、真剣に。剣聖が笑ってる」
「分かってる。……メタフル」
私は剣に変身する。もう一度、あの男と斬り直すために。
ケンシローは剣聖を殺すつもりなのかな。
私は人を殺した剣になるのかな。
散々鋼竜と、黒騎士と、ゴーレム達と、切り結んでおいて今さら、だけど。
「きははははははハハハハ…………ハハハッ!」
剣聖の藍色の瞳が歪んだ。なにか仕掛けてきそう。
【―――――――】
「はい!? 今さら!?」
剣災がアズさんと何か通話している。剣の姿である今の私は骸竜、ラピスの魔道具を装備していないから聞こえない。
【―――――――】
「いやいやいやいや……それはちょっとシャレにならない……」
こいつ、なに話してるのよ? 私も聞きたい。
今だって剣聖が不吉に笑ってる途中だっていうのに!
【―――――――】
「……分かりました。なんとかして倒します」
「なんなの? ケンシロー」
「なんでもない。ただ単に、さっきの戦いで口出しする隙のなかったアズさん曰く、あいつ、現代剣聖ライアン・ソード・ハウリングは――――」
「なによ? 魔人の一種で特殊な権能を隠し持ってるとでも?」
ケンシローは汗の滲む温かい両手で柄を握り直す。
「――金言術師・言霊使いだ」
……はあ?
××××
***
剣聖。神聖な剣の使い手。聖なる剣士。剣の力だけで自らの価値を証明した男。
剣聖は凄まじく強かった。俺の剣力の全てを出しきって、それでようやくヤツの刀をへし折ることができた程度。防御度外視の戦いで、ようやく果たしたのは武器の破壊。
剣のララが必死になって変身し、鋼の意志のルビーが必死になって与えてくれて、画材の姫のアズさんが必死になって見つめてくれて、花飾りのローゼが必死になって待ってくれていて、
応援され尽くした俺が破壊できたのは彼の武器だけ。
現代剣聖ライアン・ソード・ハウリングは邪神のように禍々しく、未だ俺に立ち塞がって吼え続ける。
それでも世界は彼を『剣聖』と呼ぶしかないのだ。
現代の剣聖は世界で唯一の忌むべき穢れきった聖剣士。
永代剣聖ライアン・ソード・ハウリング――――
俺の主君――アズライト曰く、
――視たところ、剣聖ライアン・ソード・ハウリングは魔法の才能がまるでない。
その代わりに持っているものが――異能が――金言術による神聖な耳と喉。
それ単体では殺傷能力を持たないが、それ単体で強力な干渉能力を持つ。
――耳で全ての音を聞き分け、喉で全ての音を発する。
壁の向こうの話し声を聞き、相手の会話の情報を得る。
対象の骨組みが動く音を聞き、相手の動きを予測する。
文字に起こせない奇声を放ち、相手の魔法を阻害する。
「――――――――――――――――――――」
――そして、喉から特定の周波数を鳴らせば、
「うお……」
対象の相手の動きを無意識に誘う。
俺の足が勝手に進む。
鍛え抜かれた耳が司る声を使って、間接的に、関節を稼働させる。
俺があいつの思惑通りに体を動かしたくなるような怪音波を出しているのだ。
アズライト曰く、先ほどでの剣戟では、俺の動く音を聞き分け、対応するのに精一杯だったそうで、
アズライト曰く、彼は金言術を――――生まれながらにして持っていたわけではなく、最近になって会得したような感じがするらしい。
アズライト曰く――――
「――――――――――――――――――――」
穢れきった神聖な剣士が、喉骨を動かして、怪音波で俺の動きを矯正し、強制する。
「まさしく言霊使い……かよ!」
その声は俺に自死を誘う殺傷力まではない。
ただただ、微弱に俺へと干渉するだけ。
ちょっとだけ体を弛緩させ、硬直させ、移動させるだけ。ただそれだけのこと。
聞き分けられすぎる良い耳の異能により追加で手に入れた「喉と声」の力。
彼の本体は剣の才能そのもの。剣聖の剣の技は純粋に彼の実力。
金言術はただの付加価値――――
ただのそれだけなのに、
「きはははハハハははははははははハ――――ハア!」
俺の体を弛緩させ、折れた刀で俺に迫る。
「くそったれの邪悪剣聖が……っ!」
鈍る身体を動かして俺は狂人の凶刃を剣で受ける。
もう既に、俺の体も剣聖の体も、戦っている間に互いの刃先が掠れあって、薄い傷で血まみれだった。特に顔の血は派手に出る。
剣を振り、剣を受け、剣を弾き、剣をもう一度振る。
体力的・剣力的・武力的には俺の方がまだ優位なのかもしれないが、そこに付加されるのが、
「――――――――――――――――――――」
神に愛された耳が覚えた「怪音波」の力。
俺の体がまた鈍る。鈍る身体で剣聖の攻撃を防ぐ。
剣聖は既に肉体的な限界を迎えている。彼自身も体を怪音波で強制的に動かしているのだ。
顕在意識で潜在意識を支配し、疲弊した俺と延長戦の焼き直しをする。
剣が、鋼が、飛び交い、弾き合い、さらには鎬を削り合う。
そしてまた怪音波が鳴って、俺の潜在意識が狂う。
「ぐっ……金言が金言じゃねえんだよ……」
あれはもう、ただの罵詈雑言の妄言だ。
「まだだゼ! ケンシロー・ハチオージ!」
剣聖は大きく息を吐いて、――――吸う。
「なにかするわよ! ケンシロー!」
「分かって――」
俺はとっさに「耳」を塞いだ。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」
紛れもない壮大な爆音が、轟音が、破裂し、爆裂し、この世界に亀裂を入れる。
音の衝撃で半透明だった砂が舞い上がり、白い砂煙となって俺の視界を塞ぐ。
「――――やばい! あっちの耳はめちゃくちゃ聴力が高い……!」
砂煙に紛れて絶対来る。どこからか来る。攻撃が来る。殺しに来る……!
殺意の源泉はどこだ!? こういう時に頼るべきは――――
【――――剣災! 目の前だ!】
アズさんの眼が、敵を捕らえた。
「――っ! オーケー、アズさん! ……ララ!」
「焼き滅ぼせ! インフェーノ!」
――――砂煙が、地獄の業火の黒煙に変わる。
***
剣を砂に刺し、杖のようにして体を支え、小休止する。
黒煙が白い世界を犯し続ける。
騎士や剣士の戦いとは言えなかった。
剣聖は最後に金言術を頼り、剣災は最後に人の魔法を頼った。
しかしそれでも勝敗は決しただろう。
魂を賭けた剣士同士の死闘で、俺は剣聖に勝った。
現代剣聖ライアン・ソード・ハウリングに勝負して勝ちを負った。
この勝ちを背負って次の戦いに挑もうと決めた。
「ララ、魔力は残っているか?」
「もちろんよ。大丈夫。今の戦いをあと二回は出来そう」
「――剣聖相手に真剣勝負は良いけれど、三番勝負は俺の体力がなあ……」
「なに? もうへばったの?」
「ああ? ちがうね。俺は士魂に誓ってまだまだ死闘は繰り広げられる。でも――」
「でも?」
俺は剣の柄を握り直す。
「ララが隣に居てくれたおかげだ」
「……えへへ」
彼女は今、どんな顔で笑っているのやら。
そうだ、アズさんに視てもらおうか。ペアリングがいつの間にか切れている。
「アズさん――――」
【――――剣災か?】
「アズさんですか? そっちは平気ですか?」
【剣災、なにをしている?】
「――――はい?」
なにをしていると聞かれれば、今現在はひと時の勝利の感慨を味わっているところ――――
【ヤツが来ている。――構えろ!】
「やつ――――」
「随分と手抜き加減の弱い火花だな」
「お……」
「児戯は終わりだ。只人の剣奴共。――――そろそろ真剣勝負をするぞ」
黒煙は力ずくで向こう側の相手に晴らされ、死人のようなあいつが現れる。
「オネスト……」
彼らしくもなく、剣聖を業火から庇い、涼しそうな死人顔で、生きたゴーレムの魔人・オネストは現れた。
俺の治癒したはずの内臓が引き攣る。
第三章20話でした。本作二人目の金言術師です。金言術師はとても珍しい設定なのです。
そしてケンシローたちは次の戦いへ――というところです。
それと、申し訳ないのですが、土日は所用で投稿ができないかもしれません。
そんなときは第1話から読み直すというのもいいのではないでしょうか(営業スマイル)
それでは応援よろしくお願いいたします!