第三章19 災禍厄災神聖聖火刀剣剣戟真剣勝負
@@@@
雄々しき魂と狂おしき魂の、二本の銀閃が舞う。
弧を描き、線を画き、空を切り、相手を斬り、二本の銀閃が美しき宝石の砂地を滑る。
二つの剣の才能たちが銀閃を滑らせ、お互いを斬殺し合う。
しかし斬殺しきれずに、次の斬殺の機を図る。
「らァああああアアアあああああああああ――――ああ!」
「きはははははははははははハハハハハハ――――ハア!」
まるで流麗な剣舞をしているかのように二人の剣士は刀剣を振る。
まるで完璧な殺陣をしているかのように二人の剣士は刀剣を弾く。
相手を斬殺しようと刀剣を上げる。
相手を刺殺しようと刀剣を伸ばす。
相手を断殺しようと刀剣を下ろす。
一閃一閃が決殺の一撃を秘めていて、一閃一閃が必殺の一撃を孕んでいる。
ひとりの剣士は災禍を秘めた剣を振るっている。
ひとりの剣士は聖火を孕んだ刀を振るっている。
その剣士は逞しく、その剣士は狂おしく、
その剣士は傷多く、その剣士は謎多く、
刀剣を振り、刀剣を弾き、刀剣を上げて、刀剣を伸ばし、――相手の急所を狙い続ける。
――アタシの眼がそれを視る。剣災がアタシを想って魅せている。
騎士然としたその剣士の剣客ぶりを、剣災と視覚を同調したアタシに視せている。
「――――――――」
全てが視えている。
――剣災の視界から見える剣聖が、
――剣聖の瞳に映っている剣災が、
動き、飛び跳ね、回り、飛び退き、お互いがお互いを殺し合う。
さながらそれは大衆演劇のようで、さながらそれは最終血戦のようで、
ひたすらに秩序だった混沌を視ているようだった。
災異が聖り、聖威が災い、災難が生誕し、聖血が再来する。
銀閃が舞い、赫血が跳ぶ。赫血を飛ばし、銀閃を揺らす。
黒髪が揺れ、灰髪が戦ぐ。黒い瞳が睨み、藍い瞳が歪む。
完全互角の剣戟が、完全無欠の剣劇が、鋼の意志でぶつかり合う。
もはやアタシの口出しこそが邪魔になるくらい、
剣災は、剣聖は、――――現代の剣豪として其処に居た。
其処に居るのが視えていた。
――ここでなにかを呟いてはいけない。
つまらない言葉など、一言たりとて彼にかけてはいけない。
つまらない魔法など、一回たりとも彼にかけてはいけない。
そうしたら――剣災の全てが狂うから。――剣聖が狂い猛るから。
士魂死闘という言葉を作るなら、それを今この時だと定義づけよう。
彼らの戦いは世界で一番病んでいて、世界で一番狂っている。
病気と狂気が交錯し、疫病神も死に神も寄せ付けない凄絶な戦いだった。
戦いの最初から最後のような勢いで、どこにも小休止など入り込む余地は無く、全てに於いて冠絶の刀剣剣戟真剣勝負だった。
もう一度、念入りに彼らを視る。彼らの仕事を視る――
返り咲いている才能がある。狂い咲いている才能がある。
才能と才能が、性能と性能が、本能と本能が、ぶつかり合って殺し合い、
また次の斬殺に向けて体を捻る。
鋼が打ち鳴らされる音以外、すべてが静かだった。
静謐なまでに無音だった。聖楽が鳴り響いているように快音だった。
上空から注がれる白い光と、下方から照り返す白い光で、彼らの世界は真っ白だった。
彼らが見ている彼らの戦いは、彼らが狙う彼らの魂は、彼らの世界で完成していた。
災旱でも起きたように、聖勅でも降りたように、ただひたすらに災厄的な聖戦だった。
彼ら二人の真剣勝負。彼ら二人だけの神剣勝負。
決闘にして血闘。敢闘にして完闘。激闘にして戟闘。私闘にして死闘。
加熱する熱闘のさなか、二つの才能は咲き誇り、鳴り響き、照り返し、加熱していく。
「らァああああああああアアアアああああ――――ああ!」
「きはははハハハははははははははははハ――――ハア!」
上限を知らない熱量のそれは、もう災禍のそれで、そしてそれは、もう聖火のそれで、
刀剣は輝き、刀剣は翳り、刀剣は削れ、刀剣は研がれる。
そして次の瞬間には、刀剣はまた刃を打ち合う。
「――――――――っ」
――剣災は戦っている。
――剣聖は戦っている。
二人は既にお互いを同等以上と認め合っている。
二人は既にお互いを排除しようと傷つけ合っている。
二人は既にお互いの魂を撫で斬ろうと決意し合っている。
矜持の為に、快楽の為に、使命の為に、排除の為に、憎悪の為に、
相手を斬ると決めたのだ。
未来の為に、現在の為に、世界の為に、自分の為に、誰かの為に、
相手を斬ると決めたのだ。
戦うために、強くなるために、生き残るために、勝つために、護るために、
相手を斬ると決めたのだ。
「らァああああああああああアアアアああ――――ああ!」
「きははははははハハハハハハははははハ――――ハア!」
今だけは罪深き傲慢で、自分の誇りを優先し、
今だけは罪深き強欲で、相手を殺すことを欲し、
今だけは罪深き憤怒で、相手が倒れないことに憤り、
今だけは罪深き嫉妬で、相手の粘り強さを妬み、
今だけは罪深き暴食で、相手の剣技に食らいつき、
今だけは罪深き色欲で、相手の剣技に魅了され、
今だけは罪深き怠惰で、相手の止まった一瞬に体を休め、
今だけは罪深き全ての感情で、相手の敵意を削ぎ落とす。殺ぎ落とそうと剣を振る。
斬り合い、切り合い、相手と伐り合う。
ただそこには剣があって、ただそこには刀があって、
ただそこでは災と聖が、聖と災が、お互いがお互いを断つことだけを目的にして、
乱舞のように暴れ、踊り、走り、飛び跳ね、
咲き乱れるように剣を振り、歌い上げるように刀を振り、光り放つように刀剣を振り、
「らァああアアアあああああああああああ――――ああ!」
「きハハハはははははははははははははハ――――ハア!」
「らァあああああああああああああアアア――――ああ!」
「きははははははははハハハはははははハ――――ハア!」
「らァああああああああああああああああ――――ああ!」
「きはははははハハハハはははははははハ――――ハア!」
そこは只人と狂人だけの舞台だった。
そこでは只人も狂人も主役だった。
そこでは只人も狂人も敵役だった。
そこでは只人も狂人も適役だった。
剣災は災禍厄災役。
剣聖は神聖聖火役。
まるで神に叛逆したように、――災厄を熾したように、
まるで神に約束したように、――聖約を興したように、
剣士と剣士が、剣士と剣士であり続け、
刀剣と刀剣が、刀剣と刀剣であり続け、
災禍を宿した厄災が、聖火を宿した神聖が、
自分の鋼で乱撃・乱打する。
目まぐるしく動き、止まったように動き、
高速で、低速で、敏捷に、緩慢に、
一生懸命に、一所懸命に、一生一世に、一世一代に、
――――彼ら抗う剣災と、狂う剣聖の、騎士、剣士、戦士としての、魂を燃やした鋼の意志は、今ここで燦然と輝いている。
動き、斬り、跳び、削り、廻り、研ぎ、弾き、戦ぎ、戦う。
相手の動きが鈍り、自分の動きも鈍ると、
まだ、動き、斬り、跳び、削り、廻り、研ぎ、弾き、戦ぎ、戦う。
相手が傷を負って血を流し、自分も傷を負って血を流すと、
またも、動き、斬り、跳び、削り、廻り、研ぎ、弾き、戦ぎ、戦う。
相手が笑い、自分が睨むと、
それでも、動き、斬り、跳び、削り、廻り、研ぎ、弾き、戦ぎ、戦う。
相手が砂を蹴って迫り、自分も砂を蹴って迫り、
ひたすらに、動き、斬り、跳び、削り、廻り、研ぎ、弾き、戦ぎ、戦う。
傷を受け、傷を与え、それでも二人は、
止まることなく動き、斬り、跳び、削り、廻り、研ぎ、弾き、戦ぎ、戦う。
そして斬り得る全てを斬ったかのように、果たし得る使命を全うしたかのように、残存する魂を消費し尽くしたかのように、起こし得る奇跡を起こし尽くしたように、士力も死力も全て戦闘で出し尽くしたように、
――――――――剣聖の刀が折れた。
ただその音だけが酷く異音で、異物で、異質だった。
「らァああああああアアアああああああああ――――ああ!」
厄災の福音が災禍の如く鳴った瞬間だった。
「きはははハハハハはははははははははハ――――――――――――――――――――ハア!」
神聖な奇声が聖火の如く発せられた瞬間だった。
@@@@
第三章19話、アズさん視点の『剣災vs剣聖』回でした。もう少し彼らの戦いは続きます。
サブタイトルの『災禍厄災神聖聖火刀剣剣戟真剣勝負』
噛まずに言える自信は私にもまだありません(笑)
これからも応援よろしくお願いいたします。