第三章18 侵入者、進撃者
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弱さには一片の価値すらない。
己れは弱さが嫌いだ。
まず、刀剣に頼る弱者が嫌いだ。
刀剣に頼らねば人も殺せないなど、剣奴に堕ちた只人の極みだ。
だから己れは手と足で戦う。相手を斬る児戯にも似た行為に必要があるなら手刀を使う。
ゴーレム魔人としての砂状化の権能は遣うが、それはゴーレム族の誇りによるものだ。それは肉体を使っているにも等しい行為。だから自らの魂に反してなどいない。
魂を賭けた死闘の出来ない弱者。
だから、己れが一番弱いと思う者は――――
「オネスト様ぁー!」
己れは従僕に声をかけられて振り返る。
「従僕か。どうした」
「はい! 自分は、今日もオネスト様に指導を付けていただきたいのであります!」
強くなるための、鍛錬か。児戯だが仕方がない。
「――いいだろう。教えてやる。練兵場に行くぞ」
「ハハァ! さすがオネスト様ダ! 部下には甘いねエ」
剣聖が突然姿を現した。
剣聖、か。剣に頼る只人の極みだ。
「黙せ、傭兵風情が。……本当に金髪碧眼の女は殺したのだろうな?」
あの女を殺しただけで帰ってきたと聞いた。落伍者如きが生ぬるい温情をかけたものだ。
「きははハ! もちろんダ。心臓を剣でちょちょいとナ」
……只人め。やはりは剣奴か。
だが、あの女の眼さえなければあの一団は戦力ですらない。あの黒髪の剣士も只人――いや、剣奴の極みだ。どれだけ傷がいえようが、戦力にならないのには変わらない。
ふと、後ろから五月蝿い靴音が鳴り響き、こちらへ近づいてくる。
「王子、オネスト様!」
「……言い直せ」
俺はアレの嫡子なのだと、心の奥では認めていない。周知の事実になってしまった以降は、四方戦士だとへりくだっている。
「も、申し訳ありません! し、四方戦士、オネスト殿! 剣聖、ライアン・ソード・ハウリング殿!」
フォーサイス砂漠――――この砂の城の、小間使いのひとりだ。
「なんだ? 騒がしくするな」
「申し訳ありません! しかし、こと事態は急を要するため――――っ!」
「前置きはいいから言え」
己れが強く催促すると小間使いは、
「フォーサイス砂漠北東部より、自らを『銀翼の騎士団』と名乗る謎の一団が四方戦士のひとりを倒し、侵入したとのことです!」
……全く、只人の戯れ言だ。
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***
その砂漠の土は黄色を帯びた宝石のように太陽の光を照り返して半透明に輝いている。
そんな汗ばむほど暑い砂の世界を俺たちは駆けていた。
ドスドスドスドスと光が透ける砂を踏む。
【――こちらアズ。聞こえているか?】
魔道具、ブルートゥースの向こう側から、アズさんの声が聞こえる。通話中だ。
「聞こえていますよ。お姫様」
砂漠を越えるための、日除けの銀色のマントのついた外套を纏い素性を隠すための鬼の髑髏の仮面をつけた俺はそう、答える。
【姫はよせ。くすぐったい。ところで剣災――――次のは左肩だ】
「了解!」
俺は殺意を向けてくるゴーレムの左肩を突く。すると彼は只の砂へと変貌した。
【上出来だ】
現在、フォーサイス砂漠北東部。
「もう本調子に戻っているようね。ケンシロー」
「そりゃそうだ、ララ。俺が内臓抉られてから何日経ったと思ってる?」
「えーっと、ケンシローが赤ちゃんみたいに泣いてからもう……」
「その換算の仕方は良くないぞ!?」
この俺――『銀翼の騎士団』の尖兵、ケンシロー・ハチオージは愛剣と共に敵地を侵攻中だ。
目指すはアバリシアの根城。そしてベラノ・プリメロ・アンビシオン。
倒すべく障害は、残る四方戦士と剣聖。
アズさん、ルビー、リシェス、ラピスという残りのメンツは砂漠の遥か後ろで馬竜車を使って走りながら俺を見守っているはずだ。アズさんが――俺の視界を覗きながら。
『視覚同期能力』
アズさんが俺の魂を宿して新たに得た力。――いや、強化した瞳力というべきか。
アズさんはもともと、目を合わせた人の視覚と同期して、自分をどういう風に視ているのか感じとることが出来たそうだ。それが強化され、俺とアズさんがお互いのことを思い合った時だけ、俺の視覚と同期することができるようになった――――らしい。
――――魂を分けた、俺とアズさんの二人だけの特権的なペアリング。
アズさんの視ている世界を俺は視ることができないが、俺の視ている世界をアズさんは視ることができる。
おかげでアズさんは敵と物理的・視覚的に離れていても敵の急所を見抜ける。
アズさんの指示で俺は敵を倒す。
アズさんのおかげで敵を倒せる。剣を振るい、鋼の意志で戦い、そして勝てる。
騎士、ケンシロー・ハチオージの使命。
これも一応、――無理を通すための戦いだ。
ついでに、
「ケンシロー殿、あなたは走るのが早いですなあ」
「あちし達キメラ勢も負けられないわね!」
「にしししし! 混血の体の血が疼くに!」
――ラピスの拠点で飼われていたキメラが戦力としてついてきていた。
「協力ありがとよ! ティラノにプテラ、そんでヴェロキ!」
暴君のように巨躯を揺らして走る翼のない竜のようなキメラ『ティラノ』さん。
頭でっかちで手から鳥のような翼を生やして飛ぶ竜のようなキメラ『プテラ』ちゃん。
ティラノよりも随分小柄で、それでも獰猛そうに走る竜のようなキメラ『ヴェロキ』くん。
三者とも元賢獣で、フォーサイス砂漠の過激派ゴーレムに恨みがあり、死ぬ前にラピスに今の体を望んでキメラに成ったのだそうだ。
三者ともにラピスの作った特別製『ブルートゥース』を体内に埋め込んでアズさんの指示を聞くことができる。
そうしてゴーレム達を破壊する。
人外ばかりの集団である『銀翼の騎士団』の有り難い人外の戦力。
「うっしゃあ、行くぞ! 俺たちの仕事は――――画材を作って売る仕事だ!」
閉じた砂漠に生きる奴らに剣と画材と鋼竜の、――広い世界の快進撃を見せつけてやろう。
***
【剣災、視えるか? あれがアバリシアの根城――――砂の城だ】
「――――アズさんはよく見えますね。あれ、ここから見るとただの砂の山ですよ?」
遠い視界の彼方――ただの砂山のように見えるが、あれがフォーサイス砂漠のゴーレム達の根城のようだ。
【アタシは強い魔力の波動をあの城から感じているんだ】
「なるほど」
もはや慧眼通り越して神眼だ。――神瞳だ。うちの姫様、有能すぎる……!
「とにかくあれを壊せばいいんですな? ケンシロー殿」
「おうよ、ティラノ! あの城をぶっ壊して、悪の首領を討つ!」
悪と言っても、向こうには向こうの正義がある。これは俺たちのエゴを押し付ける作業だ。
「あちしの翼がたぎるわね! ゴーレムなんて全部啄んでやるわ!」
「にしししし! 核魂を噛み砕いて、噛み砕いて、積年の恨みを晴らさせてもうに!」
竜のようなキメラたちが少々恐ろしいことを言いながら戦意を露わにする。
恐々として俺は視線を下げて半透明の大地を眺める。
――こいつらを今から、恐い竜すなわち『恐竜』と呼ぼう。
【――――剣災! 下になにか潜んでいるぞ!】
「――――――――っ!」
アズさんからの伝達により、俺たちは砂漠の下方を警戒する。
確かになにかの「影」が見える。
するとすぐに半透明の砂地が隆起し始めた。
「ふははははははははははははははははぁ!」
黄色く半透明に輝く砂が散り、中から大男が現れた。
黄土色の髪に、黒紫の瞳に、褐色の肌。そして――――筋肉。
「うわぁ……」
「弾けろオレサマの筋肉ぅ!」
現れたゴーレム族の大男は上半身裸どころか、下半身も下着一枚のようないでたちだった。
最初に抱いた印象通り、筋肉を見せびらかしてくる。
「筋肉、筋肉ぅ!」
髪型は、オールバックよりも前髪が膨らんでいる確かリーゼントとかいうものだった。
とにかくテンションが高くてついていけない。
【左足の脛だ】
「あ、はい……」
アズさんは俺と視覚を共有しているのにもかかわらず、冷静に弱点を示す。
俺も無駄に戦う時間と体力が無いので、大男の泣き所に向かって剣を振る。
「――ッ!」
硬い音が鳴り、俺の剣が通らなかった。
「なっ……」
「ふはははははぁ! 四方戦士のひとり、ルチャリブレ様の筋肉を舐めるなよ? 侵入者諸君! 鍛え抜かれたオレサマの筋肉は鉄よりも硬く! 黄金よりも美しい! さあ、君も筋肉のダンスを踊ろうぞ!」
自らを四方戦士のひとり、そしてルチャリブレと名乗った大男はダンスと称して正拳突きを放ってくる。
俺はそれを剣の腹で受け止めた。
「――なぬ!? オレサマの筋肉を止めるだと!?」
「……筋肉か。懐かしいな。学生時代は俺も鍛えたよ。必死に鍛えすぎて、脳筋の馬鹿になったっつーの!」
俺は剣をナナメ下から振り上げて、ルチャリブレを撫で斬りにする。しっかり核魂のある左の方の足の脛を経由して、だ。
「き、君は……なぜ……」
【見事だ。剣災、覚魔】
今度こそ俺の剣は硬い肉体を裂き、ゴーレムに終の一太刀を浴びせた。
「登場して早々悪いな。四方戦士のひとり、ルチャリブレ。それくらいの硬さなら、俺の剣と内臓は、トラウマなんて背負わねえからな!」
四方戦士・ルチャリブレは核魂を失い黄土色の砂へと化した。
――残る強敵は砂の王・ベラノと、剣聖。そして――オネストだ。
「今度こそ、俺の納得できる結果にする」
俺たちの進撃は止まらない。
***
【短髪が左のくるぶし。パーマ頭が右手の甲。長髪が臍下丹田だ】
「あい」「あい」「さー!」
アズさんの指示に従って、恐竜たちが立ちはだかるゴーレム兵たちの核魂を噛み砕いて破壊する。もうすぐだ。目前に砂の城が迫ってきている。さっきまで見ていた砂の山は大きい円蓋の城になっている。
もうすぐ敵を討つことができる。
もうすぐ仇を討つことができる。
【もうすぐだな、剣災】
「はい。さっさと今回の依頼ともおさらばしましょう」
【――――】
「アズさん?」
アズさんからの応答が無い。
【すまない。剣災。――――リシェスを知らないか?】
「……へ? そっちにいないんですか?」
【分からない。そっちに集中していたら、視えなくなった】
「逃げた……わけじゃないですよ……ね?」
【分からない。視えないものには責任はとれない】
リシェスが消えた? どこへ?
あいつが行きそうなところなんて――――どこだ?
あいつは一体、どこに行く?
「きはははハ!」
「――っ!?」
どこかで憎い笑い声が聞こえた。くそ、リシェスの件が片付いてねえのに!
「あいつ……どこだ!? 剣聖!」
「敵との再会ですかな? ケンシロー殿」
「ああ、そうだ! 現代剣聖、ライアン・ソード・ハウリングの声だ!」
俺は周囲三六〇度を見回す。ついでに下も見る。――――アズさんに視てもらう。
【視えないぞ、剣災。上は?】
上――――?
俺はふっと上空を見上げる。見ると、剣聖が武装した飛竜に乗って空を飛んでいて、
――――一振りの刀が俺の顔面めがけて降ってきた。
「―――――――っ!」
鈍い音が鳴り、刀が仮面に突き刺さって止まった。仮面は割れ、砕け落ちた。
その後すぐに、的確に俺を狙った第二撃が降ってくる。
「きはははハ!」
剣聖が飛竜を操り空から刀の雨を降らせようとしているのだ。
「飛竜持ってんのかよ! さすが元宮廷騎士だな!」
「まっさかまた来るとは思ってなかったゼェ! どうダ!? どういう殺し合いがしてエ!?」
何回も何回も投下される剣を避けるが、剣の残弾は減るように見えず、俺はだんだん歯痒くなってイライラしてきた。
「冗談キツイぜちくしょう。――プテラ!」
「あいあい! あちしを使いなさいな!」
「こっちにだって飛竜はいるんだよ!」
ついに飛竜の背中に乗って飛ぶ宿願が――――。
そうしてプテラは俺の『両肩』を足で掴み、飛翔し始めた――。
「――――え? そうやって飛ぶの?」
「そりゃそうよ! あちしの背中じゃケンシローの体重に耐えられないわ!」
「いや、でもこの飛び方はちょっと……」
すでにかなりの高さまで来て思うが、正直に言ってかっこ悪い。エサになっている感じがすごい。
「私たち。死ぬか生きるか選ぶしかないわね」
愛剣・ララからの非情な通告。
「分かったよ! 生きて生き抜いて、勝ち誇ってやらぁ!」
【剣災! 来るぞ!】
「――はい!」
剣聖は刀の投下を止め、飛竜に立ち乗りして刀を構え、こちらへ向かって来る。
「ララ!」
「うん!」
俺は剣を真っ直ぐ構え、剣に力を貸してもらう。
「焼き滅ぼせ! インフェーノ!」
――俺たちのいる中空から前方へ、地獄の業火が放たれた。
***
「ガアアアアアアアア……」
武装した飛竜はララの手加減で焼き滅ぼされずに砂の大地に墜落した。しかしおそらく向こう一ヵ月は空を飛ぶことに抵抗を覚えるレベルの怪我を負っていることだろう。
だから、あとは剣聖の仕事だ。
「きはははハ! なんだなんだァ! 俺の飛竜がやられちまったゼ!」
「笑ってんじゃねえよ」
再び俺たちは半透明の砂の大地に足を着ける。
「にしししし! あいつは人間! 核魂じゃなくても倒せるに!」
ヴェロキが鋭い刃を打ち鳴らして殺意を新たにするが、
「悪いな、三人とも。これは俺の無理を通すための戦いなんだ。怪我しないように待っていてくれ」
「ふむふむ。ケンシロー殿が言うのであれば従いましょうぞ。ラピス殿にもそう言われておりますゆえ……ほら、プテラにヴェロキ」
「あちしたちはいつでも仲間よ!」
「にししし! 仕方ねえに! 指示には従わせてもらうに!」
恐竜たち三体はその場から下がり、戦場には俺と刀を握る剣聖二人のみ。
「勝負だ、現代剣聖。俺はお前を越えていく」
「気はははハァ! それはイイ! その挑戦的な目は嫌いじゃないゼェ!」
彼は勝負に乗った。
俺は剣を構え、そして名乗りを上げる。
「画材の世界の姫君・アズライトの第一の騎士――――剣災、ケンシロー・ハチオージ」
彼もそれに倣って刀を構えて名乗る。
「現代――――そして永代剣聖、ライアン・ソード・ハウリング」
剣災と剣聖――俺たちの間を一陣の風が吹き抜けていく。
「――――――勝負!」
第三章18話でした。次話はきっと、「剣災vs剣聖」の構図が見られると思います。
しかし、こちらの諸都合で明日・明後日に更新できるか分かりません。
申し訳ないですが、そんな感じでもご贔屓にしていただきたい!
よろしくお願いします!