第三章17 剣と画架2
『ふぁっふぁっふぁ、つまるところ金言術師・アズライトは厄災の剣士改め騎士・ケンシローから魂の半分を分け与えられ、復活し、そしてあと幾ばくかで尽きるはずだった本来の寿命すら伸ばし――――若返ったということになるな』
「寿命が延びたかどうかは……まあ、俺の魂の限界はまだまだ先だったと信じよう」
『ふぁっふぁっふぁ、じゃあ、若人たちよ。――――せいぜい夜を楽しみたまえ。老骨は二階にいるからなにかあったら呼ぶといい』
骸竜・ラピスはそう言い残して大きな部屋を出た。
アズさんの復活を経て、半日が経った。外はすっかり日が傾いて暗くなっている。俺たちは半日休息して、今に至っているのだ。夕食の鶏ガラスープがやけに美味かったのを覚えている。
そして俺たちは――
「アズさん、本当に俺と一緒に寝るんですか?」
「ああ、そうだ。騎士は姫を護るのが役目だからな」
「……何人で?」
「五人でだ」
アズさんが言い出した突拍子もないこと。
――俺、アズさん、ララ、ルビー、リシェスの五人で並んで寝るという謎の儀式。
その為にアズさんはひとつの大部屋をラピスに借りたのだ。布団が五つ並べてある。
「……なんでケンシローの右隣がアズさんなんですか?」
恨めしそうなララの声。
「そこを気にするのもおかしくないか?」
「は? 気にしてないんですけど? 確認なんですけど? バカ騎士のくせに」
「バカ騎士じゃねえよ。いや、バカではあるんだけど……なんだろう、上手く言えない」
『どうしたのでありんすか? ケンシローもアズライトもララも。ケンシローの上は余のモノでありんすからな?』
「なにナチュラルに人の上で寝ようとしてんだお前は……俺はお前の枕じゃねえ」
『なにを言う。ケンシローは余の枕も同然。――――アイドルといえば枕でありんす』
「絶対違うから! その認識は間違ってる! 危ういぞお前!」
ルビーはいろいろと言葉の意味を間違えて認識しているようで、謎の迷言を吐いた。
「っていうかぁ~男女が同じ部屋で寝るのってダメじゃないですかぁ~?」
リシェスが甘ったるく媚びたような声音で当たり前にもの申す。
「ほらー。リシェスも言ってるし、俺は違う部屋で寝させてもらいますからね?」
俺はなんか、ここで五人が並んで眠るのはちょっと違うと思うのだ。なぜか分からないし説明もできないけれど。そもそも馬竜車などでの移動中に男女で雑魚寝したこともあるのだけれど。今回はちょっとダメじゃないですかね……?
「……なら、いい。アタシはもう寝る。生き返って疲れた」
アズさんはそう言ったきり、拗ねたように布団にくるまりすぐに就寝した。
――人は生き返ると疲れるものらしい。
残った女子の視線を浴びながら俺はその大部屋を退散した。
俺はリシェスに聞いたんだ。
女の子は男性が思っているよりずっとえっちなのだと。
***
大部屋を出て、俺はラピスに小さい部屋を一部屋借りようと彼女のいる二階を歩き、探す。
ここか? と思って部屋のノブを引くが、鍵がかかっていて部屋に入ることはできなかった。
この際、ブタ箱でもどこでもいい。一人で静かに眠れるところが良い。いや、ブタ箱はやっぱり嫌だな……。
「――にしても、広い屋敷だ」
屋敷と言っても差し支えないほど、ラピスの「拠点」は大きかった。相当な金持ちなのだ。メディエーター家ほどではないが大金持ちの家に入るだろう。
魂の分解と融合。想像を超える能力の持ち主なのだから、金が集まって当然か。
長い廊下を俺は歩く。そこかしこに色とりどりに透ける等身大サイズの像がいくつも立っている。あれがラピスの作った泥人形――――フィギュアか。なるほどいい出来だ。……金が集まるわけだ。これは買いたくなる。
特にあの露出の多い女性のフィギュアなど男はこぞって買いたがるだろう。いや、あの黒騎士はなびかないかもな……。お、あの騎士のフィギュアもなかなかの出来……かっこいい。
そんな感慨に耽っていたら、
「あ――――」
「――――あ」
――――正面からララと鉢合わせた。
「なんでお前が目の前から現れる?」
「……し、知らないわよ。あんた、……み、道に迷ったんじゃないの? 私は一階に用があったんだもの。……一階に」
「バカいうな。俺はラピスを探して二階の道を真っ直ぐ……」
俺は後ろを振り向く。曲がり角と上へ向かう階段があった。――――俺はどうやってここまで来たんだったか……?
「な、なんの用があったんだ?」
「……ごまかしたわね?」
「いや、全然」
「――――」
ララに白い視線を向けられる。
「ふ、ふふ……」
そして彼女はいきなり薄く笑い始めた。なんなんだよ。
「道に迷う騎士様に朗報です。骸竜・ラピスから部屋をぶんどってきてやったわよ。案内するから付いてきなさい」
「……ほーん」
ララに先回りされたわけだ。――そりゃ気の利いたことで。
「……ん? じゃあ、なんでラピスのいる二階じゃなくて一階で会うんだ? 一階にはなんの用があったんだ?」
「え? だって私も……」
「も?」
「な、なんでもない! はやく付いてきなさい! 日が明けちゃうわ!」
――ああ、なるほど。こいつもラピスから部屋をぶんどった後、俺を探して広い屋敷をさまよっていたんだ。
ララはふいっと俺に背を向けて歩き出し、階段を登りはじめる。俺はそんな素直じゃない彼女に付いていく。――剣が騎士を案内している。今日も俺の右隣で。
「ララ」
「なによ」
「最近、弱くてごめんな」
「……」
「最近、負けてばかりでごめんな」
「……」
「最近、俺はお前に酷いことを……」
ララがピタリと足を止め、
「ケンシローの……あ、ほ、ん、だ、れぇえ――――っ!」
巻き舌気味に振り返ったララの放った強烈な蹴りが俺の脛に炸裂した。
「いっっ――――っっだぁぁああ!」
「あんたは本当にそうよね! 剣の腕が超あるくせに弱い所ばっかり見せるし、斬れない相手にボッコボコにされて負けるし、私に『消えろ!』なんて言うし! 何様のつもりなのよ!? アズさんには魂を半分もあげちゃうし!」
「あ、アズさんの件は仕方がないだろ! それくらいしかアズさんを蘇生する方法を思いつかなかったんだ! 魂を分けたことを怒るなよ! あれ、ちょっとかっこ良くなかったか!?」
「そんなのはどうでもいいのよ! 私はあんたが、私に心配をかけてることに怒ってるの!」
「……っ」
「そもそもあんたはねえ! もっと私を責めていいのよ! 剣の私が敵を斬れない! それをしっかり責めていいはずなのよ!? なんで、なんで、なんで、なんで全部自分だけで背負い込んじゃうのよ!」
「――っ」
ララのはしばみ色の目から、涙が――――。
「私はあんたの剣なの! 武器なの! あんたが自分のことを護るための、あんたが護りたいものを護るための手段なの! あんたが傷ついてたら、私は心配になるの! そうなったら、私は私の仕事を全うできない! 私が敵を斬れなかったから、あんたも仕事を全うできなかった! そう思わないの!?」
「ララっ……」
「店先で笑えないし、敵を斬れなくなっちゃうの! 実際、アズさんだって助けられなかった! あんたはもっと弱い私を……! もっと頼りない私を! 役に立たない私を! もっと、あんたは私を悪罵する義務がある! あんたの仕事の達成の邪魔をする私を、あんたは侮辱する義務がある! 相方が相方を甘やかしてどうするのよ!」
ララはその場に崩れ落ち、ぐずぐずと泣きはじめた。
「ラ……」
「……ケンシロー、私の隣は居心地良い?」
「ララ……」
泣きながら、ララは問いかけてくる。
「剣の私の使い心地は良い?」
卑屈そうに笑いながら泣く。
「ララ!」
俺は彼女の肩をとり、諫める。なんて声をかけていいのか分からない。だから、
「やめてくれ」
俺にそう言われたララは怒気を孕んだ顔をして俺を睨む。
「なによ――――」
「そんなこと思ったことはないけど、俺はそれでも――頼りない時のお前も、役に立たない時のお前も、いつものお前も、絶対嫌いになんてならないから。弱ったお前に悪罵も侮辱もしないから」
「――――っ」
目の前の女の子の涙を見ると、頭の中がまとまらない。理路を立てる余裕がない。
「俺が傷ついたり負けたりして、お前まで傷つくのなら、俺はもう――――傷つかないし、絶対に負けない」
「……本気で言ってるの?」
「本気だ」
「もう、一回も負けちゃダメなのよ? かすり傷ひとつしない?」
「それは……ちょっと……」
思わず俺は視線を逸らした。
「ちょっと?」
俺を責めたてる視線を送るララ。さすがにかすり傷なしで、さらにもう二度と負けないかどうかは分からない。断言できない。っていうか無理です。
「……でも! 俺はお前の画架になると決めた! お前が気持ち良く絵を描ける世界を作るって! 一緒に作るって決めた! 俺たちは運命共同体だ! だから俺が傷ついて、お前が傷つくのは当然だ! 俺たちは二人揃ってようやく剣士だ!」
俺は一度息を吸う。もう一度――
「――夢のためには傷つくことも必要なんだ。心が折れかけることも必要なんだ! 道に迷うのも仕方がないんだ! だからそれだけは……それだけは我慢しろよ! ララ・ヒルダ・メディエーター!」
「ぁう……」
ララの言葉の勢いが弱まった。俺の言葉も行き先不明。
「我慢しろ! 俺は折れても立ち直る! 俺は傷ついても立ち直る! 負けても立ち直る! 死にかけたって立ち直る! お前が立ち直らせてくれるから! ……だからお前は自分が幸せに成るために、俺が傷つくのを我慢すればいいんだよ!」
「なに、勝手に……」
「俺はまだまだ強くなるぞ! アズさんの騎士として、我慢してもっと強くなる! あの人をお護りするために強くなる! ――お前はどうすんだあ!? ああ!?」
「ひっ……」
ララの涙は、俺の脅しにも似た怒声でいつの間にか引っ込んでいた。そして彼女は、
「が……がんばって、がまんして自分の絵をみんなに認めさせます……すごい、最高の画家に成ります……ひっく……私はあんたが傷ついても、がまんして何度でも剣に成ります……」
半泣きの声でそう答える。
「約束な?」
「……分かった」
俺はララを慮るあまり、ララのことを大して慮れていなかったらしい。そのせいで、ララは自分を責め続け――――いや、俺に責めたてられない自分を責め続けていたのだ。
――――斬れない剣に価値はないと。
俺とララは仲直りの握手を交わし、蹴りから始まった今の喧嘩にケリをつけた。剣と画架の新しい約束だ。すると廊下の後ろから、
「あのぉ~喧嘩は終わりましたぁ~?」
「うおっ!? リシェス!?」
居づらそうに長身のリシェスが俺たちに声をかけて現れた。
「あ、あなた、今の聞いてたの!?」
「道に迷っちゃってぇ~、結構冒頭から……その……運命共同体がどうとかより前から……お熱いんですねぇ~」
ララの顔が真っ赤に染まる。俺の顔もおそらく真っ赤だ。顔が熱い。そしてララは、
「ハッ! もういいわ、早いとこ寝て明日に備えましょう!」
ごまかすように言い捨て、俺の道案内の続きをするために歩き出す。
「ありがとな、ララ」
「……はあ?」
「これでちゃんと、明日を迎えられるから」
「……そうね」
明日はついに、今回の依頼とおさらばする起点になるはずだから。
――ララ、俺を大切にしてくれる、お前の隣は最高に心地いいよ。
きっとそれを、証明してみせる。
俺の剣は必要なものなのだと。俺は弱さが結構、嫌いじゃないことを。
弱い瞬間も時には必要なのだと。
弱かったという事実は、本当は価値があるのだと。
第三章17話でした。ケンシローとララのやりとりです。
次話から第三章も大詰め開始の予定ですのでよろしくお願いします。




