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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
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第三章15 永続・無理を通すための戦い

 暗くて寒い部屋の中で、俺は冷たくて美しい骸を抱いている。


 世界でも珍しい金色の髪で、髪型はミディアムヘアで、白い肌の女性。


 穏やかに瞼は閉じているけれど、まだ瞳は碧いままのはずだ。


 一回硬くなって、でも、また柔らかくなった遺骸。


 胸の中央に、孔の開いた遺体。


 死後、時間が経過した死体。


 魂が亡くなった屍。


「ケンシロー、来て。私たちと一緒におひるごはん……食べよ?」


 背後から人に呼ばれた。


「要らない」


 俺を呼んだ人に、冷たく返した。


「でも……」


「要らないんだ。ごめん、腹空いてない」


「でも、あんたもう四日間も――――」


「要らないって言ってんだろ! 消えろ!」


 俺は亡骸を抱きながら振り返る。亜麻色の髪の人に怒声と罵声を浴びせた。


「俺はもう、……なにも要らないんだ」


 その人の、はしばみ色の目が寂しく揺れて、そして伏せられた。


「わかった」


 かつて俺の剣だった人の声が震えていた。


 その人はそのまま、魔法で極寒の冬のように冷やされた霊安室を出ていった。


 俺は美しい骸の額を撫でる。


 もう要らないんだ。


 なにも欲しく成らないんだ。


 貴女が居なくなったから、もうろくに視えないんだ。


 貴女には何度もチャンスを貰ったのに、


 貰えないと分かると、もう欲しく成らないんだ。


 貴女の作った鋼の靴は、心中を仕掛けた鋼竜から脱出し、勝ち残るチャンスをくれた。


 貴女が渡した召喚札は、大混乱の自殺劇を引き起こした樹竜の自爆から間一髪、生き残るチャンスをくれた。


「貴女がくれたんですよ。アズさん」


 貴女が俺に――――をくれたから。


「貴女がっ、俺にっ、勝つためのチャンスをくれたから――っ! 生きるためのチャンスをくれたから――っ! 困難を断つ、力をくれたから――っ!」


 アズさんがっ、あの時もあの時も待っていてくれたから!


「なのになんで、貴女が死ぬんだよ! アズライトぉ!」


 もう涙は出てこない。


 もう何も欲しくない。


 もう何も無くならない。


 もう何も視えてこない。


 もうどこへも帰りたくない。


 もう魂が熱くならない。半分欠けようが構わない。俺の魂なんてどうだっていい。


 亡くなったアズさんの魂が、ただただ恋しい。



 俺はもう、なにも斬れない。


 俺はもう、剣は振れない。


 ――触る気すら、起きてこない。


 ――――生きる気力すら湧いてこない。


 ――――――もう、誰かの騎士になんて、どうでもいい。


 はやく死んで、貴女の元へ――――。


「誰か俺を殺してくれぇぇぇええええええええ!」


 護るべき人も護れない!


 斬るべき相手も斬り殺せない!


 戦うべき時に戦えない!


 俺は――――



『無様でありんすな。ケンシロー・ハチオージ』



 神々しくも寒々しい、美しい声の人の姿をした竜が、後ろに立っていた。


『寒々しいでありんすな、弱さというのは』


「――」


『余が此処にいる理由が分かるでありんすか?』


「知らねえ。お前なんて、知らねえ」


『剣聖に屈して骸竜の拠点である集落に逃げ込み』


 聞きたくない。


『狂っている剣聖は無力化した骸竜の一団に興醒めしてフォーサイス砂漠の城に戻った』


 聞きたくない。


『余はちょうど残っていた金言術師の女の遺品である「召喚札」で呼び出された。――ララが見ておられんと心を痛めていたでありんす』


 ……遺品?


『汝を光と崇めた花飾りのローゼが根を張って待っているでありんす。汝の主治医とやらのフォルテがまたなにか意見書なるものを送りつけていたでありんす』


 花飾り? 主治医?


『そして汝は――――死んだような顔と声で死んだ女を死んだように抱いているでありんす』


「――――」

 俺はもう全て失くして全て捨てたはずだ。

「言いたいことは、それで終わりか? 鋼竜」

 俺は今、生きているやつを見たくないんだ。活き活きしているやつが憎い。


『もうひとつ言いたいことがありんす。死骸で遊ぶとは、悪趣味で、滑稽でありんす。――それで画材でも作るのかえ?』


「――――っ!」

 キッと俺は竜を睨む。本当に今ここで首を絞めて殺してやろうか。


『余を倒した鋼の意志はどこへ行った?』


「そんなものは死んだ! もう生き返らない!」


『単騎でルクレーシャス鉱山に赴き、出会い頭の余に時空凍結術を使う気を起こさせなかった勇ましさはどこへ行った?』


「もう全部失ったんだよ! 俺は全部、全部、全部、奪われて無くした!」


『それなら――――それなら余が与えてやる! ララは何度でも剣になる! ここで全てを投げ出して、余の貴い汝はどこへ行くでありんすか!? 余の大切な汝はどこへ行くでありんすか!? いい加減、中途半端なところに逝くのはやめなんし!』


「もう、俺は――――」


『運命と戦え! 我慢しろ! 逆転しろ! 破顔しろ!』


 竜が小さな口で吠える。


『抑え込め! 立ち上がれ! 良い顔で笑え! 心を擦り切れさせるな!』


「――」


『汝が傷つくなら余も傷つくぞ! 汝が死ぬなら余も死ぬぞ! 汝が諦めるなら余も諦めるぞ! もう、焼き立てのパンなどいらなんし! ――だからケンシロー・ハチオージ!』


 人の姿をした竜が鳴いて、泣いて、叫ぶ。



『――――剣と画材と鋼竜を捨てるなでありんす! 大切なものを、何もかも捨てるなでありんす!』



「――――――――ッ」


 柘榴が弾けたような感覚だった。


 俺の心の中にできた血溜りが、ぷちんと弾けて、噴出するような感覚。


「るびぃ……」


 枯れたはずの涙が滴る。


『ケンシロー』


 女の竜が優しい声と手つきで、俺の頭を撫でる。


 俺は彼女に膝立ちのまま控えめに抱きつく。


「お前は、るびぃ・めたる・しるばー」


『そうでありんす』


 その声はただただ優しかった。


「俺の剣は、らら・ひるだ・めでぃえーたー」


『そうでありんす』


 その声はただただ肯定的だった。


「俺が喪ったのは、あずらいと」


『……そうでありんす』


 その声は少し切なそうだった。


「俺、頑張ったんだ」


『うむ』


「斬れない相手にボコボコに殴られて、蹴られて、腹の中身抉られて、それでも走って頑張ったんだ」


『そうでありんすか。頑張ったでありんすな』


「でも、敵の誘いに引っかかって――」


『うむ』


「あずさんを死なせた」


『ツラかったでありんすな』


「もう、俺は戦えない」


『今は戦わずともよいなんし』


「もう、誰も護れない」


『今は護れずとも、よいでありんしょう』


「じゃあ、俺はどうすれば――」


『今は戦えずとも、護れずとも、よいなんし。――でも、必ず成せるでありんす』


「なにが……」


 ルビーは尻尾をうねらせる。



『だって汝の戦いは全て、――――無理を通すための戦いでありんしょう?』



「――――――――ぁっ!」


 熱が灯った。そう確信した。


 思わず俺は頬を緩める。ルビーの腰に回していた手を離し、亡骸となったアズさんを丁寧に棺に戻す。


「ルビー? ケンシロー? けんか、しないで……」


 亜麻色の髪、はしばみ色の髪をした、俺の剣、ララが怯えるように霊安室に戻ってきた。


 不安そうに俺を見る。――俺を見てくれている。


 だから俺は華奢な体のララに近づいて、抱きしめた。


「ちょっと……! ケンシロー!? どうしたの!? 大丈夫!? ねえ、しっかり――」


「大丈夫だよ、ララ。俺は必ず無理を通すから、ちゃんと隣で見ていてくれ」


「……どうするの?」


 俺に抱かれたララが、優しい声音で聞いてくれる。


「アズさんを生き還らせる。俺が俺をなにもかも削って、削って削って蘇らせる」


『くふふ』


 ルビーが笑った。ララも笑った。棺の中のアズさんも穏やかな顔で横たわっている。



「剣と画材と鋼竜。全部まとめて俺なんだ」



 ララが剣をくれるから、


 ルビーが鋼の意志をくれるから、


 だからいつだって貴女を護れる。護りたいと、そう思う。


 護りきるんだと、そう誓う。



 ――俺は俺の魂に、貴女を護ると、手前勝手にそう誓った。



 俺たちの戦いはまだまだこれからだ。



    ***



 その夜。決意の暗夜。俺が無理を通す日。


 安楽椅子に座るのは、老婆の姿の骸竜『ノーチェ・ラピス・アルキミア』だ。


 彼女の対面に立つのは、厄災の剣士『ケンシロー・ハチオージ』だ。


『聞こう少年。無理を通して道理を引き延ばす方法を。金言術師、ザラカイア・アズライト・シーカーを蘇らせる方法を。――ゴーレム達に、再び挑む方法を』


「簡単だよ。ああ、簡単だ。お前って、自分のことを自動的に『融合再生』して蘇るんだろ?」


『そうだが、そんなに珍しいかな?』


 珍しいに決まってんだろ。


「魂をいじくって融合してキメラを造ることができるんだろ?」


 ラピスは鼻で笑う。


『金言術師の肉体と少年は融合でもするのかな? なるほど彼女の瞳力を引き継げるとでも? あれは、彼女の人格に宿った異能だよ』


「なるほどそうか。でも、違うね。全然真逆だ。いや、真逆じゃねえかな……真横かな……」


『真逆? 真横? どっちだね?』


「あっ! ――まさしくこれはナナメ下だ!」


『……人死にが出たんだ。真剣さを欠くのはいただけないな』


 侮蔑的な目で俺を見てくる。骸竜はさながら、アズさんが死んで俺の気が狂ったのだと思っているのだろう。その時間は終わったんだよ。


 悪かったな。考えたのが愚案過ぎて、心が躍るんだ。


「俺がお前にやってほしいのは、魂の分解だ」


『――?』


 ラピスは的を射ない、という顔をしている。


『生命力を失い、死んだ魂は存在しない。たとえ少年の気が違って死者の魂を分解したくなったって――』



「だから俺がお前にやってほしいのは、――――俺の魂の半分を、アズさんの死んだ身体の中に融合させてくれってことだ」



 俺の無理は案外、無理じゃないんだよ。


 剣と画材と鋼竜が、花飾りと主治医が、無理の向こうで待っている。


第三章15話目です。前話後書きの予告時間帯よりも早いですがご容赦ください。

前章の召喚札の残りが意外なところで役に立ちました。そしてアズさんは――――

といった感じで次話に続きます。

第三章完成までまだまだありますが、これからも応援よろしくお願い致します。

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