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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
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第三章12 肉と骨

 宿屋の襲撃のパニックで街は一度、騒然とした。しかし、ここら辺の獣人達にとってはよくあることなのか、すぐに収まり、ラピスが高い修理代を支払っただけで事が済んだ。


 俺たちは息苦しい仮面を脱いで、一騎打ちの為に薄汚い墓地とやらまで移動する。半ば主導権を握られている状態に不満はあったが、アズさんにリシェスと護るものが多くて、剣のままのララを手放さなかったものの、道中奇襲を仕掛ける余裕はなかった。


 ただ俺たちは先導するオネストの後ろをついていくだけ。


「お前、本名は?」



「ただのオネストだ。己れにかばねは必要ない」



「名字なしか。奇遇だな。俺も本当はハチオージって名字がさ、住んでた村名からとって……」


 とにかく会話をしてオネストの気を緩め、できうる限りこいつの情報を盗もう。



「黙っていろ。只人風情が。貴様の情報など己れには必要ない。もう直ぐ死ぬ身でぐだぐだと無駄に喋るな」



「……」


 死んだような声の男が俺を殺すと脅してきた。殺意の感じられない、死んだような雰囲気で、


「アズさん、その目でこいつに名前を付けてあげてください」


「……剛破だな。剛く破壊する者」


「えぇ~? ちょっと待ってくださいよぉ、せんぱぁ~い? それってぇ~ウチの剛砂っていうアズネームと被るんですけどぉ~?」


 剣災、覚魔、護悪、賢樹、剛砂……これってアズネームって呼ぶの? 初耳なんだけど。



「戯れ言だな。己れの名はオネスト。そんな綽名は必要ない」



「お前、砂漠の城でもそんなノリなのか? アバリシアの中で浮いたりしてないか? 大丈夫か? 恋人がいなくて悩んでる相手がいるけど紹介しようか?」


「ちょっとやめてよ、ケンちゃ~ん! さすがにウチだってもうちょ~っと積極的な男性が良いよぉ~!」


「あ、そう。男なら何でもいいのかと思ってた」


 まあ、死んだような目つきで、死んだような声音で、死んだような雰囲気に包まれた男なんて絶対関わり合いになりたくないよな……。



「黙せ。今、貴様たちを生かしているのは己れだ。貴様たちに意志など必要ない。口を噤んでついてくればいい。そんなに死にたいのならもっと無駄に動くことだな」



 無駄に動くって、――要するに奇襲を仕掛けたらやり返して殺すと脅しているわけか。


「……へぇ」


 殺意も何もない。ただの死体のような気味の悪い雰囲気と声だ。俺は本当に生きた魔人と会話をしているのか?



「此処だ」



 薄気味悪い声でオネストは言い、角を曲がる。そこにあるのは、


「……? これは……墓地か?」


 あるのは砂、砂、砂、砂。そして砂。辺り一面、土色の砂地だった。墓標と呼べるものは、まばらに砂地に刺さっている木の杭くらいだ。



「墓地だ。己れたちゴーレム族の死した姿だ。そして――」



「俺たちの死に場所でもあるってか?」



「違うな。貴様たちの死に場所はこの下にある池だ。魚の食餌になるくらいの権利は認めてやろう」



「……悪いけど、俺はそういう期待に添えない男なんだ」


 期待外れな男総選挙でもあればうっかり得票数ナンバーワンになるくらいの自覚はある。


「あんた、本当に私たちの期待のナナメ下を行くのが好きよね? 絶対、将来なんかあっても劇作家にならないでね?」


「作家に成れるほど言葉を知らねえよ! うるせえ! 自虐はいいけど外から言われるのは腹立つな!」


 俺は作家には成れないし、成らない。剣を持っていちゃあ、ペンが持てないからな。


「――始めようぜ。オネスト。俺と剣とのお喋りを待っててくれるとか、本当は良いヤツだったりする?」


 言いながら俺は剣先をオネストに向ける。



「剣か……戯れ言を」



 オネストは砂煙に変化して宙を舞った。既に戦いが始まっているらしい。


「――ぁ」


 これではどこから攻撃が来るか――


「――――――――――――がぁッ!?」


 次の瞬間には重たく硬い蹴りを後頭部に食らう。


 鋼でもなく、木でもなく、土塊の物理攻撃。


「――――――――――――ぐぁッ!」


 次に鳩尾に正拳突きを入れられ、その衝撃に俺は一瞬、気を失いかける。



「剣……剣か。剣というのは、自らの肉体ひとつで相手を殺す勇気と力と意志のない、只人以下の剣奴が頼る鉄のクズだ」



「……このっ!」


 人の姿として目の前に現れたオネストに、俺は反撃開始といった具合に斬撃を与える。


 しかし、オネストは防御をしない。防御せずとも、彼の体は鋼の如き硬質さで刃から身を護っていた。


「――くそったれがぁ!」


 俺は攻撃の利かない相手に、只人が如く剣を振るった。


 時に彼の攻撃を跳ね避け、


 時に彼の背後に回りきり、


 走り、


 避け、


 跳び、


 ララの遣う魔法で燃やし、


 アズさんもリシェスもラピスも無言で見守り、手出しはしない。――いや、できないくらいの、つけ入る隙がないくらいの、傍から見れば高速で動く魂のこもった死闘だった。


 剛健なオネストに攻撃を加え続けた。


 ――剛健なオネストに攻撃を加えられ続けた。


 ――そして、



「詰まらない」



 殴られ蹴られ、体の各所から血を流す、俺の心臓を狙った刺突攻撃を、オネストに真正面から素手で止められ、



「所詮は只人の児戯か」



 彼は手刀を俺の腹に突っ込み、臓腑を握る。


「――――――――――――――ああああああああああああああああああっ!」


「ケンシロー! しっかり!」


 そして、


 ――――ブチッ


 なにかの臓器を抉り取られた。


「剣災――――っ!」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!


 血が流れる。


 肉が引き攣る。


 意識が遠――――



「只人の戯れに付き合っている程、己れは暇ではない」



 オネストは砂地に倒れ込む俺に背を向ける。フォーサイス付近の砂だからだろうか、大量の血を噴く俺の体に砂が付着しないのは。



「つらいか? 息ができないだろう。臓器をひとつ失うというのはそういうことだ」



 オネストは掴んでいた血まみれの俺の臓器を適当にどこかへ放り投げ、諦めずに見守ってくれていたアズさんたちの方を向く。



「これが顛末だ。骸竜。貴様の呼んだ助っ人とやらは、本当に期待外れだった」



 オネストが、血だらけの手を骸骨の姿のラピスに差し向ける。


 そしてラピスは――


『砂魔人。今すぐここを立ち去れ。反撃――いや、進撃の機会を窺いたい』



「進撃? じゃあ、其処にいるのは何だ? 戦いもせずに怯えるゴーレムの女と、異能の目を持った奇怪な女。そして骨しかない老婆。――何をひっくり返せば勝てる?」



『そこに倒れている男が、必ず』


「……ラピスめ。この期に及んで俺を頼る気か……頼られる男はまいったね……」



「黙せ」



 ――メキッ


 右手の甲を骨ごと踏み潰された音がした。


「あ…………ッッッ!」



「ふん、臓器をひとつ失って、悲鳴を上げることすらままならないこの矮小な男が、か?」



『その矮小な男が、さ』



「…………」



 虚無を宿したオネストの瞳が、骸の竜と視線を交わす。



「いいだろう。ただし己れはこの詰まらない剣奴と再び戦うつもりはない。適当な相手をあてがわさせてもらう」



『適当な相手? 誰だね?』



「現代の――剣聖だ」



『――っ!?』

「け……!?」


「剣聖だと!? そんなものを名乗るなんて、そいつは頭がおかしいのか!?」


 俺がくらくらしながらもその忌み名に憤っていると、


「きはははははハ! 頭がおかしいだにゃ~んテ、酷いこと言ってくれるゼ。これだから現代っ子は嫌いなんダ」


 狂ったような男の声が聞こえてきた。


『お前は……っ!』


 ラピスの声音が強張る。激痛に身を捩る俺も必死に声の主を見た。後ろからてくてくてくてくと呑気に歩き、オネストの隣に並び立つ。


「どうモ。現在剣聖、ライアン・ソード・ハウリングだゼ」


 二十代後半の、人間の男。さっき宿屋の窓から見た、奴隷のようにオネスト達と一緒にいた人物。色素が抜けたように灰色の髪をしていて、瞳は藍色を淀ませたようだった。ついでにフィロが佩いていた剣を一本拝借している。


『どうしてお前がアバリシアの味方を……っ!』


 骨だけの状態でも怒り心頭なのが分かる、ラピスの激しい声音。


「ただの雇われの傭兵でぇ~ス! いえ~イ!」


 壊れている狂人の声。


「ケンシロー、大丈夫? なんなの? あの人」


 ララが人の姿に戻って俺を治療しながら聞いてくる。


「名乗った通りの人物なら、……本物だってんなら、あいつは現代の剣聖だ」


「――元宮廷騎士団屋内警備隊・第十番隊隊長、ライアン・ソード・ハウリング。剣聖の誉れを背負いながらも、十番隊の隊士全員を斬り殺し、『初めて除隊処分を受けた隊長格』で、剣聖の価値を地に堕としめた狂人。今でも屋内警備隊の十番隊は欠番扱いで、九番隊までしかないという、忌み嫌われよう。――さすがのアタシでも、こいつには『剣聖』のあだ名しか付けられないな。おまけにあの剣聖は――――」


 それ以外のあだ名を付ければ、そのあだ名の言葉まで穢されるっていうことか。


「きはははハハはははははハァ! 褒めんじゃねえヨ! 金髪碧眼ンン!」


 アズさんの声を遮り、剣聖は嗤う。


「隊士全員を殺したですって……!? どうしてそんな……」


 ララは俺の治療の手を止めないまま驚く。初めて聞けばその狂った逸話に驚くのも無理はない。通り名に反して、当の剣聖本人も、


「きははハ! 簡単な理由だヨ、お嬢さン! ――殺したくなったから殺したんダ!」


 しっかりと狂って壊れている。



「剣聖。聞いていたな? 後始末は貴様に任せる。分かっているか?」



「分かんねえなあ。なァにィ? どいつを殺せばいいんダ?」



「……決まっているだろう。――全員だ」



「きははハァ! なんだヨ! そんなに殺してよかったのカ! 大盤振る舞いだなァ!」


 ざわりと空気が変わる。殺意を放ちだしたのだ。――――最新の骸竜・ラピスが。


『亜麻色の少女は少年を治せ! 金言術師とゴーレム娘は走って逃げろ! この老骨がこの狂人を、完全分解する!』


 運命の骨組みが、軋み始める。


第三章12話でした。今朝6時ぶりの更新です。

ケンシローとオネスト

剣災と剣聖

いろいろと対になる関係になるかどうかは私の力量次第ですね。頑張ります。

では、次回以降も応援よろしくお願い致します!

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