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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
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第三章11 断片 隠し事

    □□□□



 正直、画材のことなんてよく分からないし、興味も湧かないし、死ぬ寸前に大事に近くにあるとは思えないけれど、そんな余の隠し事を尻目に、汝は今日も戦うのでありんしょう?


 それは凍える春季の大鉱山で憤怒の鋼竜を倒そうとしたように。


 それは苔生す雨季の大樹海で嫉妬の樹竜を救おうとしたように。


 そしてこれからきっと、夏季の汗ばむ大砂漠で強欲の骸竜の介添えをするように。


 汝はいつも走り回って戦っているなんし。


 自分に、相手に、運命に。


 仕事と称して傷つく汝を見、余は隠れて心を痛める。


 傷ついた汝はしっかりと帰って来るのだけれど、必ず帰って来るかどうかは、待っている身には分からないでありんす。


 余は狩られて帰ってこない親竜が帰ってくるのを、五年ほど待っていたなんし。


 だから汝を引き止めたくなる。


 信じていないわけではないのでありんす。ただ、『もしも』を考えてしまいんす。


 ――今は休んでいいのだと、


 ――今日は眠っていいのだと、


 ――今回は投げ出してもいいのだと、


 汝が傷を負う仕事の度々、余は思うでありんす。声をかけたくなるでありんす。


 かつて汝と敵対した余だからこそ、思うでありんす。


 誰のためでもない、あの娘の為に戦う汝はとても勇ましい。


 余にとってみれば、汝など騎士の――宮廷に仕えるような人の素質はまるでないなんし。


 戦士でもなければ、兵士でもない。勇ましくても勇士でもない。


 剣が無ければろくに戦えない農村出身の男。


 そうだ。汝はやはり『剣士』なのでありんす。


 愛する剣で『敵』と闘い、勝利できずとも納得はするつかさの魂。


 しっかり我慢のできる剣士で、


 しっかり逆転のできる剣士で、


 しっかり破顔のできる剣士でありんす。


 だから余は心配なんし。


 抑え込むことができなくなるくらい、


 二度と立ち上がることができなくなるくらい、


 良い顔で笑うことができなくなるくらい、


 汝の心が擦り切れてしまわないか。


 くふふ。人間が傷ついて、自身までもが傷つくことになるなんて、四〇〇年間考えてもみなかったでありんす。


 余は人間に積怒があった。だから激怒し、赫怒し、震怒し、暴怒し、そして大罪――憤怒を犯したでありんす。


 憤怒のままに騎士を殺し、その償いをするために、汝の奴隷にでもなったつもりなのに、汝はいつも優しくて、余はいつも甘えた声で寄りかかってしまうなんし。


 余がもっと大人な身体で人の姿を成せていれば、もっと汝を誘惑できたのに。


 本当は、魔力が少しずつ回復しているから、実は大人な身体にも成れるでありんす。


 でも汝を慈しむには、今の姿が一番適していると思うでありんす。


 もう少し大人の姿に成ると、もう汝に甘えていい見た目の年頃にはならないでありんす。


 そうしたら、もう汝と同じ部屋で眠るのにはやや不健全な見た目の年頃になるでありんす。


 だから汝を貴ぶには、今の姿が一番適していると思うでありんす。


 余の生きた五百余年に比すれば、汝の十七、八年はとても短い。短いゆえに見ていたくなる。


 だからいつも、先に寝て、途中で起きて、汝の顔を見てまた眠る。刻限が迫れば汝を起こす。


 汝の寝顔を見るのは今のところ、余の特権でありんす。


 苦しそうに眠る日も、楽しそうに眠る日も、汝のことが愛しく貴い。


 汝のこと、全てが貴いと思える。


 汝のこと、全てが大切と思える。


 世の中の大切と、余の中の大切。


 それらはまったく重なり合わないのに、どうしてこんなに気分がいいのでありんしょう。


 それはきっと、やはり汝が『厄災の剣士』だからかもしれないなんし。


 世の中では厄災トラブルを振りまく最悪の剣士だけれども、


 余の中では益体もない戯れ言を振りまく只人の剣士でありんす。


 愛すべき、恋しい、頼もしい、心根の優しい、只人の剣士なんし。


 そんな汝が傷つくさまを、見守りたいような、見たくないような。


 それでも、余が嫌がっても、汝は今日も戦うのでありんしょう?


 それが汝の仕事でありんす。汝が選んだ仕事でありんす。


 それが今の天職でありんす。汝が就いた天職でありんす。


 そんな汝は今日もきっと慌ただしくも、


 身を削り、心を削り、魂を削り、愛を削り、鋼に光る意志まで削り、死力を尽くして闘うのでありんしょう?


「――ああ、傷つく汝の所に、今すぐ駆けつけてやりたいでありんす」


 やはり同行すればよかったと、余は今日も遠い世界の断片で、遠い世界の断片へ向け、暗がりの中にて涙する。


 それとな、ケンシロー・ハチオージ。


 本当は、最初からひとりで服のボタンの留め外しができたでありんす。


 これは、汝に甘えるためだけの、余だけの隠し事でありんす。



    □□□□


第三章11話でした。とある鋼のモノローグです。

今話の文量が少し短い代わりに、今日はもう一話投稿しようかと考えてます。

とはいえ、暦の上では祝日でも、実際の私は休日ではなかったりするので、迷うところです……。

しかし本編を途切れさせたままにするのもきまりが悪いので、なんとかします。

短いコメントでもいいので頂きたいですよろしくお願いします!

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