第三章09 骨太な計画
『ふぁっふぁっふぁ、これではまるで仮面舞踏会だな。どうだ、少年? 老骨と一曲踊ってみるか?』
「アホか。骸骨と踊ってどうすんだよ。できたとしても戦闘民族かなんかの舞踊だ」
ラピスの誘いを一蹴して、我らが未来堂の面々を今一度見る。
――かわいくデフォルメされた耳の長いウサギの仮面を被ったリシェス。
――デザイン性のない三角形の紋様のある、ただの四角い仮面を被ったアズさん。
――不気味な鳥のように長く尖った嘴のついた仮面を被ったララ。
――角を二本生やした悪鬼の髑髏のような仮面を被った俺、ケンシロー。
そして、
――全身もれなく白い骨だけの体になったノーチェ・ラピス・アルキミア……頭の部分だけが人骨ではなく、捻れた山羊の角のようなものを六本も生やした竜の頭蓋骨になっている。
骨だけの翼は服の下に折り畳んで収納し、骨だけの尻尾は腰に巻きつけているらしい。
つまり、この老婆は正真正銘、骸竜なのだ。骸竜の真の姿は――竜骸骨だった。
彼女曰く、『生まれて九〇年ならこの人間と同等のサイズが精いっぱい』だそうだ。
なにが「最新の進化竜」だ。終わりかけじゃねえか。「夭折の竜」のほうがよっぽどいい表現だぞ。そもそも骨だけの見た目でどこが核なんだか。
「どっからどう見ても変人の集まりだな俺たちって……」
「さすがにここまで変装したら恥ずかしくないけどね」
鳥仮面の女の仮面で篭った声。仮面をつけているとララの表情が全く見えない。
「それにぃ~皆そんなに恥ずかしい仮面じゃないですよぉ~?」
ウサギ仮面の女があざとかわいく首を傾げる。
「リシェスはともかく、俺の仮面負け感がすごいんだよ」
ラピスが気を利かせてかっこよく造った鬼の髑髏の仮面。その下にあるのはさして美しくも厳つくもない冴えない男の素顔なのだ。
仮面を外してガッカリされること間違いなし。
「……ヴィオレのことリシェスって呼ぶようになったんだ」
「うっ……」
ララが耳ざとく俺の変化に気づく。
「いやですねぇ~違いますよぉ~ララせんぱぁ~い。皆もウチのことリシェスって呼んでいいんですよぉ~? ケンちゃんがぁ~ウチの『初めての相手』ってだけなんですからぁ~」
「やめろ、リシェス! 妙なことを贋造するな!」
言い方をもうちょっと考えてくれよ。俺泣いちゃうぞ。俺は泣いたらさらに泣くぞ。
「それで進悪。この街に情報屋とやらがいるんだろう? どこで落ち合う?」
『ふぁっふぁ、気になるか? 目が良いとこの街は疲れるだろう? 金言術師』
骸の竜は骨だけになった人差し指を街路に向ける。
俺たちが到着したスペーニャ北東部の街「ウノ」は石畳と石壁に囲まれて、道が何叉路にも分かれるような迷宮のような埃くさい石の街だった。しかも、
「――ああ。アタシの目には確かに疲れるな。見るものすべてが面白い」
行き交う人々は皆、首から上が獣のそれだった。
犬、猫、鳥、鼠、蛙、馬、牛、豚、熊、猪、虎、獅子、蜥蜴……。
「亜人街だったのかよ。ここ……」
さすがヴァレリーの外。街を歩く亜人の比率もそれなり以上に多い。
苛烈な環境のフォーサイス砂漠が目と鼻の先だというのに、こんなにも人――それも亜人の多い、比較的治安の良い街だとは思わなかった。
『彼らは自分たちのことを「獣人」と呼ぶようだけれどね』
「獣の頭の人間で、獣人か。なるほど。これなら俺たちも目立たないな」
人間、亜人、獣人、魔人、混血……この世界にはこれでもかと、人を越えた人が多い。
その上に、獣、魔獣、賢獣と、人ならざるモノまで種別は多岐にわたる。さらには神獣というものもいるらしいから、生物学者は生き物を分類するのにさぞや苦労していることだろう。
「ねえ、ムクロ。今日は面白いお連れさんがいるのね。あたくしと二人で会うのに嫌気が差ししてまったのかしら?」
「――っ!?」
突如、色気を帯びた女性の声が骸竜を呼ぶ。しかし、声をする方向を見ても俺たちに用のある女性は見受けられなかった。街の獣人は仮面を被った俺たちを見向きもせずに闊歩している。
いったいどこから声を……。
「んふふ、そう身構えなくていいのよ。髑髏のお兄さん」
声のする方に俺がキッと敵意を放っていると、
『よせ、少年。大切な情報屋だ。危害を加えるんじゃない』
ラピスが制してきてようやく目の前に不思議な現象を起こしながら人影が現れる。
砂粒たちが風に吹かれるように寄り集まって、固まり、服を着た人の形を成したのだ。
「はじめまして。美男美女の皆さん。あたくしがその情報屋さん、オレイユ・ファム・モンタニエよ」
件の情報屋と名乗った人物は、目元を隠す仮面から覗く紫紺の瞳、淡黄色の髪、褐色の肌をした、胸元から足もとまで、露出の多い服を着た色気のあるおねえさんだった。
「んふふ。あたくし、ムクロのことをとってもとっても待っていたの。待ちぼうけ寸前でしたの。ですから、近くのお宿で休憩しません? んふ」
***
「……せ、世界征服?」
情報屋・オレイユの案内で俺たちは近くの宿に入って彼女の「商品」を受け取る。それが世界征服という穏当ではない情報のことらしい。
俺たちの反応に彼女は「んふ」と上機嫌そうに笑う。
「つまりですわね、砂の王――ベラノ・プリメロ・アンビシオンは領地であるフォーサイス砂漠から版図を広げ、スペーニャ地方全土を統治し、果ては大陸――ヴィクトリア帝国に反旗を翻すつもりですの」
「その情報は本当なのか?」
「情報屋の情報を疑いますの? あなた、自分のお勤め先の商品を買う時に品質を疑ったりしまして?」
「……」
するだろうな。ついこの間も失敗作のペンを店長に売りつけられそうになったし。
「さっきの登場の仕方からして目的と同じゴーレム族だろ? 信用していいのか?」
「んふふ、あたくしはリシェスちゃんと同じく、フラン地方ナイトレイ砂丘出身ですの。危なっかしいフォーサイス砂漠の連中とは違いますのよ。ケンシローさんは極東地方出身ですけれどお隣のチュッカ地方出身者と間違われたらどう思いますの?」
「……辛い料理が食べたくなるんじゃないか」
極東人もチュッカ人も同じヴィクトリア帝国民。出身地の違いで気が狂うほど排他的になる俺ではない。チュッカ側がどう思っているかは知らないけれどな。あいつら帝国に併呑されるまで国民総倒れ覚悟で徹底抗戦したって聞くし。俗にいうチュッカ戦争だ。辛くもヴィクトリー聖国が勝利してヴィクトリア帝国に統一したという今は昔の歴史。
「んもう。辛辣ですのね。じゃあどうやったら、あたくしを信じてくれまして?」
信じる、ねえ。たしかに他に頼りになるものはないし、信じるしかないのか。
「悪かったよ。信じる。ちなみにその情報はどこで手に入れたんだ?」
「ベラノさんとベッドの中で熱くなりながら、ですの」
――えっちなおねえさんだ。
「か、体を売って情報を手に入れたんですかぁ~?」
リシェスが上ずった声で辟易する。仮面越しでも赤面しているのが分かるくらいに。
「色仕掛け、つまりはハニートラップですのよ。娼婦とは違いますの」
『ふぁっふぁっふぁ、少年もゴーレム娘も落ち着け。そういうやり方で生きているものもいるというわけだ。いい勉強になるだろう』
「なんなら避妊のやり方も教えて差し上げますわよ?」
やめろ。下世話な話をしに来たんじゃないんだぞこっちは。興味が湧いちゃうだろ。
「ご安心ください。情報屋さん。ウチのケンシローは去勢済みです」
「だからやめろよ、ララ! そういうちょっと信じられちゃいそうなこと言うのは!」
さんざん股間を蹴り上げてきたのはお前だからな。最近はめっきり無くなったけれど。
「情報屋、つまらない遊びはいいからさっさと教えてくれ。――アタシが剣災の子どもを確実に身篭る方法を」
「アズさん!? なにに興味津々になってんですか!? 俺の子どもってなに!?」
少しだけ前のことを思い出す。リシェス曰く、女の子は男性が思っているよりずっとえっちなのだそうだ。――本当にそうなのかもしれない。えっちなのはいけないとおもいます。
『ふぁっふぁっふぁ、しからばオレイユ。ベラノ一派の暗躍ぶりの情報をこの老骨に与えてくれないかな?』
「んふふ、そうですわね。このままかわいい純粋な少年少女たちでお遊びしていたらバチが当たりそうですもの」
オレイユは人を喰ったような声音で唇を性的に歪め、話し続ける。
「ベラノ一派――『アバリシア』と名乗る一団は約二〇〇人のゴーレム魔人で構成されていますの。出自はもちろん、フォーサイス砂漠出身が多いですわね」
「二〇〇……!? そんなに多いのか!?」
「んふふ、別に多くはありませんのよ? その内、脅威と成り得るのは領主・ベラノを除けば四人。四方戦士と呼ばれる四人の従順なる臣下。特に強いのが側近であるオネストという男ですわ。無愛想で、誘っても誘っても体を許してはくれませんの。あたくしのアレは既に濡れそぼっているというのに……」
最後の部分は聞かなかったことにした。
「アバリシア……四方戦士……オネスト……」
「それでムクロ、そのアバリシアたちを倒せる人を探してくるって言っていましたのに、こんなかわいいコたちで大丈夫なの? あたくし、不安で不安で……」
『ふぁっふぁっふぁ、安心しろ。この鬼髑髏少年は鳥仮面少女と一緒に鋼竜を討ったという経歴持ちだ。そして四角面の彼女は――金言術師で目が良い』
それを聞いてオレイユの口元が安堵して緩む。
「まあ! 鋼竜殺しに金言術師! すごいじゃありませんの! その目とやらでゴーレムの核魂を確実に砕くということですのね!? ……それで、そちらのウサギちゃんは?」
オレイユの、仮面に隠れた視線がウサギ面のリシェスに向かう。
リシェスは考えているのか、しばらく何も答えず、
「ウチはぁ~なにかを護りに来ましたぁ~」
とだけ答えた。
確かにこいつだけちゃんとした目的がなかったんだよな……。
「同じゴーレム族だしなんかの役には立つんじゃないか?」
「あれぇ~? ケンちゃんってばウチのことあんまり期待してなぁいぃ~?」
「してるよ。少なくとも核魂を潰されなければ死なない不死身の……」
そこで俺はふとした疑問が頭によぎる。
「そういえば会議室で砂に分解されたとき、核魂を見なかったけどどうなってんだ? 核魂なしでも生きられる系女子なの?」
「そんな限定的な女子、ゴーレム族の中を探しても見つけられなさそうね……」
「あらあら、リシェスちゃん。核魂のこと全く教えてないの? じゃあおねえさんが教えてあげようかしら。カ・ラ・ダ、で」
うるせえ。聞きます。
――オレイユ曰く、
ゴーレム族の核魂は全身砂状化すると一緒に砂状化し、人間状態の時だけ体内のどこかに核魂として存在するらしい。――つまり、ゴーレム族を倒すには人間状態の時を狙うしかないのだ。しかも体内のどこかにある核魂を狙って。
ちなみに衣服も砂を纏って作るから分解・再構成後にも着衣のままだそうだ。
「んふふ、ちなみに金言術師さん。あたくしの核魂は見つけられまして?」
ここでオレイユがアズさんに挑戦状を突きつける。これでアズさんの目の力を試すのだ。
「ん? ――ああ。眉間だろう?」
「……正解ですの」
あっさりと見破られていた。
「これがその、核魂ですのよ」
オレイユは降参、とばかりに眉間に手を突っ込んで、核魂を取り出す。
「っ――――――」
それは声を忘れるほど美しく、煌びやかに光る丸い黄金色の輝石だった。
オレイユが輝石から手を離すと、再びそれは眉間の中に沈み込んでいく。
「核魂は皆、黄金色。さっきの核魂が壊れたら、ゴーレムである、あたくしは死にます」
ちなみに、核魂は壊れたら完全に砂に成って散るらしいので、殺して奪ってコレクションすることはできない――と彼女は付け加える。
「いよいよゴーレム退治が現実味を帯びてきたな……でも、アズさんを核魂の位置のためだけに戦場に送り込むのはちょっと……」
『それは安心しろ、少年』
腹案があったのはラピスだった。
『これを耳に掛けろ。――金言術師はこの飴玉を』
「あ? なんだこれ? 変な形」
青い色をした歯型の魔道具のようなもので、用途がさっぱり読めない。
『老骨の飴玉盗聴器を仕掛けた相手の会話を聞くための魔道具だ。……そうだな、そのままだが、「ブルートゥース」と名付けよう』
「飴玉盗聴器……で、会話を?」
「つまりこういうことだな、この前、剣災に仕掛けた飴玉型の盗聴器をアタシに仕込んで、アタシは離れたところから核魂の位置を呟く。すると、その『ブルートゥース』とやらに音声が転送され、剣災達が核魂を破壊する――と」
骨だけのラピスは愉快そうな声音で、
『エサクタだ。両者が同じ装備をすれば、遠隔通話が出来るな』
と、賛辞を述べた。
なるほどこれは、――執拗なまでに用意周到だ。骸竜め、骨太な性格してやがる。
第三章09話『骨太な計画』でした。今回は下ネタが多めでした。申し訳ない。
次話あたりから今章の「核」が出る予定です。
それでは次話もよろしくお願い致します。