表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
65/146

第三章06 老骨と土魂の権能

 ヴィオレだった砂が床に散らばる。


「ヴィオレ―――――――――っ!」


 骸竜によって彼女の体は完全に砂となり、会議室の床に散乱した。俺はそれをお骨拾いでもするかのように丁寧にかき集めようとして、


「邪魔よ、ケンシロー」


 とララに首根を掴まれて止められた。


「なに言ってんだ! ヴィオレが! 俺の仕事上の自称ライバルが! ちくしょう骸竜てめえ! いくらヴィオレがゴーレム族だからってこいつは悪いことしてないだろうが!」


『ふぁっふぁ、面白い反応をする少年だな』


 牙を剥く俺の怒りにラピスは薄ら笑いをするのみで、負い目を感じている様子は微塵もない。


「――こいつ!」


「落ち着いてくださいよぉ~ケンちゃんってばぁ~」


「そうだ! 落ち着け、俺! 落ち着かなきゃ事態を正しく把握でき……」


 柔らかく媚びたような声で制されて、俺のセリフは尻すぼみに消えていった。


「……は?」


「やっほい」


 橙色のツインテールで、紫紺の瞳で、褐色の肌で、黒い給仕服を着たヴィオレが笑って俺の肩を叩いていた。


「……は?」


土魂ゴーレム族の体は泥砂でできている。元々の体は砂であり、砂に変身でき、砂から特定の人物へ変身できる。変身というよりかは、体を分解・再構成するという表現の方が正しいがね。……老骨の稚拙な説明で理解はできたかな? 黒髪の少年』


「……そういうことか」


 なるほど完全に理解した。


「つまり、ラピスの骸竜としての権能ではゴーレムの体を分解しても、ゴーレム自体が分解・再構成能力を持っているから、普通の人間と違って元に戻るだけで死なない……?」


 ララが俺の代わりに説明してくれる。


「……そういうことだったのか」


 なるほどそんなに理解できていなかった。


 土魂ゴーレムの権能では体を四散されても死なないのだ。


「えぇ~それだけのためにウチを呼んだんですかぁ~? 酷くないですかぁ~? ウチ、実験用の動物じゃないんですよぉ~?」


 ヴィオレの不平は最もだ。単にゴーレムの能力と骸竜の権能を説明するために呼ばれて砂にされて床にぶちまけられてはたまったものではない。激おこだ。


「でも、それじゃあゴーレムって不死身……?」


『ある意味では不老不死でありんす。しかし、そうではない。ゴーレム族には弱点がある』


「弱点?」


『それが「核魂さねだま」というものでありんす。人間の心臓や脳などの中枢器官に相当する器官で、魂と同義ともいえる生命力の源泉でもある球形の物体なんし。ゴーレムの体内のどこかにあるそれを潰せばゴーレムの魂は終わりんす』


「ほーん。……で、どこにあんの?」


 体内のどこか、では狙いの付けようもない。最悪、頭を貫いても胸を切り裂いても、五体を切り落としても、再生して倒せないことになりかねない。


「そのための、アタシの目か」


『エサクタだ。金言術師』


 ほう。なるほど、アズさんの目ならゴーレムの核魂の位置を正確に視認できる。しかし、


「アズさんがここを離れてゴーレム狩りをするのって結構なリスクがあるんじゃ……?」


「その通りでしゃる。剣災君。アズは剣災君より大事な未来堂の従業員――」


 おい、今のはちょっとひどくないか?


「――ひょんなことで命を落とされたらたまらないでしゃる。それ相応のリターンが無ければ我が輩は商談に乗ら――」


『アレスの樹脂を注文しよう』


 店長の言葉を遮り、ラピスはぴしゃりと提言する。


『フォーサイス砂漠の砂は手や体に付着しない面白い性質を持っている。しかもそれなりに軽く透明なのが売りだ。水に濡らして粘土にすれば綺麗な半透明の粘土細工ができ、それを乾かせば鉄のように固くなる。その性質を利用してこの老骨は軽く丈夫で美しいフィギュア制作を続けてきた』


 つまるところフォーサイス砂漠はゴーレムや芸術作品を生むに相応しい土壌ってわけか。


『――そしてアレスの樹脂と混ぜ合わせると化学反応を起こして黄金色に輝く塗料になる。金メッキというわけだ。老骨はその金メッキを使って黄金色に輝くフィギュアを制作したいと思っている』


 純金じゃないのに金ピカに光る――詐欺っぽくて俺は好きではなかったが、金箔よりも安上がりなのは間違いない。


『――だからアレスの樹脂が欲しいが、アレスの里は壊滅したと聞いた。どうやっても手に入りそうもない。だから老骨はここに来た』


「ほう」


 なるほどたしかに言っていることにおかしな点はないが、


「どうやってローゼが画材店で働いていると知った?」


 未来堂へのローゼ加入の認知度はそれほどまでに広がっていないはず。


 ラピスはまた薄ら笑いをし、「黒髪の君が教えてくれた」と俺を真っ直ぐ見て言う。


「……」


 皆の視線が俺に集まる。


「言ってないけど」


「この、売国奴」とララがぼそり。


「この上ない侮辱を受けたぞ!?」


『ふぁっふぁっふぁ、なにも少年が口を滑らせたとは言ってないさ。ただ、老骨の耳に話しているのが聞こえただけだ。――飴玉は美味かったか?』


「…………あ!」


 道案内の時の!


「盗聴用の魔道具だったってわけか!」


『ふぁっふぁっふぁ、気に入った相手には盗聴器を仕掛けるのが最近の趣味でね』


「ひでえ趣味だなおい!」


 なるほど今度こそ全てを理解した。俺がローゼやアズさんと話していたからその内容をバッチリ聞かれてここを知ったというわけか……!


「すいません、アズさん……」


「気にするな、剣災。お前が生きているだけでアタシはお前が恋しい」


「とんでもなくチョロいな!?」


「それに、フォーサイス砂漠の砂を採集できれば未来堂のプラスにもなる。良い素材からは良い画材が作れるからな」


「それはまあ、そうですけど。なんか、本当にすいません。私のバカが」


 ララは俺の後頭部を掴んで無理やり頭を下げさせた。俺はお前のバカじゃなくて、画架だ。


「全く、剣災君はいらないトラブルばっかりを引き寄せて困ったものでしゃる。――それで、アレスの樹脂をいくらで買うでしゃる? 今やアレス製品は価値が上がりまくりでそれなりの値段じゃないと我が輩は首を縦に振らないでしゃるよ?」


 店長の堂々たる商談モード。商談できるなら俺、悪くいわれる理由ないよな?


『流通価格の十倍で買わせてもらう』


「十……倍……!?」


 いくらか分からないが大金過ぎる!


「今後とも未来堂をご贔屓に頼むでしゃる。ごろにゃん!」


 店長があっさり懐柔されたぁーっ!


 今、この瞬間に、俺たちのスペーニャ地方フォーサイス砂漠への遠征が決まった。



    ***



 骸竜が訪れ、商談を仕掛けてきてから三日後――それが遠征への出発日になった。その為の準備を各自行う。


「まず、砂漠遠征に行くのは、剣災、覚魔、護悪、アタシ、そして依頼主の進悪の五人だ。異論はあるか?」


 アズさんの説明を聞いて俺は手を上げる。


「ローゼが抜けているのはなぜですか?」


「賢樹は既に任せている仕事が多い。紙や木材、燃料に樹脂と、生産してもらいたいものが多いんだ。今回はそちらを優先してもらう」


「なるほどです。わたくしはここで皆さんの帰りを待つことにします」


 ローゼ自身は納得しているようだ。それならいいが、おそらくこれからもそういう選出になることは多いだろう。生産ラインを止めるのが一番まずい。あれ、ローゼって新人なのに頼られすぎじゃないか? 先輩の俺の威厳が……!


『だったら余も行かないなんし』


 続いて手を上げたのはルビー。遠征への参加を拒否してきた。


「……行かないのか? ルビー、お前ここに残っても面白い仕事ないぞ? どうした?」


 とはいえ、鋼竜の力の大半を失って、戦力としても微妙なところだが。はたして不参加の理由やいかに――。


『骸竜と一緒に旅など気味が悪くてしたくないでありんす』


「……」


 約五〇〇歳の竜の――最強の守護竜と謳われたらしい存在の、相手を説得させようと思って使う理由がそれって……。


『ふぁっふぁっふぁ! 来なくていいぞ、鋼竜。竜は竜と無為に慣れ合わないものだ。些末事で喧嘩を起こせば、人は死に、国は荒れ、災いは起きて、大地は滅ぶ。老骨もむやみやたらと大陸戦争を起こしたくないからな』


 すんげえ怖いこと言ってるよ。竜同士の喧嘩って世界を巻き込んだ大惨劇に発展するのか。


『ふん! 汝に勝ち目なんてないでありんす!』


 ルビーは舌を出して『いーっだ!』と子どものようにラピスに悪態をつく。お前の五〇〇年はなんだったんだ。


「……ふむ。じゃあ、護悪は不参加か。それなら、剛砂に同行してもらおう」


 アズさんは少し考えた後にヴィオレを指名してきた。


「えぇ~? なんでウチが行くんですかぁ~? それって危ないお仕事ですよねぇ~? ただの数合わせならすっごい嫌なんですけどぉ~」


 給仕服を着た二十歳の長身の女が媚びるように柔らかい声音で仕事を拒否する。


「ただの数合わせじゃあない。剣災、覚魔、そして骸竜。こちらの装備は十全――いや、万全だ。だがもしかするとぬかるかもしれない。そんな時、ゴーレムの特性に一番詳しいのは、他ならぬゴーレム族の剛砂だろう?」


「むぅ~、それはそうですけどぉ~」


 アズさんにおだてられてもなお、ヴィオレは渋る。


「だいたいヴィオレは剣災君以上に職工の仕事ができにゃいのでしゃるから、役に立てると思った仕事は率先してやった方がいいでしゃる。――それに、旅先で結婚相手に出逢えるかもしれないでしゃる」


「行っきまぁ~す!」


 結婚と聞くや否や遠征の仕事を快諾しやがった。チョロいんだかチョロくないんだか。


「頑張りましょうねぇ~、ララせんせぇ~」


「ちょ、やめっ……くっつかないでよう……」


「いいじゃないですかぁ~、ララせぇ~んせぇ~」


「もう……」


 敬語を使って甘えてくる職場の先輩に腕を抱かれ、強く拒絶できないララ。長身のヴィオレがララを小動物のように愛でている光景は少し微笑ましいものだった。あらあら。


 そうして俺たちの砂漠遠征――つまり休日返上で立てられた地方出張の計画は、実行に移されるのだった。


 それから俺は、骸竜と土魂の権能に、振り回されることとなる。


第三章06話でした。今章の依頼がスタートです。

伝承上のゴーレムと特徴が違いますが、ご容赦ください。

それではよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ