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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
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第三章05 幼い老骨

 ルビーとローゼが着替え中に俺が遭遇したら大変だという理由で、ララは俺の代わりに二人を呼びに俺の自宅へ走って行った。


 未来堂の会議室には俺と店長とアズさんと上客の佳人が座っていた。


『率直に言わせてもらう。この老骨――ノーチェ・ラピス・アルキミアは金言術師、ザラカイア・アズライト・シーカーが欲しい』


 さきほど、道案内にオラクル孤児院を尋ねてきた老年の女性はズバリ言う。


「その商談には乗れぬでしゃるな。あいにく、こちらとしても必要な人材でしゃる」


「アタシも同意見だ。貴様に易々とついていくつもりはない――進悪」


 アズさんが進悪と名付けたノーチェ・ラピスという老年女性はその反応を分かっていたように『ふぁっふぁっふぁ』と笑う。


「ラピス――アズさんを引き抜いて何の目的が?」


『ふぁっふぁ、簡単さね。その目を有効活用したい。正確には、その金言術師をお借りしたい――と言ったところかな』


 ……借りる? 人身売買なら聞いたことあるが、人身貸借は聞いたことがない。


「はぁ~い、お客さぁ~ん。粗茶ですがどうぞぉ~」


 そんな少し険悪な雰囲気の会議室に柔らかいを通り越して間の抜けた声音のヴィオレがお茶出しをしに入室してきた。


『ああ、ありがとう。……綺麗な子だ。きっと素敵な伴侶を手に入れそうだ』


 御世辞なのか本音なのか、ラピスさんはヴィオレを褒める。


「えぇ~そうですかぁ~? 嬉しいですぅ~。でもぉ~そんなにいうんだったらぁ~、誰か紹介してくださいよぉ~」


「やめるでしゃる。剛砂君。今は真剣な話でしゃる」


「……すいませぇ~ん」


 のぼせから一気に冷めたヴィオレはそそそそっと静かに会議室から出ていった。


『――面白い画材店だ。ゴーレムまで雇っているとは。老骨は感心だ』


「ゴーレム? ……まさか、ヴィオレが?」


「気づかなかったのでしゃるか? 黄色系統の髪、紫系統の瞳、褐色の肌――砂漠や砂丘で生まれるゴーレム族の特徴でしゃる」


 そういえば人外種族学の講義でそんなことを聞いた覚えがある。別名を『土魂』と言う。


「……本当になんでもいるんですね。この店」


 ゴーレム族って魔人扱いだからけっこう普通の人間に近い体つきなんだよな……。


 極東人に豪商の娘、鋼竜にアルラウネ族の末裔、金言術師にゴーレムか。そもそも店長が賢獣の猫だからなんでもありありだな、異世界画材店未来堂は。


『して、彼女の生まれはフォーサイス砂漠かね?』


「いや、フラン地方のナイトレイ砂丘でしゃる」


『ふぁっふぁっふぁ、それなら安心だ。しかしナイトレイの砂は――――』


 何に安心したのか分からないが、ラピスは慎ましく笑い、茶を飲む。


「そろそろ具体的にアズの利用方法を教えて欲しいでしゃる。首は縦には振らないけどもにゃ」


『ふぁっふぁ、手厳しい賢獣だ』


「自分の財産は大事にするのが信条でしゃる。――借りる目的は粘土工芸を作る手伝いというわけではないでしゃろう?」


「――」


 ラピスは瑠璃色の瞳をぎらつかせて店長を睨む。


『老骨の職業を知っていたのだね。抜け目ない』


「これでも当店は美術用品の殿堂、異世界画材店未来堂でしゃる。――粘土工芸の天才さん」


「粘土工芸って? 陶磁器でも作る人なんですか?」


「にゃにを言っているでしゃる剣災君は。ここは粘土工芸と言ったら、泥人形でしゃる」


『古臭いな。「フィギュア」、もしくは「ねんどろいど」と言ってもらいたいね。老骨の作品は大衆向けなんだ』


 フィギュア――絵物語などのの登場人物等を粘土で成形して立体化し、色を付けた人形。ナードと呼ばれる若者に大人気の娯楽品だ。しかし書物やら絵物語は基本手書きなので、量産はできない。目で見て書き写す『複写屋』が重要になる。『代筆屋』とはまた別で。


 ――と、まあ今はフィギュアの話か。


「本当にその歳で?」


 若者向けのモノを作る人がこんなに老齢なのは不自然だ。


『ふぁっふぁっふぁ、感性だけは幼稚なままでね』


「ああ、そう……」


 自虐なのか、自慢なのか。


『若さ自慢もいいかげんにするなんし。幼女めが』


 ここでルビーが会議室に到着した。不機嫌そうに尻尾を揺らしている。


「……お前、この人のことを今、幼女って言ったか?」


『面影があったからすぐに分かったでありんす。成長はしても幼女のままなんしな』


「なに言ってんのお前……本人を前に言いたくないけど、こんなおばあさんを幼女って言うのはむしろ馬鹿にしてるだろ。…………あれ? 面影? 知り合いなのか?」


『ふぁっふぁっふぁ。この少年の手首の加護の痕跡、もしかしたらと思ったが、やはりルクレーシャス鉱山の出土品が与えたものだったか』


「――?」


 少女姿のルビーが老婆姿のラピスを幼女と呼び、老婆姿のラピスが少女姿のルビーを出土品と呼ぶ。――なんだこのアンバランスさは。


『五〇年ぶりだな、鋼竜。若作りに必死みたいでなによりだ』


『五〇年ぶりでありんすな、骸竜。大人っぽさを求めて背伸びばかりしていると足の裏が攣るでありんすよ?』


 少女と老女が不穏当にバチバチと火花を散らす。


 ……あ? 骸竜? 竜って言ったか? このルビー!


 俺は確かめるようにラピスさんを見る。墨色の髪、瑠璃色の瞳、矍鑠とした老け顔。


「……竜?」


 ラピスは俺の頓狂な様子を見て愉快そうに笑う。


『ふぁっふぁっふぁ、面白い男だ。――その通り。この老骨の正体は、最新の進化竜「むくろ竜」だ。そこの最強の守護竜「鋼竜」の――同属だよ』


「ぁ――」


 とことん俺には、竜と縁があるみたいだ。



    ***



『――さて、役者は揃った。そろそろ依頼の本題に入りたい』


 骸竜ラピスは指を組んで話し始める。


「その前に、竜がどうこうで何たらって話が未解決のままなんですが……なんでルビーに幼女って呼ばれて?」


『ふぁっふぁ、簡単さ。そこにいる鋼竜は約五〇〇歳。しかしこの老骨はこの世に生をなして九〇年しか経っていない。そこの若作りにはこの老骨、赤子も同然なのだろう』


「あー……なるほど」


 竜ならではの歳の差。俺には九〇歳の御仁を赤子認定することは到底できないが。


『ハン、名前を出したくないでありんすが、樹竜からしてみれば骸竜などまだ魂ができたばかりの、存在ともいえない存在なんしな!』


「たしかに二千年も生きているとなるとそうなるな……」


 ルビーを呼び終わり、俺の隣の席についていたララが苦笑する。


『名だたる竜の中でも最強の守護竜と謳われた鋼竜が画材屋の職工に負けるとは、体に錆びでも浮いたか?』


『ちょっと体調が悪かっただけなんし。そっちこそ、ガリガリの体に肉は付いたのかえ?』


『肉は付かないままだが骨太さ。牛乳は毎日飲んでいるからね』


『ほう、乳を飲んで体調を整えるとはまだまだ乳飲み子のままのようでありんすな』


『そういう鋼竜も今の若作りの結果じゃ山羊の乳しか吸えない顎になっているんじゃないか?』


『なにを申すか。あれば鉄鉱石のひとつやふたつ、いまでも食べりんす。そっちこそ、まだ足を使って歩けないんじゃないかえ?』


『莫迦を言わないでもらいたい。膝の皿が擦り切れるくらい、老骨は歩いて足を酷使している』


『歩く! ふはは、飛べない竜はただの骨でありんす』


『ふぁっふぁっふぁっふぁっふぁ……』


『くふふふふふふふふ……』


 竜二人の舌戦なのか会話なのか分からない者に俺は割って入る。


「ちょっと待ってくれ。……竜って何体いるんだ?」


 俺が今まで出会った竜は鋼に樹。そして骸。まさかこれ以上うじゃうじゃいるのか?


「飛竜みたいな低俗種を含めれば三十種を超えるでしゃる。……しかし、悪竜と呼ばれるそこの護悪君や進悪君クラスのレベルの竜は十人いるかいないかでしゃるな」


 飛竜が低俗ということはこの際忘れて、思う。


「ルビーやバウム=バウムみたいなのが十人くらいいるのか!?」


「十頭くらいの方が正しいんじゃないかしら」


「どっちにしてもだろ!」


『安心しろ、少年。人間に抑えきれない強い敵意がある竜なんてそこの退化した鋼竜くらいのものだ。他は比較的安全だし、鋼竜を倒せたならば、臆する相手ではない』


「なるほど……」


 ひとまず安心。ということは、鋼竜を倒した俺ってめちゃくちゃ凄い人間なんじゃないか? もしかして二〇〇万ヤンって報酬は安かったのか!?


『いいから依頼というものを話しんす! 汝、もしかして余をからかいに来ただけかえ!?』


 骸竜は『ふぁっふぁ』と笑う。


『そんなことはない。れっきとした画材関係の仕事だよ。鋼竜は眼中にない』


『むかーっ!』


 ルビーが小さい体を大きく見せようと躍起になる。どっちが年上なんだか。


『さっきも少し話したが、フォーサイス砂漠だ。スペーニャ北部の大砂漠の』


「ゴーレムがなんとかって? ……そういうことか、進悪」


『そうだ。とあるゴーレムを殺す目を借りたい。そのために、老骨にはザラカイア――』


「短くアズと呼べ」


『――金言術師アズが必要だ』


「にゃぜ、ゴーレムを倒す必要が?」


『フォーサイスのゴーレム族は、名物フォーサイス粘土を私有化して我々外部の人間を排斥している。このままでは老骨のフィギュアが作れなくなってしまう』


 なるほど。自分の創作活動の邪魔をするやつは殺すと……その思考のキレ具合はさながら、マッドアーティストだな。粘土だけに。


『ふん! だったら汝の権能でまとめてぶっぱなせばいいなんし』


「権能? ルビーで言う凍結能力みたいなやつか」


 あの時空を凍らせる最強の名にふさわしい権能。妖刀『斬魔』であっさり使えなくなっていたけど、そういうことを気にしてはいけない。


『たしかに、老骨にも竜の名に恥じぬ権能がある。しかし、ゴーレムには効かないのだ』


「どういう……ことですか?」


 ララは小首を傾げて疑問を呈す。最強でないなら殺せない相手もいるだろうが、しかしたかが魔人種相手に後れを取ることなど……。


『老骨の権能は分解と融合だ。老骨自ら分かり易く説明しよう。それがとてもゴーレムと相性が悪い。さっきのゴーレム娘を呼べ』


『なにを偉そうに。呼んでください、と言うでありんす』


『……ゴーレム娘を呼べ』


 ……このドラゴンズ、仲悪いな。





「なんですかぁ~? 大事な話があるって聞いたから来たんですどぉ~? ウチって職工じゃないですかぁ~? あんまり商談に首を突っ込むのは気が引けるって言うかぁ~」


 呼び出されたヴィオレは柔らかく、媚びたような声で不満を示していた。


 長身の女がその口調で話していると、少しアンバランスな感じがする。


「客人の言うとおりにするんだ。剛砂。今日の仕事がつかえている」


「……はぁ~い」


 彼女は半眼で、注意したアズさんを見下ろして眺め、ラピスの近くまで行き、もう一度、


「なにかするんですかぁ~? 言っときますけどぉ~、ウチってぇ~、痛いのは苦手じゃないですかぁ~?」


 なにやら言うが、「じゃないですかぁ~」じゃねえ。知らねえよ。


 ラピスはヴィオレの頬に触れ、征服欲を満たしたかのように笑む。


『褐色でつるつるの肌。極東の茶飲み碗でも触れているようだ』


「えぇ~? それってぇ~、褒めてるんですかぁ~? なんかウチ的には不本意な――」



 バシャッ



 ヴィオレの肉体が服ごと、砂に成って弾け散った。


第三章05話でした。いよいよ今章の竜『骸竜』の登場です。

次話あたりでケンシローたちの今回の仕事の具体的な内容が分かるかと思います。

ぜひともこれからもよろしくお願い致します!

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