第三章03 柔らかい
「にゃに? ペンが欲しい……でしゃるか?」
場所は移って年中無休の異世界画材店未来堂。そしてその店長・賢獣アオネコは確かめるように俺に聞き返す。
「ああ、手紙を書こうと思いまして。それでどうしてもペンが必要なんです」
「家にペンがないという状況がそもそもありえにゃいと思うのでしゃるが、まあいいでしゃる。どの安物がいいでしゃるか」
俺が安物を所望していると思われているとは、やはり店長も俺をよく観察している。
「すっごい多機能で書きやすくて壊れにくくて半永久的に使える安物がいいです」
「そんなものこっちが欲しいでしゃる! 釘でも使ってろ!」
ネコパンチを食らった。くぎゅう……。
とりあえず。
今日の俺は半分客なのでサボりとかではなく堂々と店の中の品々を眺める。
いろいろとペンにも種類があり、
文章を書くためのペン軸とペン先はもちろんあり、ペン軸の色のバリエーションも豊富。
そして絵物語を書くためのペン軸と種類の多いペン先――Gペンだかカブラペンだか色々。
さらには鉛筆という黒鉛かなにかを固めて作った木なのかペンなのかよく分からない代物まで。
もちろん故郷である極東地方の文房具である墨筆まで取り揃えていて、ここは本当に異世界か何かではないだろうか。店名の由来が気になるところ。
「剣災君には貧乏な文筆家が使う安いペンでいいのではないでしゃるか? その鉛筆はすぐに消耗するから高級品でしゃる。汚い手で触るにゃ」
なるほど……たしかに鉛筆という一品、寿司を食べ終わった俺には払うことができない値札がついていた。汚い手は余計。しっかり醤油の香りがついている芳香を纏った手だ。
「そうですね。安い普通のペンにします。あとはインクかな」
「君の血じゃダメなのでしゃるか?」
「普通に考えてダメでしょ!」
血文字の手紙とか読むの怖すぎるだろ。自分を殺した犯人の名前くらいしか書かねえよ。
「ふむ。じゃあそこの一番安い黒インクを買えばよろしい。さっさと代金を寄越すのでしゃる」
「へーい」
「その商談、待った」
俺が金にがっつく猫店長に代金を渡そうとしたところで、眠たそうに覇気のない女性の声が待ったをかける。今日も仕事だったんですね……。
「お疲れさまです。アズさん」
ザラカイア・アズライト・シーカーさんだった。金髪碧眼で、巨乳と美貌の持ち主。あとは……そうだな、金言術師だ。
「アズ、職人が店先に首を出すのは……」
「剣災は多機能で書きやすく壊れにくく半永久的に使える品をご所望だ。店長、そのペンではダメだ。アタシが昔作った失敗作じゃないか」
「ちっ、バレたでしゃる」
「失敗作売りつけようとしてたんですか!? ちょっと、この店のコンプライアンスはどうなってるんですか!」
「ふん、異世界には異世界の、未来には未来の自由なルールがあるのでしゃる」
「それってもしかして店名の由来ですか、違いますよね!?」
横暴な悪徳経営者すぎる。
「やれやれ。剣災の欲しい画材はアタシが作る。アタシが剣災の画材だ」
「アズさん……」
すげえかっこいいこと言った! やべえよ、こんなこと美女に言われたら惚れないと社会に殺されるよ! でも素直に惚れられないのはどうしてだろう。
「アズ、店の材料を使うのでしゃれば製作費は君が出すのでしゃるよ?」
「もちろんだ。これは投資だからな」
なんの投資ですか……?
アズさんは言いながら俺の両手に触れてきた。
「剣災、ペンはどっちで握る?」
「右です」
剣と同じく。
「分かった」
アズさんはそのまま俺の右手をとり、その形を確かめてきた。俺に最適なペンの形を作ろうとしてくれているのだろうが、すごいむずむずする……。柔らかい。
「ごつごつでざらざらしていて、マメが潰れた形跡がある。……本当にお前は剣ばかり握ってきたんだな」
「アズさん?」
アズさんは俺の手をじっくり観察し、感想を言って頬ずりし始めた。俺はアズさんになにをさせているんだ……。
「剣災、ついでに指を舐めていいか?」
「なんのついでですか。ダメですよ」
「……ダメか?」
優しい声と碧い瞳が俺を見つめる。
「ダメですよ」
優しい声と黒い瞳で俺は見つめ返す。
「お前もアタシの体を舐めていいぞ」
「え!? マジで!?」
「店先で何をやっているでしゃるか! 昼間から色気づくでにゃい!」
またしてもネコパンチをくらった。俺だけ。
「せんぱぁ~い。なにしてるんですかぁ~? ウチの頼んだ仕事全然進んでないみたいなんですけどぉ~? もしかしてぇ~サボりですかぁ~?」
酷く柔らかく、男に媚びたような声。
店の奥からそんな俺の知らない女の声がして、俺は怪訝に思う。
「今の、誰ですか?」
「剛砂だ」
「剛砂くんでしゃるな」
「――?」
いや、だから剛砂って誰?
「剛砂君はこの店の従業員でしゃる」
「また新しく採ったんですか? この店はもしかしてようやく黒字に?」
黒字経営はいいことだ。それなら俺の給料も上がるかもしれない。――いや、賃上げ予定額を新しい従業員の分に回されるかも!? これは大事件だ!
俺がひとりで大焦りしていると、アズさんがそれを見定めて否定する。
「違うぞ、剣災。剛砂はお前が来る少し前から未来堂の職工だ。お前の先輩だな」
「先輩か……嫌な予感しかしない……」
なにせ俺の唯一の先輩は現在。悪罵を撒き散らして世界を飛び回っている相当なキレものの絶佳人だからだ。
若干性格の矯正はされているあの人だが、あんなのが増えるのは勘弁してもらいたい。
「でも今まで見なかったのはなぜですか?」
「剛砂君は就職して二ヶ月で休職していたでしゃる」
「休職? 気の病気ですか?」
こんな職場では鬱々とする人もいるだろう。世界は今日も病んでいるのだ。
「まあ、あれも気の病気と呼べるのでしゃるかね……」
言葉を濁す店長を見て、アズさんが続ける。
「あいつは修行していたんだ」
修行……なんだろう。花嫁修業とかだったらかわいらしいけど、絶対違うな。この店にそんなかわいいことをするやつはいない。ローゼは……しないな。あいつはもう花嫁のスキルが備わっている。あのうら若い楚々とした見た目で本当は四十代だからな。
「なんの修行だったんですか?」
「……本人に聞くでしゃる。剛砂君! 男の上客でしゃる!」
店長はそう言って剛砂某さんを呼ぶ。工房まで届くように大声で。
するとどたばたと走る足音が聞こえて、
「ちょっとてんちょぉー! なんで男性のお客さんにその名前を教えてるんですかぁー!?」
剛砂某さんが怒気と焦りを含ませた声でやってきた。
現れたのは黒を基調とした給仕服の長身の女。俺よりも少し年上で俺よりも少し高いくらいの長身。橙色の長髪をツインテールにしていて、瞳の色は紫紺。そして――褐色の肌の持ち主だった。
怒り顔で現れて、そして俺の顔を見た。それから――
「……やめてくださいよぉ~。先輩の悪ふざけに付き合うなんてぇ~」
やはり男に媚びた柔らかい声で会話をし始めた。
「にゃるん。安心するでしゃる。ここにいる腕っ節くらいしか能のなさそうな男はケンシロー・ハチオージ君という名前で、剛砂君の三か月後に就職したこの店の従業員でしゃる。正真正銘、腕っ節くらいしか能がないでしゃる」
それを聞いた剛砂某さんは「……え? マジ?」と呟き、俺を見る。
彼女を見つめ返してやはりと思う。やはり俺より背が頭半分ほど高い。男の中でも背が高めの俺の視線が、彼女の目を見るのに少し見上げるくらいだ。
次の瞬間、
「イケメン君キタコレ――――――っ!」
と、謎の言語で快哉を叫んだ。魔法か!? 魔法の詠唱か!?
「――っ!?」
思わず褒められたことに気づかなかった。イケメンってちょっと照れますよ、あはは……。
「ねぇねぇ、ケンちゃんって恋人さんとかいますぅ?」
「ケンちゃん? 恋人?」
褒められたはいいが、いきなり愛称を付けられ、プライベートな質問をしてきた。
なんだよ「ケンちゃん」とかいう愛称。フォルテの「ケン」も最初は相当我慢したんだぞ。なんか犬みたいだし。
「恋人はいない……です」
「へぇ~、じゃあウチってぇ~、いくつに見えますぅ~?」
脈絡もなく面倒くさい質問してきた……。先輩からの敬語ってなんか嫌だな……。しかも背が高いから若干の威圧感さえある。
先輩からの質問「いくつに見えるかどうか」か。じゃあ、見たまんま正直に答えてやろう。
「俺の目には剛砂さんは一人にしか見えない」
どさくさで思いついた――秘技・人数返し。何歳という意図の質問を何人という質問にすり替える高等サバイブ術だ。そして大概の人は一人だ。双子や憑依霊等を除けば。
「……」
閉口する剛砂某さん。ふはは、一矢報いてやったぜ。――――え?
剛砂某さんが泣きはじめた。
「うえーん、てんちょぉ~! ケンちゃんがウチをいじめてきますぅ~!」
えええええ……。なんで泣いてんの? この人。二一、二歳くらいだと思ったけどあえて気を遣って言わなかったんだぞ?
「よしよし、剛砂君はひとりじゃないでしゃる」
しかも店長の肉球に慰められている始末。俺はなにか間違えたことを言ったか?
「剣災君。このどうしようもない子を紹介するでしゃる。この子は名前をリシェス・ヴィオレ・ヌウェル。ピッタリ二十歳の女の子で、昨日まで『花嫁修業』というお題目の婚活パーティに行って休職していて、誰とも結婚できなかった独り身の従業員でしゃる」
「ぁ……」
なるほど、この女は……俺が見えていた以上に独りだったのか。
第三章03話でした。新ヒロイン登場回です。この子が今章ではいい仕事をする予定ですので、是非とも読み進めてみてください。
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