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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
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第三章02 竜の加護があらんことを

 七月の太陽が高く昇って燦々と輝いている。俺の決意表明を、そして俺を祝福または応援しているかのようだ。今なら俺の頭にもぱやぱや~と花が咲きそうだ。


「んん~~~~んん~~」


 ララとの昼食を終え、俺は一人で自宅に向かっていた。鼻歌を歌いながら少しだけ上機嫌で。


 ――ララ・ヒルダ・メディエーター。俺の剣。俺の相方。


 言葉で整理はできないが、受け入れてもらえたことがなんとなく心を浮き立たせるのだ。今なら空も飛べそうなくらい。


「んふふっ」


 あ、やべえ。今の笑い声はちょっと気持ち悪かったかな。


『少年』


 ルビーは昼食に置いて行かれてさぞかし怒り心頭だろう。しかし俺にはララに持たされた寿司のお土産がある。さすがに竜なら生魚に抵抗は薄いだろう。これがあれば怖いものなしだ。ふはは! 勝った!


『そこの黒髪の少年』


「……ん? 俺?」


 ハスキーな、そして老齢な、そんな女性に声をかけられる。


『そうだ。君だ』


 足を止めて向くと、やはりそこにいたのは老齢な女性だった。老婆と呼ぶにはふさわしくない。しわも目立たず、腰も曲がっていないからだ。しかも背は俺より少し低いくらいだが、女性としてはやや高め。上手に年をとったというべきか、美しく元気に老いたような七〇歳手前くらいの女性だ。彼女の透き通るような瑠璃色の目のせいで若々しく見えているのだろうか。


『黒髪の君に話があるんだ』


「はあ……?」


 彼女自身も紙にインクをこぼしたかのような墨色の髪をしている。


『道案内をお願いしたい。オラクル孤児院を知らないかな?』


「オラクル……孤児院……何の御用で?」


 あそこは実の親に忌み嫌われて捨てられた子どもが行くようなところだ。別に俺は嫌ではないが、そこに行くということがどういうことか分かっているだろうか。


『この老骨に欲しい人材があるんだ』


「……」


 欲しい人材と言った。孤児の引受人だったか。


「……客の来ない素寒貧な画材店の、裏の裏の裏の日の当たらない場所だよ」


 俺は正直に口頭で案内した。異世界画材店の近く、もっとじめじめした日の当たらないところに存在を恥じて隠されたように、その孤児院はある。


 老いた女性はふっと笑い、鞄から何かを取り出す。


『ありがとう少年。おかげでこの老骨はようやくたどり着けそうだ。――これはその礼だ』


 彼女は俺に小さな玉を投げて渡した。すかさず受け取る。


『じゃあな、少年。また会える日まで。――竜の加護があらんことを』


「――あ? はい。それじゃあ」


 竜の加護なら既にある。何度も何度も助けられた。今はもうないが、右手首にはかつてあいつの加護の証が結ばれていた。そしてその魂にも似た熱量は今も心の中にある。


 老いた女性はそのまま歩きだし、そして人の陰の中に紛れて消えた。


 俺がお礼としてもらったものは――――飴玉だった。おばあちゃん!


 さっそく俺はもらった飴玉を口に含んで上機嫌を取り戻す。



    ***



 自宅の郵便受けを確認する。特に何もない。べ、別に寂しくなんかないんだぜ。


「たっだいまー」


 だって俺には天使のようなアイドルドラゴンがいるから。


『ケンシローおかえり!』


 家の扉を閉めるや否や、俺の胸に飛び込んできたのはルビー・メタル・シルバー。ルビーでメタルでシルバーな女の子。紅玉の瞳を輝かせ、銀色の髪を揺らしている。かわいいなぁ。


 そしてすぐに俺のお土産の寿司をひったくって部屋の奥に戻った。かわいくねぇ!


「お帰りなさい、ケンシロー様。お食事はどうでしたか?」


 俺の帰宅をまともに出迎えてくれたのは深緑色の髪の毛で、その髪の毛から何輪もぱやぱや~と花を萌やす翡翠色の目をした女の子、俺の花飾り、ローゼ・ラフレシア・アレスだった。


「ああ。楽しかったっていうか、飯食うだけだったけど、まあ有意義な時間だったかな」


『オスとメスが二人きり。やることはひとつでありんすな。いやらしいなんし。もぐもぐ』


「食いながら話すな。あと飯食うだけだったっつっただろが。いやらしいことなんて微塵もしてねえよ」


 そんな目でララを見たことなど少ししかないのだ。いや、たまに、かな。うん、最近は増えたかもしれないけれど。


「そっちは引っ越しの荷解きとかは終わったのか?」


「はい。もともと逃げるように里を出てきたので荷物自体はそんなに多くなかったですよ」


 にこっとローゼは笑う。


 彼女の住んでいたアレスの里は突如として滅んだ。後のアレス大災である。それで彼女はヴァレリーに移り住み、正式な賃貸物件が見つかるまでララやアズ、未来堂の従業員の家を転々としていた。そして見つけた物件は――


「俺の隣の部屋か……。やっぱり思うんだが、よかったのか?」


「はい。いきなり一人暮らしというのも心細いので、近くにお知り合いがいると助かるのです。助け合いです。お家賃も安いですし。ケンシロー様の後見人です」


 後見人。俺を後ろから見て根を張り、ことを為すのを待ち、はなむけをする人。


「ああ、助け合いだな。おかげでおもりを少しだけサボることができた」


『誰のおもりをサボるだなんし!?』


 寿司の入っていた空の容器を投げつけられた。食うのが早いなあ。


「お前だよ、お前。尻尾を生やしたキュートなアイドル」


『なんでありんすか! 余に何か文句があるのかえ!?』


「いっぱいありますけど!?」


 自覚ないのか!


『ふん、だったら余にさっさと焼き立てのパンを献上するなんし』


「その契約はもう少し先まで伸ばしてください。ララと寿司を食べたら金がなくなった」


『うがー! ケンシローとハチオージのアホー!』


 どっちも俺じゃねえか。おい。ララはいいのか。


「そ、それよりケンシロー様。頼まれた便箋が完成しましたよ!」


 見かねたローゼが仲裁という名の話題のすり替えを行ってきた。


「お、便箋か。ありがとう。ようやく返事が書ける」


『ふん、返信を届ける方法などないでありんすがな。あの悪罵女め、未練たらたらと……』


「フォルテは口こそ悪いが性格はちょっとしか悪くないぞ」


「もうちょっとフォローしてあげましょうよ……」


 ローゼの苦笑。


 アレス大災以来度々、異世界画材店未来堂には俺宛に手紙が届く。いや、主治医の意見書か。差出人はフォルテ・シロフォン・クラシック。アレス大災の最後の花火をその身に受けながら辛くも生き残り、今は自分探しの旅と称して「灰桜色の髪をした少年」と世界を放浪しているらしい。俺をはるか遠くから診守り悪罵するお方。


 仕事はもうしたくないと、お前も止めてしまえと、意見書という手紙にたまにしたためているのだ。悪罵にまみれた言の葉の隙間を縫うように。


 俺はその人に手紙の返事を届けたいと思っていたのだ。消印がバラバラで、どこかに拠点があるわけではない。だから届ける方法は全く思いつかないし、届けるというより、感情の整理をつけるという意味で文にして分かり易くしようという魂胆だ。


『くふ、正妻に隠れて浮気相手と文通とはのう』


「正妻って誰だよ。いねえよまだ。どこにいんだよ。どうやってゲットするんだよ」


 そもそも、フォルテを浮気相手にするのはフォルテにも失礼だろうに。


「ハチオージ家は代々ひとりの女しか愛さないんだぜ」


『全くもって嘘くさいなんし。そもそも汝がハチオージの姓を名乗っているのは汝の出身地がそうだったからでありんしょう? 汝の家には名字がない』


「……」


 まあ、そうなんだけど。故郷の母さん元気かなぁ……。


「とにかく、俺の一族の男どもは先祖代々ひとりの女を愛するのさ。なぜなら他の女に手を出す前に何らかの形で死ぬから」


「可哀想な一族ですね……」


 愛に不器用だと言ってくれ。父親は蒸発済みだから死にカウントしていいだろう。とはいえ、母さんからの受け売り文句なのだけれどな。


「とにかく、アレスの紙でできた便箋なら燃えず、濡れず、折れず、破けても再生する。遠く離れた相手へ手紙を出すには丁度いい。ありがとよ、ローゼ」


 なにせ遠く離れた人に手紙を出すということは、その手紙は長い旅をするということなのだ。丈夫な方がいいだろう。


「よし、ルビーはローゼに相手してもらえ。俺は今から手紙を書く準備をする」


「準備? 指の体操ですか? それならわたくし、いい関節のほぐし方を知っていますよ!」


 分類学上は植物に近いローゼにも関節の類はあるらしい。いや、そりゃそうだけれども。


「――いや、違うんだなこれが」


『ふえ? じゃあ、準備とはなんなんし? 心の準備かえ?』


「ふふ、それもそうだが……俺は手紙を書くためのペンを手に入れるために、――職場である画材店未来堂へ買いに行く。ペンが無きゃあ、手紙は書けないからな」


 学生時代に使っていた嫌な思い出しかないペン達は、卒業を機に全部捨てたか、今はもう壊れたかしたのだった。


 ――――竜の加護があらんことを、か。


第三章02話です。しばらく体調的な理由で一日一話予約投稿が続きそうです。

投稿自体出来ない日もあるかもしれませんが、その時は察してください。

この時期の気温の変化は厄介ですので皆さんもお気を付け下さい……。

感想やご意見などいただけると力になるはずですので、可能であれば是非!

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