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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第3章 士魂死闘篇
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第三章01 剣と画架

 はしばみ色の瞳が困ったように俺を見る。というか、視線で俺を殺そうと睨む。


「これ、なに?」


「寿司だ」


 寿司……握った酢飯――シャリ――の上に魚の切り身――ネタ――などを乗せたもの。醤油をつけて食べる。極東の郷土料理。超美味い。


 俺は確かに寿司屋に来る前にララにそう説明したはずだ。水墨画家のジンエモンさんに紹介してもらった首都ヴァレリーに一軒しかない寿司屋の前でだ。


 いつもは肩で切り揃えられていた亜麻色の髪を、今日はオシャレに結っているララ・ヒルダ・メディエーターは無言で箸を使ってネタをつまむ。箸が使えるところはさすがお嬢様。


「マスター、この魚、生焼けだからもう一回焼いてもらえないかしら」


「ちょい待て、ちょい待て! これは新鮮な生魚を食べるっていうそういう料理なんだよ!」


 そうだ。これは料理という枠を超えた一種の――――俺の魂?


「はあ~!? あんた何言ってんの!? 生魚食べるとかどういう神経してんのよ!? 私に変な部族の成人の通過儀礼を押しつけないで!」


「おのれ俺の、そして俺の故郷の魂を……! 激痛を伴う地獄の時間みたいに言うな! とりあえず食えよ、美味いから!」


「私は信じないわよ! 生食なんて蛮族の所業! 食べても絶対美味しくないもの!」



 迂闊だった。アレスの一件でララと二人で飯を食べるというご褒美を所望したのはいいものの、食事処は一任されてしまい故郷の味を紹介しようとしたのだが、……ヴァレリーは生魚や生肉、生卵を食べる習慣のある人が圧倒的少数なのだ。おのれ俺の魂……。





「おーいしい!」


「そりゃあよかった……」


 手のひら、すげえ、くるっくるしたなぁ……。


 寿司に満足してくれたようでなによりだが、俺はこの寿司に満足していない。だってヴァレリーと故郷で獲れる魚や品質が全然違うんだもの……母さんと一緒に食べた寿司の味が忘れられないだけかもしれないが。


「ねえ、このウニってやつもっと食べたい!」


「お前、高いやつをさらっと選ぶんだな……あと割り勘だから」


 ウニはここら辺では北の海でしか獲れないようで、少しばかり値が張る。ヴァレリーではウニを食べる習慣がほとんどないため、獲る人の絶対数も漁獲高も少ないからだ。


「ウニって魚のどの部位なの? すごいとろとろしてるけど、どんな魚なの?」


 ララはどうも山葵がお気に召さないらしく、さっきから黒は不吉だとか言いながらも、軍艦巻きの方ばかりを食べている。ふ、子どもめ。


「魚じゃなくて、トゲトゲしている動物だ。イガ栗みたいなやつ。それの……内臓っていうか、……核?」


 精巣や卵巣を食べているのだとはさすがに言えなかった。おのれ俺の魂……。


「核かぁ……核がこんなに美味しいんだから、きっとこの魚の魂は綺麗だったのね」


「いや、だから魚じゃないって。なんか原生生物みたいなやつで……ってそれどんな理屈?」


 核が綺麗なら魂が綺麗ってちょっと単純すぎやしないですかね。


「いいのいいの。変なもの食べさせられているわけじゃないならそれで。――それより、ダイギンジョーってやつをそろそろ入れたいんだけど。そうね……あのリューセンってやつにしようかしら」


「お前本当に高いの好きだな!? さすがに酒は自腹だからな!」


「えー?」とララは渋るが、結局飲みはじめた。


「だいたい、今はまだ昼だ」


 そう。今日の俺たちは店の公休を使ってランチに寿司を食べに来ていたというわけだ。さすがに全部は払えないから割り勘で。


「いいじゃない。休日くらい昼間からお酒飲んでも。ヴァレリー人は昼に飲んだお酒で悪酔いしたりしないのよ」


 どういう体質だよ。冗談ってバレバレだ。こいつ絶対常習的に飲んでやがる。


「――でも、本当にどうしたの? 私とご飯が食べたいだなんてことをご褒美にするなんて。もしかしてあんたって私が思っていた以上にバカなの?」


「ああそうだな。ララと二人で飯が食べたいだなんて言い出すようなやつは、既に気が狂っているか、もしくは自ら進んで気を狂わせようと思っているかのどっちか――いった」


 叩かれた。純粋なバレバレの冗談だったのに。


「同棲相手のルビーまで未来堂の新人のローゼに押し付けちゃって。それでどうしてか弱い女の子と二人きりになりたかったわけ? 三行で話しなさい」


 どこ語で三行だよ。か弱いって誰だよ。


「……夢の話をしようと思って」


 恥ずかしくて顔に熱を感じながら俺は答えた。やはり俺も少し酒を入れた方がいいのかもしれない。


 ララは怪訝な顔をして、


「騎士に成りたいって話?」


 と、いきなり核心を言い当てた。


「そうだよ。正確には、――――騎士に成ることを諦めたって話しだ」


「…………」


 ララは沈黙し、そしていきなり立ち上がり――――



「ふっざけないでよ!」



 魔法騎士養成学校でインクをひっかけられたことはあっても、顔に醤油をぶちまけられたのは初めてのことだった。


「ララ、落ちつけ。店の店主が困ってる」


「そんなの知らないわよ! だってあんた、騎士に成るために……! だって……!」


 ララの憤慨顔は恐ろしく俺を睨みつけている。怒るのも無理はない、か。


「ララ、ちゃんと話を聞け。俺はもう、騎士は目指さないって話しているんだ」


「聞こえてたわよ、ちゃんと! もう剣はとらない。戦いもしない。生きることすら諦めたってそういうことでしょ!?」


 いや、生きるのは諦めていないし、


「剣はとるし、戦いもするよ」


「じゃあそれはこの国では騎士じゃ――」


「違う。騎士じゃないんだ。俺は皇帝陛下を守るためには戦えない。戦う気が起きない。宮廷騎士はもう目指さない。でも剣はとるし、それで戦う」


「……」


 ララは落ち着いたのか、呼吸を穏やかにして、すとんと椅子に座り直す。


「じゃあ、あんたは何のために戦うっていうの?」


「それは……その……」


 それはとても言いづらいことだった。とてもとても言いづらいことだった。


「大切なものを護るため……?」


 俺の回答がはるかかなた明後日の方向に向かっているように聞こえたのか、ララはぽかんと小さな口を大きく開ける。


「大切なものってなに?」


「うっ……それ、は……」


 大切なものを護るために戦う。それ以上のことを考えていないわけではない。むしろ、それ以上のことを伝えるために俺は今日、ララと二人きりで食事をとっているのだ。決して醤油を顔にぶちまけられたりするためではない。かゆい。うまい。


「ルビーとアズさん。そしてローゼとアオネコ店長とか店の皆。特に…………ララ」


「――――っ!」


 ララが活字にならない変な悲鳴にも似たか細い声を出して顔を赤らめた。


「私が……大切?」


「いや、その……なあ? 大切っていうか、大切じゃないっていうか、大切な皆を護るために剣になったララで戦うっていうか……もちろん剣になったララも大切で、それはつまりララは俺の……」


「私はあんたの?」


 ここで俺はジンエモンさんの言葉を借りる。


「……相方、かな?」


「相方……相方……」


 ララは無理やり自分の頭に納得させようとしているのか、何度も何度もその単語を呟く。


「そうだ。言ってみれば、俺はそうだな……未来堂の騎士ってことになる」


「私とあんたは相方……」


 おい、聞いてんのか。


「で、でも! 私は画家を目指すわよ? 宮廷画家を。宮廷画家に成ったら、未来堂を辞めるかもしれない。あんたの剣にも成れなくなるかもしれない。それでもいいの? そのときあんたは一体、何者になるの?」


「それは……そうだな……」


 剣を持たない。魔法を遣えない。教養がない。そんなものは誰の騎士にも成れない。


 じゃあ俺は、ララがいないと戦うことはできなくなるのか。現状の唯一の取り柄がなくなることになる。


「まあ、抽象画の描けない私が世界に受け入れられるかどうかわからないけどね」


 人一倍精密な絵は描けるが、抽象画は描けないララ。世界から弾かれた少女。肩身が狭いまま絵を描く少女。


「――――っ! じゃあ俺は!」


 俺はララに体を真正面に向け、彼女の両肩に手をやる。


「っ!? な、なに……?」


 俺は大きく息を吐いて、吸う。


「俺はお前の一生の相方だ。お前は俺の剣になれ。俺はお前の画架になる。お前が気持ち良く絵を描ける世界を、俺はつくってみせる」


 勢い余って――――いや、本当はどこかで言おうとは思っていたことだ。


 あいつが剣で、俺が画架。あいつが画家で、俺が騎士。そう成ってみせると。


「あんたにはつくれないわよ」


「……っ!」


 ララに真っ向から否定された。が、しかしララは笑顔で、


「私が一緒につくるから」と言った。


 それは協力し合う関係の相方として至極当たり前の発言で、すごく単純明快で、俺の心を温めるに充分なセリフだった。


「ああ。一緒につくろう。俺たちが俺たちらしくいられる世界を」


 俺は自分の相方に、そして自分の魂にそう約束した。


第三章01話です。つまり第三章始動です。よろしくお願いします。

画架はカンバスを乗せる台みたいなものですので、画家の誤植ではありません。

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