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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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剣と絵と魔法と、

「捕り損ねたぁ~!? あんたは烏一羽も捕まえらんないの!?」


 起き抜けに夜食用にでもと、とっておいた食料を朝食にしながら、昨夜のことを報告すると、ヒルダは憤慨したような、呆れたようななんとも俺を非難する声を上げた。現在、朝。時刻にすると、ほんの午前一〇時だ。


「……すんません。フガフガ言いながら寝ていた酔っ払いがいたもんでね」


「む……確かに昨日はちょっとお酒が入ってたから寝落ちしちゃったけど……」


「ちょっと?」


「……少し」


「はあ?」


 俺の詰問にヒルダは居心地悪そうな顔をして目をそらす。


「それより! あんた、私が寝ている隙に変なことしなかったでしょうね!?」


「……少なくとも男の急所を蹴り上げられる以上の変なことはしていない」


「それ以下のことはしたんだ! 最低! クズ! ゴミ! 鬼畜! おひつじ座!」


「いや、最後はおかしいだろ。俺、おひつじ座じゃねぇし、おひつじ座の人に失礼だし。……ほら、昨日の成果だ」


 俺はそうツッコミを入れつつ、昨夜描いた明烏の絵を見せた。


 それを受け取ると、ヒルダはぽかんと呆けた顔をして絵と俺の顔を交互に何度も見る。


「これ、あんたが描いたの?」


「明烏が描いてくれると思うか?」


 信じられないとヒルダの顔が言っている。そして二枚目をめくった。


「私の寝顔……」


 ヒルダの藁半紙を持つ手にキュッと力が入る。


「……ズルいわよ、こんなの……」


「気に入らないなら破いて捨てていいぞ。ただの落書きだから」


「ふっざけんじゃないわよ!」


 鬼気迫るヒルダの声。寝顔を描かれたことがそこまで気に入らないとは。


「こんな、ただの落書き……! あんた今までなにしてたのよ!」


「……どういう意味だよ。俺が騎士の養成所で怠けていたと思うのか? 確かに俺は剣の才能しかないし、今は木剣すらもっていない。能無しの状態だ。だけどよ……」


「そんなこと言ってないわよ! どうしてあんたがっ……私より……っ!」


「はあ……?」


 どうやら俺とヒルダの間で言葉の行き違いが起きているようだ。なんとも要領を得ない。


「よく分かんねえけど、お互い一旦落ち着こう。今は明烏をどうやって捕まえるかだ。この森林にいることは分かったんだ。あとは案を練れば……」


「ひとつ、質問いい?」と不機嫌なのか元気がないのか分かりづらい表情のヒルダ。


「どーぞ」


「あんた、絵は好き?」


 それは今、必要な質問なのか?


「見るのも描くのも暇つぶし程度には好きだ」


「この依頼が終わったら、描いてほしいものがあるんだけど、いい?」


 ……なんか、こういう話題を出した後のフィクション作品ってだいたい悲惨な目に遭っているような気が……。


「なにを?」


「秘密。ひとつ案があるのよ」


「分かった。乗ろう」


 なんだかんだ性格は傍若無人なところがあるが、教養面ではお嬢様のヒルダの方が圧倒的に上。しかもこっちは無策。話を聞くしかあるまい。


「……あと、約束して。これから私の身に起こることを決して他言しないこと」


「分かったよ。早く本題に入れ」


「私が明烏を捕まえる」


「……甘やかされた都会っ子にできるとは思えないが、やれるなら率先してやってくれ」


 俺が苦情を申し立てるとヒルダはらしくもなく恥じらうような顔をして頬を朱色に染める。


 あ? なんだ、その反応。


「私、魔法が使えるの……」


 ……ん?


「お、おう……そうか」


 こいつは何を言っているんだ? ヴィクトリア帝国なら大概の人間が魔法を使えるはずだが。


 別に魔法は魔法騎士の特権ではなく、勉強すれば人間どころか、獣人や賢獣でも使える。なにをたじろぐ理由があろうか。


「なんか、ごめん……あんたは魔法が使えなくて騎士になれなかったのに」


「え? そんなことを気にしてたのか?」


「私も、才能が咲かなくて夢を叶えられない人間だから、ね。劣等感あるの。他人の絵が自分より上手いと、妬ましい」


 ヒルダはスッと藁半紙を俺に押しつけるようにして返す。


「その明烏の絵も、私の寝顔の絵も、生き生きしてて私の描く絵の数倍上手い。……大して努力も興味もない奴がさ、自分よりも才能があったら、苦しいよ。……悔しいよ」


「それで、俺が劣等感を抱かないように自分が俺より魔法を使えるってことを隠してたのか?」


 ヒルダはコクリと無言で首肯した。


「なに言ってんだよ。他人が俺より魔法を使いこなせることなんて、充分に分かってるっつーの。っていうか、昨日俺に駄目魔法がなんたらとか言っていたじゃねぇか」


「あれは、あとでちょっと言い過ぎたって思ったもん。つい友だちに言うような軽いノリが出ちゃったの。それについては悪いと思ってる」


 他に悪いと思わなきゃならないこと、それなりにあると思うぞ。


 心の中で毒を吐きつつ、俺はフッと笑みをこぼした。


 なんだよ、こいつ。いい奴じゃないか。なんでこういうセリフを初対面で言わないかね。


「それはどういう心境の変化だ?」


「納期が迫っているの。あの納期は職人が加工する期間を含めての納期なの。今日逃したらあとがない。ヴァレリーに帰るまでに馬竜車で半日もかかるんだから。今日中に捕まえなきゃいけないわ」


 うむ。理屈は通っている。実に分かりやすい。この依頼は初仕事だが、それゆえにこれをトチると使えない新人のレッテルを貼られることになる。


 それはメディエーター家に相応しくない。


「同意見だ。案を聞こう」


「私が特に得意な魔法は鋼魔法なの」


「鋼魔法? 隠密系だろ? 一番難しい部類の」


 なるほど、ヒルダの魔法力はそれなりに高い部類にあるのだな。だから俺の前で魔法をひけらかしたくなかったのか。


 たしかに豪商の娘なら英才教育を受けていそうなものだ。投資として。


「だから、私は明烏に変身する」


「……はい?」


「今はほら、あれでしょ。明烏たちは……」


 ヒルダの頬が再び朱色に染まる。恥じらう理由はこれか。


「繁殖期……だから、私がメスの明烏になって誘い出すの。そこをあんたが捕まえるの」


「なるほど、明烏版美人局か」


「言うなぁ!」


 名人芸の股間蹴りがまたもや炸裂。しかし前回よりも抑え目だった。なにせ納期が迫ってきている。


 そして恥じらっているのは、その行為だ。女が男に秋波を送るのはあまり好ましくないと家で躾られたのだろう。


 美人局なんてもってのほかだ。


「よし、やろう」


「や、やるって……ちゃんと明烏の私をオスどもから守ってよ!?」


「ああ! 任せとけ。俺が守る」


 守るという仕事は、俺が一番欲しかった仕事だ。



    ***



 ヴィクトリア帝国に存在する魔法は大きく分けて四種類に分類される。


 まず鉄魔法。火炎や雷電、氷雪の類を展開して行う『攻撃の武』


 次に銀魔法。攻撃力・防御力増加や、治癒などサポートに使う『調整の舞』


 そして銅魔法。物を浮かせて運搬したり、焚き火用に火を灯したりする『生活の歩』


 最後に鋼魔法。気配を消したり、別のモノに変身したりする『隠密の分』


 これがヴィクトリア帝国国民の使える魔法である。


 ちなみに、この四種類の他にもうひとつ、『金言術』という魔法に似たものがあるが、一般人はおろか、熟練の魔法騎士でも習得法が分からない謎の術式であり、都市伝説の類である。


「変身の分、変われ、メタフル」


 ヴァイオレット自然公園森林地帯北西部。俺とヒルダしかいない場所でヒルダがそう唱えると、体がどんどん縮まっていき、昨夜見た明烏と瓜二つの姿になり、はらりと身にまとっていた衣服が落ちる。完全変身魔法である。


「服、なくさないでよね」


 おお、話せるのか。まるで賢獣だな。


「下着触ったらぶっ殺す」


「無茶言うな! 見ないように回収するっての!」


 俺はヒルダの衣服をひとまとめに丸めてカバンに詰め、明滅しながら飛んでいくヒルダ烏を追う。


 そうか。今、ヒルダは全裸飛行中なのか。そう考えると恥じらう気持ちも分からなくもない。俺だって全裸で野山を駆けるのは願い下げだ。


 白昼で光るヒルダ烏は眩しくて、まるで俺の道標のようだった。


 しばらく適度に距離をとりながらヒルダを追いかけ、かつ気配を消す。これが少し難しい。


「おっと……」


 ヒルダ烏が地面に止まった。ここでオスを誘うらしい。俺はギリギリ悟られない距離まで更に離れて木の幹に隠れる。


 しかし不安である。明烏の……こ、交尾はメス一羽に対してオス三~五羽が集まって順番に行為に至る。それをそのまま人間にトレースするとめちゃくちゃヤバい構図である。変態プレイである。そもそもそうやってオスがメスを囲むメリットがあるのか?


 よって俺は、三~五羽がヒルダ烏を囲み、行為を始める前にまとめて捕まえねばならない。


「いよいよもってこれは明烏版美人局だな……」


 ヒルダ烏がピーピーと色声を放つと、森の中がざわつく。これで明烏が寄ってこなかったら、この作戦は失敗である。


 しかしピーピーピーピーとヒルダ烏が烏にとってはいやらしい声を出しているのになかなかオスの明烏は現れない。


「まだかよ……」


 おそらくこの作戦はヒルダの美学をくしゃくしゃに歪めて強行した作戦だ。森の中で好きでもないオスを誘い出すためにあんな声を上げているのは、さぞ屈辱的なことだろう。


 だから捕まえなければ。ヒルダを楽にするために。使うのは休憩所に捨てられていた網と麻袋とロープ。このボロ網を集まった明烏たちに覆い被せる。可及的速やかに。


「お? …………え?」


 そこでようやく真打ち登場。バッサバッサと翼をはためかせ、明滅しながら垂直にヒルダ烏の周囲に降り立ってくる明烏の姿が四羽見受けられる。


「嘘だろ……」


 俺は驚く。数ではなく、サイズに、だ。


 明烏のオスと思われる発光体は想像よりも大きかった。だいたい俺の身長と同等ほど。


「男女間で個体差ありすぎだろ!」


 いや、もしかしたら昨夜見つけた明烏はまだ子どもだったのかも。だとしたら子どもサイズのヒルダ烏の色声に誘われてきたあのオスどもはとんでもないロリ×ンクソ野郎じゃねぇか!


 俺はそう考えながら、オスどもに囲まれて貞操の危機に瀕しているヒルダを助けに疾駆する。


「ヒルダ! 人間に戻れ!」


「いや!」


「はあ!?」


 俺が驚くのが早いか遅いか、ヒルダ烏はピカピカと激しく明滅しながら俺の顔に突進してきた。


「おぶっ……!」


 そして身を縮ませてヒルダ烏は俺の左肩に収まる。


「いやとはなんだ、いやとは!」


 俺がヒルダにそう言い咎めると、ヒルダは「あんたの鞄の中身になにが入ってると思ってんのよ!」と俺の側頭部を嘴でつついてくる。


「ああ、服か」


 こんな人けのない森林地帯でも、まだ昼間なのだ。教養ある女子が全裸にはなれまい。なにより……。


「あんたの話と違うじゃない! なんであんなにデカいのよ!」


 オス明烏の四羽は「カア」なんて鳴かなかった。「ギャォオッ!」というふうに鳴いた。魔獣じゃねえか。


 そして反射的に逃げた俺たちを明滅しながら追いかけてくる。


「ヒルダは図書館で調べたんじゃないのか!?」


「体長なんてどこにも書いてなかったわよ!」


「あーもういい! とにかく鉄魔法で撃墜か撃退かしてくれ!」


「無茶言わないで! いくら私でも今の実力じゃあ、完全変身魔法中は他の魔法は使えないのよ!」


 なんて都合よく都合悪いんだ俺たちは。


「フルヌード、オア、ダイ!」


「ダイ!」


 そこまでして脱ぎたくないのか! もうフルヌードだけど!


「それより、あいつらなんでこっち追いかけてきてんの!? あれがあいつらの愛なのか!?」


「だって私が千年に一度の逸材レベルの美少女明烏に化けたんだもの。追ってこない理由がないわ」


「お気遣いどうも! どうする!? このままヴァレリーまで直帰するか?」


 その場合、おそらくヒルダは俺の屍を越えていくことになるだろうけども。


 するとヒルダ烏から「あんた、剣は好き?」と唐突な問い。


「好きとか嫌いとかじゃない。俺にはそれしかない!」


「……重畳! 変われ、メタフル!」


 ヒルダ烏は唱え、そして鋭く太陽光を反射するシンプルな剣に変身した。


「私を使って討ちなさい」


「おお、なるほど」


 久しぶりに真剣を握った。この感触。そして湧き上がる高揚感。


 ああ、蘇ってきた。修羅だとか鬼だとか呼ばれたあの時のあの気合いが帰来する。


「刃こぼれするなよ!」


「当たり前でしょ! 千年に一度の逸材レベルよ!」


 俺はヒルダ剣の柄を強く握り、振り向きざまにオス明烏の一羽に一閃斬り込んだ。


 白日の下に明滅する明烏の一羽の胸を、料理する包丁のようにスッと刃が刺し込まれる。


「鳥むね肉にしてやるよ」


 そういえば、明烏の肉は美味くないんだったか。


 そんなことを考えながら二羽目の明烏の片脚を斬り落とす。


「もも肉の出来上がりだ」


「あんた、ちょっと性格が変わってるわよ」


「テンションが上がってきたんだ。久しぶりのバトルだからな。さあ、血戦を繰り広げようぜ! 明烏!」


「カアァ!」


 俺がヒルダ剣の柄を強く握り直したら、傷つけた二羽の明烏は大きな翼を動かし、明滅させて逃げていく。残りの二羽も同様に。


「逃げられるわ!」


「おい、待てよ。人の気分がようやくノってきたのに!」


 明烏の骨はあの図体を見るに、一羽いれば済むだろう。飛び去っていく明烏たちの一羽を標的に据える。


「ヒルダ、気を利かせてくれ」


「気ぃ!? はぁ!?」


 俺はぐねぐね曲がって生える木々の隙間を走り、その木々を足場に上空を駆ける。そして一体の発光体の背中めがけて一気に跳び、


「ヒルダ、伸びろ!」


「分かったわよ!」


 槍のように伸びた刀身が一気に一羽の明烏の心臓を貫いた。


「ガァアァア……!」


 心臓を貫かれた明烏は虚しく鳴き、そして光るのを止めて地に墜ちた。



    ***



 帰り道。すでに時刻は午後六時。日は傾き春の夜風が冷たく俺の頬を撫でる。


「なんとか間に合ったな」


 馬竜車の荷台に明烏の亡骸と俺とヒルダですし詰め状態である。明烏の亡骸は麻布にくるみ、ロープで縛って固定している。この状態で俺は亡骸を引きずって自然公園を出たのだ。疲れた。


「にしても、哀しい話よね。明烏はなにも悪いことなんてしてないのに」


 ヒルダは物憂げな顔で麻布を撫でる。もちろん今は服を着ている。


「おかしくないさ。世の中、弱い奴が搾取されるようにできてる。あの場で俺たちが弱かったら、搾取されていたのは俺たちだ」


「……そういうものかしらね」


「そういうものだろ。弱い奴が搾取されなかったら、誰も強く、賢く、偉くなろうとはしないだろ」


 俺が剣を握るのは、強くなり、自分の人生を咲かせるため。未来を剣で斬り拓くため。


「あんたが強くなるため、未来のために剣を振るなら、私はあんたの剣になる。だから、あんたは私の……」


 ヒルダの消え入りそうな声。意味が分からなかったので適当に相槌を返した。


「ん? ああ。とりあえず、帰ったら酒でも飲んで家に帰ろう。初仕事はこれで終わりだ」


 俺がそう言うと、こてんと肩になにかが乗る。何事かと思って見ると、ヒルダが首をこちら側に傾げて眠っていた。


 また寝落ちしたよ……。


 とはいえ、俺だって眠い。ああ、馬竜車の荷台で肩寄せあって寝るなんて、事情を知らない奴らにはゲスの勘ぐりでもされてしまいそうだ。


『鋼竜被害、またしても』


 そんな看板を通り過ぎる頃には、俺の眠気は限界を迎えていた。


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