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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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短編 GEZELLIG

 賑やかなヴァレリー人たちを見る。皆が一様に幸せそうで、しかし表情は多様にころころ変わり、幸せに、楽しそうに、大衆は人通りの多い大通りを行き交っていた。


 そして横から楽しそうな往来を睨みつける不機嫌そうな猫の唸り声が聞こえる。


「むむむむむ……」


「店長、そろそろ気を収めてください」


「そもそも剣災君のせいでしゃるからな?」


「すみません」


 夏空祭り一日目。正午。会議に会議を重ねた末に決定し、勢いそのままに開いた未来堂の露店はすぐに閉店した。


 大通りに設けた未来堂の露店にはもう、俺と店長しかいない。


 ――――なぜなら俺が完全なミスを犯したからだ。


 露店につけた未来堂制作の看板には西岸文字でこう書かれている。


『美少女特製異世界トンジルスープ』


 端的に言うと、異世界画材店未来堂は夏空祭りの露店に豚汁の店を出したのだ。


 未来堂の美少女であるララ、ルビー、アズさん、ローゼの四人が作った豚汁を良心価格で売ったのだ。年齢的に少女ではないのが幾人かいるけれど、それは目を瞑ろう。


【この子が作りました!】というレオナルドによる一文を四つと、ララが描いた四人の精密な人相画を店頭に貼って客を釣るという姑息な戦法に打って出たのだ。


 その結果、露店は半分成功し、半分失敗した。


「もう少し儲けられそうでしゃったのに……」


「本当にすみません」


 成功した理由は簡単で、客が予想外に来すぎて材料が尽きたのだ。――一番大事な味噌が。


 しかし成功の裏に失敗ありで、味噌が切れたのは俺が仕入れの量を間違えて少なく注文したという理由と、豚汁でアズさん以外の作り手の味噌の配分がやや多めだったという理由がある。


 とりあえず名前は伏せるが、尻尾の生えた女の子の豚汁はほとんど味噌の原液だった始末。


 とどのつまり、二日分注文したはずの味噌が色々なミスにより一日目の午前で切れたので未来堂の面々は自由行動になったのだった。


 ララとルビーとローゼは他の祭りの露店を楽しむために大通りの角を曲がって消えた。


 アズさんは自由行動なのだからと、未来堂の工房に戻って仕事の続きをしに消えた。


 レオナルドは未成年禁制エリアという大変気になる裏露店街に消えた。


 俺は味噌の発注ミスの罰として、豚汁作りのために借りて使った大鍋四つを洗って、今しがた運営に返して戻ってきたところだ。


「剣災君は遊びに行かないのでしゃるか?」


 優しさのつもりなのだろうが、遠回しな皮肉に聞こえる。


「今日は、なんか疲れたのでいいです」


 雨季が明けて青空が広がる夏の天気。賑やかな大通りの黄色い声を聞きながらボーっとするのも悪くない。


 ちなみに一日目の午前で味噌が切れたことに店長がキレて、二日目にして祭り最終日の明日は未来堂の通常営業日になった。楽しい祭りの日に客来るのかな……。


「剣災君は今回の顛末をどう思ったでしゃるか?」


「失敗することだって仕事では重要だってことですかね」


「……勘違いをしているみたいでしゃるが、アレスの病魔騒動のことでしゃるよ?」


 ……今日のことじゃなかったのか。これ以上執拗に怒られるのかと思った。


「アレスのあれは、なんていうか、気の病ですよね」


 長期的に抱えたストレスによる木の病で、気の病だ。


「精神的・物理的孤独は人の心を弱らせるってことですかね。――――そんでもって、自分の病気を認識することが大事だと思いました」


「病気でしゃるか?」


「自分がなにに不満を持ってるとか、なにに傷ついてるとか、なににわだかまりを持っているのかとか、そういう負荷に気づくって言う方が適切ですかね。人も竜も、ひとりで負荷には耐えられないし、耐えきろうと無理すると病気になる。それを事前に察知しようってね」


 無理を通そうとするのはいいが、ただ無理をするのはダメだ。


「にゃるるるる。剣災君は相変わらず卑屈でしゃるな」


「……卑屈?」


 かなり真理を突いていると思ったのだが。


「我が輩から言わせると、不満や傷、屈託だけが健康維持に必要な認識ではないでしゃる。幸せを認識するのも大事なことでしゃる」


「……幸せの認識ですか? 筋肉痛は痛気持ちいい。みたいな?」


「にゃる? 当たっているんだか、いないんだかよく分からないでしゃるな。我が輩が言いたいのはつまり――――」


 アオネコ店長は立っている俺の頭にぬるっと飛び乗り、


「自分が今、幸せだと感じているというそのもの自体の認識と、自分が幸せだと感じる時はいつかという認識でしゃる」


「……」


 俺は今、幸せだと感じているだろうか。


 せっかくのお祭りに、客として参加もせずに閉店した店で猫と駄弁っている――――。


 幸せ、かもしれないし、不幸せかもしれない。捉え方は人それぞれだが、俺としては幸せの一歩手前といったところか。


 では、俺が正真正銘、幸せだと感じる時はいつだ?


 たとえば、ララの飯を食った時。


 たとえば、ルビーに尻尾で朝方起こされた時。


 たとえば、アズさんに丁寧に仕事を教わった時。


 たとえば、ローゼが花を咲かせて笑った時。


 たとえば、剣に成って戦う力を貰った時。


 たとえば、鋼の意志を思い出させて貰った時。


 たとえば、生き残るためのチャンスを貰った時。


 たとえば、失敗しても成功しても花を飾って貰った時。


 ――――だろうか。


 もしくは、また別の何かなのか。


 考えれば考えるほど、俺の中の幸せが分からなくなる。


「幸せってなんですかね……」


「哲学問答に陥っているでしゃるな。にゃに、大切だと思えることでしゃる」


「大切……」


「いつか剣災君にも手離せなくなるくらい大切なものが出来るはずでしゃる」


「大切……」


「聞こえているでしゃるか? 知恵熱でも出たでしゃるか?」


 大切なものはいっぱいある。


 大切だと思えるようになったものもいっぱいある。


 アオネコ店長はそれら全てが幸せだというのか。


「俺がそんなに幸せ者になっていいんですかね」


「にゃにをいう。それが卑屈の原因でしゃる」


 ああ、確かに。



 大切なものを思い浮かべれば、心は少し幸せな気分になる。


「手離せないほど大切なものが出来たら申請するでしゃる。特別手当くらいなら支給するでしゃる」


「マジですか。あ。今、出来ました」


「にゃるる。今なら申請用紙に極東文字で最低一万文字は書いてもらうでしゃるよ?」


 アオネコ店長は俺の頭から飛び降りて簡易テーブルの上に乗り移る。


 嘘が通用しなかった。いや、冗談が返ってきたからセーフ。


「やっぱり、そのキャンペーンが値崩れした時でいいです」


「にゃるん」


 賑やかなヴァレリー人たちを見る。露店で買ったと思われる菓子を、子どもが大切そうに持っている。


 親にねだって買ってもらったのだろうか。それともお小遣いを貯めて自分で買ったのだろうか。どちらにせよ、俺の目には幸せそうに映る。


 あの子どもは自分の幸せと大切を自覚できているか? いや、まだ難しいか。


 俺にだってよく分からないんだから、あの幼気な子どもには多幸感に浸ることに精いっぱいだろう。


 そういえば、樹竜の自爆から逃げるために俺を召喚したのは誰なのか、スイズイ街道から未来堂に着くまでの間、誰にも聞いていなかった。


 未来堂に着いた後に、俺の代わりにローゼが聞いたのだ。


 ローゼを召喚したのがルビーで、俺を召喚したのがララ。


 ――フォルテを召喚することに反対したのが、フィール。


 それを聞いた時、俺は後悔した。どうしてそれを自分から聞かなかったのだろうかと。


 ララに、ルビーに、アズさんに、誰が俺を召喚してくれたのか聞くべきだったと後悔した。


 ――生き残るためのチャンスを貰ったのだから。


 だから後悔はしたけれど、幸福とも感じたと思う。


 自分を呼んでくれる相手がいるということを、――――その相手を大切だと思った。


 たしか、そんな気がするのだ。


「剣災君」


「はい?」


「迎えが来たでしゃる」


 店長に言われてふっと顔を上げると、


「ケンシロー? ちょっと、なに難しい顔してんの、病気?」


『ケンシロー! 美味しい菓子をたくさん買ってもらったでありんす!』


「ケンシロー様、ヴァレリーではこういうお祭りが定期的にあるのですか!?」


「助けてくれ、剣災。ちょっと工房を出た隙に覚魔たちに捕まった」


 未来堂の美少女四人に声をかけられた。


「……一気に言うなよ。聞き取りきれない――――」


 言いかけて、不意に亜麻色の髪で、はしばみ色の目の女の子が俺の手を取る。


「あんた、せっかくの祭りも楽しめないんじゃ、将来、幸せになれないわよ?」


 そう言われ、俺は彼女に手を引かれることにした。


 四人の美少女に混じり、俺は祭りの空気に馴染んでいく。


 祭りの空気に浮かされて、笑う彼女たちを見て、笑いかける彼女たちを見て、俺の心はじんわりと温まる。


 俺の右手を引く彼女の左手は温かい。俺の手汗なのか彼女の手汗なのか、気がつくと始まったばかりの夏空の温かさでびっしょりなのに、彼女は手離そうとしなかった。


 俺は日が暮れて祭りが終わるまで、なんとなくこちらからも手離さないで、その体温を感じていたままでいた。


 大恩を感じたままでいた。


 僅かながらの大切を感じて、手離さなかった。


 今さらながら、今の自分は幸せなのだと認識できる。


短編その1でした。タイトルの『GEZELLIG』は第二章とはあまり関係ないですが、オランダ語です。

気になった方は調べてみてください。

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