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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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第二章30 努力の意見書

 晴れ渡る空に午後二時の鐘がカランカランと響く。今日もまた、世界の彼方から彼方まで、見栄えのいい平和が続いている。


「我が輩の未来堂を志望した理由はなんでしゃるか?」


「はい。わたくしは植物を生やすことができます。貴重なアレス画用紙を製紙し、未来堂様の貴重な職工として働けると――」


「採用でしゃる」


「決断早いな!?」


 店長の即断即決により、採用の最終面接者「ローゼ・ラフレシア・アレス」の未来堂での就職が決まった。


 ちなみに推薦人として俺も同席していた。金魚の糞のように。


「店長の決断は絶対でしゃる。我が輩が死を命じたら剣災君は死を選ばねばにゃらん」


「土壇場であんたを褒めた俺が間違いだった!」


「では、わたくしは今日から未来堂様の一員なのですねっ!」


 ローゼが頭の上に生やした花がぱやぱや~と快哉を叫ぶように咲いていた。


 嬉しそうなローゼの様子を見て俺と店長は同時に言う。


「――ようこそ、異世界画材店未来堂へ」


(新しい地獄へようこそ)


「にゃるん。さっそくでしゃるが剣災君、賢樹君。皆で祭りの会議をするでしゃる。呼んでくるでしゃる」




 さっそく店を閉め、ララとルビー、アズさんを呼んで作戦会議。他のオッサン従業員は通常営業。


 明後日から二日間、夏空祭りという雨季明けの祭りがあるのだ。未来堂もなにか露店を出店し、祭りの空気に一枚噛もうとのこと。


 世間様の需要にぴったり合ったナイスな露店で未来堂を覚えてもらって売り上げを底上げ――いや、爆上げしようという魂胆だ。うっひょー、祭りを純粋に楽しめないぜ!




 アレスの事件から十日と少しが経った。鬱々とした煩わしい雨季は明けて、夏色の空が広がっている。降らなければ降らないで、それも寂しく感じるのだが、それは身勝手というものだろうか? あの雨色の出来事が無かったことになってしまいそうだ。


 樹竜の存在は徹底的に秘匿された。アレスで起きたアレは、ただの噴魔の大災害として片付けられることになった。アレス大災と呼ばれることになる。アレスの里の民ほとんどがそう思って、今は避難先で暮らしている。


 それはアレスの民のほとんどが逃げるために必死で、巨翼を羽ばたかせて空を飛ぶ最大の竜――樹竜を見ていなかったかららしい。しかし人の口に鍵はかけられないというもの。偶然視ていた者により、どこかで明るみになるだろう。


 屋外調査室の室長であるフィールは噴魔被害からの復興のための調査と後片付けとして、隊士たちを連れてまたしても荒れ果てたアレス跡地に仕事に通う日々らしい。幸い、魔境にはならなかったらしいが、延長戦で、場外乱闘で、時間外労働だ。ざまあみろ。


 ――ただ、フィールは噴魔の直前にアレスの民を全員避難させた功績で勲章を授与されていたがな。あいつはとことん俺を悔しがらせる存在だな……。


 フォルテは――――二階級特進を遂げた。宮廷騎士団屋外調査室名誉室長に成った。そこだけは、未だ俺の心を納得させてくれない。


 そしてローゼはというと、


「皆はどんな店を出店したいでしゃるか?」


「わたくしは皆で木工の工芸品を作って売るということを提言します。木彫りの熊とか作ってみませんか? お魚とかくわえさせてみたり! わくわく」


 上手くヴァレリーや未来堂に適応したようだ。就職先はついさっき見つけ、とても楽しそうにしている。わくわくが止まらないといったご様子だ。


『パンを焼くなんし! 焼き立てのパンを作って食べりんす』


「お前、まだパンのこと諦めてなかったのか? あと、それを食べるのは客だ」


『契約を未履行なのはケンシローでありんすからな?』


「はいはい」


 もともと俺たちがアレスの里に向かったのは、病魔を撒き散らす風の魔剣・ナギを破壊し、その見返りとして未来堂はアレス産の木材等を独占的に取り引きできるという商談による冒険だったため、取引先が消滅し商談はなかったことになった。


 俺がやったことは、言ってみれば旧知の知り合いに会ってちょっと諍いを起こし、出張先で将来有望な従業員をひとりスカウトしてくるという地味なもので、その時ちょっとした大災害に巻き込まれたのだということで片付けられてしまう。徒労のような、徒労じゃないような。


 その結果、出発時に思っていたほどの報酬は貰えず、ルビーとの契約である焼き立てパンは未だ食べさせることができていない現状である。だが、必ず俺の金で食わせてやろう。かつて俺が殺して、俺が生かした鋼竜だから。


「覚魔君は?」


「私ですか? そうですね……食べ物だと他の露店と被りそうだから……ゲーム系がいいかなぁ……利き酒ゲームとか?」


「おい、祭りには子どもが来るんだぞ? つーか子どもが主役みたいなものだぞ?」


 ララが「名案浮かんだわ!」みたいな顔をしていたが、まったく祭りを分かっていない。


「なによ、じゃああんた案出しなさいよー?」


 むくれながら催促されて俺は軽い頭をひねり、考える。


 工芸品、食べ物、ゲーム。三種類とも悪くはないが、どこかの露店とは絶対内容が被るだろう。もっと、もの珍しく楽しい露店で対抗せねば。


「刀剣剣戟真剣勝負」


「あんたひとりで運営してよね」


「冗談だ。すまん、俺はお手上げ。アズさんは?」


 俺に名案を浮かべる才能はないので、アズさんにバトンタッチ。


 彼女の怜悧な碧眼がきらりと光る。


「……アタシか? アタシはそうだな……子どもが作りたい」


「子どもが主役っつってんでしょうが! あんたは何考えてるんですか! 性欲にまみれた汚えおっさんしか来ねえよ!」


 メインターゲットである子どもを自分で作ってしまおうというすごい発想。いや、すごくない。いやらしい。けしからんなまったく……。


「汚いおっさん? そんなことはないぞ。最近の優男には意外と童貞が多いと聞く。そいつらをターゲットに据えれば……」


「なんで無理を通そうとしてるんですか! その戦いは終わったんですよ!」


 怖い。本当にこの勢いのアズさんなら無理を通してでも祭りで風俗店を出してしまいかねない。「俗・無理を通すための戦い」だ。


「いや、でも剣災も……」


「『も』じゃないですよ! いらんこと言わなくていいんですよ! はい、店長! 最後に素晴らしい案を出して終わらせちゃってください!」


「んにゃ?」


 完全に俺たちに任せきりだった店長は寝惚け眼を胡乱に見開いた。うーん、会議って無性に眠くなるよね!


「我が輩は売れ残った画材を格安で売ろうかと……」



「それ、ただの仕事じゃないですか!」



 俺とララは同時に猛ツッコみを入れた。



 とりあえず冷静になろうと小休止を入れることにし、ひとまず解散にする。


 会議でいい案が出ないのは仕方のないことなのだ。え? じゃあ、なんで会議するの?


 正解は家で考えてきた案を押しつけるのが未来堂での会議だから。家でも仕事か……。


 アズさんは何か作りに工房奥に行き、新入りのローゼは雑用である郵便物の確認をしに行った。


 ルビーとララは会議室に残って雑談をし始める。会議の延長線の話をしている。


 ――さて、おれはどうしようか。そうだ。無事に帰ってきた時のララからのご褒美とやらをまだもらっていなかった。それを考えながら日向ぼっこでもするか。


「ご褒美……ご褒美なぁ……」


 そうだ、久しぶりにサシで飯でも食べに行こうか。酒でも酌み交わして、あいつに聞きたいこと、話したいこと、いろいろあるんだよな。小うるさいルビーは新人のローゼに捕まえておいてもらおう。


 工房の外の井戸水で顔を洗いリフレッシュ。するとローゼが大急ぎでこちらへ向かって駆け寄って来た。


「工房を無闇に走るなよ。こけたら怪我するぞー」


「はぁ、はぁ、大丈夫、です。アルラウネ族は傷の治りが早いですから」


 そういうつもりで言ったんじゃないけれど。


「そんなことよりです! ケンシロー様! 大変です! ケンシロー様にお手紙が!」


 ――俺にお手紙が来ることがそんなに大変珍しいことなんですかね?


 と、友人関係の狭さを苦々しく噛み締めながら俺は手紙を受け取る。


 差出人には西岸文字で「フォルテ」とだけ書かれていた。


「……は!? あの人から!?」


 急いで俺は濡れた手のまま封筒から便箋を取り出し、開く。


 しっかりと二つ折りにされていたはずの便箋に折り目は全く付いておらず、濡れていた手で触ったのに水を弾いている。


 確かアレスの画用紙の特徴は――――


 不思議に思って手紙の前文を読み始める。



《拝啓 努力病へ》



「……ははっ」


 それは俺が初めて悪い医者からもらった、悪罵にまみれたイラスト付きの主治医意見書だった。


 結語が書かれていないその悪医からの意見書はきっと、今日も未来へ向けて続きを書き足され続けている。


 遥か彼方の俺の主治医、逃げ続ける悪医、フォルテ・シロフォン・クラシック――――



 その差出人曰く、


『職業病。流行り病。奇病。疫病。俺の周囲の世界は未だ、病んでいる。


 俺も未だにかなり、病んでいる。まだまだ騒動を引き起こすだろう。


 きっとこの世界は病み上がることを知らないのかもしれない。


 病み続ける病気に罹っているのかもしれない』


 ――要約するとそう書かれていた。つまりこの世界はずっと病魔ヶ時なのだ。



 しかし、俺は思った。


 病気はきっと最大の力で排他するモノではなく、


 ――――奇妙な隣人として共に暮らして、その病気にだけは絶対に人生を殺されたくないと、生きる力を与えてくれるものだ。



 少なくともそんな病魔に、俺は罹患している。


 俺が患った病因はおそらく――――――異世界画材店未来堂だ。



 もう少し、仕事をしてみようと思えた。


 もう少し、努力をしてみようと思えた。


 ――――気が病んだら立ち止まろう。


 ――――雨が止んだら立ち上がろう。


 ――――命が已むまで立ち向かおう。


第二章30話・エピローグ②でした。切りが良いのでひとまずここで第二章は終幕です。

次回から数話、第二章の後日談・第三章の前日譚の短編を挟みます。

これからもよろしくお願い致します!

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