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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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第二章23 必死に至る病

 俺の必死の説得でルビーと先輩が一時退散し、虚空から降り注ぐ雨がいっそう強くなる。


 それでも降り注ぐ雨の雫も、神樹の陰に隠れれば俺の頭を濡らすことはなかった。



『さてケー君、お話の時間だ。折角だから僕と密度のある時間を過ごそうか。それと、僕のことは「バウム=バウム」と呼んでね。心の中でも樹竜とは呼ばないで』



「俺のことをケー君って……分かったよ。バウム=バウム。政治・宗教・病気の話だったか? 俺はあんまり頭良さそうなことは話せないぞ。過激な思想もないからな」



『ふふ、気にしないで。僕も頭の良い事や刺激的な事は話さないつもりだから。それよりお茶は?』



 バウム=バウムはお茶を口にし、雨天下で優雅に笑う。


「飲まねえよ。そこまで気を許した覚えはねえ。話したいこと話し終わったら――――」



『ケー君は僕を殺すつもりなのかな? それともあの青色のハーフエルフの冷やかしがしたいだけなのかな?』



「それは……」


 俺にもよく分からない。ここへは先輩をひとりで死なせたくない一心で来たのだ。だから先輩の味方をするつもりだが、樹竜を殺すとなると俺には殺意が足りない。中途半端だ。


 ――二兎を追うものは一兎も得ず。


「お前が殺すに足りる存在なのかどうかは分からない。噴魔で野里を枯らすのだって自然のサイクルではお前が起こさなくても起こり得る話だ」



『そうだよ。噴魔は濃密な魔力溜まりのある聖域・魔境では起こり得る話だ。僕だけの特権じゃない。僕だって起こしたくて起こしているわけではないしね』



「たしか使い惜しんで溜め込んだ魔力を噴魔として発散するって先輩が……」


 それが本当だとしたら、今もなおこの樹海の各地で溢れだしている噴魔は全てバウム=バウムの所業だということになる。



『正解だね。アレスの民から代々徴収した魔力の使い道がなくてね。いつか使うと思っていたんだけど、今日まで結局使わなかった』



 要するに、いつかもしもの時の為にと蓄えた貯金が、使う機会の無いまま歳を重ねてしまい、とりあえず用途はなんでもいいから使おうってことか? それにしても、


「こんなやり方はもったいなさすぎると思うんだが。もっと他に使い方とかないのか?」



『ないね。思いつかないよ。僕は僕の財産を自分のために使いたい。誰かの肥やしにするためになんか使いたくない。これでも二千年以上このスタンスでやってきたんだ』



 二千歳を越える少年は傲慢と強欲さをちらつかせながらまたお茶に口をつける。優雅に静謐に、そして大罪的に。嘘や戯れの言葉だと思いたいくらいに。



『そこでケー君に提案があるんだけれど、いいかな?』



「……とりあえず言ってみてくれ」



『僕の溜めに溜めた極濃の魔力、僕だけが得する方法で、利用する方法はないものかな?』



「尊大・巨大な竜の遠大な相談に乗れということか。考える時間が足りなすぎる。とりあえず樹海各地の噴魔を止めてくれ。落ち着いて考えられない」


 とりあえず一時的にでも噴魔が止まればララたちも落ち着いて避難できるだろう。



『それは無理なお願いだね。一度出始めた出血や放尿、放精は自分の気持ちでは途中で止められないでしょ?』



「本当に汚物みたいな言い方するな」



『始まった噴魔は一定量出るまでは止めようにも止められないんだ。申し訳ないけれど』



「申し訳ないと思うなら、どうしてこんなやり方しか思いつかないんだ」



『本当は申し訳なくなんか思っていないからだよ。人間だか魔獣だか知らないけれど、それが魔力を浴びた後、生きていようが死んでいようがどうでもいいね』



「な……」


 こいつは本気で言っているのか?


 本気ならまさに生命の長たる竜らしい横暴な言葉。自分こそが正しく、中心で世界を回していると言わんばかりの万能感。きっとアレス樹海の全てでもある本来ならば超巨大なこの竜は、やろうと思えば人ひとりを殺すことなんてきっと訳ないのだろう。それは時空を凍結させることのできる鋼竜でも同じことが言えるのだ。


 ――ただの虚言癖・戯言癖だと思いたいが、その魔力を何に使わせればいいのか。


「なんつーか、その溜めた魔力は遣わなきゃいけないものなのか?」



『そうだね。遣わなきゃいくら魔力を溜める器が大きくても僕の体が爆発するかもね。そうなったら、溜まった魔力が全世界に飛び散って死の雨を降らすかもしれないよ。なにせ本来は自分のものではない魔力で器を満たしているんだから。性質は最悪さ』



「悪質すぎる……」


 正直、こいつが大勢の得する方法で適度に魔力を使えば噴魔も爆発もしない比較的安全なそれに成ると思うんだが。


「どうしても、自分だけが得をしたいのか? 自分が得すれば誰かしらも得をするものだと思うけどな。ほら、物を買ったら買い手も売り手も得をするだろ。少なくとも精神的に」


 買い手・売り手が騙されたり脅されたりしていない合意の上での商談の話だが。



『確かにそれも真理だね。酸化すれば同時に還元されているみたいなものかな』



「――? よく分からないがそういうことかもな。自分ひとりだけが得する方法なんてそれこそ二千年以上考えても見つからないのかもしれないぞ。だから――」


 俺は意を決してバウム=バウムに向かって手を差し伸べる。


「俺のために魔力を使わないか? そうしたら、誰かが死ななきゃいけないことにはならない……はず。――必死になれば立て直せるだろ?」



『……』



 バウム=バウムは黙して茶に口をつけ、そして気味の悪い雰囲気を漂わせて笑う。



『ケー君は優しいんだね。優しくて傲慢で乱暴で……脆弱だ』



「褒める気はないみたいだな」



『ふふ、褒めているよ。羨ましい。人間っぽくていいなあ』



「…………もしかして、バウム=バウムは人間に憧れてるのか?」



『――――――』



 俺の問いかけにバウム=バウムは口を半開きにして閉口した。その後、フッと笑む。


 瞳の輝きからか、この笑顔だけは生き物の温かみや親しみを彼から感じることができた。しかし、それならばなぜ、アレスの里はこんな状態になったんだ。



『正解。憧れているよ。僕は人間が大好きだ。優しい人間が好きだ。お調子者の人間が好きだ。不器用な人間が好きだ。弱い人間が好きだ。なんなら僕も人間になりたい。人間みたいに友だちが欲しい。人間みたいに恋人がほしい。人間みたいに家族が欲しい。人間みたいに家庭が欲しい。人間みたいに――――情のこもった温かい関係が欲しい』



「……」


 バウム=バウムが話した優しい言葉はまるで聖人の如きそれで、そして今現在彼のやっている行動と相反していて、俺にはその嘘に似た言葉を信用することができなかった。


 そして彼は続ける。



『でもね、僕が人間に混じって街に溶け込んだら大変だ。周囲の人間の魔力を吸い尽くしてしまうからね。もしかしたら生きる気力や体力までも。――そうして僕の魔力に変換される。そうして僕は、また魔力を爆発させてしまう』



「お前の体構造はどうなってるんだ? 魔力を吸うってのは?」



『言葉通りだよ。僕の体に触れた者は、僕の樹竜としての権能で自動的に微弱ながら魔力を吸われる。吸われた方が気づかないほど、とても少ない量だ。小さすぎて計算に入れなくてもいいほどの。それでも、それが続けば吸い取る魔力はいずれ膨大になる。二人ならその倍。十人ならその十倍に。僕の巨大な体はね、魔力を吸って肥大した体脂肪のようなものなんだよ。他の竜曰く、僕は「最大の竜」だって』



「勝手に吸っちまうってのは大変だな。でも、吸っちまった分はその相手に返してやればいいんじゃないのか? 利他的に魔力を使えば噴魔なんてことには――」



『試したよ。千と五百年くらい前に。利他的に動いたさ。そうして皆、僕を利用した。便利に扱った。人間の温かい関係なんてすぐになくなったさ。当たり前になって人間たちはぞんざいに僕を「消費」するようになった。人間たちは堕落して腐敗した。だから僕もその時居た地を噴魔させて引っ越した』



 ――――噴魔させた、か。そうやって歴史の節目をそこで作ったのだろう。堕落して腐敗。人間は確かに、



『――だから僕は決めたんだ。もう誰かの為に魔力は遣わない。しかたないから土地という貌で誰かの生活の礎になって、皆の幸せそうな生活を羨ましそうに眺めようって。僕はそれだけを与えるのさ。そして堕落し、腐敗してきたらまた、新しくやり直そうってスタンスでね』



「……」



『さっきまで嘘偽りを――――おふざけを何個か混ぜて話したけれど、この発言は本当さ。――――育てたものが腐ったら捨てる。捨てて引っ越す』



「それは……」


 間違っている。とは言えなかった。人間は利己的だ。自分中心的だ。自己満足で、エゴで善行を行い過去の後ろめたさに気を紛らわす。甘やかされすぎたら精神が腐る。


 それくらい、十八歳になる俺でも知っている。だからバウム=バウムの言うことに真っ向から反駁はできない。しかしそれでも、


「――――自己満足で誰かを幸せにすればいいじゃないか。自分のエゴを押し付けて、誰かの生活を今以上に勝手に満たせばいい。エゴも恩もお仕着せていい。腐る前に正すのを仕事にすればいい。そう思わないか? お前の噴魔はそのためだろう?」


 俺の言っていることは詭弁と暴言を絡め合せた汚い自己中心的な主張だ。今の発言が間違っていると、そう糾弾・反駁されるのも仕方がない。しかし、臆病な自尊心と尊大な羞恥心を抱えた目の前の孤独な竜にただ言ってやりたかった。


 一回だけでも舌鋒を撃ち込んでやりたい――。



「バウム=バウム。――お前は疲れてふて腐れているだけだ」



 腐っているのは巨木そのもの。奉仕しすぎて一時的に厭になっているだけなのだ。



『……そうか。ふて腐れている、か』



 彼は呟き、おもむろに涙を流し始めた。



『ふて腐れて、周りを巻き込み、野里を滅ぼす、か……』



「そうだ。お前、自分で必死になって勝手に始めた人間への大家さんの仕事を、続ける情熱が今になってなくなっただけなんだ」



『……分かったよ、ケー君。僕は今、僕も誰も納得しない酷いことをしている。あれだけ慈しんだ人間にあらぬ罰を与えている。僕は主義主張をねじ曲げて折り曲げて、なにも見えなくなっていたんだ。本当はもっと人間たちに近づきたかったのに、僕は今……人間と世界に嫉妬して、――絶望しているんだ』



 彼はひくひくと見た目と同じ子供のように後悔を表に出してすすり泣く。



『――僕はね、皆の人気者に成りたかったんだ。アレスの子どもたちにもっと慕われたくて、それでこの神樹を生やしたし、温泉も湧かした。木漏れ日を照らし始めた。でもここの住人はやがて僕を慕うことを義務にした。掟にした。蛮習にした。――腐ったんだ。僕の人との精神的な関わりはもはや無いと言って過言ではない。僕はアレスを隷属させたくはなかった』



 涙の雨で彼の頬はしとどに濡れる。



『僕は人間を愛してる。だから愛されたかった。でも、奉られたくはなかった。信仰と慈愛は少し違う。もっと精神的に関わりたかっただけなのに。……僕はただ躰が大きいだけの竜なんだから。――――樹竜なんだから。罪を犯した咎人なんだから』



 そんなに自分を責めることはない。俺はそう言おうとし、



『絶望だ。絶望したことを自体が罪だ。大罪「嫉妬」を患っていたんだ。だから僕は全部――――全てをひっくり返そうと暴挙に出た』



「――――」


 目の前の竜はただ人間が好きで体を樹海にして人間に貸していた。いわば大家さん。


 しかし人間と自分が精神的に関われないという諦めから、投げやりで、ふて腐れて、いつか全てをひっくり返せばいいと思い至った。その結果、宮廷に目を付けられて先輩に、帝国に殺意を向けられた。


 バウム=バウムは人間を羨望し、嫉妬していたのだ。想いすぎるあまり、勝手に絶望していたのだ。


 独りよがりで勝手に思い込み、頭が固くなり自分の意志すらまとまらなくなるところはいかにも竜らしい。


「バウム=バウム。もしかして、分かってくれたのか? よし、今からでも遅くない。ここを再せい――」



『うん。大家さんの仕事は僕には向いてない。僕は全ての責任を取って、――――僕自らの命を断とうと思う』



 樹竜『バウム=バウム』は優しく決死に必死に狂死に笑う。


 必死に至る病魔。それが――――――


本日3度目の投稿です。第二章23話でした。

樹竜の思い詰めすぎて狂い壊れて一貫性が無い感じが出せていれば幸いです。

感想・アドバイス等々あれば頂きたいです。お待ちしております!

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