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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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第二章18 大規模噴魔

噴魔ふんまするらしい。アレス樹海の下に悪い魔力が溜まっている。あれがもうじき爆発して衝撃により局所的・壊滅的な巨大地震もしくは巨大魔力爆発および魔力噴出が起きる。だからはやくここから避難した方がいい――――というのがアズさん率いる俺たちよそ者の見解だ」


「壊滅……というとどの程度? 復興にはどれくらいかかりますのじゃ?」


 広場の前で里の長老がおろおろと動揺しながら、しかし冷静さを装って今後の話をする。


「復興できるかどうかは分からない。噴魔した高濃度の魔力にあてられて木々も鉄器も朽ち果てるかもしれないらしい。ここと本気で縁を切る気で逃げないと……」


 適度な量の魔力なら薬だが、行き過ぎた量の魔力は毒でしかない。魔境以上の魔力がアレス樹海の地下で顕在化せずに静かに蠢いているのだ。


「嘘だ! よそもんが適当言ってんじゃねえ! アレスの里がそんな簡単に滅ぶわけねえべさ! お前ら空き家になった俺らの家で空き巣紛いのことでもするんじゃねえのけ!?」


「そうだそうだ! テキトーぶっこいてんじゃねえべ!」


 血気盛んな若い男たちが俺たちを嫌忌して非難する。信用されないのは百も承知だ。しかし、アズさんの診断を疑うことは俺にはできない。


『信じられぬなら残ればいいでありんす。それで死んでも自己責任でありんすが?』


「う……」


 ルビーの威圧的な一言でヤジを飛ばす連中の勢いが死ぬ。


 若干、俺たちの手のひらの返しようがひどい気がするが、俺たちはアズさんもアズさんの目も信用しているし、なにより万が一でも噴魔に巻き込まれて死にたくない。


「そういえば、最近鳥が輪を描いて飛んでたり、獣の死体が横並びになってたり、妙な怪奇現象が起きてたよなあ……? 獣の数自体もかなり減ってたさ」


 気弱そうな男性が呟く。


「そうだ! 地元民のあんた達なら分かるだろ! ここ最近、この里で妙な出来事がなかったか!?」


「変な病魔が流行ったべ」


 それはナギのせいだ。


「汚ぇだみ声が祠から聞こえてきたべ」


 それもナギのせいだ。


「神樹側の巨木が何本も斬り倒されたべ」


 それは俺とフィールのせいだな……。


「あ! 里のすぐ外に穿孔竜が出るようになったんべ! あいつ、死体漁りとかも平気すんべ!」


「それだ! モグたんは噴魔の兆候を感じとっていた。だから火事場泥棒的な感じで里の近くに来たんじゃないか!?」


「どうしよう……それが本当なら儂ら逃げないと……!」


 分かってくれたようだ。


「でも、どうするの? どこにいけばいいの?」


 それも重要な疑問だ。百数人もいきなり受け入れてくれる町村があるかどうか。


「かっはっは! 惑うな、アレスの民! 家族単位で分散して避難すると良い! 宮廷騎士団の証明書を持って来ておる! これを避難先の役所に提示すれば、向こう一年は生活の場を用意してくれるように話は通しておる!」


 さすが先輩! 周到な根回し! といったふうに先輩とフィールは証書を里の民たちに手渡していく。そういえば宮廷騎士団屋外調査室は災害援助の仕事もしているのだ。


 あれよあれよと疑いたくなるほど順当に話が進み、アレスの民は全員意見が一致してこの里から避難することに決めた。あとは俺たちの避難の準備だ。


 さながら夜逃げのように里の民たちは必要最低限の荷物をまとめて避難の支度をする。


 俺たちも持ってきた荷物をまとめて、早々に逃げる支度をする。とはいえ、無闇に焦るのもどうだろうか。さっき発覚した噴魔の可能性が今日のあと一時間後とは限らな――



 ゴォォォォォォン



 遠くでなにかが弾けたような、嫌忌の念を抱かせる轟音が鳴った。


 まさかとは思いたくないが……と窓の外を見て音源を見つめる。


「嘘だろ……!」


 里の反対側で噴魔が起きた。


 発光する魔力の源泉が無尽蔵かのように間欠泉よろしく噴き出し始めているのだ。濃い魔力にあてられた木々たちが耐えきれずに朽ち果てていく。


 これが対岸の火事で済むなら豪快な花火の一興で済むかもしれないが、あれが俺たちの足元でも起きるかもしれないのだ。しかもあれは規模が小さい方だ。


「里の皆が出きったら俺たちも早く逃げるぞ! ララ!」


「分かってるわよ! 急かさないで!」


 そこで俺はハッとする。二人がいない。


「ルビー!? アズさん!?」


「あの二人はローゼと一緒にここを出た! 心配しなくてもローゼが付いているなら迷子になったりしないわ」


「お、おお! そうだな!」


 パニック状態でも地の利は俺たちよりローゼにある。彼女が先導すればひとまず安心だ。



 ゴォォォォォォン



 続く噴魔の衝撃で客間が傾き、ララが転ぶ。


「ララ! 大丈夫そうか!?」


 ララの身を案じたが、


「それより!」


 ララが吠える。


「フィールとフォルテは!?」


「っ……」


 宮廷騎士団屋外調査室・室長と副長は――――?



    ***



 アレスの里――ひいてはアレス樹海の各地で噴魔が始まっている。色とりどりの濃密な魔力が飛び散り、命を、物質を朽ち果てさせていく。この里の終わりが近づいている。


 俺が今いる「瀑布」にも、いつ噴魔が起こってもおかしくない状況だ。


 溜まっていた魔力が噴魔し尽したら、ここも魔境になるのだろうか。


「ケンシロー、本当にここにいるの?」


「ああ、いるだろ。おそらくナギをこの里に持ってきたのは宮廷騎士団の誰か、もしくはフィールだ。ナギに病魔を撒き散らさせて、なにも知らないまま里の人たちを自主的に避難させようとしていたんだろ」


 その証拠に、撒き散らされた病魔は酷く簡単に治せるものだった。それにフィールは剣の台座をもの凄く重くできる魔法を使えるではないか。


 あとは騎士団の証書を事前に持っていたのがどう考えてもおかしい。


「騎士団側は噴魔を予見していたってことなの……?」


「ルビー曰く、世の中には色々な占いがあるらしいからな。信じる信じないはおいといて」


 つまり、あいつらの仕事はアレスの里の民を避難させることだった可能性がある。


 俺たちは気体の瀑布をくぐり、最奥の祠に向かう。


【ひゃはははははは! おい、お前さんよ! お出迎えだぜ!】


 最奥から彼のだみ声。そしてその台座の前に立っているのが――


「フィール」


 胡乱な漆黒の瞳でこちらを見るフィール。しかしそれも刹那の出来事で、いつもの穏和で友好的な雰囲気に戻る。


「やあ。ケンシロー君、ララさん。里の人の避難はもう終わりそうかい?」


「ああ。なんとかな。お前と先輩のおかげだ。さっさと俺たちもずらかるぞ。……それで、先輩はどこだ?」


「……仕事中さ」


 祭具用の剣であるナギの装飾部分を撫でながら答える。


「仕事……? 里の人たちを避難させることが仕事だったんじゃないのか?」


「はは、確かにそうかもね。でも、騎士にはほかにも仕事がある」


 またひとつ、少し離れたところで噴魔の音が鳴った。


「悠長にしてる暇はねえんだ、フィール。その仕事ってやつはもしかしたらもう遂行不可能かもしれない。命あってのなんとやらだ。……俺たちも逃げるぞ。だから先輩を――」


 フィールは台座に刺さったままのナギの柄を掴む。


「押してダメなら引いてみろって言葉があるけれど、じゃあ、引いてダメなら押してみた方がいいのかな?」


 フィールはナギの柄を握ったまま剣を下に押し込み――台座を割った。


「そんなやり方が……解決方法意外としょぼいな」


「はは、次からは壊したい剣がある時は刀身ではなく台座も破壊対象にすることをオススメするよ。まあ、僕のひとり芝居だけれどね」


【ひゃははは! 剣を壊すなんて罰当たりもいいとこだぜ! 二枚目役者さんよ!】


 そして怜悧に笑うフィールはナギを軽々と持ち上げてみせた。実際、風の魔剣・ナギ自体はそこまで重くないのだろう。一般的な剣と同程度か。


「僕はまだ避難はできない。僕が避難していいのは、フォルテ・シロフォン・クラシック先輩が使命を全うし、そして順当にお亡くなりになられたときだ」


「……は?」


 思わずハッと息を呑む。


 言葉の意味を理解できなかった。目の前の男がなにを言っているのかさっぱり分からなかった。古今東西、フィール・フロイデ・シュバルツという男は、世辞は言っても下らない冗談は言わない男だったはずなのだ。


「普段から冗談言い慣れてないからか? 夢見の悪い冗談を言うなよ、フィール。今日の夜うなされても知らねえぞ」


「そういう君は冗談が上手い。……先輩との相性もよさそうだ」


「なに言ってんだ。あの人との相性なんてサイアクもいいところだろ。……いいや、お前と話していても埒が明かない。ララ、先輩探して避難するぞ」


「あ、うん。分かったわ」


「切り裂け、ダクネ」


 フィールがぼそりと呟いた後、俺の耳元をかすめ、風切り音を鳴らしながら漆黒の斬撃が追い越していった。一瞬俺は唖然とする。不意打ちなど絶対にしないようなフィールがそれをしたのだ。


「……なんのつもりだ?」


「フォルテ副長の邪魔はさせない」


「無理やりだな。先輩は自殺でもする気なのか?」


「言い様によってはそうだけど。内容は全く違うよ。フォルテ先輩は――」


 そこまで言って、フィールは口を鎖す。頤に手をやってなにか考え事をする。


「それを話しても仕方がないね。なにより先輩がそれを望まない」


 フィールの全部わかっている風な余裕な態度がもの凄くムカつく。なによりも今は緊急事態の状況なのだ。


 どんなに普通に話したって、俺はこいつがやっぱり嫌いだ。


「俺が納得できるように話せ。それともさっきの続きでもするか?」


 剣を交え、今度こそ本気の本気で鎬を削る戦いをするか否か。


「フィール。言っておくけど、私の魔力もそれなりに回復してきてるわよ? 私は気持ち良く過ごしていれば魔力が回復するから。――絵を描いたりね」


 ララは俺の判断についてきてくれるようだ。


「あの女に、謝らせないまま勝ち逃げされるのなんて私の魂が許さない……!」


「確かに。あの人まだララに謝ってなかったな。だったらその言葉は聞かないと。そんでもってハーフエルフらしく長生きしてもらわにゃ」


 俺とララは先輩の謝罪の言葉を聞くために結託し、フィールと真正面から向き合う。


 そして薄く笑みをこぼしたフィールの選択は、


「僕の魔力は完全に回復している。それでもいいなら、ケンシロー君。ララさん。もう一度始めよう。無理を通すための戦いを」


 アレスの里に雨は届かない。それなのに、嫌忌の雨が降っているようだ。


 ひとり芝居、二枚目役者……つまりフィール・フロイデ・シュバルツという男は――


 この里は、この男は、今も大規模噴魔の下準備を続けているのかもしれない。


第二章18話です。急展開――というよりかは、ようやくここまでたどり着いたか。といった感じです。

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