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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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第二章16 カード

 俺の手札に切れるカードはもうない。


 手詰まりだ。


 手詰まりだった。


「おおおおおおお、らぁあ!」


 硬い金属が金属を跳ね返す音が鳴る。


【ぶひゃはははははははははぁ! 何遍叩いても同じだぜぇ!】


 憎たらしい魔剣の笑い声が洞窟内に響き渡る。


「はぁ……はぁ……絶対に折れる気はないんだなお前……」


 金槌を片手に俺は肩で息をする。金槌百叩きの刑でもナギは刃こぼれせずに、逆に金槌に切れ込みができる始末だった。


【ひゃはぁあ! 絶対に折れねえのが剣の本懐さ! あの亜麻色の嬢ちゃんもそう思ってんじゃねえのかい!?】


 剣の本懐は敵を斬ることだろうが。まあ、それも折れたら叶わないのか。


【ひゃは! なあなあ、あのべっぴんのお嬢ちゃんたちに会わせてくれよ! 目の保養にはピッタリなんだ!】


「お前、見た目はただの祭具用の剣で、目も口も鼻も耳も舌もついてねえだろうが。どういう構造になってんだよ。全く……」


 本当にこいつが喋っているのは魔法と奇跡としか言いようがなかった。


 ララとルビーは魔力の回復に努めて休憩中。ローゼはその二人をもてなしている。フィールとシロフォン先輩は別行動で現在どこにいてなにをしているのか完全に不明。


「これじゃあ、ルビーの鱗もララの炎も効かないかもな……」


 俺が半分諦めていると、洞窟の入り口付近からこちらへ向かうカツカツという靴音が聞こえてきた。しかも複数人。振り返ると、


「やあ」


 涼しい顔をした、いつものにこやかな笑顔のフィールが深緑の髪の女性三人を侍らせて立っていた。とてもじゃないが、さっきまで「無理を通すための戦い」を繰り広げた相手とは思えない。


「……仕事しろよ」


「現地民の人と交流するのも仕事のひとつさ」


 俺はフィールの後ろにいる女性三人を順番に見る。


 見分けるなら癖毛の元気そうな女性とおかっぱの大人しそうな女性とハーフアップの上品な女性だった。三人とも見た目は二十歳前後と言ったところ。全員違ったタイプの美人というレアカードを手にしている。


「俺は現地民の人じゃねえぞ」


「ふふ、君はそうだろうね」


「ねえ、キミが鋼竜を倒したヒーローってホント?」


 癖毛の女性が俺の手を取って憧憬の眼差しを浮かべていた。人との距離の詰めかたはどこかローゼに似ている。


「あ、まあ……うん」


 どっと三人の美女が盛り上がる。


 それも「すごーい」「かっこいー」「つよーい」と俺を称賛する声を上げながら。


【ひゃはははあ! どうしたどうしたぁ!? そんな大所帯で! あんましオレサマの前で性に逸脱した行動は慎めよ! オレサマってば心は純朴な少年のままだからよぉ!】


 絶対嘘だ。こいつの中身は若く評しておっさんでしかない。


「……で、フィールは三人連れて何しに来たんだ? 俺は席を外した方がいいか?」


 フィールは俺の言葉を冗談と受け取ったのか面白そうに肩をすくめる。


「いやいや、ケンシロー君に紹介しようと思ってね」


 三人の美女を俺に紹介?


「何を企んでやがる? 言っておくが俺は人に物を貢げるほど金は持っちゃいねえぞ」


「ははっ! そんなつもりあるわけないじゃないか! 彼女たちの意見を聞かせておきたくてさ」


「この人達の……意見?」


「そう。里を離れることへ賛成する人たちの意見だよ。さ、話してくれ給え」


 フィールは癖毛の女性にごくごく自然に肩に手をやり、話してもらうように促した。


「んー。アタシとしてはぁーアレスの里もいいんだけどぉー外の世界を見てみたいっていうかぁー」


「アレス族も物理的に閉鎖的なままではいけないと言いますか……」


「アレスの外の殿方ともっとお話がしたい――かな」


「それにぃー今のアレスってぇ――」


 女性三人が代わる代わる外の世界への憧れを口にする。時にはアレスの里への不満も混じり、それは新しい環境を羨む生の声に他ならなず、


「まあ、こんな魔剣のせいでアレスの里を離れるのは寂しいし悔しい……ですが……」


「こんなことがない限り、アレスの時間は止まったまま――かな」


 彼女たちはそう継ぎ足して、自分たちの意見を俺に伝え終えた。


「……」


 ローゼは意志の確認をしたと言っていた。しかし、人の意見はころころ変わるもの。病魔が撒き散らされ始めて一ヶ月。ここで心境が変わるのも無理はない――か。もしくは意志の確認は表の発言力が強いもっと保守的な大人の意見とすり合わせたからだったのかもしれない。


「僕としては君に一族の中にはそういう意見もあるということも憶えておいてほしいかな」


「……そういう意見か」


 アレス族は里を捨ててもやっていける。楽観的で希望的観測ともいえるが、事実俺もそう思う。アレス族はアルラウネを祖としていて、水と光と空気さえあれば生きていける。それは人の世界の生存競争に於いて強力なアドバンテージだ。それに、ただの樹木と違うのは、彼ら彼女らには生きるために最適な場所を選び取るための手足があるのだ。


 ――この一族はもっと陽の当たる世界に居てもいいのかもしれない。


「……確かに聞き届けた。参考にさせてもらうけど、でも俺は一番にあいつらの……ララの味方でいるつもりだから」


 フィールは同情とも嘲笑ともつかない表情で笑う。


「ケンシロー君はどうして、騎士に成れなかったんだろうね」


「騎士団が俺を選んでくれなかった。――ってのはなんか悔しいからこう言わせてもらう」


 意地を張ったからとはいえ、これを言えて俺は幸せ者だ。


「俺が異世界画材店未来堂を選んだからだ」


 出ていた求人を選んだ理由はしょうもない。でも、事実だし、現実だ。虚実ではない。


 フィールは納得したように頬を緩めた。そして、身を翻す。


「そうか。また手合せしよう。今度は僕の個人的な訓練の為に。君以外に訓練になる相手がなかなかいないのさ」


 そう満足そうに言い残して彼は洞窟を出ていく。……美女三人を残して。


「――で、あんたらは……他に用事は?」


 俺が彼女らに話を振ると、三人は俺を見て目を光らせる。なにか、肉食獣のような危なげな目の色をしていた。


「ねえ、キミ!」「今夜……」「空い――てる?」


 その目の色がなんだかいやらしい意味でどこか不穏当で、なんだか俺はララとルビーとアズさんの純朴な笑顔を思い出し、


「ごめん。ちょ、ちょっと……用事があるんだ」


 へたれたように情けなく誘いを断ってしまった。



    ***



『……で、美女三人との甘く熱い夜の誘いを断ってきたのでありんすか?』


「悪かったなヘタレで」


『くふふ、悪くない気分でありんす』


「どういう意味だそれは」


 俺が祠でのやり取りの報告を済ませると、ルビーはなぜか上機嫌になっていた。


「ところでララはどこに?」


『里を背景にローゼの人物画を描いているでありんす。おそらく日が暮れるまでは戻ってこないなんし』


 俺が仕事に従事している間にお絵かきとは……と思ったが、他にできることはないし、やることもないし、なによりララにとっては描画の方が魔力回復に役立つのかもしれない。


 なにせ魔力回復の方法は大別すると精神力の回復か体力の回復に付随するのだ。細かな回復方法は人それぞれだが。


 ちなみに俺の場合は……分からない。なぜなら魔力を回復させても溜め込めないから回復したことにすら気づかないのだ。ゆえになにがトリガーで回復するのか分からない。カード遊びだったら俺のカードパワーはとてつもなく弱い。使えねえ。


「ルビーはなにをしていたんだ?」


『寝ていたでありんす。余の魔力は寝そべてゆっくりすると回復するなんし』


「ほう」


 一番便利でオーソドックスな回復方法だった。とはいえ、微々たるものなのだろう。一緒に何週間か寝食を共にしたが、魔力の全回復、そして鋼竜の顕現には至らない。


「もし魔力が全回復したら、お前は鋼竜に戻るのか?」


 ルビーは今、魔力が大幅に減っている状態だからルビーなのだ。銀髪赤眼の美少女なのだ。これがまたあの銀色の鋼竜に戻るのは、感慨深いような恐れ多いような。


『安心するでありんす。あの日シノビに言ったでありんすが、強大な魔力に晒されでもしない限り、余は早くとも百年ほどはこのままでありんす。元に戻ったらケンシローの孫あたりとでも雪辱戦に興じるとでもしようかの』


 くふふ、と笑ってリベンジに燃えるルビー。


「勘弁してくれ。お前は愛されるアイドル鋼竜になるんだ」


『もちろん冗談でありんす。もしかしたらケンシローの孫は余の……』


「余の?」


『なんでもないなんしっ』


 なにを言いたいのか分からなかったが、またルビーの戯れ言が口を滑らせて出てきそうになったのだと思うことにして、俺は深く追求することを止めた。


『時に、ケンシロー。あれが何なのか余には価値など分からぬでありんすが、――――あの乳女からの手土産を、そろそろ使ってもよいのではないかえ?』


「あっ……」


 俺の手札にはまだ使えるカードがあった。



第二章16話です。本日二度目の投稿です。ちょっとした中継ぎ回ですが、第二章はまだまだ続きますのでよろしくお願いします。

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