第二章15 魔力不足
延長戦で場外乱闘。そんな最中に巨木が倒れされる。
一本、二本、いやもっと大量に。二代目黒騎士が漆黒の魔法を剣に纏わせて振るごとに、漆黒の斬撃が肥大し、流れるように巨木を削る。――――本当は巨木ではなく俺を斬り伏せたいのだろうが、な。
そしてそれは本当にただの漆黒趣味なのか。
今、俺は戦えているか?
今、俺は病んでいるか?
今、俺は生きているか?
そう懐疑的になるほどに俺は必死でフィールの攻撃を紙一重ながら避けていた。
魔力不足かつ剣不足で丸腰の俺に漆黒の斬撃が飛んできて、なるほど戦いは一方的で、戦いとも言えない戦況だった。かなりちょっととてもすこしけっこうマズイ。つまりどういうことかというと、マズイ。
漆黒のアレに斬られてどうなるかは、斬られていないから分からないが、タダじゃ済まない予感はする。あいつに蹴られた部分がまた痛み、確かな負荷になっていた。
「ケンシロー君、そろそろ『まいった』と言ってくれ給え。僕は親友を死なせたくない」
残念だったな。親友だと思っているのはお前だけだ。お前は言うなれば俺の『嫌敵手』とかそんなやつだ。
「死なせたくないって……能動的に殺しにかかってきてるやつの言うことか!」
ララを瀑布の前に置いて来てしまったが、今となってはそっちのほうが正解かもしれない。危険だし、俺の姿は無様だしで、とてもじゃないがここにはいさせられない。
ゾッと怖気が走ると、また黒靄が背後から迫る。今度は帯状に延びてこちらへ向かってきていた。
「ちぃっ……!」
俺は棒のように伸びた足に力を入れ、思い切り跳んだ。跳んだ矢先に足の真下を黒靄が通過していく。当たるとどうなるかはよく分からないが、当たったら今よりも状況が悪くなるのは確実だ。
そして着地。しかし失敗して転んだ。それも傾斜のついた下り坂になっていたのか、そのままごろごろと転げ落ちていく。俺の人生みたいだ。
そうして重力に身を任せるままに、低めの崖から落下し、ぼふんと落下した先はひときわ目立つ巨木のすぐ近くだった。
「なん……だ、これ……でかい……」
その巨木は今までの巨木よりも数倍太く、大きく、見つけた俺を閉口させるほど力強い巨大樹だった。
その幹にはなにか白い布か紙を巻きつけられていて、その丁寧に守られているというような佇まいと大樹自体のスケールの壮大さが神々しさを感じさせる。特に異様な雰囲気を漂わせるのは、その大樹の葉っぱの色だ。まるで故郷の代表的な樹木のように、鮮やかな灰桜色をしている。遠目からなら桜の花びらと見紛うことだろう。
「もしかして、これがローゼの言ってた神樹か……?」
名前は確か、アレス。さながら植物族アレスの長と言ったところか。
「神樹・アレス。この目で見るとやはり壮観だね」
今は聞きたくなかった声に半分怯えて振り返ると、そこにいるのはやはり黒騎士だ。
「樹木崇拝。この木こそがアレスの里の象徴であり、アレスの神そのものだよ」
神。鎖された深い緑の里の全て。となればここは神前か。
バシュッと空気の抜けるような音が成り、音源を見ると黒騎士・フィールの漆黒の鎧が靄に戻り掻き消えていった。そして現れたのは疲弊しきった顔のフィール。
「ハアッ、悪いね、ケンシロー君。この状態はここまでのようだ。――君はどうする?」
魔力不足のフィールに水を向けられて、俺は立ち上がる。そして拳闘士さながらの構えをした。
「そういえば俺は、御前試合はしたことがないんだった」
俺のその生意気な態度に、フィールはむしろ気を良くし、笑いかけ、同じように剣を鞘に収めて放り、拳を構える。
「君は本当に負けたくないんだね。いや、納得できないことはしたくないだけか」
魔法が遣えなければ剣で、剣が無ければ拳で、拳が無ければ歯で戦う。そして勝つ。
「うおおおおおおおおおお!」
「はああああああああああ!」
俺とフィール。二人の闘気が高まり、ぶつかり、そして――
「喧嘩はやめてくださぁぁぁぁい――――!」
突如と駆けつけたローゼに二人仲良く殴り飛ばされた。
***
「いいですか? お二人とも。木々は自然の、平和の、調和の象徴なのです。そんな木々を無用に斬り倒し、いたずらに森を荒らすのは、アレスだけではなく、神々の寝床に唾するようなものなのです! 気をつけてくださいね!」
再び舞台は客人用の大部屋に戻る。戻った先で俺とフィールはローゼにしこたま怒られた。ローゼは怒ってもあまり怖くはなかった。
「木々を斬り倒して回ったのはフィールだ」
「……ケンシロー君がちょろちょろ逃げ回るからさ」
「ほら! ケンシロー様が悪いではないですか!」
「俺に死ねと!?」
あそこで走り回ってフィールの攻撃を避けていなければ俺の五体は今よりもズタズタだ。
「しっかりしてよね。私たちまでアレスの人からの印象が悪くなるじゃない」
地獄の業火で火の海にしかけたやつの金言である。
『巨木が倒れる衝撃は地震が起きたかのようで余は気が気でなかったでありんす』
「ひでえよ。皆もう少し俺に優しく……いだだだだだだだだだだ!」
「この愚物め。昨日今日で何度わらわの魔力を吸う気じゃ。おかげでわらわ、今日はもう魔法が半分しか遣えぬくらい魔力が不足してのじゃぞ?」
「半分も残っていれば十分なのでは!? いだだだだだだだ!」
結果、俺はまた先輩に激痛を伴う治療を施され、痛みに身を捩っているのだった。
「それでですね、さきほどの勝負はどちらが勝利なされたのですか?」
「ローゼだな」
「ローゼさんかな」
あの場で俺とフィールを同時にノックダウンさせ、漁夫の利を得たのはどう考えてもローゼだった。
「はわわ、出過ぎた真似をしてしまいました……」
慌てて恥ずかしがるローゼの姿はかわいらしい。樹木化して拳を硬くコーティングしていたとはいえ、このお淑やかそうな女の子から腰のかっちり入った鉄拳制裁が出てくるとは到底思えない。世界は恐ろしく広い。
「つーか実際どうすんだよ。勝利条件がどっちも満たされていないから両者の要求が通らないぞ?」
「なら、僕と副長は勝手にこちらの仕事をさせてもらうよ。そもそも、僕たちにもやるべき仕事があるからね。帰る時は声をかけてくれ給え。見送り程度はさせてもらうよ」
「飄々としてやがんなこの野郎……」
あくまで宮廷騎士側はアレスの里の放棄を提言するらしい。
いや、待て。じゃあ、先輩の言っていた里を滅ぼすっていうのはなんだ? それが仕事内容か?
「……」
――聞きたいが、ここで聞くわけにもいかない。わざわざ仕事内容を伏せるということは、宮廷騎士以外の人間に知られてはならないことなのだろうし、大義ある宮廷騎士団が虐殺行為などするはずもない。するならもっと大人数で来ている。滅ぼすはなにかの隠語か……?
「んん? どうしたんだい、ケンシロー君。難しい顔をしているね」
「事態を難しくしているのはお前らだからな。全く……」
とはいえ、どうしても喋らせたいなら力ずくで組み伏せるしかないが、俺たちにはその力がないからどうしようもない。
俺が苦言を呈するとフィールは絶妙にムカつく微笑みを浮かべて肩をすくめる。
「それは済まないね。じゃあ、僕たちはこれで。夕食の時にまた会おう」
フィールはそう言い残して先輩と共に大部屋を出ていった。
「……」
沈黙が落ちる。この六人の中で一番頭の回る奴がいなくなってしまった。
「どうすんだ? えーっと……えー…………ルビー!」
『よ、余に振るのでありんすか!? ケンシローのいじわる!』
誰に聞いても魔剣の壊し方なぞ分からないのだから一番の年上にアイデアを求めることにしたのだ。
「とにかく思いついたことからやるしかないのよ。私たちで考えたのは、①鋼の砥石で削る作戦。②超高熱で溶かす作戦。③神に祈る。――の三つよ」
「二つじゃねえかよ。神ってどこの神様だよ。俺は極東の神にしか祈らねえからな」
ヴィクトリア帝国の宗教事情は複雑で、内心での信仰はどこでも自由だが表に出してはいけないという決まりがある。「○○神、万歳」とかの布教活動は違法なのだ。
とすれば、アレスの樹木崇拝は法に触れそうで触れていないかなりグレーな行為なのか。
「なあ、ローゼ。実際その二つを試してみたことはあるのか?」
「はい。この里で用意できる砥石を使ってみましたが逆に砥石が削れてなくなりました。高熱で溶かすという案も魔法で試してみたのですが、熱量が足りないのか溶けませんでした。……しかし、ルビー様の鋼の鱗とララ様の魔法力であれば可能かもしれません。やってみる価値はあると思います!」
「…………うん。今からやってみるか」
あのルクレーシャス鉱山で俺の剣を何度も破壊した鋼竜の鱗と、樹海を火の海に変えようとする業火なら案外できるかもしれない。
しかし、
「ただ言いづらいことがあるのでありんす」
「ごめんひとつだけ謝らせてほしいの」
ルビーとララの後ろ向きな言葉が同時に発せられる。二人曰く、
「今は魔力が足りない」
第二章15話です。神樹・アレスは今章で重要な存在になってきますので(予定ですので)、
ここから少しずつケンシローの仕事とは言えない仕事ぶりが見られるかもしれません。
応援・ご意見・アドバイス・質問等お待ちしております。よろしくお願い致します。




