第二章14 漆黒趣味
銀色と漆黒が交差する。光を強く反射する俺の白銀の剣と、光を昏く吸収するフィールの漆黒の剣。
全てが深緑の樹海の木の幹を、蹴り、跳ね、飛び、剣を撥ね退け、相手の隙につけ込み、――――斬り伏せようと気を馳せる。
戦況は俺が優勢だった。攻めの姿勢で次から次へと刃を彼に叩きつけ、防がれるものの勢いだけは俺の方が強い状況。
しかし、それが俺は不満だった。
――フィールめ、魔法を遣わないつもりか。
太刀筋からして手を抜いているわけではなさそうだ。しかしそれでも、魔法を遣ってこその現代騎士だろうが。俺は遣えないけど。
「うおおおおおおお!」
俺が数歩退いて勢いよく剣を振り上げる。ララが気を利かせて猛火を生み、その炎はフィールに迫る。この際、消火は後でまとめてやろう。
視界が煙で白く染まり、
「はっはは、酷いな。熱いじゃないか」
その向こうでフィールからの余裕のある困り声が。事実、煙が晴れた先には傷ひとつない憎たらしいほどの美男子が立っている。
「本気でやらねえと後悔するぞ」
「本気でやって後悔する場合もあると思うよ」
減らないフィールの漆黒趣味の言葉に俺の心はちりちりと焦げつくように苛立つ。
「今がその時か? いいぜ、後悔させてやる。二代目黒騎士」
「……その名で呼ばないでくれるかな。いくら親友でも怒るよ」
親友になったつもりはない。
「何度でも呼んでやるよ。『二代目』黒騎士」
「――ねえ、黒騎士って?」
右手のララが問いかけてくる。
「そのまんまだ。真っ黒な騎士だから黒騎士。真っ黒な魔法を遣うから黒騎士。……ついでに、腹ん中真っ黒だから黒騎士だって俺は思うね」
「腹黒はなんとなく理解できるけど、その二代目っていうのは?」
「初代様がいて、どっかに蒸発して、何十年ぶりかに現れたフィールの漆黒趣味の真っ黒さがきっかけでそれから学校でそう呼ばれるようになったんだ。黒を司る騎士の二番目、つまり『二代目黒騎士』だってな」
「……酷いじゃないか。呼ばないでくれと頼んだのに」
フィールの眼が鋭く光った。遅ればせながらやって来た彼の敵意の波動。――来る。
――あいつの魔法が来る。
「……呑み込まれろ、ダクネ」
詠唱しながら剣を振ったその切っ先から光を失ったように黒い靄が発生する。
「ちょっと、避ける準備しなくちゃ……」
「あいにくあれは避けようと思ってなんとかなる代物じゃない……」
漆黒の靄は球形にまとまり、一気に俺に向かって炸裂した。
「ごめんね、ケンシロー君。光り輝くような華麗で華美な攻撃はできないんだ。漆黒趣味の黒騎士はね」
地を蹴り、樹の幹を蹴り、立体的に俺は跳躍して黒靄の破片を避ける。あの靄は質量を持ち、そして追尾してくるのだ。
「最後に戦った時より分離した数が増えてやがる」
フィールはフィールで成長しているわけか。
「対策とかはないの!?」
「聞いて驚け! ――俺の頭じゃ思いつかずで分からなかった!」
「このバカ!」
剣の姿のララに罵倒されたところで俺の右足は靄の破片のひとつに捕まった。
「しまった……」
あの黒靄に触れると、その部位が重くなるのだ。この魔法で動けなくした相手をフィールは滅多打ちに――ではなく、優しい声で「まいった」を要求し、学生時代の演習では平和的に勝利してきた。こいつが戦った後には味方しか生まれないような男だ。俺みたいな例外もいるけれど。
そんな例外の俺の今の右足は、子どもがぶら下がっているくらい重い。
「切り裂け! ダクネ!」
「うおっ!」
今度は鎌状の黒靄――黒い斬撃が飛んでくる。学校卒業後に新しく習得したもののようで、これは知らなかった。あ、やべぇ。
斬撃を避けるために体勢が崩れたところへ、すぐに黒靄の破片が俺の体中をつきまとい、質量を重くしていく。
重い、重い、重い! 体が錨にくくりつけられたように重い。
「ケンシロー!? あんた、大丈夫なの!?」
「申し訳ないね、ケンシロー君。僕の勝ちで幕を引かせてもらう。後でもう一度謝らせてくれ給え。もちろん、フォルテ副長にも謝らせるから」
俺のすぐ傍まで近づいたフィールは愛剣を鞘に戻し、そしてそれで俺を殴り気絶させようと振り上げる――――
「ケンシロー!」
「――――謝り方がなってねえ。俺みたいな卑屈で惰弱なやつには、もっと粗雑に適当にあしらうように謝んなきゃダメだぜ?」
重い体を意地と精神論と感情論で持ち上げ、そしてフィールのトドメのつもりだった一撃を剣で受けた。
隠していることを全部吐かせるという目的もそうだが、なによりいつも優秀で、いつも勤勉で、いつも鷹揚で、そして常に学内最強を謳われていたこいつに、これ以上負けたくないという気持ちがあった。――そういう無理を通したかった。
自分が最強だと語りたいわけじゃない。ただ、情けをかけられて優しく勝ち逃げされることが腹立たしい。そういう負けが一番悔しい。フィールはそれを偽善でもなく、自己満足でもなく、貫くべき正義だと思ってやっているんだ。漆黒趣味の確信犯め。
「どうして君はそこまで……」
「どうしてって……お前が言ったんだぜ、フィール。これは、――無理を通すための戦いだって!」
フィールの剣を押し戻し、重たい体で無理やり動く。
「ララぁ!」
困った時に女に頼る――。聞こえは悪いが、今はそんな彼女も頼れる俺の愛剣だ。真剣勝負で自分の剣を頼って何が悪い。
「焼き滅ぼしなさい! インフェーノ!」
「焼きが回ったな、フィール」
「――っ! 囲え、ダクネ!」
画家志望の女の子の途方もない魔力が地獄の業火となって漆黒趣味の黒騎士・フィール・フロイデ・シュバルツを襲った。
***
樹海が地獄の業火に燃える。若葉も老木も、苔も巨木も火炎に包まれる。鋼竜との激闘を経て、俺同様、一回り強くなったララの後先考えずの最大火力。死人けが人何人でも出ろ精神の気分の高揚しきった超弩級の火炎魔法。
「降り頻れ、ワテル」
しかし、そんな山火事同然の火炎もまた、同じく魔法によって打ち消される。
魔法で大量の水が降り頻り、燃え上がった業火を鎮火させていく。それも最大火力を放った張本人の手によって。
「なんていうか、なんていうのこれ……もみ消し?」
「うるさいわねえ。私に頼りきりだったくせに。あんたの計算通りなんでしょ?」
人間の姿に戻ったララが水魔法で消火活動にいそしむ。水の温度がかなり低めに設定されているようで、白煙を生じさせながら炎は押し潰されるようにすんなり消えていく。
「計算っていうか、そうなってくれっていう願望だったな。まあ、それをララがちゃんと再現してくれるあたり、なんとも運がいいのか相性がいいのか……」
「そ、それは間違いなく運よ。うん。私とあんたの相性は出会った時から最悪じゃない」
「……」
俺に視線を合わせようともせずに言い捨てるララ。たしかに出会った頃の相性は最悪だった。なにか俺が反抗する度に股間を蹴り飛ばされる関係だったからな。反抗してなくても蹴り飛ばしてきていたけれど。悪女め。
「でも、今はちょっと良い気分かも」
「樹海を火の海に変えようとしたからか?」
「そんなわけないでしょうが。私がそんな犯罪者気質のヤバい女に見えるわけ?」
「……」
「なんか言いなさいよ!」
「あ、いや……すまん」
地獄の業火をお見舞いできる人間は犯罪者気質以前に侵略者の素質があるような気が。
「とにかく、協力感謝する。ララ」
俺も素直じゃない人間なので、すぐに感謝を伝えられずにいてようやく。
俺のありがとうを聞いてララもくすりと笑い、
「今後とも、ララ・ヒルダ・メディエーターの魔法をご贔屓に」
と、スカートをつまんでカーテシーした。
わはははは、うふふふふ、と和やかに俺たちは笑い合い、その時は勝利を確信していた。
「凄まじい炎だね。火傷するかと思ったよ」
平然としたフィールの声を背後に捉えるまでは。
俺たちは焦って振り返り、そして白煙の中から現れる黒騎士を凝視した。
「なっ……」
そこにいたのはまさしく黒騎士。おそらくは黒靄の凝集体なのだろうが、漆黒の板金のようなものがプレートアーマーのようにフィールの全身を包み、囲い、保護していた。
そして右手には漆黒の剣が光る。
「この技を使う気はなかったんだ。あまりにも戦闘が一方的になってしまうから申し訳なくて」
フィールのその発言に、俺の背中にぞわりと怖気が走った。
「ララ、はやく剣に――」
「疾ッ」
「ぁがっ」
俺が言い終わる前にフィールの蹴りが俺の胸に入り、そのまま勢いが止まらずに相当な距離を蹴り飛ばされた。
巨木の幹に打ちつけられ、俺が昏倒しそうになっていると、黒騎士姿のフィールが音も無く姿を現す。どうやらあのプレートアーマーは気配やら音やらいろいろと消してくれる代物のようだ。
「ケンシロー君、ララさん。君たちは……延長戦は好きかい? 場外乱闘は好きかい? 時間外労働は好きかい? ――――今の仕事は好きでやっているかい?」
フィールの体は完全に漆黒に囲われ、怜悧なはずの目の光すら見ることができない。
「……僕は全部、嫌いだよ」
これがつまらない漆黒趣味だと、そんなふうには聞こえなかった。
第二章14話目です。ケンシロー対フィール――――厄災の剣士と黒騎士の戦いの前半です。
前半というよりも、少し似ている彼らはこれからも戦いを重ねる予定です。
これからも応援よろしくお願いします! 感想等々お待ちしております!