冒険の始まり。そして
鳥葬。
生きた(瀕死の?)罪人を山積みにしてその屍肉を鳥に啄んで処理してもらう刑罰。
なかなか重たい刑罰。晒し首や磔刑と匹敵する。なにせ罪人の人としての尊厳を奈落の底に貶める刑罰なのだから。
そんなおぞましい処刑場が首都ヴァレリーにもある。
別名『骨晒し』
ヴァレリー第二四区のゴミ溜め場だった。
ヴァレリー都民が出したゴミは全てここに集積され、自然に帰る。鳥葬刑の罪人も自然に帰る。
未来の世界がどういうものかは分からないが、少なくとも今、この帝国では土に帰らない物質はない。
そして土に帰るということは……腐るということでもある。つまり、
「くっさぁい……」
「ああ。鼻に穴が空きそうだ」
都民の残飯、ボロ着、糞尿、罪人の死体……それらが腐りに腐って鳥葬場は酷い臭いだった。
俺とヒルダは顔をシワだらけにして鼻をつまむ。それでも強烈な腐敗臭は鼻腔をすり抜けて入ってくる。
「こんなに臭いのがなんで外の街に漏れないんだ?」
「それは魔法でここ一帯を匂いだけ封鎖しているからよ。現に鳥葬場に入るまではフローラルな匂いだったでしょ?」
「さいで」
フローラルというか、俺的には強めの香水で匂いを打ち消しているように感じられたが。
鳥葬場はゴミ溜め場。山のように積み上げて、本当の山になってしまっていた。この山は人の血肉の層でもあるのだ。ゴミだと思えば汚くて、血肉だと思えば躊躇いが生じる。この山に登りたくねぇ。
「じゃ、行って捕まえてきて」
ララ・ヒルダ・メディエーターは当然のようにそう言った。
ララ・ヒルダ・メディエーターは当然のようにそう言った。
ララ・ヒルダ・メディエーターは当然のようにそう言った。
「ふっざけんな! 俺にだけ汚れ役を押しつけんな! お前も一緒に汚れろ!」
「いやよ! こんなゴミの山登んのなんて! こっちは店員をやると思って派手派手な服で出勤しちゃったのよ!?」
「はあ~!? その派手派手な衣装は何絵を売って買ったんですかぁ~!?」
「残念でしたぁ! お姉ちゃんのお古ですぅ~! お姉ちゃんからボーイズラブの春絵と引き替えに手に入れた古着ですぅ~!」
「ああ、そうかよ分かったよ! 話を本筋に戻すぞ!」
疲れる。まだ何もしていないというのに、口が疲れてきた。股間はまだ生きている。
「……明烏ってのは……どんな見た目なんだ?」
「はあ? あんた烏も見たことないの?」
「いや、見た目が普通の烏と一緒なら狙って捕まえるなんて無理だろ」
「そんなの魔法騎士志願者のあんたが魔法でなんとかしなさいよ」
むちゃくちゃ言うなこいつ……。
「俺に魔法の才能はないんだよ」
ヒルダは怪訝そうに眉をひそめて俺を睨む。疑っているのか、蔑んでいるのか。
「言葉のとおりだ。……せっかく人けのないゴミ溜めにいるんだ。やってみせようか?」
「じゃあ、鉄魔法の火炎の武」
ヒルダのご要望により火球放射をすることに。
俺は十字を切って唱える。
「焼け、ファリア」
俺の手のひらから炎が生まれ出て、ボシュッと音を鳴らして消えた。普通の魔法騎士のファリアなら高熱の火球が天辺向かって飛んでゆくはずなのだ。
俺は「なっ?」と笑い話ですませようと硬く笑いかけるが、ヒルダの表情はもっと硬かった。
「ドン引きすんじゃねーよ!」
「……ケンシローさぁ、剣も鍬も変わんないと思うよ?」
「俺は農家には戻らねえ。宮廷騎士としてこの世に名を残す。未来はこの手で掴み取る……!」
俺の固い意思表明を聞いてヒルダは呆れたように吐息を漏らした。
「未来は掴むものじゃないわ。筆で描きだすものよ」
俺を諭すように、上から目線でヒルダは言う。
「未来はカンバスじゃねぇよ。剣で斬り拓くものだ」
画家の才能がない画家志望の画家的人生哲学と魔法の才能がない騎士志望の騎士的人生哲学がぶつかり合う。
その瞬間、パチリと火花が散る。
だがヒルダはケンカをしかけるつもりはないらしく、腐臭で鼻をつまみながら青空を見上げる。
「とにかく、私がきれるカードはこの騎士見習い未満の激弱カードなわけね」
いいとこの嬢ちゃんごときが随分と上から目線の女王様気取りだな。とは言わなかった。話が進まない。どころか後退する可能性すらある。
「明烏……とにかく今から図書館で生態を調べるわよ」
「おお! え? じゃあなんのためにこんなゴミ溜めに?」
「ケンシローに働かせるだけ働かせて成果だけ掠めとるために決まってるでしょ? ケンシローが情報弱者で魔法使えないなんて知らなかったんだもん」
「……」
なんていうか……こいつ商売人の娘だよな? 商売人ってこんなに自己中心的でいいのか?
***
次の日。
「明烏。すなわち明けの明星。空を飛んでいるときは断続的にピカピカ光る烏。正の走光性があり、日中のほとんど、太陽などの強い光を追いかけて飛んでいる。主な餌は蟲。昆虫からぜん虫まで何でも食べる。夜間は餌を探して飛び回っている。ピカピカ光るのは魔力で空を飛んでいることの副作用……副産物?」
「勉強ご苦労さん」
「これでもお嬢サマですから」
以上の内容が昨日、ヒルダが図書館で得た明烏の情報だ。
「弱点的なものはないのかよ」
「四月の今、繁殖期で太陽光よりもメスを優先して飛ぶらしいわ」
「なるほど。ただメスがそもそもいないな」
というか、メスもピカピカ光るなら判別のしようがないし、こちらとしては捕まえるのはオスだろうがメスだろうがどうでもいい。定規を作れる真っ直ぐで丈夫な骨が手に入るなら問題ない。
「まあ、メスで誘う手法は無理だけど、ピカピカ光る鳥を探せばそれが明烏よ。ヴァイオレット自然公園で目撃例が多々あるらしいから、そこに行きましょう」
「ヴァレリー特別区を出るのか? つってもこんな都会じゃあ出てきても捕まえづらいよな」
昨日店に帰った後に言い渡された明烏の骨の納期は今日を入れた三日後とのことだ。
***
ヴァイオレット自然公園。首都ヴァレリーの中にある自然公園で、ヴァレリーの首都圏と呼べる特別区三〇区外のヴァイオレット市に属している。
あるのは傾斜のなだらかな丘陵、森林、草原、川、湖。気の利いた遊具はないが、辺り一面濃淡のある鮮やかな緑が歓迎してくれる。森林浴に来る観光客は多く、公園の出入り口付近には露店が立ち並んでいる。
まあ、騎士団入団試験の受験料すら払えない俺や春絵を売って学費を貯めていたヒルダには簡単に買えないような料金設定なのだが。さらにここまでの馬竜車代だって俺の財布を苦しめる。乗り心地は最悪で、尻が痛い。
どうして観光地というのはここぞとばかりに観光客の財布をごりごり削るのか。
「とにかくなにか食べるわよ。往路だけでもう昼間になっちゃった」
「いいけど今の俺、ここじゃまともな飯も買えねぇぞ。今月の給料日までこんにゃくに塩かけて食べる生活だからな」
「こんにゃく?」
「極東の故郷の食い物だ。単体では味も栄養もないが、腹にはたまる。本来は……」
するとヒルダは俺の言葉に被せるように言う。
「なに堅いこと言ってんのよ。馬竜車代も食事代も経費で落とせばいいじゃない」
「……なーるほど。そういえば俺たちは未来堂の職員になるのか」
経費で落とす……なんて魅力的な言葉の響きなのだろうか。学校を出ても勉強はするものなのだな。
俺とヒルダは未来堂の金で昼食をすませ、公園の森林地帯に入る。入園料は無料。最高。
「明烏は太陽めがけて飛ぶ根無し草だから巣はないわ。小高い樹上で卵を生み、子を育てるメス以外はね」
「じゃあそのメスをって言っても、飛ばないんじゃ光らないから烏と見分けがつかないな」
「そもそもあんたの駄目魔法じゃ捕まえようがないわね」
「はい……」
事実を言うときは優しさを込めて言ってほしい。昨日の今日でヒルダにそれを期待してもナンセンスだが。
結局無策のまま木々の間をすり抜け、なんでもいいからと巣を探して見上げて歩くが、巣と思しきものは俺とヒルダの視力では見つけられなかった。
飛翔する鳥は見受けられたが、ピカピカと光らないので目標の明烏ではない。
ヴァレリーの時計塔のようなものがあれば時刻が分かるのだが、あいにくヴィクトリア帝国には時計の小型化技術はない。だが頼みの太陽を見れば、夕暮れ少し前だと分かる。
「……いないな」
「いないわね。疲れたから一度公園を出ましょう」
「出てどうすんだ?」
「夕食をとってまたこの公園を探すわ」
「そうだな……夜の方が光っているのが目立つ」
確かにそれの方が分かりやすいのだが、この仕事は最初から行き当たりばったりだな……。
「じゃあ、テキトーに宿をとりましょう」
それが辛辣なララの考えの甘さと浅はかさだった。
次話もよろしくお願いします!