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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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第二章09 再会

 ハーフエルフ。別名・半魔。高潔なエルフ族とのハーフ。永遠にも等しいエルフほどではないにしても、その寿命は遠望するように長い。エルフもハーフエルフも生まれる子は見目麗しく、男は美男、女は美女に成育する。


 潤沢な魔力と莫大な知力はまさしく地上の優位種で、神に選ばれたと自ら錯覚するほどの、傲慢であることを不文律で許されるほどの圧倒的な才腕。


 言い捨ててしまえば、許されるというより無理を通して許させているの方が正しい。


 エルフ族は中空に浮かぶ浮遊大陸から一歩も出ずに遠大な寿命を使い果たすと聞くが、ハーフエルフはどちらかというと、浮遊大陸で生まれ、下界に降りて人間と関わる生活を送るものが圧倒的多数だという。


 それはもしかしたら、人間の飽くなき好奇心や涸れることのない矜持、増長しつづける自己顕示欲、支配欲、知識欲、物欲、色欲、欲、欲、欲……それらを受け継いだ影響なのかもしれない。


 と、言い伝えや巷説では語られているが、それはどこまで事実なのだろうか。


「あの……服、ありがとうございます……」


「ふん、もっとわらわに感謝するがよい。あの屑と一緒にいた罰は違う形で与えるとして、ひとまず焚火にあたって体を冷やさぬようにするんじゃな」


『さすがに余には丈が余るでありんすな』


 シロフォン先輩がララとルビーに貸した服は俺の故郷・極東の着物だった。もちろん男である俺の分はない。


「に、似合う……かな? ……なんかすーすーする」


 ララは着物姿を俺に照れ笑いしながら披露する。打掛一枚を羽織ってそこから帯を締めているのは変な感じだ。似合わないというわけではなく。


「まあ、下着着けずに羽織っただけだとすーすーするよな」


「ケンシローの変態」


「ケン、卑俗で欲にまみれた薄汚い凡夫である貴公の分際で、潔白な女子を脳内で犯すのはやめるのじゃ」


「……シロフォン先輩は相変わらず舌鋒が鋭いんですね」


「まあ、わらわは生まれてこの方、嘘だけは言っておらぬからな」


『分かり易い嘘をついたでありんすな。このおなご……』


 俺の代わりにルビーが呟いてくれた。


 ルビーの発言に気を悪くした様子はなく、シロフォン先輩はララとルビーの肢体を舐めまわすようにじろじろ見る。


「かっはっは、わらわの下着は出番がなかったようじゃな」


 女の嘲笑。シロフォン先輩のプロポーションはアズさん並みに起伏に富んでいる。


「くっ……」

『むう……』


 殺意高い系ドラゴンの瞳が濃い赫々に染まりそうだった。


「そ、それよりシロフォン先輩。こんなところでいったい何を……?」


 若干、言葉遣いがルビーと被っているが、ルビーは高貴な銀鈴の声。それに比べてシロフォン先輩はドスの利いた悪政の女王声だ。怖いし、聞き間違えはしない。


「湯治、と呆けてもいいのじゃが、貴公は信じぬじゃろう? 仕事じゃよ」


「もしかして、シロフォン先輩のお勤め先は……」


「ふん、宮廷騎士団屋外調査室じゃ」


 学生時代にかろうじて接点のあった旧友と先輩の進路が順当に宮廷騎士だった件。


 くっそ、今なら真っ黒く溢れるルサンチマンで倒錯的な内容の小説を上中下巻の三巻構成で書き上げられそうだ。くっそ。


「ときに、ケン。フィールを覚えているか? あの坊主も来ているぞ」


「最近思い出したところです。あいつ、屋外調査室の隊員だったんですか……」


「はっ、痴れ者め。あのガキは隊員というか、すでに室長じゃ。わらわが副長でな」


 学生時代にかろうじて接点のあった旧友と先輩の出世が近年稀に見るハイペースな件。


 くっそ、今なら真っ黒く溢れるルサンチマンで以下略。


「……で、そのフィールは今どこに?」


 見渡す限りこの温泉にフィールの姿は見つけられないが。


 俺が見える範囲には水辺の近くで魔法を遣って火を熾す派手な打掛を羽織ったララとルビー。そして地味な柄で薄手の浴衣を着たシロフォン先輩だけだ。そのシロフォン先輩は持ち運べる三面鏡を開いて長い青髪を梳っている。


「湯に浸かるからわらわが見えぬよう村八分分離れろと言っておいたんじゃ。何せ貴公も見たように、さっきのわらわは全裸じゃったからな」


 村八分分て。樹海でそんなに離れたらもしかしたら来世まで会えなくなる可能性あるだろうに。しかもさっきの言葉が本当なら、歳の序列はあれど部下が上司にそれを言っていることになるがいいのかそれ。


「フィールの性格からして覗きなんてしないでしょう。フィールが先輩とはぐれたまま死んだらどうするんですか」


「そんなはずないじゃろう。男が美しいわらわに欲情しないのはおかしな話じゃ。――して、フィールが死んだらわらわが室長じゃな」


「ひでえ発想!」


「それもそうじゃが、――さて、ヒルダ。落書きはまだ続ける気があるのか?」


 シロフォン先輩は最後に鞄から度の入っていない伊達眼鏡を取り出し、装着すると煽り立てるように笑ってララに問いかける。


「は? ……ああああああ! 勉強会の画家兼騎士女ぁあ!」


 どうやら因縁と再会したのは俺だけではなさそうだった。そういえばシロフォン先輩、学校でも絵が上手かったからな……。宮廷騎士兼画家というのはシロフォン先輩のことだったか。


「くすすすす! そうかそうか! 魔法の使えない愚図の騎士志願者と、ろくに抽象画も描けない画家志願者に、鋼竜の退化形態か! 面白い組み合わせじゃのう!」


「――っ!」


「えっ!?」


『なぬ……』


 その言葉に冷や汗が流れる。俺とララのコンビが知られているのはおかしくない。しかし、ルビーが鋼竜の成れの果てだと知っているのは未来堂の面々と陛下を護衛するシノビさん、そしてその周囲の一部のみだ。ドラゴンの亜人と勘付かれるのはまだしも、鋼竜だったと知られてはいけないはず。


「な、なんのことだか……」


「安心せい。ルビー・メタル・シルバーの出自は屋外調査室の管轄下ではわらわとフィールしか知らんからな。かっはっは! 私欲のためには使わんよ」


「そ、そうっすか……」


 心配して損したと言うべきか、心配事が増えたというべきか。


「……で、話は戻しますけど、シロフォン先輩さん? はどういったお仕事で?」


「かっはっは! 後輩でもないくせに先輩などとよそよそしい。フォルテと呼べ。ケン以外はな。かはは! 逆に聞かせてもらうが、貴公らの方こそ何が目的でこんな深い樹海の中まで来ているんじゃ? 自殺か?」


 こんな愉快な自殺志願者が三人も集まったりしない。楽しくて生きる力湧いちゃうよ。


「こっちもお仕事ですよ。ちょっとアレスの人と商談を成立させに」


 風の魔剣・ナギを破壊すれば上質な紙・木材・燃料・樹脂を独占的に扱うことができる。しかも俺の名が売れたおかげで入ってきた依頼。こりゃどう見ても俺のお手柄でしょ! 昇給待ったなし! 勝った!


「アレスとの商談、じゃと? やめたほうがいいんじゃないか? アレスは……」


 シロフォン先輩は危なっかしいものを見るような目になって俺たちを止めようとするが、とある気配に気づいて勢いすぼんで水泡のように淡く消え去る。


「あのう……、わたくし、そろそろ出てきても大丈夫ですか?」


「やや、ケンシロー君。こんな偶然もあるんだね」


 申し訳なさそうに俺たちの会話を切って入り込んできたのはローゼとフィール。


 ローゼは自分で作ったのか、竹を編んで作った籠を抱え、フィールは首にロープをくくられた熊の死体を引きづっていた。狩ったのか、それ。


「あら? ケンシロー様とフィールさんはお知り合いなのですか?」


「……いろいろあってな」


「僕とケンシロー君は大の仲良しさ」


 おい、てめえ。お前が言うと本当っぽいだろうが。大は付かねえよ。病識が足りないんじゃねえのか?


 口に出してそう言おうと思ったが、言って立場が悪くなるのは俺の方だから肯定はしないという方法で否定をしてみる。


「それは丁度いいですね! 食事は賑やかな方が楽しいですし、お夕飯にしましょう!」


 ふと上を眺めると、細い枝葉の隙間から雨の止んだ夕空と薄く顔を出す月を仰ぎ見ることができた。


 見上げた空は遠く、雨季だろうが何だろうが、もっと近くに来てほしかった。


第二章9話目です。まだまだ続きます。よろしければお付き合いください!

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