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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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第二章06 頭が萌えている女の子

 今日も今日とて雨が降る。雨季という呼び名に全くウキウキしないのは大人も子供も同じだ。雨が降ったり止んだりで、人の心は病んだりするのだ。


『もしや汝、あれで契約を果たしたものと思っておるのかや?』


「……契約?」


 未来堂に出勤する途中でララとルビーに会った。そして昨夜の礼をララに言ったところでのルビーからの一言だった。


「パンなら食っただろ。ララ手作りの」


『んにゃ。余はもっとたらふく食べたかったでありんす!』


「いや、契約段階でたらふくとは言ってなかった。ルビーが早く寝ただけで昨日はテーブルにたらふくあったし」


『んぬぅ……たしかにそうだったでありんす。でも、余はもっと食べたい!』


「説得力というか、働きかけ力がまるでねえな……ルビーさあ、俺がそれで首を縦に振る男だと思うか?」


 少なくとも個人的財政破綻の危機に陥っている今の状況では、次にパンを食べる機会は遠い未来の話になるだろう。


『ケンシローのいじわる! 昨日、ララのパンツ食べてたくせに!』


「食ってねえよ! 触っても見てもいねえわ! つーか食いモンじゃねえよ!」


 冤罪で俺を極刑に処そうとするんじゃねえよ。このアイドルドラゴン!


「いいじゃない。パンなんていくらでも食べさせてあげなさいよ。ないならお菓子とか」


 そこでララがいらぬ横やりを入れてくる。パンがないならお菓子理論はやめろ。


「あげられるならあげてやりてぇけどさ、俺の財布の中身は使い道が決まっているものばかりなんだ。あと少し経てばルビー自身の給料が……」


 そこまで言いかけて俺は口を鎖す。ルビーがくりくりの紅い瞳を俺に燃えるようにぶつけてきているのだ。


 ――竜との契約、か。


「分かったよルビー。給料入ったら食わせてやる」


 彼女の瞳がパッと赤みを増す。


『本当でありんすか!?』


「俺が稼いだ金で、お前を腹いっぱいにしてやる」


『きゃふー!』


「その代わり、空気を読んで腹いっぱいになるんだぞ」


『そんな難しいことは出来ぬよ。くふふ』


 ルビーが朝っぱらから楽しそうにしてくれているので今日のケンシロー・ハチオージは既に及第点だろう。なんだったら俺自身のモノローグだって楽しくできる。きゃふー!


「私抜きで随分と楽しそうね」


 ララの少しツンとした声が俺の耳朶に刺さる。


 俺とルビーのやりとりを下手すれば裂けるセリフだったが、しかし声の力でそれはかなわなかった。


「うちのアイドルドラゴンは男を誑かすのが得意なだけだ。……そんなに俺たちは楽しそうだったか?」


「ねえ、あの子見て」


 ララは俺の質問には答えず――というか完全な無視をして、俺の視界の外へ向かって指を差した。


「……んだよ」


 俺は少しだけ棘が刺さったような気分になりつつも、いつものことなのでそれはそれとして流しつつ、ララが指差した方向を見る。そこにいたのは、


 頭上に花がぱやぱや~と咲いている女の子だった。


「……生えてる? 花冠? 病気? どれ?」


「どれかというと……んん、ここから見ても分からないかな」


 頭から花を生やした女の子。そう見えてしまうと人の視覚は厄介なもので、頭から生えている深緑色の髪も実は草か何かなのではないかと思えてきてしまう。最近の若い騎士が濫用しているらしい『草生える』という俗語はこのことか!?


「でも、あの容姿……もしかしたら……」


 ララは頭が萌えている女の子を見つめながら呟く。


 当のその子は仕事に向かう人波になにか声をかけては断られ、困ったようにキョロキョロと右往左往していた。あ、こっちに気づいた。


「仕方ないわね」


 ララも意を決したように近寄って来るその子に笑顔を向けて迎えた。


「すみません。あの……お尋ねしたいことがあるのですが……」


「はいはい。どうしました? 道案内ですか?」


「そうなんです。お優しいのですね」


 肌はペールオレンジ。瞳の色は翡翠色。髪は深緑。衣装はどこかの民族服。歳は俺と同じくらいか少し下あたりだろう。


 ――うおっ! 近くで見ると分かる! ほんとに頭からなにかの花が生えている!


 ものすごく聞きたい欲求を抑えながら俺は二人の会話に耳を傾ける。


「もしかしてアレスの人ですか?」


「ええ。やっぱり見た目で分かりますか? 雨の日は髪の伸び具合がすごくて……あと、この時期って雨の後に強い日光があるので余計に育つんです……」


「大変ですよね。どこまで行きたいんですか?」


 なんの会話だそれ……。アレスってなに? 雨が降ると花が生える人種なの? どういう人種だ……?


 頭が萌えている女の子は和やかな顔で口を開く。



「異世界画材店未来堂様。わたくしはそこに行きたいのです」



    ***



『アレス樹海。首都ヴァレリーとドーツ地方の間に広がる木々に囲まれた原生地域。そこで暮らす一種族がいる――それがアルラウネ族。正確には植物の体を持つアルラウネ族を祖とするアレス族でありんす』


「はい。わたくしの名前は、ローゼ・ラフレシア・アレスです」


『アルラウネはミネラルを含んだ水と光、そして空気のみで最低限の生活ができる種族。その異能はありとあらゆる植物に体を変成させ、時には自己再生・自己増殖するというもの。どちらかというと生命の在り方から見る分類では植物に近いでありんす』


「でも、ひとりでだけではなく、一応同性・異性と交わっての増殖も可能ですよ」


 にっこり! と深緑色の髪を揺らして笑う少女。開かれた瞳から覗く純朴な翡翠色が眩しい。汚いこととか一切知らなそうな笑顔である。増殖って。


 未来堂の会議室に場所を移しても、未だ彼女の頭上にはぱやぱや~と花が咲いたままだ。なんなら咲いている花の花弁も開いたり閉じたりしている。


 数えきれないほどの人種で溢れかえっている首都ヴァレリーでは自己紹介が人種紹介だったりする。そして人種――ここでいうのは亜人種などが主になるが――人種の話になると性構造の話にずれていくこともしばしば。ローゼ・ラフレシアも覚悟しているから笑顔で話しているのだろう。


「それで、その……ローゼさん? ラフレシアさん? こんなしょっぱい未来堂へ何をしに?」


 女性陣に混じって俺が一緒にアレス族の性構造の話に参加するのもおかしな、というかデリケートな領域に金属ブーツで上がり込むようなものなので、それを阻止すべく話の流れを主題に固定する。


「しょっぱいは余計でしゃる。剣災君、君を草木の肥やしにしようか? それで、どのようなご用件でしゃるか?」


 俺が自虐のつもりで言った一言でアオネコ店長からネコパンチを食らい、店長は俺とほぼ同じ質問をする。


「ローゼでもラフレシアでも、どちらでもよろしいですよ。ただ、アレスは一族の名前ですので個人を呼ぶときには使わないでくださると嬉しいです」


 和やかに笑う村娘といった印象のローゼ。はたして彼女は薔薇なのかラフレシアなのか。どっちも一部に難のある花だな……。


「――ああ、そうです。わたくしは未来堂様に商談を持ってきたのです」


「商談、でしゃるか」


 店長の目が光を灯して細められ、より一層お仕事モードになる。しかし見た目はにゃんこ様だ。


「商談……といいますか、ご依頼といいますか、ご嘆願といいますか、わたくしとしては判断しづらいところなのですが……」


 ローゼは胸に手をやり、深く呼吸した。


「わたくしたちアレス族が他の地方に輸出しているものってご存知ですか?」


「……樹木でしょ。ほぼ無限に増殖可能なアレス族ならではね。燃料や紙繊維、木材、樹脂を生成して輸出する。文句を言わせてもらえば、アレスの画用紙ってけっこうな高級品なところかしらね」


「それは申し訳ありません」


 ローゼは苦言を呈すララに笑みを返し、申し訳なさそうにララの手を取る。


「アレスの画用紙は有名なのか?」


「もちろんよ。あんたは本物の馬鹿なのかしら? 学校で何を勉強してたの?」


 ララは「知らないなら死ね」と言いたげな声音で憤慨した。 一応、学舎では剣と敬語を勉強したぞ。他は特に覚えていない。


「アレス製の画用紙は燃えず、水を弾き、折っても折り目が残らず、なんなら破っても再生するのでしゃる。火災でも洪水でも生き残り、入魂の絵を折り畳んで持ち運べる。画家にはありがたいありがたい画用紙でしゃる。一枚で剣災君の今月の月給ほどでしゃるな」


「な、なんだとー!? 一枚、五〇万ヤンもするのかー!? 貴族の極みだなー!」


「勝手に君のお賃金を高くするんでにゃい!」


 もう一発ネコパンチを食らった。


「……アレスの輸出物は品質をいじれるが故に高品質・高価格になっております。あまり安くしてしまうと他の地方の材木屋さんが困ります。失業です。それに、アレスは輸出入をする必要がないほどアレス樹海内で生活が成り立っているのです」


「値段を高くする理由が優しい……」


 ブランドとしてのプライドとかではなく、他のとのバランスの為に商品の値段を維持しているのだ。


 樹海の中なら海の潮気でも欲しくなると思いきや、そこはアルラウネの末裔だ。光合成だけで生命を繋げることができるというわけだ。むしろ潮気とか要らない説。


 自分の分身ともいえる木々を売って見返りを得られる精神性はなぜかと思ったが、ヴァレリーにも稀に人牛とか人豚とかの亜人が肉屋をやっていたりするし、それはそれと割り切っているのだろう。


「じゃあなんで樹木の輸出をしているんだ?」


 俺が問いかけると、ララが俺の肩を気まずそうに叩く。「これ以上聞くな」と言われた気がした。


「ええと……わたくしたちアレスの里はですね……樹木と引き換えに……」


 はじめてローゼが言いよどみ、笑顔のまま難しそうに眉間にしわを寄せる。


「学問と血をよそから取り入れているのだな」


 ひょいっと会議室の出入り口に立って話題に割って入ってきたのはアズさんだった。


「アズ。君は職工の職務に集中するようにとあれだけ……」


「すまない店長。アタシもアレスの人間と直接話すのは初めてだったから」


「学問と血……あっ……なに教えてんだよ……」


 ようやく俺はアレスの里とやらで行われていることを理解した。


 つまり余所で志願した学者をアレスの里に先生として招き入れ、常に新しい勉学を学ぶのだ。そして、アレス人だけの営みでは血が濃くなっていくだけなので、新しい血を取り入れようと血気盛んな学者はアレスの現地民と昼も夜も…………それどんな春絵? 子どもにゃ見せられねえ!


「なに教えてんだよ……」


「二回も言わなくてよろしい」とララもぼそりと。


 このままではいけないと俺は頭を切り替える。


「それで、商談っていうのは? 未来堂とアレスでなにを交換したいんだ?」


「それです! それなんです!」


 今度は翡翠色の瞳が俺を捉え、彼女の普通の人間となんら変わらない温もりを持つ両手が俺の手を捉え、なんなら深緑色の髪も蔓のように俺に巻きつこうとしてくる。


「これからは未来堂様に樹木の販路を限定します。未来堂様だけがアレス産の木材と紙、燃料、樹脂等を自由に扱えます! ――だから!」


 またローゼは大きく息を吐いて、吸う。



「鋼竜を討ったケンシロー・ハチオージ様の熱いご教授が受けたいんです!」



 …………。


 …………。


 …………。


 …………。



 未来堂の面々がここまでの会話の流れからローゼの発言の趣旨を理解するために、失声したように沈黙する。



「へ……?」


 魔法騎士養成学校でプライドを徹底的にへし折られた稀代の悪童、ケンシロー・ハチオージ。ひと様に教えられることは特にない……はず。


 ふと、俺の隣の剣を見る。


 ――はしばみ色の視線が、火傷しそうなほど俺を見つめてきていた。


 ――俺の頭を燃やしに来る勢いだった。


第二章6話です。ケンシローに依頼が飛び込みました。また冒険の始まりです。

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