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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第2章 病魔騒動篇
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第二章04 病識が足りない

 いつの間にか雨はやみ、雲に切れ目ができていた。ぽっかりと顔を見せた月が綺麗だ。


 来ちゃった。みたいな光り方をしているように見える。


 すうすうと大きなベッドで尻尾の生えた少女が吐息を漏らす。尻尾のおかげで仰向けに眠れない彼女は横向きに眠っている。


「眠ってれば美少女なんだけどな……」


 俺が呟いた先はその大きなベッドで眠るルビーか、それとも今まさに俺が横抱きで抱えている熟睡中のララだろうか。――いや、両方か。


 ルビーから毛布をはぎ、充分に空いているスペースにララを横たえる。そして毛布を掛け直す。


 ここで俺がベッドに飛びこめるくらい欲望に忠実なら今ごろ恋の病で恋人のひとりも作れていたのだろうか。いや、ここでベッドに飛び込むような男はその時点でこの二人に殺されるか。うん、間違いない。生としても性としても死ぬ。


 それはそうと、そろそろ帰った方がいいかもしれない。明日も仕事だし、疚しい気持ちはないのだが、女子二人の寝顔をずっと眺めているというのも憚られる。他人に知られれば余計な勘違いを生む可能性すらある。


「あぁ~、冴えない男は気苦労が多いな……」


 俺はぶつぶつ独りごちながら、ララの私室を退出した。



    ***



 魔法さえ使えれば――と思ったことは何度もある。何度も何度もそう思った。


 でも、俺には生成した魔力を溜めこむ器官と、魔力を上手に扱う才能がない。


 俺に魔法の才能があれば、きっと今よりもっと宮廷騎士に近いところにいただろう。


 しかし、ふと考える。どのみち魔法が遣えても、俺の精神性では、学力では、俺は結局宮廷騎士には成れず、今よりも宮廷騎士に近いところで宮廷騎士ではない自分を燻らせていたのかもしれない。


 俺が宮廷騎士に成るには、いろいろと足りていないものが多かったと今さら気づく。


 では俺は宮廷騎士に成りたいと思っていただろうか。


 大義を胸にヴィクトリア帝国に奉仕する覚悟があっただろうか。


 本当は宮廷騎士の肩書きが欲しかっただけというか、自分の人生は宮廷騎士にでも成れなきゃ割に合わないと思って視野を狭めていただけなのかもしれない。


 しかしだ。俺は富と名声が第一に欲しかったわけじゃない。俺は宮廷騎士に成ることで、もっと暖かい感情的な気持ちを欲していた。


 いや、幸せな関係、だろうか。


 宮廷騎士にでも成れなきゃ幸せになれないと思っていた。


 俺はまともな人間関係の構築なんて壊滅的に苦手だし、女を口説く言葉も知らない。


 なにより、剣以外のとてつもない才能なんてまるでない。あるとしたらちょっとしたお絵描きの才能くらいだ。


 そんなゴミのようなヤツが人生の逆転を決めるには夢として宮廷騎士あたりが順当だったのだと思っていたのだ。


 つまり、俺の夢は打算で組まれた妄想に過ぎなかったのかもしれない。


 そんな妄想にどれだけの月日を費やしただろうか。


 その病気を認識するのに時間がかかりすぎた。病識が足りなかった。


 でも俺は、それを無駄だったと認めたくない。


 俺だけは俺の努力を、ただの無駄骨で終わらせてはいけないのだと、ララとルビー、アズさんや未来堂の面々に出会って思う。


 どんなにツラくなっても俺は死んで人生をリセットなんてしない。


 俺の人生はリセットしたら、そこで終わりだから。



    ***



 今は何時だろうか。夜を演出しているのか灯火の光が弱い廊下を、俺は彷徨っていた。


 なにせここはメディエーター邸。大豪商の大豪邸である。


 地の利は俺にない。しかも薄暗いときたものだ。ここでは俺も迷える子羊だ。


「もしかして出口を探しているうちに夜が明けるパターンか? それは困るな……」


 さすがに仕事の前日に徹夜はダメだ。なまじ体を酷使する仕事なだけに眠らなければ体力が持たない。寝るか。


 とはいえこんな大豪邸の廊下で眠りこけるのは半浮浪者のやること。俺はおろかララも赤っ恥をかくことだろう。自分が原因で仕事の同僚が家で居づらくなる立場になるのは避けたいところ。


 なんとしてでも出口を探さなければ。


「にしても、なんで警備の人間がいないんだ? ここ、大豪邸だよな?」


 まるで邸内に異物が入り込むことなど想定もしていないというような警備体勢だった。いや、俺は悪さするような異物ではないけれど。


「いっそのことどこか適当な部屋に入って中の人に頼んで出口まで案内してもらうか……」


 そう呟いて適当な部屋のドアノブに触れたその刹那、背後から向けられる殺意にようやく気づいた。



「――っ!?」

「動くな」



 反射で振り返ろうとした瞬間、既に首筋に刃物を添えられていた。


「振り返るな。両手を上げて無抵抗を証明し給え。不審者。そのまま歩け」


「っ……この屋敷のシークレットサービスか? 安心しろよ。俺はララの客じん……」


 刃物の腹が首筋に触れる。ひんやりと冷たく、血の匂いがする。


「黙って居給え。素直に進め。君は――また負けるのかい?」


 俺は両手をゆっくりと上げ、黙って廊下を真っ直ぐ歩き出した。


 じわりと汗がにじむ。


 無駄に戦闘能力の高い俺が前後不覚をとったということは、後ろにいるヤツもかなり『戦えるやつ』だということだ。


 首筋に押し当てられているのは形状からしておそらく剣。気配が完全な至近距離から発せられるものではないのでナイフではないことは分かる。加えて両刃だ。


 そして最も重要なのは後ろにいるヤツの正体のことを俺は知っているはずだということ。


 完全に「また」と言っていたし、そもそも声に聞き覚えがある。


 決して好きではない思い出をほじくりかえすような嫌悪感。


 いや、後ろにいるヤツの声自体は好青年そのものだ。ただ、俺の記憶の中に染み込んだその声は反射的に俺に嫌悪感を抱かせる。


 そこまでくれば思い出せそうなものだが、なにかが引っかかって出てこない。それはもしかしたら、背後を取られ、命の手綱を握られた今の状況が俺の思考に靄をかけているのかもしれない。


 真っ直ぐな廊下を歩き続けていると、強い光がちらついているのが視認できた。


 あそこが後ろにいるヤツ的にはゴールなのかもしれない。


 ゴールに到達して即殺処分ということにはならないだろう。むしろ誤解が解ける可能性の方が高い。


 だとしても、ここで思い出せなければ後ろにいるヤツに精神的に負ける。


 思い出せ。思い出せ。思い出せ。


 俺はこの声を嫌いなはずだ。


 思い出せ。思い出せ。思い出せ。


 俺はこの声を何遍も聞いたはずだ。


 思い出せ。思い出せ。思い出せ。


 涙を押し込め、汗をぬぐい、血を滲ませ、泥を舐めた。そんな記憶を思い出せ。


 そして俺がヴァレリーで自分に匹敵するほど強く、かつ嫌いな男に会うとしたら、そいつはおそらく……。



「お前、フィール……フィール・フロイデか?」


「……なんだ。僕のこと、憶えていてくれていたのかい? 光栄だ。いいよ、もっと喋り給え。僕のことをどれだけ正しく記憶・認知しているか試してあげようじゃないか。僕と君の仲だ。僕に僕の紹介をしてごらん」


 彼の口角が不敵に歪んだように感じた。


 首筋にあてられた剣の腹がかすかに皮膚に沈みこみ、回答を急かす。


「お前の名前はフィール・フロイデ・シュバルツ」


「生まれは?」


「ドーツ地方北部の、貴族出身」


「それだけかい?」


「魔法と剣の才能に秀で、知恵の回る魔法騎士養成学校の天才」


「知恵の回るとは、ぞんざいな言い方だね。遺言かい? 誰に聞かせればいい?」


 首筋の剣が愉快そうに浮く。


「そうだな。じゃあ近いところでやっぱりララ……」


「そんなつまらない戯れ言問答は望んじゃいないよ。もっとこの僕、フィール・フロイデ・シュバルツのことを語ってみせてよ」


「お前は……魔法騎士養成学校時代の…………俺の旧友」


 フィール・フロイデ・シュバルツ――俺が数年間燻っていた魔法騎士養成学校を首席で卒業した天才である。


「……合格だ。振り返っていいよ」


 首筋の剣は降ろされ、そして体の嫌な緊張は抜け、俺は振り返る。


 彼の愛剣は今日も刀身を病んだような漆黒に光らせている。長く真っ黒な髪を後ろで結い上げたヘアスタイル。長身で細身。見るたびに美男子になっていく騎士の、闇のように深い漆黒の双眸が俺を慈しむように見る。


 学校時代とほとんど変わらないフィールがそこにいた。


「久しいね。こんな日にこんな所で遭遇するとは思わなかったよ。わざわざメディエーター家に潜り込んで僕に会いに来たのかい? ケンシロー・ハチオージ君」


 悪意無く言う彼の声は病的なまでに爽やかだった。


 彼もまた病んでいる。俺を一方的に慕うという、意味不明の病に。


 そんな彼は、病識が足りない。


第二章3話目です。ようやくライバルキャラの登場です。

4話目もなるべく早く投稿できたらいいなと思っております。

どうぞよろしくお願いします。

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