短編 護悪P
『書けたでありんすよ。汝』
「ほーん。お疲れさま」
未来堂の会議室で、俺はルビーの書いた二枚の用紙を受け取って封筒に入れる。へたくそな西岸文字でその用紙に書かれていたのは、
【職務経歴書】
【履歴書】
この、二枚だった。そのはずだ。人の個人情報をあまり見たくないので注視はしていない。
職務経歴書は今まで経験してきた【職務】を志望する職場の人事担当に紹介する証書。
履歴書は自分の今までの履歴および、【歴史】を志望する職場の人事担当に紹介する証書。
俺たちには【異世界画材店未来堂】に対してどうしても必要なものなのだ。
必要なのだ――――ルビーの職場が。
「真剣に書いたんだろうな?」
『そのつもりなんし。汝の稼ぎじゃあ余を満足させられんと聞いたから、それはもう、肝が冷えたように真剣でありんしたよ。身も凍る思いでありんした』
「そりゃあ、どうも。お前が困るとこっちの心が温まるな」
俺を殺そうとした憤怒の竜、氷結の竜、鋼鉄の竜、白銀色の竜、紅玉眼の竜すなわち――鋼竜『ルビー・メタル・シルバー』に俺は皮肉を込めて返す。大丈夫。こいつに俺を挽肉にする力はもうない。
経緯を思い出してみるとルビーの言っていることは正しくて、つまりは、
――――俺の稼ぎじゃどうにもならんから、目の届く範囲【異世界画材店未来堂】で働け。
ということだ。無事に戸籍も登録できたことだし、これで晴れてルビーは、ヴィクトリア帝国首都【ヴァレリー特別区】のひとつ、【マネリー区】の非合法の正式な区民だ。
『もし、余がこの画材店に就職できなかったら、どうなるでありんす?』
「その時は他の職場を探すしかない。お前は顔だけは可愛いから接客業ならだいたいの所は雇ってくれるだろうよ。なんならマネリーのマスコットキャラクターにでも成れるまであるな。現区王マネリマル君なんて瞬殺だな」
マネリーの代表的なマスコットキャラクター『マネリマル君』は【マネリー区】の特産である【マネリー大根】をモチーフにした偶像動物だ。区王というのも、区役所がおふざけで作った階級に過ぎない。所詮は偶像物だからな。――――偶像……つまりはアイドル。
『くふふ、可愛いとは照れなんし。それで接客というのは、夜の接客のことかえ?』
「健全な接客の方だ。俺の人生もお前の人生も、ひと様にお見せできるのは残酷な描写までだ」
こいつの見目麗しい容姿で成人限定の接客なんてしたら、――――っ! 想像しただけでも魂が凍りつきそうだ。鳥肌が立つ。
「とにかくだよ、ルビー。さっさと面接して合格して就職して、――――仕事をするぞ」
『汝、仕事に憑りつかれとりゃんせ……っ!』
「ハッ!」と鼻を鳴らす。
なにをいう。俺は仕事が大嫌いだから、早く終わるように率先して仕事をしているんだ。
べ、別に仕事のことなんか全然好きじゃないんだからね!
いや、マジで嫌いだから。しないわけじゃないけど。
***
一度会議室を出て、受付係のララに報告して職務経歴書と履歴書の二枚を渡し、むしむしする工房で待機する。すると、
「次の方どうぞー」
とララの声が会議室から聞こえる。
「……次の方って、まあ、俺たちか」
とにもかくにも、ルビーの就職面接が始まる。
面接官はアオネコ店長。
面接者はルビー・メタル・シルバー。
推薦者はケンシロー・ハチオージ。
いざ、尋常に……面接。
アオネコ店長は二枚の用紙を見ながら面接を進める。
ちなみに店長とルビーはすでに何回も顔を合わせた顔見知りの関係だ。勝った!
「――――まず、志望動機を聞くでしゃる。我が輩の店を職場として志望した理由は?」
『書面に書いた通りでありんすよ。ケンシローが働いているので、――――コネで就職できると思いましたでありんす』
何書いてんだコイツはぁあ!?
虚偽はダメだから仕方がないが、もう少し書き方はあっただろ!
「にゃるん。では次の質問でしゃるが……」
通しちゃうんだ、その回答……。
今の俺はただの推薦者。騎士でなければ剣士でもない。ただのルビーの推薦者。いたずらに口は挟めない立場なのだ。
『特技・趣味・好きなことを聞かせるでしゃる』
『剣に佩かれたような弱い騎士の紛い物の人間を、氷漬けにしてぶっ殺すのがここ最近幾十年かのマイブームでありんした』
正直すぎてこの子はもうダメだ……。
「にゃるにゃる。それにハマるのは分かるでしゃる。我が輩も若いころは……おっと、これはアオネコ戦記ではなく面接でしゃった。では次は……」
なんでそこまで寛容なんですか、店長……。若いころ何があったんですか……?
「護悪――ルビー君にとって働くってなんでしゃるかな?」
嫌な質問だな……。
『金を得るための面倒事で、人生の添え物でありんす』
嫌な回答だな……。
「仕事とは?」
『替えの利くものでありんす』
「もし仕事で嫌なことがあって、辞めたくなったらどうするでしゃる?」
『情熱が冷めたら、スッパリ辞めるでありんす。上司の奴隷になど成らん』
「我が輩の店のことはどれくらい知っているでしゃるか?」
『調べていないからほとんど分からないなんし』
ダメな回答のオンパレードだぁ――――――――っ!
落ちたよぁー。これはもう面接落ちたよぉー。本音を言いすぎだよぉー。
俺この後、午後から皇帝陛下の御所まで行って鋼竜の討伐の時の話をしに行くのに、一体どんな顔して行けばいいんだ……。
「じゃあ――――君は未来堂で、どんな働きが出来るでしゃるか?」
『どんな働き……?』
そこで、ルビーは初めて言い淀む。彼女が今までしてきた【職務】はルクレーシャス鉱山の守護竜にして人間を殺す憤怒の竜。彼女の【歴史】は深い恨みに濁らされ続けた鋼と氷漬けの約五〇〇年。
ペンを執るのもほぼ初めてで、衣服すらも彼女ひとりでは満足に着られない。
そんなこの子の――出来ないだらけのこの子の、未来堂で出来ること。
『――――余は、この店を護る悪の守護竜になりんす。来店した者を魅了する小悪魔のような愛らしい存在に。愛され、大人気の存在に』
「っ……」
おもわず、息が漏れた。
小悪魔の守護竜――――――護悪。
『見目麗しく可愛い容姿を活かして、この店のモチーフになるでありんす。マスコットキャラクターになるでありんす。イメージキャラクターになるでありんす。看板娘、偶像――――そう、余はこの店のアイドルになりんす!』
アイドル。この店の顔。異世界と未来の象徴。
それが、ルビーの選ぶ、この店での役割。
店長が、優しく目を眇めて黙考する。
「…………竜との契約は久しぶりでしゃる」
ふいに目の前の青毛の猫がぼそりと呟く。
「まずは非正規従業員――契約という立場でのスタートになるでしゃるが、今日から働いてくれるでしゃるか?」
ルビーは薄い胸を張って答える。
『良いでありんす。賢獣・アオネコ。末永く、余を雇って下さんし』
今ここに、未来堂と竜の契約が成った瞬間だった。
***
工房の外の井戸端で、俺とルビーは話し込む。
『これからはずっとケンシローと一緒でありんすな』
「そうだな」
一緒の食卓、一緒の職場、一緒の帰路、一緒の寝室。
かつて殺し合った殺人竜と厄災の剣士が、一緒の時間を仲良く過ごす。
「炊事・洗濯・掃除くらいは、少しずつできるようになろうな」
『くふふ、少しずつでいいなんし? 余がそれらを覚えるより先に、汝は死ぬかもしれんぞえ?』
紅玉の瞳が俺を覗き込む。くりくりとしたその瞳には鋼の意志が宿っている。
「いいよ。俺は何十年後も、何百年後も。死んだ未来もお前の心に遺ってみせる」
永遠のような時間を生きる竜に、永遠を遺す。永遠に繋げる。未来を託す。
剣を通して、画材を通して、鋼の意志を宿し続けて――。
かつて敵対した竜と剣士の、小さな――そして遠大な約束。
偶像と推薦者の約束。
偶像。この世界で初めての、アイドルの女の子。
推薦者。この世界で初めての、アイドルプロデューサー。
この世界は昨日も、今日も、明日も、明後日も、
未来を創って廻り続ける。
俺の人生の物語は護悪というアイドルをプロデュースする物語でもあるのだ。
いうならば――――護悪P、ケンシロー・ハチオージ。
言葉の響きは多少、間が抜けている。だが俺は、彼女の白銀色の髪の毛をくしゃくしゃに撫でて、優しくそして柔らかく話す。
「――――お前はいつか、牙を剥き、爪を砥ぎ、鱗を固めて、尻尾をしならせ、呼号を鳴らし、翼を広げ、鋼の体で氷を吐く。そんな竜に戻るのだろうけど、それでも俺は、お前を店の外に出しても恥ずかしくない、どこに出しても恥ずかしくないような、超可愛いくて愛される大人気アイドルにしてみせるよ」
これがアイドルプロデューサー、ケンシロー・ハチオージ改め『護悪P』の誓いだ。
――――つまりは鋼の意志の、矛先のひとつ。
俺にできた、新しい仕事だ。
なに自分で仕事増やしてんだよ俺は……。
なるほどルビーの言うとおりだ。――――俺は、仕事に憑かれているみたいだ。
アイドルには詳しくなかったのですが、にわか仕込みで書きました。
Pの使い方は合っていたでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
応援等々よろしくお願いします。




