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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
23/146

短編 未来堂の番人と罪人

『異世界画材店未来堂』


 ボロい。ボロすぎる。それが看板を見た俺の第一印象だった。

 極東文字で書かれた店名は何を売っているのか一目瞭然だった。


 とはいえ、だ。

 なにゆえ、だ。


 何故にその看板は大火の後の炭の塊のように真っ黒になっているのか。

 まあ、考えれば答えは簡単なもので、ただ単に手入れを怠っているのだ。


 この俺、ケンシロー・ハチオージ様の就職先がこのざまとはなんとも笑えない。


 ヴィクトリア帝国の首都ヴァレリーの魔法騎士養成学校で大剣士と呼ばれた俺は、宮廷騎士となるためにこの大都会に来たというのに、流れ流れて画材屋にて働くことになったのだ。


 志は高かった。それは間違いないのだが、どうして才能は俺に微笑んでくれなかったのか。



 どうしようか。うん、


「まずはリフォームね」


「まずは、っていうか、今ごろ? って感じがするんだが。っていうか、今さら?」


 この店の面構えを変えても何かが変わるとはあまり思えないんだが……。


「仕方ないでしょう? 今日くらいしかこの店を劇的に変えるチャンスはないの。店の売り上げをアップして私の給料もアップするの。いい? 私が画家に成るための奨学金みたいなものなんだからね。私、あんたと違って絵が下手だから!」


 俺の画才に嫉妬するなよな。そしてお前様のお給料様が超最優先事項ですかそうですかそうですかそうですね……。


「……でも、よりにもよって、――今日か?」


「今日なのよ」


 本当に今日でいいのだろうか。今日突発的に店の看板を作り直して俺たちいきなり解雇されたりしないだろうか。無駄に達筆なんだよなぁ……この字。


「店長とアズさんが税金関係の申告で役所まで出かけて、ルビーが戸籍の申請関係でそれについて行っていて、丸一日不在の今日なのか……」


 店の売り上げ等々の財産を管理する店長。

 画材製作の費用と素材を管理するアズさん。


 未来堂の二つの玉座に座る二人が今日いないのだ。


 おまけにあの恐ろしいほどの憤怒を秘めていた元鋼竜・ルビーすら二人に付き添っていない。今日未来堂にいるのは俺とララと、残った目立たない職員だけ。


「役所の仕事は遅いから、手続きに丸一日かかるのは仕方がないわね」


「ちくしょう、ちゃんと仕事してんのかよ役所ぉ……」


 つまるところ本日は一応、店の職工見習いの俺が店員のララと一緒に店番をするということになったということなのだ。


 そんな取り残された片割れ・ララが俺に言い出した行動が、【看板の大改装及び店内の大清掃】である。


「俺は店番を言い渡されたはずなんだが……」


「店の番をすればいいんでしょう? 店員じゃなくても」


「詭弁だぁー……」


 つまり、ララの曲解で今日の俺たちは【店の清掃当番】になったのである。


「まあいいじゃない? あんなに頑張って働いたんだもの。今日くらい自由に働いたって」


「いや、自由に働くの意味が分からねえ。人生の中心は仕事かよ」


 頑張って働いたっていうのに今日も働かなきゃいけないって、なにそれ? 自由ってなに?


「人生の忠臣が仕事なの」


「仕事辞めてぇ……」


「今働かないと、未来永劫働けなくなっちゃうわよ」


「……地獄だ」


 働かないと働けない。それはもう、悪夢の無限回廊ではないか。


 もし俺がここで転職するために職を辞したとしよう。職場の人事担当の気持ちになると、


 職歴が浅いから職業実績もなく、即戦力には不向きな人材だ。故に雇わない。

 前の職場と同じ理由で自分の所もすぐに辞めるかもしれない。故に雇わない。

 経歴にブランクがあったとしたら、継続力に不安がある。故に雇わない。

 前職と志望職種が違えば、本当に働けるのかどうか不安がある。故に雇わない。


 働かないと働けない。

 働けないと働けない。


 色々な理由で働けない人はどんなに働きたくても全く働けないのだ。


 この帝国・ヴィクトリアの就職状況である。闇が深い……。


 特に画材屋から騎士団への転職は絶望的といえるだろう。妖刀・斬魔を盗むためだけに宮殿を襲っちゃったし。魔が差したとは言えないな……。


「魔法が遣えたらなぁ……」

「私が代わりに使うわよ?」

「いや、今の話じゃなくて」


 ララが剣で、俺が剣士。そうすれば俺は戦える。しかし、それではずっとララに頼りきりだ。ちゃんとした剣さえあれば、俺は滅茶苦茶戦えるというのに。これは傲慢だろうか。


「まあ、看板を綺麗にするだけってんなら、すぐに終わるか。さっさとあの人にお伺いを立てようか。あの汚れた綺麗好きに」


「お伺い? あの人? 汚れた綺麗好き? 誰のことよ?」


 そうか。ララは店先で接客するだけだから、工房で職工をするあの人のことは知らないのか。


 そもそも未来堂は年中無休。シフトが俺たちと微妙にずれているから、俺ですら微妙な誤差で会わなかったりもする。っていうか、いてもあまり話す機会がないはずだ。


「あの人は……未来堂の番人で罪人だよ」



    ***



「よう。剣のお嬢ちゃん。そういやぁ、オレっちとは初めまして、だな。自己紹介だ。オレっちの名前はレオナルド・ダン・ヴィートだ。気安くレオナルドって呼んでいいぜ!」


 レオナルド・ダン・ヴィート――真っ白な白髪頭に糸のように細い目、三十後半の中年オヤジで、この店の番人にして罪人。


「あ、いつも工房で居眠りしてサボってる人だ」


 レオナルドはこの店の職工で、いつも店の工房でなぜそんなに眠たいのか分からないが、居眠りをしている。罪深い。


「うおっとぉ! 言葉がきついぜ嬢ちゃん! オレっち、これでもこの店の番人なんだぜ?」


「……んー? 番人ってどういうことなの? イキってるの?」


 イキるって……中年男に使う言葉じゃないな。


「ちげえよ。ララ。レオナルドはこの店の職工で、この店の正式な――清掃員だよ」


「――」


 閉口するララ。俺にもっと詳しくと、説明をねだっているのだ。


「レオナルドの仕事内容はこの店を清掃することが主で、職工はそのついで。この店が所々小汚いのは、この人が仕事を怠けているからだ。――ってアズさんから聞いた。そのアズさんにつけられたあだ名が――間熊」


 アズさんからの受け売りをそのまま伝える。伝えるといっても、俺の脳にはアズさんの色欲を誘う肢体がずっと動く画になって映り続けているのだが。まったくアズさんは最高だぜ!


「仕事の間ずっと熊みたいに冬眠してるってこと? ……最低っ!」


 俺がアズさんに思いをはせている間にも、ララはレオナルドを軽蔑し始めた。


「ぅおいおい! 勘弁してくれよ、ケンシロー。若い嬢ちゃんに変な印象を植え付けるのは。正確には美化活動だ」


「知らねえよ。変なも何も、本当のことじゃねえか。あんた、本当になんにもしねえし」


 この人には敬語を使う必要が無いと、俺の本能が言っている。


「違えんだぜ、ケンシロー。俺が社会で働かないのは、社会が俺に働かなくていいって言っているからでさあ……つーか、ケンシロー。分かってんのか?」


 毛虱でも沸いているのか、痒そうに白髪頭をガシガシ掻いて、俺に問う。


「あん? なにを?」


「オレっちはさ。人間、働いたら負けだと思ってる」


「――」


 深い渋みを含んだ、それでいて透き通るような綺麗な声で、ものすごくクズな発言をされた。


「俺がルクレーシャス鉱山で鋼竜とどったんばったん大騒ぎしてた時、あんた何してた?」


「オレっち、春絵サークルの春絵を買い漁ってた記憶があるな!」


 サムズアップして、舌をペロッと出して笑う白髪糸目の中年オヤジ。


「この人でなし!」


 こいつ、ララの命の危機的状況下で性欲こじらせて下半身をどったんばったん大騒ぎさせていやがった……!


「おいおい、ひでえな。そこまで言うか?」


「言うよ! 言わせてもらうさ! だいたいあんたは賢獣・シロクマと人間との間にできた亜人でそもそも純粋な人間じゃねえもんな!」


 全力で仕事をサボる匠の技とプライドは、ララの言ったように冬眠の間の熊だ。間熊だ。


 冬眠ってどうなんだろう。たまに「冬眠できる体に成りたい」とか言う人がいるが、俺個人としては暖かくなるまで眠ることを脳に強制されるってかなりしんどかったりしないのかなと疑問に思うのだ。――それはともかく、


「ねえ、ケンシロー。私、この人にはなにも頼りたくない。それどころか、なにか貸しを作るのすら絶対にイヤ……っ!」


 分かる。分かるぞ、ララ! こいつになにか貸しを作ったら、その貸し借りだけで一生付き纏われることになりそうだ。


「でもダメなんだよ、ララ。アズさん曰く、ちゃんとした清掃をしたいときはな、この人にお伺いを立てないといけないルールなんだそうだ」


「――? なんでよ?」


 ララはたぶん、金持ちの娘なだけに清掃員のことを軽視してるんじゃないかな。


「清掃員の権利っていうのはデカいんだ。場を整えて美化するっていう決断と行為をまるごと全て一任されているってわけだから」


 清掃員を舐めてはいけない。清掃員こそが店を店として成り立たせている番人である。


 世の中は、汚れる覚悟のある綺麗好きだけが、いつだって成功してきたのだから。



    ***



 捨てる。


 要らなくなったものを選別して破棄すること。破棄してしまえばもう手元に戻ってくることはないと思った方がいい。基本的に捨てるというのは、永遠に別れるということでもある。


 ――永遠に手元に戻って来なくなる。


 それが「捨てる」ということ。


 だから本来、捨てるということにはとてつもない勇気と覚悟が必要で、精神的に負荷のかかるものであって、


 その行動に責任を持たされるというのはかなりの大権限を与えられたということである。



 だから『レオナルド・ダン・ヴィート』――つまりレオナルドは、


「イヤですぅ~! オレっち、ゴミステ、はんたぁ~い!」


 憎たらしいうざったらしい声でゴミ捨てに反対する。指でばってんを作って、唇を嫌らしく歪曲させて。


「お前は……仕事しろよ!」


「そうよ! 店が汚いと客が寄りつかなくて倒産するわよ!」


「嫌だね! 看板のリフォームもリニューアルもダメ! オレっちは責任をとるのが嫌いなんだ! 責任なんてとりたくない! 責任とるくらいなら責任とって俺は死ぬ!」


「言ってることが滅茶苦茶だぞあんた!」


「そんなに看板のリフォームがしたいなら、オレっちを納得・得心させられるくらいの立派な企画書を書いてくるんだな! とりあえず明日にしよう!」


 絶対明日も「明日にしよう」って言ってくるなこの人!


「店の看板のリフォームの企画書ってなんだよ! それとそもそも、店の清掃はやって当たり前のことだからな! 常識的に考えてくれよ! さっさと終わらせたいんだこっちは!」


 正直、清掃なんて面倒くさいし、やらなくて済むならやらないほうがましだが、それで店が小汚くなって客足が遠のき俺の給料が減るのは避けたい。


「それでもオレっちは嫌なんだよ。捨てるのはできねえんだ。できねえことはしたくないの、さ!」


「お前はそれでも清掃員か! ゴミ溜めてるだけじゃねえか!」


「そうよ! 清掃員ならちゃんと清掃してよ。怠けグマ!」


「うるせえ、うるせえ! オレっちはそれでも廃棄はしねえぞ! そもそも、また使うかもしれねえのに、もったいねえだろうが!」


「なるほど、だからか!? 生ごみをたい肥にして農家に売ってたのは!? 全然金にならないし臭いから捨てろよな!」


「そんなのは知らん! オレっちは自分の人生に、『捨てる』という選択肢を作りたくねえ!」


「カッコいいこと言わんでいいんだよ!」



    ***



 その後、何回か、いや、何十回か、「ゴミを捨てろ」「嫌だ」の口撃による『第一次店内清掃戦争』という内争が起こり、それが終結したのは俺たちがレオナルドの絶対的な反対姿勢に一時撤退を決めたからだった。


「あの男は何なのよ! なんでゴミを捨てさせてくれないの!? 勝手にやっていいなら私は一人でもゴミ捨てするわよ!? でも、なんでそれまで嫌がるのよあのオッサンは!」


「なんなんだかなぁ……」


 俺たちは『CLOSED』にした店の前で、店の外壁にもたれながら話す。


「そもそもこの看板が良くないのよ」


 たしかに清掃をしようという発端はこの怠けつくされた看板だ。


「そりゃあ、真っ黒焦げみたいにくすんでるのはいただけねえけど、レオナルド曰く、この看板のリニューアルも、清掃の内に入っちまうからなあ……」


「店の備品のリフォームの企画書ってどうやって書けばいいのかしら?」


「真に受けんなよ。絶対あの人、今日受け取っても半年後まで返事もしないって」


「そうよねえ……」


 はあ……。と二人同時に大きなため息をつく。


「働きたいのに働いてはいけないだなんて」

「働けるのに働くことができねえだなんて」


 もう一度、ため息のように俺とララは同時に同じ言葉をこぼす。



「もうなにもかもぶっ壊してしまいたい」



 そして俺とララは顔を見合わせ、破顔する。もう一度、



「その手があったか!」



    ***



 ボサボサで、寝癖のついた白髪を掻きむしる怠惰の使徒は、驚いていても目が糸目だった。


「どうしたんだ、これ……?」



「すまん、ここにいるララがしくじった」

「ごめんなさい、ケンシローが失敗したのよ」



 俺たちは同時に罪をなすりつけあう。

 その俺たちの装いは服といい、顔といい、極彩色の塗料で汚れていた。


「看板のメンテをしようとしたら、『偶然』にも下にあった塗料の桶にケンシローが『偶然』にも落ちて、近くにいた私にも塗料が散って、しまいには看板の文字が『偶然』塗料で塗り潰れて消えちゃったわ。大変ね。これは大変だわ。店長が帰って来る前になんとかしないと」


 ――つまり、そういうことにしたが、リフォームとメンテナンスは違うということだ。


 リフォームは改良行為で、メンテナンスは維持行為だ。メンテナンスをしちゃいけないとは言われなかった。


「――つまり、メンテしようとしてたらリフォームしなきゃいけなくなったってか? おいおい、詭弁くせえな。これはオレっちの責任じゃねえぞ?」


「責任はとるよ。だから看板のリフォームをさせてくれ」


「――それはダメだ」


 レオナルドはまたしても俺たちの申し出を拒否する。


「はあ!? じゃあ、この店の看板には店名が潰れたままだぞ!?」


「違えよ、ケンシロー。オレっちが看板のリフォームをする」


「……あんたが? なんで? 寝てろよ、サボりたいんだろ?」


「今、手前勝手のオレっちの才能が活きるなら、使うっきゃなしだろ?」


 ……。


「あんたに才能ってあるのか?」


「ひでえ事言うなあ、ケンシロー!」


 レオナルドは店の商品である絵筆と結構な量の黒インクを拝借し、


「オレっちはこれでも、綺麗好きで字が上手いんだ」


「……はあ? ゴミも捨てられないのに? なんで?」


 レオナルドは得意顔で言う。


「『異世界画材店未来堂』の看板の文字を書いたのは、このオレっちなんだぜ?」



    ***



「代筆屋。それがオレっちの元職業だ。西岸文字や極東文字。そういう字の書けない奴らや読めない奴ら、あとは字が汚い奴らの言葉を聞いて、綺麗な字で手紙にしたためて、金を貰う。賃金の低い歩合制の仕事だったけどよ、それしか能がなかったからな」


 レオナルドは大胆に筆を走らせ、『異世界画材店未来堂』の『異』の字を書きはじめる。


「でも、さして稼げない、人の欲望を聞いて書く仕事に嫌気が差して、ある日――魔が差した」


 オッサン臭いレオナルドの声がさらに老けていく。


「文字を読めない連中の恋文の代筆を請け負って、嘘を書いちまった。誇張して書いちまった。そっちの方が伝わると思ったのさ。他人の手紙に自分の感情を混ぜるなんて、代筆屋にとっては禁忌のそれだ」


「……それで?」


「どっかで発覚して、裁判所にボッコボコにされた。多額の賠償金を支払って、付き合っていた女にも捨てられた。オレっちの人生がゴミ箱行きになったんだよ」


 さながら焼却処分待ちって感じか。


「そんな時に、店長が現れたんだ。『ウチなら、手前勝手な字を書いてもいいでしゃる』っつって、――拾ってくれた。だからそれ以来、オレっちはここで看板の字を書いたり、商品の画材に『アズライト』の銘を入れたりする仕事をしてんのさ」


 ――つまり、レオナルドの清掃員という仕事は、完成品に文字を入れて、今よりもっと綺麗にするということで、


「オレっちは今よりもっと綺麗に――つまり美化することが仕事だが、捨てるという仕事は請け負ってねえのさ」


「――――」


 この人は確かに、清掃員だとは認めていたが、ゴミ捨て担当とは言っていなかった。だから捨てることの責任はとらない・とれないと言っていたのか。


 おまけに本来の美化仕事までサボろうとするから、俺たちはこの人の「仕事」を完全に勘違いしていた。


「紛らわしすぎる……!」


 俺たちはずっと『清掃』と『廃棄』と混同していた。両者はそもそも違うものなのだ。


「――どっちみち、清掃はしなさいよ。清掃員なんでしょ?」


「オレっち、文字書き以外は興が乗らねえのさ」


「やっぱり怠けてるだけじゃねえか!」


 そう言いつつも、レオナルドは文字を書き進める。手前勝手で芸術的な最高の筆致で。


「オレっち、極東文字は好きだ。字のひとつひとつに意味がある。なにより好きなのは――」


 レオナルドは堂々たる『堂』の字を書き終わる。


「空間・行間、間合いも含めて極東文字なのが、最高に熱いって思わねえ?」


 嬉しそうな顔でレオナルドは続ける。


「最高に間合いの取れた綺麗な字を書けたら、オレっち、マグマみてえに心が沸騰するんだ」


「マグマみたいに、か」


 ――それで、間熊か。



『異世界画材店未来堂』



 新しい看板に、極彩色の背景に黒文字で書かれた店名は、たしかに沸騰するかのような情熱の芸術性が秘められていた。


 俺は空に浮かんだ真昼の太陽を見上げる。熱でインクは乾いただろう。


「……じゃあ、清掃員さん。俺とララで昼食をとるから店内の清掃をしておいてくれ」


「沈みかかった船だ。この際今日だけはやってやる。ただ、オレっち、ゴミ捨てまではやらねえよ? そもそもそもそも、オレっちには捨てる権限がないんだしぃ~」


「……そもそもって、そもそもゴミ捨て係――ひいては廃棄担当は誰なの? 誰に責任と権限があるの?」


 それに対し、レオナルドは笑って答える。


「決まってんじゃ~ん。この店の財産を全部まるごと管理してるのは――――店長だろ?」


 ――――――――――――。


 俺とララの時が一瞬止まる。


「……そうね、ケンシローも私も財産に入るものね」


「たしかに俺みたいなのを見捨てないってのは……」


 こんなゴミも捨てられないとか、あの猫の賢獣・アオネコ店長、本当にどこまでも、どこまでもどこまでも――――強欲だな。


 強欲で、最高の未来堂の番人だ。



    ***



 北半球の巨大な大陸【ユールアシア大陸】を統べる帝政国家【ヴィクトリア帝国】の首都【ヴァレリー】にはとある小さな画材店が今日も来客を待っていた。


 その店、『異世界画材店未来堂』には大罪人がよく出入りする。



 曰く、自らの剣の腕に【傲慢】気味な極東人、ケンシロー・ハチオージ。


 曰く、人の絵の才能に【嫉妬】する豪商の娘、ララ・ヒルダ・メディエーター。


 曰く、ゴミすら捨てられない【強欲】な出自不明の賢獣、アオネコ店長。


 曰く、完璧な肉体美で【色欲】を誘う金言術師、ザラカイア・アズライト・シーカー。


 曰く、人間を恨み、【憤怒】していた鋼竜、ルビー・メタル・シルバー。


 曰く、惰眠と【怠惰】を貪り続ける熊の亜人、レオナルド・ダン・ヴィート。



 さて、近い未来にこんな異世界じみた、少し薄汚れたこの店に来店する者は、どんな大罪を背負い、抱えているだろうか。


 たとえば【暴食】、


 たとえば【憂鬱】、


 たとえば【虚飾】、


 たとえば――――



『異世界画材店未来堂』



 その看板は装いを新たに、ドアベルを鳴らして新たに足を踏み入れるモノを待つ。


清掃員とゴミ捨て係はすごいんだぞ。っていう話を書こうとしたのですが、七つの大罪が絡みました。

次章の構想を考え中なので、まだ短編は続きます。

是非とも応援お願いいたします。

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