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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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剣と画材と鋼竜

「いい? これからは私が食材を持ってくるから三人で朝食をとるわよ。そしてルビーの着替えも私がするから。分かったかしら? 変質者」


「事故だったんだっつの」


 衰えない股間蹴り技術。むしろ鋼竜の魔力にあてられて、スキルが上がっている気がする。


 朝食は豪勢にもヒルダが用意したコーンスープと硬いパン。温かいコーンスープにパンを浸して柔らかくして食べるのだ。


 いちおう俺の常備食である小麦粉の塊焼きも三枚作ってみたのだが、二人とも見ようともせずに勝手に談笑している。仕方ないからひとりで食べるが、いつもの不味さが口いっぱいに広がる。俺、家主なんだけど、威厳のなさったらもう……。


 ルビーは用意したヒルダのおさがりを身にまとう。上半身は普通の庶民服なのだが、下半身が違う。尻尾を隠すのが窮屈だというリクエストに応え、ばっさりスカート丈を裁って生足と竜の尻尾をすらっと露出して、保守的な人から見れば顔を顰めるような格好をしている。俺は好きだぜ? うん。見蕩れるくらいだ。


「よし、ごちそーさま!」


 俺がもの珍しくルビーの生足を眺めながら小麦粉の塊焼きを食べていたらいつの間にか鍋のコーンスープとパンがなくなっていた。俺、ほとんど食ってねぇ……。


「さて、行くわよ」


『出発でありんす!』


 鋼竜の残りカス、ルビー・メタル・シルバーは笑っていた。

 ――しっかり、笑えていた。



    ***



「おはよう。剣災、覚魔、護悪」


 店の工房に着くと、金髪碧眼のグラマラス美女・アズさんがすでに作業着姿で仕事をしていた。『護悪』がアズさんによってルビーにつけられたあだ名。不穏すぎる。


「来たでしゃるな三人とも。さっそく式典の準備をするでしゃる」


 アオネコ店長がぬるっと顔を出したと思ったら、すぐに奥の部屋に来るように促した。


 式典。待ちに待った帰還式だ。なんでも皇帝陛下からの褒美と宮廷料理をたらふく食べられるらしい。


 未来堂を代表して、俺とヒルダ、ルビー、アズさんが出席する。これからアオネコ店長とアズさんが仕立てた礼服に着替えるのだ。


 とはいえ、男と女が一緒に着替えるわけにはいかないので、俺はひょいっと雑に投げ込まれた蒸し暑い工房で礼服に着替えることになる。職工の男性職員がひとり、サボって居眠りしているだけのなんの目の保養にもならない寂しい空間で。仕方ないね、うん。


 いくら常識が足りていない俺でも礼服くらいはひとりで着られる。出来上がった一張羅姿を鏡で確認するが、どこからどう見ても帰還式の主役ではなく、使用人の黒い制服なんだが……。


 まあ、別の機会にも使えるからいいか。シノビさんに予告した服装にはならなかったが、俺が納得できる服装にはなった。


「様になっているじゃないか、剣災」


 工房から現れた人を俺は一瞬見ただけで判別することができなかった。ただその無表情の美貌に圧倒された。


 そのまま俺の視線は少し固まり、胸の膨らみを見てようやく分かった。


「アズさん、やればできるじゃないですか」


「お前の視線は悲しいが、意外と嫌いじゃない」


 目の前に現れたのはザラカイア・アズライト・シーカーさんだった。世界にも珍しい黄金色に光るブロンドのミディアムヘアに、ウェーブをかけてふんわり柔らかい印象を出している。ウェーブのおかげで艶やかな髪がキラキラ輝く。


 大人びた上品な同い年の女学生のような見た目だ。実年齢は三十路少し手前だが。


 装いは真っ白なブラウスと、黒のタイトなロングスカート――に見えるがばっちり二股に分かれたズボンである。ブラウスもひらひらの装飾が施されている以外はシンプルで、式典は式典でも入学式みたいな服装。しかしオシャレに興味のないアズさんらしい礼服ともいえる。


「なにアズさんにいやらしい目、使ってんのよ」


 憎まれ口を叩きながら続いて現れたのはヒルダ。肩まである亜麻色の髪を左だけ丸めてお団子状にしている。これもなかなか上品な出で立ち。


「ヒルダのそれってなんていう髪型?」


「あ、そう。ドレスに特に感想はなしなのね、ムカつくわね。……んー分かんない。サイドヘアアレンジの一種……的な?」


「なるほど分からん」


 言われてもピンとこない髪型の名前。おそらく女子の間ならよく使っている単語なのかもしれない。まあ、俺には無縁の領域だ。


 顔に注意が行っていたが、視線を下げればドレスもなかなかの出来。胸元を控えめにあけた色鮮やかな真紅のドレス。キュッと絞めた腰は意外に細い。両手で裾をつままなければ膨らみのあるスカートは踏みそうなくらい長い。


「どう? 似合ってる?」


 改めてヒルダははにかみながら俺を見て言う。俺は面映ゆさを感じながら視線を逸らして「それなりには」と言った。


「あ、今、ごまかしたでしょ?」


「してない」


「絶対したでしょ」


「してないっつの」


『痴話喧嘩はそこいらにしておくんなんし』


 今度はルビーが工房に戻ってきた。痴話喧嘩じゃねぇよと思いつつそのルビーを見る。


「おお……」


 ルビーは白銀色の髪をハーフアップにして、紅玉の瞳を眇め、いたずらめかして笑う。


 身にまとうドレスは白と黒を基調にしたドレス。しかし随所に幼さが垣間見える装飾が施され、どこかアンバランスで魅力的なドレス。そしてスカートの裾から野性的な尻尾が覗く。


 たしかこんな感じのドレスを昔買った春絵でゴスロリとか呼んでいたな。正式名称は不明だが。なんだっけ、ゴーストろりろり?


『なにを見惚りゃんせ。そんなに余の姿が見目麗しいなんし?』


「皇帝に目をつけられないように気をつけないとな、とは思った」


『ふん、素直じゃないでありんすな』


 ルビーはぷいっとそっぽを向いてツンとした態度になる。


「まったく剣災君は女の子を褒めるのが苦手でしゃるな」


 最後に猫の姿のままアオネコ店長が奥の部屋から出てきながら俺に苦言を呈す。


「そうは言いますが、この人たち俺の装いにはノーコメントですよ? アオネコ店長が仕立てた一張羅なのに」


「にゃるん。我が輩も特に感想はないでしゃる。仕立てているときに想像した通りでしゃる。制作費は給料から天引きしておくでしゃる」


「扱い酷くね!? これでも俺は式の主役なんだけど!?」


 ヒルダとルビーのくすくすという笑い声が工房中に響き渡る。その笑い声は妙に心地良く、笑われている身にもかかわらず、卑屈な気分を誘わなかった。


 不意に店先のドアを強くノックする音が工房の中まで聞こえてきた。


「異世界画材店未来堂殿っ!」


 その凛々しい男の声は宮殿からの迎えなのだとすぐに分かった。



    ***



 馬竜車客車内の宮廷御用達のふかふかで座り心地最高のソファは俺を眠りに誘う。きっと馬竜車の揺れがそれを助長しているのだ。


 とにかくかっぽかっぽと揺れるのでそれと一緒に体も揺れる。


 宮廷御用達の馬竜車は御者の二人を除いて四人乗り。俺とヒルダ、そしてその対面にルビーとアズさんが座っている。


『うあああああん! 助けてケンシロー! この乳女が余の尻尾を触ってくるでありんす!』


 最初に泣き言を上げたのはルビーだった。乳女はやめなさい。それより、


 帰還報告で会った時からアズさんがルビーの尻尾に興味津々なのだ。


 じろじろ見つめ続けるだけでは飽き足らず、触り、匂いを嗅ぎ、舐め、頬ずりをするという事案。


 さらには、「この尻尾は切れたら再生するのか」とか「この尻尾の皮はどれくらい伸縮性があるのか」とか「この尻尾には神経が通っているのか」とか「血は出るのか」とかやや物騒なことを聞く始末。


「うるせえぞ。馬竜車では静かにしてなさい。ベビー」


『ルビーでありんす!』


 わーぎゃーとルビーが騒ぐのを環境音にしてに街並みを眺める。もうすぐ宮殿前通りだ。


 そんな時に御者の二人の会話がかすかに聞こえてきた。


「身軽でいいねえ。この子たちは」

「俺たちゃ苦労して宮廷騎士に召し抱えてもらったのに、回された仕事は馬竜車の御者」

「なのにこの子たちは画材屋の職員なのに鋼竜倒しの英雄ときたもんだ」

「俺たち才能ないのかな……」


 才能、か……。


 才能という言葉を聞いて悩める隣のヒルダを見ると、呑気に本を読んでいた。


「本なんて読んでるのか? 眠くならないのか? ヒルダ」


 俺なんて冒頭の【この本を敬愛する○○に捧ぐ――】みたいな献辞を読めば眠れてしまう性質なのに。いや、読書に入らねえなこれ……。


「あんたと違って私は魔法を使える大人な人間なの。……今読んでる本は絵本だけどね」


「おい。じゃあお子様じゃねえか。……なんでまた絵本なんて」


「けっこう好きなの。絵本って確かに子ども向けだけど、内容は人生の教訓とか倫理道徳を説いた深いものが多いのよ。挿絵も可愛かったり綺麗だったりするしね」


「ああ……それは分かる」


 確かに絵本はただの冒険活劇だけでなく、この世の真理を説いているものも多い。


「お前、どうせなら絵本画家にでもなれば?」


 抽象画なんて、無理して描くようなものじゃない。楽しんで描くものだ。


「そうね。あんたを題材に、『自分の力に酔ってたら怖い竜にめっためたにされちゃうぞ~』っていう人生の教訓じみた絵本とかね」


「……ヒルダ、それを描くのは構わないが、ちゃんとその続編を描くんだぞ?」


 そのお話には『改心したその男が囚われの身の可愛い女の子を助け出す』というオチを是非に付けなければ。ついでに『可愛い竜の女の子を仲間にする』っていうエピローグ付きだ。


 俺が話しかけて集中が切れたのか、ヒルダは外の街並みを見て言う。


「ケンシロー、今度から私のことララって呼んで」


 彼女は、俺と視線を合わせない。


「は? なんだよ、いきなり――」


「ララで、いいわよ。ね?」


「……分かった。ララ」


 なにかを許された気がする。才能の置き場に悩んでいた俺たちが今日、もしかすると救われるかもしれない。


「ララ、絵は好きか?」


 するとララ・ヒルダ・メディエーターは生き生きとはしばみ色の目を輝かせて俺を見る。


「もちろん、大好き」



    ***



「そこに座せ」


 俺たちは宮殿の大広間で西岸式に跪いて頭を下げる。これから皇帝陛下が入ってくるのだ。


 するとすぐにカツカツカツカツと靴音が聞こえ、椅子に座る音が聞こえぬうちに、「顔を上げよ」と陛下からの許可が。俺とヒルダは戸惑って顔を下げながら見合わせる。


「遠慮するでない。朕とケンシローの仲だ。顔を上げよ」


 思わぬタイミングで名前を呼ばれ、俺はハッと頭を上げる。金髪赤眼の中性的な美男子がようやく席に着くのが見えた。


「そちたちよ、よくぞ死地を乗り越えてきた」


 陛下は今日も、皇帝らしく振舞おうと頑張っておられるように見えた。


「はっ、アナステシアス陛下のためにと思ってここまでくることが……」


「辞儀はいい。ケンシロー。もう肩肘を張る必要はない。つまらぬ敬語など遣ってくれるな」


 その言葉でようやく俺は踏ん切りがついた。


 あの日、堂々と不敬を働いた俺と皇帝陛下の間に必要以上の遠慮はもういらない。俺は彼を臆せず真っ直ぐ見る。


「いや~死ぬかと思いましたよ。鋼竜ってばめちゃくちゃ強いんですもん」


「なぁっ」と隣にいたヒルダが声を裏返して言い、頭を上げる。するとアズさんとルビーも頭を上げた。この二人は特に動揺とかはしていない。


「朕の与えた斬魔はどうだった? 今日は剣の代わりに美しいおなごを三人も連れ立っているのだな」


「斬魔は壊しちまいました。けど、すげー役に立ちましたよ。あと、ここにいるのがララ・ヒルダ・メディエーターで、両脇の二人が剣を鍛えた職人です」


 ある意味、というより紛れもなくそうだ。俺の『剣』と『才能』を鍛えてくれたのは、ここにいる『画材職人』と『鋼竜』の二人なのだから。――店長? なにそれー?


「ほう、羨ましい職場だな。……そうか、斬魔は役立ったか。それは良きことかな。後日ゆっくり話を聞こう。朕はこれから公務があるが、今日は立食形式の宴だ、存分に飲め」


「ありがとうございます」


「報酬の二〇〇万ヤンも異世界画材店未来堂にしかと与える。加えて五〇〇万を授けよう。これは少ないながら朕からの気持ちだ」


 アオネコ店長が跳んで喜びそうな話だ。だが俺にはそれよりも欲しいモノがある。


「すみません、陛下。五〇〇万ヤンはいらないので代わりにわがままをひとつ聞いてはくれませんか?」


 この際、俺の宮廷騎士への道が閉ざされることになるとしても構わない。咲かせたい才能がそこにある。


 陛下は怪訝そうな顔をして俺を見る。


「わがまま? 言ってみよ」


 俺はヴィクトリア帝国皇帝陛下に未来を希うことにする。


「ここにいるララ・ヒルダ・メディエーターがすげーカッコいい皇帝陛下の絵を描いてみせましょう」


 楽しい夢の時間は終わり。あとはもう、楽しい仕事の時間だ。


 誰もが仕事や使命を通じて誰か何かの大切なものを護る『騎士』なのだ。



 俺はそんな騎士に成りたかったんだ。



    ***



 ――後日、宮殿内にひとつの肖像画が飾られることになる。


 ――鋼竜の銀色に輝くその額縁に収められた一枚の絵画には、ヴィクトリア帝国皇帝陛下・アナステシアス二世の現在が非常に写実的に力強く、生き生きとしたタッチで描かれ、絵画の中の彼の瞳には確かな未来が宿っていた。





 剣と画材と鋼竜が、今日も俺に――世界に力を与えてくれる。


第一章「完」です。

いちおう第一章のつもりなので、第二章も予定しているのですが、

次の投稿から短編を数話挟もうと思います。

後日談のような、前日譚のような、そんな話を書く予定です。

もうしばらくお付き合いいただけたら嬉しいです。

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