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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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鋼竜『ルビー・メタル・シルバー』

 背中の割れた鋼竜の亡骸はどうあがいても俺とヒルダの二人では運べそうもなかった。だから俺たちは戦闘終了と救援要請の合図である赤色ののろしをあげて宮廷騎士を束ねるシノビさんを天井のある洞穴で待った。


 そして救援部隊が飛竜で駆けつけたのは二日後になる。ルクレーシャス鉱山のマズい野生肉で我慢していたらようやくだ。


「すまないな。遅くなった」


 駆けつけた白装束の侍女、シノビさんは背中の割れた鋼竜の亡骸と俺たちを交互に見て言う。そして生気のない鋼竜の硬い前脚を触れてまじまじと観察する。


「……まさか本当に鋼竜の亡骸を生きている間に見られるとは思わなんだ」


「手柄、横取りしないで下さいよ」


「拙者たちはそこまで恥知らずではない。ちゃんと自分というものをわきまえている。これは紛れもなく兄らの武勲だ。今までの非礼無礼は詫びよう」


 シノビさんは恭しく頭を下げて謝罪する。


「ところで、そこにいるのは誰だ?」


「私が鋼竜に囚われていた、ララ・ヒルダ・メディエーターです」


 亜麻色の髪を揺らし、はしばみ色の瞳を輝かせる女の子が西岸風にカーテシーをした。


『同じく、ルビー・メタル・シルバーでありんす』


 真っ白な肌に白銀色の髪を垂らし、紅玉のように美しく澄んだ紅い瞳の女の子が目を潤ませて同じようにお辞儀をした。そしてその女の子には――竜のような尻尾が生えていた。


「そうか、よろしく。二人とも。……でだ、ケンシロー・ハチオージ。再度問おう。そこにいる銀髪のそれは何だ?」


 仮面の下のシノビさんの眼光が鋭く光ったのを感じた。思わず背筋が冷えて伸びる。


「拙者の眼はザラカイア・アズライト・シーカーほどではないが、良いぞ」


 ……騙しきれないか。


「すんませんでした。この銀髪の女の子が鋼竜の本体です」


「……」


 シノビさんは頤に手をあて、俯いた。そしてぶつぶつと呟き続ける。


 十四かそこらの年の頃の見た目のルビー・メタル・シルバーが怯えたように俺の陰に隠れる。


 安心させるために俺はルビーの頭を撫でた。か、かわええ……!


 一時間の十二分の一ほどの時間が過ぎた頃、シノビさんは俯いていた頭を上げた。


「鋼竜の既知の生態から今の状況を推測した。兄らは鋼竜を瀕死に追い込んだ後になんらかの契約を交わして鋼竜の傷を完治させた。そして体力・魔力ともに充溢した鋼竜は『脱皮』をして肉体的幼児退行をすることによって仔竜と化し、女児の姿に化けている。しかし『脱皮』に魔力を使いすぎて技力不足で竜の尻尾が隠せていない。……という説はどうだ?」



「全知全能かあんたは!」



 まるでその光景を見ていたような完全なる正解なのだ。


 あの突拍子もないヒルダの提案を受けて数十回目の魔力生成挑戦で鋼竜を回復させ、その通り『脱皮』をさせた。


 すると自動的に仔竜の姿で背中を割って現れた。その後、残りの魔力で人間に変身すると、尻尾さえ残ってはいるが、中等学校に通うくらいの年齢の見た目の今のルビー・メタル・シルバーがこんにちはしたというわけだ。脱皮したときの勢いで俺の顎を蹴り、気絶させかけたというなにかのデジャヴ。


 ルビーが今着ている服は俺の荷物に入っていた俺の着替えの上着をヒルダが縫い直したもの。サイズ的にものすごく丈の短いワンピースになってしまった。


 全裸のルビーを不意打ちで見てしまい、動転したヒルダにひっぱたかれたのは仕方のない顛末である。理不尽なくらい痛かったけど。――母さん、これが力ですか?


「シノビさん、ルビーは敵意の引っ込みがつかなくなっただけで今は反省しています。謝れというなら陛下の前でも謝罪します。どうか私たちと一緒に暮らさせてくれませんか?」


 ヒルダが頭を下げ、それを見たルビーが続いて頭を下げた。それを見て俺も続いて頭を下げた。亜麻色、銀色、黒色の頭を並べてシノビさんに向ける。


『すまなんだ。陳謝する。汝らの同朋の命を奪ったこと、とても後悔しているなんし。脱皮した今の余は体力・魔力ともに拙い。向こう百年は汝らに刃向かう力を持たないでありんす。どうか、それまで更正の猶予をくれたもう』


 ルビーは謝罪する。自分の恨みをしまい込んで、恥を忍んで陳謝する。


 執行猶予百年。なんと長い刑罰か。


「……」


 もう一度シノビさんは黙考する。だが今度の沈黙は短かった。


「了承した。兄らの真摯な態度、受け入れよう。この亡骸……いや、脱け殻だな。これを鋼竜の遺骸として陛下に献上する。事情を話し、見目麗しいルビー・メタル・シルバーを見たら陛下は妾にしようとするかもしれない。陛下は年下が好みのお方だ」


 陛下、お盛んだな。身分と違って年頃だもんなぁ……。


「戸籍も用意しよう。亜人族として生きることになるが、構わないか?」


 亜人族……人間と人ならざる者のハーフ。なかなかヴァレリーでは価値観の違いで生まれない種族だが、ヴィクトリア帝国全域を見渡せば亜人族だけの州もある。


 ヴァレリー特別区内だけで生きるには少しだけ肩身が狭くなるかもしれないが、


『構わぬでありんす。住まいはこの偉丈夫と一緒で構いんせん』


 ルビーは俺の手を握ってそう言う。


「ああ、ルビーは俺と一緒に暮ら……はあ!? なに言ってんの!?」


「そうよ、ルビー! 普通女同士私と暮らすのが……」


『余はケンシローに体をくれてやると言った。シノビとやらの許可が下りるなら、余はケンシローの所有物でありんす。被扶養家族でありんす』


 そんな話もしましたね……え? したっけ? 被扶養家族?


「いや、そんな口約束にもならないような約束守らなくても……」


 ヒルダは慌ててルビーを諭す。しかしルビーはかぶりを横に振って白銀色の髪を揺らす。


『いかんでありんす、ララ。汝の思いは嬉しいが、約束は約束。約束とはひとつ蔑ろにすれば、風に押されるよりも軽く、なし崩し的に他の約束をも破ってしまうものでありんす。これは余の罰ゲ……けじめでありんす』


 罰ゲームって言いかけたぞ、この半人半竜。けしからん。


『どちらにせよ、この男には心の臓を貫かれ、右の瞳を蹴り潰された身。これ以上の痛みと屈辱を味わうことはあるまいて』


「その姿で言われると俺に病的な嗜虐趣味があるみたいに聞こえるから余所で言うのやめてね? ね?」


 俺がその攻撃をしたのは鋼鉄にして氷結の鋼竜なんだよ。隣で俺の手を柔らかく握る、いたいけな女の子にやったわけじゃないんだよ。


『それに、竜の姿の余に単騎で向かってきたのはこの者が初めて。この男が余の初めてでありんす』


 微妙に頬を赤らめて言うルビー。なにか甚大な風評被害を被った気がする。


「兄らの関係はなるほど、理解した」


「絶対、誤解している気がする……!」


 そしていきなり、「よしっ、決めた!」とヒルダが強めに手を挙げる。


「あんたがちゃんとルビーを養っているか店に出勤する前に毎朝チェックしに行くから」


「そんなに俺のこと信用できないか? 決死の覚悟で囚われのヒルダサマを助けに来たのはこの俺なんだけど?」


「はっ! 斬魔の力に頼って来たんでしょ?」


「はぁ~? 斬魔の能力を十分に発揮できたのは俺だからだね。俺、サイコウの剣士、ケンシロー・ハチオージ」


「全部、剣に助けられただけなんじゃないの? 私、サイコウの剣に変身する画家、ララ・ヒルダ・メディエーター」



「ああ!? やんのか!?」

「ああ!? やってやろうじゃないのよ!」



 喧嘩になりかけ、ギュッと握られた手に力が入る。見ると、ルビーが間に立って俺の左手とヒルダの右手を握っていた。


『二人とも、仲良くするでありんす』


「くすっ」


 シノビさんがこっそりと短く笑った。


「本当はルビー・メタル・シルバーが力を取り戻すまで陰で絶え間なく監視をしようと目論んでいたが、問題なさそうだ」


 判断基準が分かんねえ……。今の舌戦の感想がそれか?


「……さて、拙者たちは『鋼竜の遺骸』を飛竜で運んで帰る。兄らはどうする?」


「そうだな……馬竜車でゆっくり帰るよ。飛竜にこれ以上重たい思いをさせたくないしな」


「それは感謝する。無事帰還したら宮殿に来てこの証書を門兵に見せてくれ。それなりの帰還式を執り行うつもりだ。英雄の帰還を盛大に歓迎しよう」


「そいつはどうも。悪いが騎士に成れなくて騎士の礼服を売ってしまってね。この前宮殿に来た時の格好をさせてもらうよ」


「なるほど、黒ローブで帰還式か……斬新だが悪くない」


「その節はすみませんでしたぁあ! もう一個前の時の格好です!」


 証書を受け取り、俺とシノビさんは固く握手を交わす。案外、シノビさんは俺が宮殿を急襲した時のことを根に持っているのかもしれない。


 再会を約束し、俺たちはルクレーシャス鉱山を堂々と下山した。


 最強の竜は、最嬌の竜に成った。


鋼竜討伐編完結までもう少しです。そうしたら次編も書きたいと思っておりますので、

感想や評価、応援等々いただけると嬉しいです。

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