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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第5章 限界破壊篇
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第五章14 時空転移術

 ――。


 落ちた。

 即落ちだ。


 騙された。


 弄ばれた。


「ぷすすー、だっせ! 落ちてやんのー」


 無限封界から浮遊大陸に繋がれていたはずの光の空間に飛び込むと、――落ちた。


 なんとレクァーが繋げた浮遊大陸の先は湖だったのだ。だから地上の法則さながらにそれなりの距離を落下して、着水。――――しかも、俺だけ。


「なにしてんの、ケンシロー?」


「……」


『……阿呆』


 ララとアズさんとルビーはオブシーの残した加護を使って空中に浮いていた。


「レクァーが服を濡らしたくないって言ってたじゃない。警戒しなさいよ」


「つまり、転魔は剣災の水しぶきを浴びて服を濡らしたくなかったんだ」


『竜を描きて狗に類すでありんすな』


「……」


 俺が恨めしく彼女たちを見上げていると、三人ともゆっくりと俺のもとまで降りてきて、


「ほら」「ここからが」『汝の仕事でありんす』


 彼女たちに腕を引かれ、俺は立ち上がってレクァーの隣まで行く。


「ぉ――――」


 まるで理想郷ユートピアのように色鮮やかで壮大な浮遊大陸が広がっていた。


 草原の緑、水辺の青、建物に使われている煉瓦は赤や黄色。街を歩くのは耳の尖ったエルフとハーフエルフだろう。ヴァレリーのような人の多さではないが、活気のある綺麗な街だった。


「話には聞いていたが、ここにいるのが全員、エルフもしくはハーフエルフか」


 アズさんが感慨深そうに頷き、さっそく視える範囲を観察し始めた。


『時にケンシロー』


「どうした、ルビー?」


『余たちはここで何をしたらいいのかえ?』


「……あ」


 そうだ。浮遊大陸に行く目的ってオブシーの魔力の回復と――――俺の正体を――――


「安心しろ、人間と竜。てめェらはアタイの捕虜として暫く生活してもらうぜ。人権なんてあると思うな」


「……本当に火刑に処すつもりなのか?」


「アタイの気分次第だ」


「事故だから! 運の悪い事故だったから! せめて火はやめようよ!」


「いいからついて来な、捕虜共。とりあえずその濡れた服を乾かすぞ」


 濡れた服を乾かすだけなら魔法で乾かせばいいのに。俺は出来ないけど。


「あと、ここじゃあ、若い男はヤバいくらいモテるから、気を付けるこったな」


「は?」


「下手したら、精も血も髄も全部の体液を吸い取られて死ぬってことだ」


「そんなモテかたある!?」



    ***



「それで、レクァー殿。この者たちが地上からの侵入者じゃと?」


「もちろんだ。ハーフエルフの族長・シウさんよォ」


 服が乾いた俺は正座して二人のやりとりを静かに聞く。

 ララ、アズさん、ルビーの三人はレクァーの執務室とやらに隔離されている。


 当たり前のように俺の左肩に腰を落として座るレクァー。俺の側頭部に自らの腋を押し当て、俺の頭を膝当てのように扱う。


 目の前のシウという男――人間でいえば二十代中盤くらいで、細いが筋肉に覆われた男。体型的には俺よりも筋肉質――は無愛想な顔を難しくしかませて俺を見る。しかしてその無愛想な感じはオネストに比べれば幾分か生気のある雰囲気だった。


「ちなみにこの男はアタイの股に顔を突っ込んで水着越しの秘部に口づけをしてくるくらい面白い性癖をしているぜ? 舌の使い方が上手い」


「やめろ! 弁解の機会を寄越せ! いやらしい声出してたくせに!」


「だだだだだ、出してねェよ! あれは、その……感じてただけだ!」


「やめろ! 一矢報いたつもりが俺に全部、返ってきたじゃねえか!」


 俺が本当に率先してそんなセクハラをしたみたいになっているじゃねぇかよ!


「分かった。もういい、レクァー殿。俺は貴公を信じる」


 信じるなぁ!


「――それで、貴公はその男をどうするつもりじゃ?」


「どうするもなにも、そんなのアタイの勝手だね。戦利品くらい好きにさせてもらうぜ、餓鬼」


 レクァーが威圧的な桃色の視線をシウにぶつける。


「俺が奪おうと思えばいつでも奪えるんじゃが?」


「へェ、ハーフエルフ最強の男が人間の男なんて奪って何に使うつもりだァ? 男色か?」


 それはやめてくれ。


「ものの喩えじゃ。貴公から取り上げようと思えばいつでも、という意味じゃ。貴公こそ、捕虜に慕情でも抱いて種馬にでもするのではないか?」


 それもやめてくれ。


「かっはっは! それもいいね、てめえに従兄弟を作ってやりたいと思ってたんだ」


 だからそういうのやめろよ!


 ――え?


「二人はどういう関係?」


 レクァーとシウは目を見合わせる。


「シウはアタイの姉の息子。つまり――アタイの甥だ」


「年齢と見た目詐欺! どうなってんだよ!」


「どうもなにも、俺の母親はレクァー殿より二百歳ほど上じゃ。俺とレクァー殿の方が年齢差は少ない。レクァー殿は現在、五百歳ほどになる」


「エルフの生態系恐いな!」


 いつまでが適齢期なんだ……! いつまでも、なのか!?


「つーわけで、この糞餓鬼はアタイの捕虜だから、使いたいように使うさ。報告は以上。じゃあな、シウ」


「あまり出過ぎた真似はしないように。天の怒りを買うかもしれぬ故」


「ハッ、気を付けるさ。お互いに、な。いくぞ、捕虜。このままアタイを運べ」


「ええ……? 俺はお前の何なの? 肩痛い……」


「てめえはアタイの捕虜だっつの。さっさと歩きな」


 俺は左肩に乗ったレクァーを落とさないように立ち上がり、歩き出して退室する。

 なんだろう、この図。ルビーを肩車した時に似ている……。



「――で、レクァー殿。一体、捕虜の俺になにをさせるおつもりで?」


 湖の上に立てられた建物。廊下のすぐ外は水面という不思議な煉瓦造りの構造。間違えて落としてレクァーが落水したら俺は絶対処されるだろう。


「まずはそうだな、アタイの部下の女たちの夜の相手を――」


「一応言うが、さっきから捕虜虐待だぞ」


「冗談に決まってんだろ。バカか」


「エルフジョークに付き合ってられるか。俺に仕事をくれ。仕事がないと俺は発狂する」


「残念すぎる感じに仕上がってんなてめェ……」


「働かざるもの食うべからずってな」


「……わぁーったよ。働かせてやらァ。他の四人が合流するといいな」


「ええ……? 自分の魔法で空間転移しておいてそれは……」


「ハン、アタイは悪かねえよ。アタイに目を付けられたてめェらが悪いんだ」


「横暴だ……」


 もし許されることならば、俺の肩の上に居座るエルフの女を今すぐ湖に投げ捨ててやりたい。……赦されねぇんだよなあ。


「んで、仕事仕事って言うけどよォ、てめぇの職業はなんなんだ? 得意な仕事をくれてやるよ。――でも、騎士ってほど頭良さそうには見えねェが、傭兵ってほど弱そうにも見えねェんだよなァ」


 レクァーには俺がどういう風に見えているんだ?


「……元・画材屋の見習い職工だ」


「は? ……元・画材……職工……?」


 今は店長に不当解雇された身。成果物を持ち帰れなければいよいよもって解雇クビだ。


「てェことは……てめェ今、無職――」


「仕方ねぇだろ。誰だって一時期は無職になったりするんだ!」


 そうだろ? 何十年も無職なのは別として、一時期無職状態だからと言ってそれを理由に人を馬鹿にしてはいけない。


「……マァ、働いてねェからといって、それだけで社会に悪影響を及ぼすかって言ったらイコールではねェわな。その……元気出せ」


 気を遣うな。やめろ。


「くそ、捕虜になってすぐに憐れに思われるとは。仕事したくねえ……」


「かっはっはっは! 安心しろよ、ケンシロー・ハチオージ。てめェらには一日六時間のフルタイム労働に勤しんでもらう。その間の生活は保障するさ」


 え? 一日六時間がフルタイムなのか? それだけしか働かなくていいのか? それ、逆に労働環境とか大丈夫なのか?


「その……いつまで働かないといけないんだ? せめて今が九月だから、十月くらいには本当の目的地に着きたいんだが……」


 極東地方の母さんに会いに行くのが俺たちの目的。浮遊大陸はあくまでその前座。っというか、オブシーのワガママに巻き込まれただけという体裁。そのオブシーも今はいない。


「……ああ、すまん」


 あれ、何故か素直に謝ってきやがった? なにかあるのか?


「アタイが少し転移に失敗してな、――今はもう十二月だ」


「――」


「さすがアタイの時空転移術ってわけだな」


第五章14話目でした。応援よろしくお願いします。

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