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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第5章 限界破壊篇
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第五章13 無限封界

 体が重さを忘れたように、ぐるぐるふわふわと浮遊した感覚を覚えた後に、どこかの地面に落ちる。

 体が重さを思い出したかのように重い。


「ふげっ」


 目の前が真っ暗で、しかし柔らかい感触が顔にあって、なんだこれはと思って手をじたばたと動かしていたら、


「――あぁ! うぅ……」


 と、なにかに身悶えする女性の声が聞こえて俺は疑問に思う。

 ――誰の声だ?


「んあ!」


 知らない女の声だと思い、今の状況はなんだろうかと考察しているうちに髪の毛を引っ張られて顔が上がる。いだだだだだだ。


「なにしてんの、あんたは……」


 ララの呆れたような声が聞こえ、俺は塞いでいた目蓋を開く。


「あ――――」


 俺の目の前で大股を開いて仰向けに倒れ、恥ずかしそうに顔を歪めるレクァーを見て、俺はどうなったのか理解した。


「穢された……穢された……ひっく……穢された……」


 半泣きのレクァーの桃色の瞳が屈辱から次第に怒りに燃える。


「くっそ……て、め、え……!」


 つまり、俺の顔がレクァーの股の間にジャストフィットしていたのだ。


「三千回殺してやる!」


 普通の感性を持った人が見れば、「正当防衛」「自業自得」と断ずるくらいの暴行をエルフ族第三警邏隊・隊長のレクァーに受けた。



    ***



「はい、治った」


 俺に治療をしてくれたララの眼が冷たい。


「ララ、俺はわざとやったわけじゃ……」


「るっせェ! 騒ぐんじゃねえよ、置いてくぞ!」


「……騒いでねえよ。自己弁護くらいはしていいだろ。レクァー隊長サマ」


 俺たちの四人は彼女に続いて真っ暗な世界を歩く。真っ暗というよりも、白と黒が反転したような世界と言ったほうが正しいかもしれない。


「……空間転移魔法の中はこんな異次元になっているのか」


「ビックリですよね、アズさん」


 アズさんが呟いて俺もそれに同意する。


「……」


 アズさんの視線はレクァーに注がれたまま。アズさんに無視をされた!


「アァ。ゴ炯眼だな、アズライト。アタイの空間転移魔法に呑まれた奴は一度ここに入り込む。そんで、出口を見つけて出ていくと空間転移の完了ってな」


『この空間はなんと呼べばいいでありんすか? …………ケンシローは死ね』


「聞こえてるぞ! おい! ばっちり耳に入ったからな!」


「るっせェ! だからいちいち騒ぐんじゃねえよ、本当に置いてくぞ!?」


 レクァーに叱責されて俺は黙る。確かに今のはちょっと騒いだけれども。


「この空間にゴ大層な名前なんてねェよ、鋼竜。――――無限封界ゼロサムエリアって適当に名づけてあるくらいだ」


無限封界ゼロサムエリア……充分、御大層な名前でありんす』


「それで、他の皆はどこにいるのよ?」


 俺たちがここに入り込んだということはローゼ、リシェス、レンナ、オブシーの四人もここに入り込んだはずだが、如何せん無限封界とやらが広すぎて見つからない。


「知らね。もう出口見つけてどっか行ったんじゃねえの」


「おい、お前の魔法の世界だろうが。じゃあ、お前は俺たちをどこに連れて行こうとして……」


「浮遊大陸に決まってんだろ。糞餓鬼」


「……」


 エルフってことは若い見た目でも俺のはるか年上なんだろうけど、ルビーと同じくらいの背丈の奴に糞餓鬼呼ばわりされるのは癇に障る。


「お前は浮遊大陸に行かせないために俺たちの邪魔をしたんじゃ?」


「そうだな。だからアタイは自分に性的嫌がらせをしてきたケンシロー・ハチオージを火刑に処すために連れて行くんだ」


「……お前、本気で俺のこと三千回殺す気か?」


「アア? 気に食わねえなら訂正するさ。三百回殺す」


「ちょっとリアルになった!? ありえそうでめちゃくちゃ恐いんだが!? ――――がぁっ!?」


 背後から誰かに蹴られた。


「……なに?」


 振り返ってララとアズさんとルビーを見るが、彼女たちは何事もなかったように歩き続ける。


「……」


 ここ最近、俺の評価の下がりっぷりが自覚できるほど顕著な気がする。


「他の皆は無事なんだろうな、レクァー?」


「知らねっつの。外の世界と時間の流れが違って滅茶苦茶だから、もしかしたら数万年後の未来に行ってるかもな。なんつって、長くて一年・二年の誤差だ」


『時空凍結術ならぬ時空転移術ではないか。第三警邏隊の隊長がなぜそんな強大な力を……』


「警邏隊ってのは浮遊大陸最強の戦闘部隊だぜ? その唯一の隊長のアタイが弱くないわけねェだろ」


「……唯一? あなたは第三警邏隊の隊長じゃなかったの?」


「ハッ、第一警邏隊と第二警邏隊は浮遊大陸の『損壊』に巻き込まれてオナクナリになったんだよ。だからアタイが残ってる兵隊を一纏めにして率いてんだ。察しろよ、それくらい」


 察せられるか。無理言うな。

 ――ん? 浮遊大陸の『損壊』? もしかして、極東に墜ちた一部がそれか?


「マァ、つまりはアタイがエルフ族の中でも最強ってわけだ。浮遊大陸では身の振り方を考えねえとアタイの部下に殺されるかもなァ、ケンシロー・ハゲオージ」


「おい、やめろ。学生時代の陰で呼ばれていたあだ名を使うな」


 俺は全然禿げてない。絶対に禿げてない。絶対にだ!


「――さァて、そろそろ浮遊大陸への入り口だ。準備はいいか? てめェら」


「入り口? どこがそれだ?」


 目の前には妙な色の水を湛える湖。そしてそれを囲う不思議な色の木々。無機質な色の地面に、黒いのに暗くない現実感のない空。


 どれがこの無限封界の出口かと言われると、どれとも言えない光景だった。


「そういやァ、てめえら、全然荷物ねェんだな。夜逃げの一団だったか?」


「夜逃げか……間違いではないんだよな、今の俺は不当解雇と戦うしがない――――」


 そこまで言って、俺は閉口した。

 レクァーが服を脱ぎ始めたのだ。


「やめろ、レクァー! これ以上俺におかしな容疑がかかるきっかけを与えないでくれ!」


「てっめェ! 邪魔すんな! やっぱり三千回殺されてェのかァ!?」


 ――ここでレクァーの全裸まで見たら、三千回では済まないかもしれないんだよ!

 俺は服を脱ごうとするレクァーの腕を掴んで取り押さえようとする。


「待て、剣災、落ち着け。転魔が着ているのは下着ではなくて、水着だ」


「――は? 水着?」


 言われて俺が手を離すと、レクァーはバサッと上に着ていた服を脱いで水着姿になった。


 ――といっても、色気のない全身を覆うような水着に、寸胴のような体つきだったが。これには俺もため息だ。はあ。


「今、てめェを殺しても誰からも非難されねェ気がする」


 レクァーのキツイ一言を貰い、俺は俺のせいで止まっていた話を進める。


「何で水着姿に? まさか浮遊大陸の入り口は湖の底だったり?」


「違ぇよ、莫迦。服を濡らしたくねェからだ、馬ァ鹿」


「……分かった。成り行きを見る。だから、俺は悪くないと先に宣言しておくからな」


 不可抗力でこれ以上俺はセクハラの汚名など受けないからな。


「アタイは空間転移魔法の使い手。無限封界の主。出入り口なんて無理やり作っちまえばいい」


 レクァーが手を伸ばすと彼女の掌から空間転移魔法の光が迸り出す。

 その光を両手で握りしめたまま、彼女は次に、引き裂くようにその光を二つに割った。

 ――するとそこに白い空間が現れる。


「ここを通れば浮遊大陸だ。ついて来たいならついて来なァ。拒否権はねェ」


「……どっちだよ」


 俺は改めてララとアズさんとルビーを見る。今度は三人とも俺を見てくれて、頷き返してくれる。


 ――剣に成ってくれる恋人、ララ・ヒルダ・メディエーター。

 ――護るべき画材の姫、ザラカイア・アズライト・シーカー。

 ――鋼の意志をくれる竜の少女、ルビー・メタル・シルバー。


「――他の皆が固まって行動してるなら大丈夫だ。行くぜ、浮遊大陸へ」


 ――万能に近い植物の力を持つ淑女、ローゼ・ラフレシア・アレス。

 ――最高硬度の護る力を持つ女の子、リシェス・ヴィオレ・ヌウェル。

 ――吸血鬼の権能を身に宿した少女、レンナ・ミサキ・ソウヤ。


 ――食欲の化け物の食えない幼女竜、オブシー。


 あの四人を信じようとすればするほど、あの四人は大丈夫だと思える。


 長くとも、二年後には再会することができる。そのチャンスがある。


「ええ」『うぬ』「ああ」


 俺たちはレクァーの後ろをついて行き、光の空間に身を投じた。


 ――――その選択が後悔の始まりだった。



申し訳ございませんでしたぁぁぁあああ!

体調を崩して最近のゆっくりな執筆ペースがさらにゆっくりになってしまいました。

ですが体調は戻りましたので、可能な限り頑張ります。

第五章13話目でした。応援よろしくお願いします!

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