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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第5章 限界破壊篇
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第五章11 潮竜『オブシー』

 夜空に広がる銀色の潮がとてつもなく綺麗だと思った。


『うちは一時期、極東地方の西側で生活してたんやけど、その時の名残やね、この方言』


「――ほう、それで?」


『だから極東地方に行くのはうちも楽しみやわぁ。行くのは東側のハチオージ村やろ? そこはうちが残念賞やね』


 ……残念賞ってなんだよ。


『ハチオージ村かぁ、良い噂は聞かへんなぁ。なんでも昔、手の付けようのない悪童がいたそうやよ? 悪党を殺しまくった悪童やて、怖いなぁ。相手が悪党だとしても、そんなことするんは恐れ入るわぁ』


「……ほう」


 俺の噂もわーるどわいどになったもんだ。噂なのに尾ひれがつかないとはな。


『まあ、そんな悪童は今ごろ打ち首獄門の刑やね』


「……そうかもな」


 ある意味、現状は精神的にそんな刑罰を食らっているようだ。


 無自覚に人を口説き落としまくり、寄せられる恋情によって結果的に自分の首を絞めているような気分。息苦しくてたまらない。

 でも、彼女たちを悪く思ってはいけない。


【ララ・ヒルダ・メディエーター】

【ザラカイア・アズライト・シーカー】

【ルビー・メタル・シルバー】

【ローゼ・ラフレシア・アレス】

【リシェス・ヴィオレ・ヌウェル】

【レンナ・ミサキ・ソウヤ】


 大部屋の中では六人の少女(?)たちが四つの布団に身を寄せ合って眠っている。

 どんな夢を見ているんだか。

 俺は集会場の外に出て、九月の星空を仰ぎ見る。


「――で、俺を真夜中に呼び出したのはなんでだ? オブシー」


『あはは。すこーしだけ、ワガママを言いたくなってなぁ』


 屋根の上に座っていたオブシーは答える。


「……随分、大人っぽくなったな」


『あはは、分かる?』


「一目瞭然だ。どういう心境の変化だ?」


 潮竜・オブシーは幼女の姿から大人の女性に姿形を変えていた。浅葱色の髪と黒曜石のような瞳はそのままで。


 ――その面貌は美しいというよりも、優しい田舎のおねえさんというような見た目だった。見た目だけなら雰囲気はローゼに似ている。いや、寄せている?


『この姿なら、女好きのケンシローさんもうちに手ぇ出せるやろ?』


「出さねえよ。あと女好きなわけじゃない。冷静になれば見境はあるはずだ」


 あの六人の中から殺人犯を出したくないからな。


『冗談やよ、つれないなぁ。ワガママに付きおうてって言うたやろ』


「言ってみろよ。竜の身勝手発言は聞き慣れてる」


 四月からずっと、毎月のように聞いてきたのだから。


『浮遊大陸に寄りたなってん。明日付きおうて』


「……バカ言うな。約束と違う。俺は一日も早く――」


『今すぐあんたさんらを僻地ココに置いてってもええんやけど?』


 ――竜の身勝手発言。説得力は無くても、確かな強制力がある。

 ここでその移動手段を失ったら、次の移動手段でもあるローゼの生成する木馬車を使わなければならない。それでは極東に着くまで一ヵ月以上かかる。船も用意しなければならない。


「……分かった。ワガママには付き合う。だがせめて、理由とか目的とかを聞かせてくれ」


『月が綺麗やなって思うて』


「なに言ってんだお前は」


『あはははは、冗談やって。余裕ないなぁ、あんたさん。ホントのこと教えたるから来て』


 オブシーは屋根の上からからかうように『おいで、おいで』と俺を手招きする。


「……」


 潮竜『オブシー』を相手していると俺の溜飲が全く下がらないが、機嫌を損ねるのも良くないので素直に従う。そもそも、相手にされていない感じがする。


 憮然とした顔をしながら俺は屋根の上に昇り、彼女の隣に座る。


『あら、そんなに簡単に隣に座ってくれるとは思わなかったわぁ』


「はあ?」


『あんたさんの隣は剣の女の子だけやと思ってた』


「俺とララの立ち位置はそういう物理的なものじゃねえんだよ」


『じゃあ、今夜だけケンシローさんの右隣はうちが貰うわ』


「おい、くっつくな」


 オブシーが俺の右腕に絡んできて、自分の胸を押し付けてくる。こいつ、意外と胸が……。


『どの角度から見てもケンシローさんは見栄えのええ男には見えへんな』


「余計なお世話だ」


『でも好き』


「お前に言われるとなんにも響かねえな」


 積み上げてきたものが違いすぎる。


『なんでうちがケンシローさんのこと好きか教えてあげよか?』


「ハッ! ぜひ教えてもらいたいもの――」


『なんであの子らがケンシローさんのこと好きか教えてあげよか?』


「……」


 俺はふと、聞きたくないと思った。

 それだけは聞きたくないと淡く思った。


「……言ってみろよ、お前に理路立てて解説できるんならな」


 それでも俺は、強がってオブシーに答えを求めた。


『あんたさん、誰かに「補正」されてるみたいに見えるよ』


「――――補正?」


『そ。なんか変やと思った。あんたさんは恵まれ方が変や。剣の才能があるのに魔法の才能がないのはおかしい。その一番の原因が魔力をためこむ器官やろ? なんでそれがないんやろ』


 補正……変……。


『背ぇは高くて逞しいけど、見た目で優れているのはそれくらい。顔の造形は平々凡々。なのに特定の女の子には好かれる。性格が凄まじく良いわけでもなし。どうしてやと思う?』


 オブシーは彼女の吐息がかかるほど、俺の耳元近くで囁きかける。


「……ど、どうして、だろうな」


 彼女が突然出し始めた色香に、俺はしどろもどろで返す。


『ケンシローさんは、本当は見境なく人に好かれるイケメンに育つはずやった』


「……は?」


『ケンシロー・ハチオージさんは、本当は剣と魔法を使いこなす宮廷騎士に育つはずだった』


《ケンシロー・ハチオージ》


『ケンシロー・ハチオージは、本当は酸いも甘いも噛み分けた素晴らしい男に育つはずやった』


《ケンシロー・ハチオージ》


 誰かが俺の名前を呼んでいる。


『あんたさん、なんで「不出来なケンシロー・ハチオージ」に成りきってるん?』


「――――ぁ?」


 俺は今、どんな顔をしていただろうか。魂が抜け落ちたような感覚があった。


『あはは、安心して。うちは誰にも言わへんよ』


「お、お前の言葉なんか誰が信じるかよ。人を喰ったような性格をしやがっ――」


『もし気になって知りたななったんなら、浮遊大陸の純魔エルフに聞こ。あの子ら、魔法に関してはやたら詳しいから、あんたさんの正体を看破できるかもしれん』


「お前は、なにを知ってる……?」


『うちはなんにも知るつもりないよ? なんも知らん。うちはよう知らんものでも食べる。血も肉も骨も髄までも。――何でも、誰でも』


「――」


 俺は俯く。耳元の甘い囁き声を拒絶しようとした。しかし、無遠慮にその声は耳に捻じ込まれるように入って来る。


『まあ、ええ、一晩寝て考え。これはあんたさんとケンシロー・ハチオージの問題や。えい』


「――――――――?」


 そう言われ、そして俺は潮竜『オブシー』に屋根から突き落とされた。


 背中に感じる強い痛みを感じて気がつくと、視界は月夜にしては真っ暗で、俺の意識も真っ暗に転回していった。


『うちは潮竜「オブシー」やけど、あんたさんは恐ろしすぎるわ。恐ろしいくらい美味しそうや。この世に竜が恐れる人間なんているはずないんやけどなぁ』


 彼女の言外に込めた意味を精査する余裕はなく、


『厄災は――』


 そこから先は聞こえなかった。


《ケンシロー・ハチオージ》


 ――その声だけは聞こえた。



    ***



「……針路を変える?」


 ララが怪訝な顔をして俺の放った言葉をそのまま返してくる。


「ああ。浮遊大陸に向かおうと思う」


『……なにをしにあんな無駄にプライドの高い輩の巣に?』


 ルビーが尻尾の先をいじりながら、やはり怪訝な顔をして問う。


「……純魔エルフ族の国な。魔獣じゃねえんだから」


『あんなのは魔獣も同じでありんす』


「……エルフと因縁でもあるのか?」


『フォルテ・シロフォン・クラシック』


「あいつはハーフエルフだし、プライドは無駄に高いことない……ことないな……」


 あいつ、今どこに居るんだろうな。自分を捨てた浮遊大陸に居ることはまずないだろうけど。


「それで剣災、なぜ浮遊大陸に行くんだ?」


「―――――――なんとなく」


 俺はその場にいる全員から顔を背けられるように、爽やかな早天を仰ぎ見る。


「ケンシロー様?」


「ヴ……」


 若干病んだ感じの声音でローゼに名を呼ばれる。諫められていることが明白だった。


「むかしむかし、あるところにケンちゃんという男性がいました。ケンちゃんは何も為せずに口説いた女の子に殺されました。メデタヒメデタヒ」


「リシェス、有り得そうな未来を予言しないでくれ」


 俺個人的には何もめでたくないんだけど。


「まあ、昔の俺が今の俺を見たら、迷わず死を願うだろうな……こんな浮ついた奴――」


 昔の「俺」か――――

 俺って、何を以ってして俺なんだろうか。

 俺が俺である定義とは……?


「…………ケンにぃ」


「なんだ、レンナ?」


「…………頭、…………溶けた?」


「どういう意味!?」


 「頭、打った?」とか「頭、おかしい」とかならまだ分かるけど(分かりたくないけれど)、溶けるってなんだよ!


「どういう意味も何もないわよ。あんた一刻も早く極東の実家に帰りたかったんでしょ? 違うの? ねえ」


 ララがやや剣呑な雰囲気を出して俺を睨む。敵意のこもった視線を送られたのはかなり久しぶりだった。


「……っ」


 昨日の夜にオブシーに言われたことをこの場で言えとでも?

 ――それはちょっと、嫌だ。


 だが、女性陣の視線は俺の発言に否定的だった。だから、せめてもの抵抗で言おう。


「うるせえ。黙って俺について来い」


「……」


 女性陣は目配せし合い、


「仕方ないわね」


 と、薄く笑って了解してくれた。


 惚れさせた責任が重くなった気がした。


 視界の端で潮竜『オブシー』が声を殺して爆笑していた。


第五章11話目でした。更新が遅くて申し訳ありません。

応援よろしくお願いします。

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