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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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「全速前進んん――っ!」


 ヒルダの炎がかき消えると俺が前に出て斬りかかる。


「スイッチ!」の一言で俺は後退し、ヒルダが大炎をおっかぶせる。さらに「スイッチ」の一言でもう一度俺は前に出て斬りかかる。


「スイッチ!」


「スイッチ!」


「スイッチ!」


「スイッチ!」


「スイッチ!」


 大空間の温度なんて関係ない。氷の名手、向こうにいる鋼竜さんが空気もなにもかも勝手に冷やしてくれる。


 ――どこかの錬金術師は言った。熱には下限があっても上限はない、と。絶対零度はあっても燃ゆる炎の温度に限界はないのだそうだ。


 だからこそ俺とヒルダは全速力で攻めに邁進する。俺が斬り、ヒルダが熱す。


 ――どこかの錬金術師は言った。金属は加熱してから急激に冷却すると一気に縮んで割れるのだろうだ。


 原理は頭の悪い俺には理解できなかったし、魔法でなんでもかんでもなんとかするこの世の中でそんな原理は重要じゃない。


「スイッチ!」



 つまるところ言いたいのは、めちゃくちゃ熱して冷やせば金属は割れるのだ。



 ピシッ



 ほら。ヒルダの熱と俺の剣の衝撃を受け続け、それらを自らの冷気で冷やし続けた鋼竜の尻尾にヒビが。



「切り落とせぇぇぇえええ!」



 ド――――ッ



 振り下ろした大剣は深々と鋼竜のひび割れに突き刺さり、そして――――真っ二つに、折れた。



 さらに鋼竜の冷たい囁きが。



『鮫という生物を知っておるかえ? 鋭い歯が並列に並び、ほぼ無制限に生えかわるでありんす。余の場合、それは鱗でありんす』



「なっ……」


 俺たちが丹精込めて割った尻尾は何層にも重なる鱗の一部……?


「スイッチ!」


 ヒルダがそう叫んだ気がしたが、大剣を折られた衝撃で後退するまでもなく大空間の奥まで押し飛ばされる。


「ヒルダ! 剣が折れた! 化けてくれ!」


「完全変身魔法で剣に化けたら他の魔法が使えないわよ! 技術が足りない!」


「マジか!? そうだった!」


 不完全変身魔法なら複数の魔法を使えるだろうが、生半可な剣ではあの竜には太刀打ちできない。折れた大剣でなんとか鋼竜を制するしかない。


「うおらぁぁぁあああ!」


 果敢と形容していいだろう。俺は果敢に声を張り上げ、今一度鋼竜に挑む。


「スイッチ!」


「スイッチ!」


「スイッチ!」


「スイッチ!」


「スイッチ」


「スイッチ」


「スイッチ……」


「スイッ……」


 俺の気迫とは裏腹に、ヒルダの声に力強さが抜けていく。まるで万力かなにかで徐々に魂をすり潰されていくような感覚。


「諦めるなヒルダ! スイッチ!」


 俺は自信を喪う寸前のヒルダの前に出て鋼竜に斬りかかる。鋼鉄の尻尾に食い下がる。


「おおおおおおおおお! ヒルダ! スイッ……」


「ごめんなさい、ケンシロー。私、もう魔力が……」


 魔力切れ……? まさか、圧倒的な魔法センスのあるヒルダが?



『詰みでありんすな』



 ゲシッゲシッと今まで仕事をさぼっていた鋼竜の両腕が俺とヒルダを床に押しつける。



『罪でありんすな、弱さというのは。どこもかしこも、なにもかも』



 大空間の床は大理石の床のように真っ平らで冷え切っている。もう俺たちを氷漬けにするのに一秒もかからないだろう。



『人間には三つの罪がありんす。自らを省みない罪。自らから逃げる罪。――そして、自ら殺されに行く罪。くふふ』



「殺すなら俺を殺せ! 俺だけを殺せ! ヒルダは、あの女は俺が脅して無理やりここに……」



『笑止。そんな嘘が余に通じるとでも思うでありんすか? 演技をするときのコツは演技をしないことでありんす。演技をせずに本気になるでありんす。自身の心までをも騙しきるのでありんすよ』



 鋼竜の手に力がこもる。危うく内臓が飛び出そうになった。息ができない。



『しかしやしかし、汝たちはなかなか戦えたほうでありんす。五、六〇年前の鉱山侵略戦以来の敵兵でありんした。このまま撤兵させるわけにはいかぬでありんすが……』



 鋼竜の妖しい冷気か俺の首筋をなぞる。


「……俺たちをどうするつもりだ? 八つ裂きにして外に晒すのか?」


 さながら鳥葬のように、晒し首のように。皇帝陛下に見せつけるために。



『そんなことはするまいて。簡潔に言うでありんす』



 鋼竜の口元が俺の頭をかじれる位置にまで肉薄する。



『皇帝の首を持ってこい』



「……っ!」

 まさか、そんな……。



『さすればこの娘っ子の命は返してやるなんし。安心するでありんす。帰ってくる「まで」は生かしておいてやるでありんす』



 まで、を強調しやがった。まるでその言い方だとその後は保証してくれないみたいだが。


 パッと鋼竜が手を離すと俺の体はすっかり自由になる。何ヶ月かぶりに呼吸をしたような解放感を覚える。



 カンッからからからカラン――――――――ッ



 鋼鉄の床に横たわる俺のそばに、透き通るように美しい氷色の一片が落ちる。


「なんのつもりだ?」



『折れた大剣で皇帝は討てまい。その氷剣を使うでありんす』



 殺せと言っている。ヒルダか、皇帝か、どっちかを。この剣で選べと。


「ふざけるな……ヒルダを返せ!」



『返してやろうと言うておるでありんすが?』



 鋼竜が笑った気がした。嘲笑という笑いだったが。



『皇帝の首を持ってこい』



 俺はよろめきながら立ち上がり、落ちていた氷剣を持ち上げる。そして鋼竜に向かって構えるが、鋼竜は手掴みのヒルダを前に押し出して人質にする。ヒルダは掴まれた握力で上手く息ができていない様子。


 ――斬り込みたくても斬り込めない。


 斬りかかれば巻き込んでしまう。――いや、もう充分すぎるほどに俺はあの子を巻き込んでしまっている。



『汝、自身を知れ』



 高圧的かつ神々しくそう言われ、結局俺は情けなく剣を下ろした。


 自身を知れ。

 才能を知れ。

 ……身の程を知れ、ということか。


 すると鋼竜はくいっと顎を捻った。



『迎えが来たようでありんす』



 鋼竜の視線を追って振り返ると、魔法で作っただろう大翼を掲げて浮揚しているアオネコ店長とその上に乗るアズさんが太陽光に紛れてそこに。



「帰るでしゃる。剣災君」



 アオネコ店長は確かにそう、俺に言った。間違いなくそう言った。ヒルダの名前は呼ばなかった。


 薄情だったからなのか、俺への優しさからだったのかは分からない。分からないが、俺は憤怒し、激怒し、狂い、慄き、戦ぎ、闇雲に剣を振るって暴れ、気がついたらアオネコ店長の翼の上で痛む体をアズさんに手当されて敵前逃亡していた。ただ分かるのはアズさんの碧い瞳が遠ざかっていくルクレーシャス鉱山をじっと見据えていたことだった。


 いや、もうひとつ分かることがある。俺はなにもかも、――負けた。


 それを自覚したとたん、俺の意識ははるか彼方へ遠ざかっていった。



    ××××



 あいつ、ちゃんと逃げられたかな。


 あいつ、ちゃんと家に着けたかな。


 あいつ、ちゃんとご飯食べてるかな。


 あいつ、ちゃんと笑ってるかな。


 あいつ、私のこと恨んでるかな。嫌ってるかな。どう思ってるかな。


 怖いけど、聞いておけばよかった。


 こんなふうに最期の別れになるって知ってたら、私は聞けたのかな。


 私の代わりは見つかるのかな。ううん、見つかるよね。私なんかよりずっと相応しい剣が。


 どうだろう。分からない。


 私は全然分かってない。


 自分の魔力の上限も分からずに危険を冒して、あいつの足を引っ張ってしまった。


 死ぬのかな。殺されるのかな。まだやりたいこといっぱいあったのに。


 謝らなきゃいけないこと、いっぱいあったのに。


 私の口は大事なことに限って、言おうとしない、怠け者。


 私は、ずっと怠けてきたのだ。


 抽象画を描いたら、大好きなママの代替品にしか成れないから。


 今より一層、『ラウラ・ノーラの娘』と呼ばれることになるから。


 怖かったんだ。そうやって生きながらにして、世界に殺されるのが。


 ――いや、違うか。私を殺そうとするのはいつだって私自身。私自身が自滅してるだけ。


 私はずっと逃げてきた。逃げて春絵グループなんかに参加して家の名前まで穢しかけた。私は自分で自分の人生を壊した。そして逃げて未来堂に来た。そして私は未来堂からも逃げて、――ルクレーシャス鉱山に来た。


 汝、自身を知れ――か。確かに、私は逃げてばかりで自分を分かろうとしなかった。省みようとしなかった。


 でも、あいつは逃げなかった。全然自分を分かってないのは同じだけれど、私に向かって噛みつくように接してくれる。噛みちぎるように、甘噛みするように。強く優しく、かっこよく。


 大抵の人は豪商の娘ってだけで腫物のように接してくるのに。あいつのばか。


 あいつはまだ逃げてない。ちょっと遠回りしてる途中なだけ。だから、必ず自分の夢にゴールするはず。いつか、必ず。


 だからさ、ケンシロー。



 ――――――――――――をたすけてください。



    ××××


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