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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第5章 限界破壊篇
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第五章09 悪魔の証明


    ■■■■



 黒騎士である僕は黒が一番美しいと思う。


 黒こそが全ての原点。黒こそが全ての終焉。だからこそ、美しい。

 それが稚拙な僕が出した全ての結末にして事の顛末。


「こんな夜遅くにご足労感謝する。シュバルツ殿」


「いえいえ。僕も騎士の端くれですから。――と、打ち合わせを持ちかけたのは僕なのですがね。バイロン・ロイル氏こそ、お忙しいのにこんな夜分に時間を作っていただきありがとうございます」


「なっははははは~。それで、修正案というのは持って来てくれたのかな?」


 夜会に集まる若い女性がやや場違いな笑い声を出して場の空気を和ませようとする。


「安心してください。持って来ていますよ。――――ライラさん」


 バイロン・ロイル氏。ライラ・マーチ氏。豪商メディエーター家の親子にして商人。


 ヴァレリーの現経済界の王と新世界の――――。


 僕の企みに加担する、共犯者。


 ――この大帝国に住まう異物と成りうる存在。


「――そういえば、フィール君の大好きなケンシロー君に会ったよ。面白い子だった」


「……ふふん、いきなり『本題』から入るのですね。ライラさん」


「『本題』の為に、パパが私の妹とくっつけさせたからねん。愛する実の妹を利用してるみたいで心が痛むけど」


「ふふん、ご冗談を」


「……」とバイロン・ロイル氏は無言で茶を啜る。


 今回三人で集まった要件。


 ケンシロー君からの紹介状だった。

 ――タリア島での一件のどさくさに紛れて取りつけた約束。


「――それでけいは拙者を呼んだのか。黒騎士」


 夜会の会場に入ってきたのは、白装束で褐色の肌にマスクを付けた女性――陛下のそばに仕える最強の騎士・シノビさん。


 宮廷騎士団の魔女候補。最強の女性。

 ケンシロー君に紹介状を書いてもらった、この夜会の主役。


 ――初代黒騎士様の手にするエースカードのことを聞くために、僕はこの夜会を設けたのだ。


「……」


 無言でシノビさんは僕たちを眺め、そして、


「なるほど状況は理解した。――だが、役者不足だ。アレを呼ぼう」


「……アレ?」


 ライラさんが小首を傾げる。


 そのすぐ後に、召喚魔法陣が床に浮かび上がる。


「アレ、とは一体?」


 バイロン・ロイル氏が胡乱な目つきで召喚魔法を展開するシノビさんを見つめる。


「初代黒騎士と拙者の関係を知られたのであれば、隠しても無駄だろうから証明しよう。――この国の最初の【悪魔】だ」


「――――」


 その日、闇夜の会合に悪魔が召喚された。



    ■■■■


    ***



 人を「悪魔」と罵倒してはいけない。


 ヴィクトリア帝国の法律がそう定めている。

 ヴィクトリア帝国の道徳教育がそうさせている。


 悪魔とはいつも災厄をもたらす最悪の存在。

 実在しているかも分からない概念上の存在。


 忌むべきヴィクトリア帝国のかつての大敵――。

 魔女を最悪の蔑称とするなら、悪魔は最悪そのもの。


 だからヴィクトリア帝国では、人を「悪魔」と悪罵してはいけない。



    ***



『ケンシロー、お腹が空いたでありんす』


 陽が昇ってから起きて、俺たちは食料を探して林の中を歩き回っていた。


「奇遇だな。俺も腹減ってたんだ。おっと、ここに銀色の尻尾が……」


『……阿呆が』


 ルビーは尻――というか、尻尾の根元を抑えて身を護る。

 その顔色は妙に艶めいていて、声音に刺々しさは無かった。


 ――まるで昨夜俺とルビーとの間になにかあったみたいじゃないか。


 ――一線は越えていないというのに。


「一線は越えてない、よな……?」


『余にとって昨晩の愛の告白は心の一線を越えたものでありんすよ』


「うぐぅ……」


 なんてこと言うんだ。これじゃあ告白に対する返事をまだしていない俺が乙女心を弄んでいるみたいじゃないか。


『それでケンシローはどうするなんし?』


「どうってなにがだよ」


『余はケンシローの何に成れるのでありんすか?』


「っ……」


 俺はルビーをどうするつもりなのか。

 アイドルドラゴンにするつもりなのか、妹にするつもりなのか、それとも――――


「――俺はララを嫁にしたいと思っている」


『ヴァレリーでは男女ともに伴侶は三人まで可能らしいでありんすよ』


「……それは領主レベルの金持ちの話だ」


 きっと俺には届かない世界だろう。それに、俺は不器用だから、何人も同時に愛するなんて無理だ。


『ま、余も二番手・三番手というのは嫌でありんすが』


「妹にしようって話をこの前しただろ」


 制度としてできるかどうかの確認はとれていないが。


『恋慕を抱き合う兄と妹でありんすか? 美しい兄妹愛でありんすな』


 ……。

 異性として愛し合う兄妹愛とか、「爛れている」の間違いだろ。


「だいたい、俺が惚れさせた相手をいちいち嫁にしてたら……アズさんとレンナも嫁にしないといけなくなる」


 ララ、アズさん、ルビー、レンナだと、「ヴァレリーでは三人まで」の枠に収まりきらないではないか。


『それで?』


「……ルビーとは夫婦にも恋仲にも成れない。俺は義務感じゃなくて、感情でララを選んだからだ。お前の想いには沿えない」


『…………』


 しばらく無言になるルビー。

 ルビーは怒っただろうか、悲しんだだろうか。例えそうさせたとしても、俺はララが好きだ。そこだけは曲げられない。


『ケンシローはララが特別なのでありんすな』


「ああ」


『アズライトは?』


「……大切、だよ」


『余は?』


「……」


 なんて、言ったら良いのやら。ララへの感情とアズさんへの感情、そしてルビーへの感情は、さらに言えば、ローゼやリシェス、レンナへの感情は、決して低質なものではない。


 しかし今考え直してみると、


 彼女たちへ向ける想いは微妙に質が違ってくる。性質が違う良質な感情なのだ。


 俺が好きだと特別に思う愛しいララとは違い、俺が護ると大切に思う美しいアズさんとは違う。これは、――そうだ。


「……異常?」


『ええー……』


 俺にとってルビーは、一緒に居たいと異常に思うかわいい美少女……なのか?


 ララへの特別な恋心。

 アズさんへの大切な忠誠心。

 ――ルビーへの異常な安心感?


 ダメだな、既存の言葉じゃ表現しきれない。


 俺のルビーへの感情は異質で異形で異常なものだ。


『ケンシローは余に異常性癖を抱いていたのでありんすか……』


「性癖じゃねえ。もっと温かい感情だよ」


『なるほど、それでケンシローは余を妹にすると……』


 こいつ、俺の話ちっとも聞いてねえ。俺の性癖を曲解しようとしているし……。


「……とにかく、俺が恋しているのはララで、仕えると決めたのはアズさんで、ルビーは……なんか、アレだ」


『汝、結局余をどうこうするつもりはないんでありんすな? ……余はこんなに汝が好きだというのに……』


 うおおおおお、ぐっさぁー!


「やめろよぉ……俺が最悪の男みたいじゃねえかよぉ」


『自覚がないのでありんすか?』


「そうだったのか!?」


 俺、最悪の男だったのか!?


 職場の女の子を無自覚で見境なく口説き落としているということなのか!?

 ふと、ローゼとリシェスの笑顔が脳裏をかすめる。まさか。いや、まさか……。


「ルビー、ローゼとリシェスのことで聞きたいことがあるんだけど」


『なんでも、聞いてみるでありんす』


「あの二人ってもしかして俺のこと好きなのか?」


『……』


 ルビーは少しだけ無言の間を作り、


『困ったなぁ、お話なら移動しながらすればええやんかぁ。なあ、ケンシローさん?』


「――」


 突然、オブシーの声が耳朶に響く。声のする方を向くと、


「ケンシロー、当事者のあんたが先頭きらなきゃ、この旅の意義がないと思わない?」


 ララも、アズさんも、ローゼも、リシェスも、レンナも、オブシーと共にそこに居た。


 ララは少し、不機嫌。アズさんはやや不満げ。

 ローゼは若干恥ずかしそう。リシェスはどことなく居づらそう。

 リシェスは血で固めた血紅色の衣装で顔は見えない。

 オブシーは嫣然と笑って楽しそうにしていた。


『朝食、食べよか。ケンシローさんをおかずに』


「……おかずって話のネタにって意味ですよねえ?」


 物理的に食べられるわけじゃないよね?


 結果として、その朝食でローゼとリシェスによって俺に突きつけられた真実は、――異世界画材店未来堂の女性陣全員は、俺のことを少なからず好意的に想っているらしい。


 ――これはなんというか、俺が悪くないということを証明することは難しそうだった。


第五章9話目でした。ケンシローもいつまでも鈍感主人公ではないのです。応援よろしくお願いします。

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