第五章08 好き好かれて一夜
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
猛スピードで俺は遥か上空を飛ぶ。
潮竜の加護による空中浮遊術。第二段階目はまさしく飛行術。
宙に浮いている状態で風を切るイメージで体を傾けると、自然に俺の体は飛行を開始した。
まるで生まれた時から空を飛ぶ方法を知っていたかのように、飛翔する速度を上げたいと思うと自然に速度が上がる。
欠陥があるとすれば、――魔力の扱い方が下手な俺の加速と減速が極端なところだ。
『さっきからなにをしているでありんすか! ケンシローのド阿呆!』
「待って、ルビー! マジで、マジで見捨てないでくれ!」
俺は猛スピードでルビーを引き離しながら叫ぶ。
猛スピードにビビッて減速すると、止めすぎる。減速しきって速度がゼロになると、俺のスキルでは宙に浮くこともままならず(慣れることが出来ず)、落下する。
落下しないように加速すると、一気に猛スピードにまで速度が跳ねあがる。怖くて減速する。
――さっきからひたすらそれの繰り返しだった。
そのせいで、俺は俺のお目付け役に就任したルビーと共に空を飛んでいた。
他の皆は遥か後ろから俺を追って――とはならず、揃って俺を置いて極東を目指していた。
――――俺が極東に行きたい張本人なのに。
それもこれも、俺がひたすら真っ直ぐ前に進めないからだ。なにそれ俺の人生かよ。
「俺の人生かよ……!」
俺は加速を止めて、減速する。――減速しすぎて、落ちる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
視覚的な恐怖で気絶しないように仰向けで落ちる。それでも怖いけれど。
『ぎゃあああああああああああああああ!? ケンシロー! 余の上に墜ちてくるでない!』
「へあ!? すまん、ルビー! よけろ!」
地面に激突する寸前までに加速をし直せば問題ない。
『ケンシロー、ダメでありんす! 間に合わなんし――』
ドデンッと柔らかいものとぶつかる感触があって、俺は真下を向く。
俺とぶつかったルビーがすぐ下に居て、一緒に重力に引っぱられて落ちていく。地面が近い。
潮竜の加護は自分より重いものを運んで飛ぶことはできないようで、俺の下敷き状態のルビーは身動きが取れないでいた。もちろん少女の姿をした彼女に俺を持ち上げる筋力は無い。
「こうなったら……」
――一回リセットだ。
俺はとっさに地上周辺を見回し、――舵をとる。
落下しながらルビーを抱きしめ、「ナナメ下」に加速する。
「間に合え……!」
本当に俺は、期待のナナメ下ばかり行く男だ。
***
俺たちは螺旋のようにぐるぐる回りながら空から降り注いだ形になる。
そして加速する前に見つけた林に落下し、何本もの枝を緩衝剤にして事なきを得た。
――最終的に湖に墜ちたが。つまりは落水だ。
困ったのはその後。
『ケンシロー、乾かすがよい』
「……いつだったかに聞いた憶えがあるな。濡れた服を乾かす技術なんて俺にはない」
幸いにも俺たちは手ぶら同然でヴァレリーを出発していたから濡れて困るような荷物は持っていなかった。俺が持っていたのは仕事着と普段着の二着のみ。
ルビーも同じような状態だった。
つまり俺とルビーは人の気配のない知らない土地で全身びしょびしょ。着替えもなく、方向感覚は日が落ちて死んでいる。夜風が濡れた服を冷やしていく。風邪引きそう。
「……寒い」
九月の夜。残暑に苦しんでいた昼間とは違って、確実に俺を病ませようとしにきている。
『寒いのでありんすか? 余が温めてあげんしょう』
ルビーが両手を広げて俺に抱きつこうとしてくる。濡れて肌にはりついた髪や服が異様に彼女の色気を増している。
「お前は寒くないのか?」
『もちろん。余は氷の女王、鋼竜。寒いとこならどこでもお任せでありんす』
……そういえば、こいつは時空を凍らせることもできる最強の竜・鋼竜だった。
――おそらく、感染症には弱くても、寒さ自体には弱くないのだ。濡れていることを不快に感じることがあっても、それで体調を崩すことはないのだ。
「……真冬はお前を抱いて寝ることにする」
『くふふ、優しくしてくりゃれ』
「変な意味じゃねえよ。湯たんぽ代わりだって意味だよ」
それはそうと、――――俺は気配を探して気を配る。特に危険な猛獣の類がいるわけではなさそうだった。
「――野宿だな」
『えぇー?』
月明かりの下で露骨に不満げで嫌そうな顔をするルビー。
「風除けにするために木のウロを探そう。そこで一晩過ごしたら再出発だ」
『えぇー?』
月明かりの下で露骨に不満げで嫌そうな顔をするルビー。
「この季節にないと思うが、凍死しないために身を寄せ合って眠るぞ。火を熾せるものは持ってないし」
魔法の類の才能は無いし。
『み、身を寄せ合って眠るのでありんすか!?』
なぜか興奮し出したルビー。
「当たり前だ。こんな所で風邪なんて引いてたまるか。嫌がっても今日だけは俺の湯たんぽになってもらうからな。……いや、あの、……上手く飛べなくてすみません」
『ちょっと余、湖で体を洗ってくるでありんす!』
「バカ言うな! これ以上体を冷やしてどうする!」
なんで一回落水したのに洗う必要があるんだよ。
***
真っ暗な木のウロの中で、俺は女の子を抱きしめている。
『くふふ、まだ寒いなんし?』
「いや、だいぶ温まってきた。ルビーは暑くないのか?」
『余は暑いのも寒いのも平気でありんす。あの骸竜の馬竜車の中は流石にでありんしたがな』
「ははっ」
たしかに、スペーニャ行きのあの馬竜車の客車の中は熱気がこもって最悪だった。
『くふふ、ケンシロー』
甘い声でルビーは俺の名前を呼ぶ。真っ暗なウロの中で彼女の紅玉色の瞳が輝いた気がした。
「どうした?」
『ケンシローに選んでもらって、余は嬉しいなんし』
「……約束だからな」
ルビーを次の大仕事に最初に誘う約束。極東へ行くという仕事をするために、ルビーを真っ先に頼らせてもらった。
他の皆に頼るより前に彼女に俺のお目付け役を頼み、今もこうして一緒に居る。
……本当は俺とルビーの二人きりでなくても良かったのだが、ルビーがなぜかごねたので、現在二人きりなのだが。
「ルビー」『ケンシロー』
図らず、俺たちの声が重なる。
「どうした?」
『ケンシローは故郷の話をなかなかしないなんし』
「……」
『嫌な思い出ばかりだと聞いたでありんす。でも』
「でも?」
ルビーは身体を回して俺と向き合い、俺の首に腕を回して抱きついてきた。
『ケンシローは帰ろうとしているでありんす』
「それは母さんが心配だからで――――」
ハチオージ村そのものに思い入れなんてない、はず。
『ケンシローは心根の優しい男でありんす』
「別にそういうんじゃない」
『余がケンシローに惚れるのも無理ないなんし』
「余……惚……?」
……は?
……は? ……は?
……は? ……は? ……は?
……は? ……は? ……は? ……は?
「お前、なに言ってんの? 恋の告白みたいなこと言いやがって」
『うぬ? まさか、汝……気づいていなかったのかえ?』
「――――」
『ルビー・メタル・シルバーはケンシロー・ハチオージを異性として好いておりんす』
「――――」
――うっとりとした彼女の声が燃えるように熱い。
「離れろ」
『――ん?』
狭い木のウロの中で、俺はルビーから離れようと身をよじる。
『ちょ、ケンシロー! 暴れるでない! 寒くないのかえ!?』
「う、うるさい! お前、その気持ちに気づいてたら抱き合って眠ろうとしたりしねえよ! やめろ! これ以上密着したら合意の上になってしまう! 合意の上になってしまう!」
俺は純粋に妹みたいな存在としてルビーを愛でていたのに!
こんなに可愛い子に好きだと言われて、動揺しないわけないだろうがぁぁぁあああ!
『このっ……! ケンシローの阿呆! 純朴な乙女が恥らいながら告白したのにその反応はなんでありんすか!』
「うるせえ! 純朴な乙女(五百歳)がぁ!」
『ケンシローに風邪を引かれたら余も困るでありんす! おとなしく余に温められながら眠りにつくでありんす!』
「うるせえ! 愛の告白をされてすぐにぐっすり眠れるか! 俺の精神は肉体以上に童貞なんだぞ!」
『うるさい! だったらその童貞を余がもらってやるなんし!』
「誰がやるか! こ、これはララんのだぁー!」
「わー!」『ぎゃー!』と俺たちは人の気配も獣の気配もない林の中で騒ぎ続け、とうとう俺は自分の貞操を護りきって眠りについた。
最終的にルビーを抱きしめて無力化したまま、眠りこけた。
――その夜の夢にはルビーしか出てこなかった。
第五章8話目でした。応援よろしくお願いします。




