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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第5章 限界破壊篇
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第五章07 竜と一緒に

 ――誰かいる。

 ……誰だ。

 お前は、誰だ。

 お前は――――



    ***



 あの時のアオネコ店長は少しおかしかった。


 いつもなら横暴な発言というのはふざけて言っているだけだったのに、今回ばかりは本気で長期休暇を許してくれなかった。


 何故なのかはよく分からない。彼――彼女? の考えはよく分からない。


 あの時ばかりは経営者失格の態度だっただろう。

 ――だったら、あの猫が閉口して驚くような仕事を極東でして来てやろうじゃないか。


「――んで、オブシー。どうやって極東まで行くつもりなんだ?」


 オブシーの案内でヴァレリー特別区を出て、草原になっている街道に到着した。彼女曰く、これから極東までひと飛びらしい。


『そら決まってるよぉ、うちは竜やねんで? うちが竜化して、あんたさんたちを背中に乗せてお空を飛ぶんや』


「……お空を飛ぶ? 人数分かってんのか? 俺とララ、ルビー、アズさん、ローゼ、リシェス……レンナは俺の影に潜むからいいとして、お前は六人を背中に乗せられるほどデカい竜なのか?」


 最大の竜『樹竜』なら楽勝だが、最新の竜『骸竜』や最速の竜『薬竜』のような大きさでは俺ひとり分も運べないだろうに。


 最強の竜『鋼竜』でも六人はきついとみた。


『あはははは、美味しそうなお兄さんは頓珍漢なことを言うのやなぁ』


「なにをいって――」


「……」『……』「……」「……」「……」「……」


 ……おかしい。俺以外の誰もが俺をフォローしてくれない。


「た、たしかにケンシロー様は頓珍漢なことを常におっしゃいますが、美味しそうには見えません!」


「ローゼ、それフォローのつもりなのか!? ……常に!?」


 二重否定文みたいになっているじゃねえか。

 ――いや、さながらこれは二重非難文か。


『あはははは、じゃあ「美味しそうなお兄さん」ゆう呼び名はやめとこか。ケンシローさんって呼ばれてもらうわ』


 最初からそうしろよ。


『――それで、ケンシローさん。あんたさんはうちの俗称を知らへんの?』


「俗称? 潮竜だろ?」


『あはははは。悪竜には俗称がいっぱいあってなぁ、潮竜はそのひとつやよ? そこにいる鋼竜みたいに、「守護竜」やら「氷結の竜」やら、「憤怒の竜」やら「最強の竜」やら、いろいろあんねん』


 となると、鋼竜の盛りに盛られた呼び名は、


【最強の守護竜・氷結の竜・憤怒の竜・鋼竜『ルビー・メタル・シルバー』】


 ――になるのか? くどいな……。


「……オブシー、お前の場合は?」


『うちの俗称を纏めるとやなぁ、【最長の期待竜・疾風の竜・暴食の竜・潮竜『オブシー』】になるのや』


「やっぱり長い……」


『そいで、今回食いついてもらいたいんは、【最長】と【疾風】やね』


 最長と疾風?


「最長ってのは……長生きってことか?」


『ちゃうちゃう。長生き言うたら浮遊大陸のジジイには敵わんよ』


 オブシーは違う違うとはんなり手を振って苦笑し、俺の解釈を否定する。


『そのまんまや。うちは最長の竜で疾風の竜。つまり、身体が竜の中で一番長いんや。ほんで、引力と斥力を操ってうちの近くに居る人を風にのるように飛ばすことができんの』


「……えーっと。……どれくらい長いんだ?」


 とりあえずは自慢の長さを聞いてみることにしようか。


 するとオブシーはかわいらしく小首を傾げ、


『細長い蛇をイメージしてくれたら都合がええんやけど……、長さの単位は何をつこたらええ? ヴァレリー?』


 ヴァレリーとはヴィクトリア帝国の首都ヴァレリーのだいたいの直径分を一とした長さの単位である。基本的にヴァレリーより小さいものには使わない単位だ。ちなみにヴァレリーの面積は一ヴァレリアと呼ぶ。


「じゃあ、ヴァレリーで答えてみろよ」


『測ったことがないからだいたいで答えるよ? ……〇・五ヴァレリーやね』


「――」


 ヴァレリーを横断した時の長さの半分。つまりは半径……だと?


 ヴァレリーの三分の一ヴァレリアくらいがアレス樹海つまりバウム=バウムだから、〇・五ヴァレリーのオブシーはヴァレリアで換算して首都ヴァレリーに当てはめると……


「最長の竜じゃねえか!」


 長すぎる。単位が紛らわしすぎて頭がこんがらがったじゃねえか。


「ケンシロー、落ち着きなさいよ。話が進まないじゃない」


 ララに小突かれ、俺は冷静になるように意識する。そうだ、俺は急いで母さんのいる極東に帰りたいんだった。


「あっははぁ~、これはもうケンちゃんの伝統芸だねぇ~」


「オブシー様。ケンシロー様には幼児にも分かるような説明でお願いします」


 リシェスとローゼから俺を褒めているつもりなのかは分からないが、俺にしてみれば惨いことを言ってオブシーからの説明を促す。遺憾だ。


『ハンッ! 潮竜め。余のケンシローは細かいことにまで気が回らぬなんし。簡単に言うでありんす。つまりは――――』


「剣災を筆頭とするアタシたちに潮竜の加護を使って飛行させて極東を目指すということだろう?」


「――」


 色々と余計に酷いことを言われた末に、アズさんからオブシーの腹案を聞かされる。


 最初からそう言われれば俺だって分かるよぉ! きっと!


『せやね。だからあんたさんたちにはうちの加護をプレゼント。斥力で空を飛べる権能が仰山こもってるよ』


 独特のイントネーションで彼女はこの説明の終着点までたどり着き、俺たちに加護をプレゼントしようとしてくれる。


「あーなるほど。完全に理解した」


 あとはオブシーが加護をくれるのを待つだけ。するとオブシーは、

 ――なぜか、泣きはじめた。


「あ……?」


 泣こうと思って泣けるなんてさながら女優みたいじゃないか。という感想はともかく、彼女がなぜ泣いているのか。


『ほら、潮竜の加護のこもった涙やよ。舐めて体内にお入れ』


「――」


 変なプレイが始まった。


「ちょ……あなた、なにやらせようとしてんの!?」


 これにはさすがのララも反対する。よかった。俺だけが異物じゃなかった。


『えー? まあ、うちの体液ならなんでもええから涎でもええけど……涙の方がロマンチックちゃうかな? 竜の涙やよ?』


 いや、確かに『竜の涙』のワードパワーは凄まじくロマンチックだけど、今のオブシーは幼女姿なんだぞ。幼女の涙を舐める成人男性って……それもう犯罪の匂いしかしない。涎もそうだけど。


「それって体内に入れないといけないのか? そうしないと加護って付かないものなのか?」


『そうそう。でも、ちゃうちゃう。経口摂取せなあかんの』


「――」


 トドメを刺された気がした。皮膚に塗り込むという案を出そうと思った矢先だった。


 潮竜、オブシー。幼女姿のオブシー。彼女の体液を経口摂取しなければならない。

 涙、涎、汗、血、汁汁汁汁汁汁汁汁……。


 想像してごらん。

 ――俺が幼女の体液を舐めとる光景を。


「――剣災が性癖玄人になる光景が視える」


「やめてください、アズさん。貴女の眼は超良いんだから本当に成っちゃうじゃないですか」


 ていうか、性癖玄人って良さそうに言っているけれど、変質者のことだよな。


「……」


 すっとぼけた顔のオブシー。そして困り顔の未来堂の面々。


 俺たちは暗礁に乗り上げた。

 俺たちは壁にぶち当たった。


 ――幼女の体液を啜るという関門に。

 ――人倫に悖る最低級の関門だな……。



    ***



 結論から申し開かせていただく。

 ――俺は悪くない。


 結果的に俺たちはオブシーの加護を受けることができた。

 ――俺は悪くない。


 どういう下策を弄したのだろうと思われるだろうが、それはルビーの言葉を借りると、


『ババアが口をつけたものを回して口を付ければよかろうて』


 ……だそうだ。

 ババアとは、ルビーからしたら実年齢が年上のオブシーのことである。


 そのオブシーの涎がついた食べ物・飲み物を回し食い・回し飲みするということでこの関門を突破したのだ。

 ――俺は悪くない。


 俺がオブシーの飲み残しのジュースをひと口頂戴した後、俺の次を女性陣が取り合っていたが、それはきっと後半になったほうがなにかと加護の効果が薄まる感じがしたのだろう。

 ――だから、俺が悪いわけではないと思う。


「俺は悪くない」


『なにを言っておるなんし? それよりも試運転でありんす』


 隣にいたルビーに声をかけられる。これからこの街道沿いの草原で、オブシーの加護がしっかり機能しているかどうかの実験である。とはいっても、


「飛べ! って言われて飛べるはずもないからなぁ……」


 自分の力で飛んだことないし。

 魔法の力で飛んだことないし。


 お薬の力でトんだこともないし。


「そういえばルビーは他の竜が嫌いじゃなかったのか? どうして加護なんて……」


 樹竜のことは老害呼ばわり、骸竜のことは幼女扱い。ルビーはなにかと他の竜への敵愾心を露わにしてきていた。


『ふん、別に余は十把一絡げに他の竜を嫌っているのではないでありんす』


「ほう。じゃあ、なんで?」


『なんとなくでありんす』


「答えになってねえ」


 つまり、気分で毛嫌いしているってことじゃねえか。


『――』


 ルビーはふっと俺の左手を握ってきて、


『余は今、自身の内なる魔力の関係で飛べぬ。他の竜の加護を頼るしかない。そして、ここでケンシローとはぐれたくない。一緒にいたいのでありんす。なら、屈辱でもあのババアを頼るしかないでありんしょう?』


「……苦渋の決断?」


『苦渋にして苦汁でありんす』


 俺の左手を握る力が強くなった。そしてルビーは俺を引っぱり、


『ケンシロー、高く跳んだらそこが地面だと思うのでありんす。思い込むのでありんす』


 ……思い込む?


 ライラさんに言われた言葉を思い出した。


 ――人は思い込みが激しい生き物――


『せーのっ』


 ルビーに声をかけられて、俺はその場で受け身を取る選択肢を捨てて跳ぶ。


「――――ッ!」


 ――跳んで、地面があると思い込む。


 ――――――――――――ッ、


「お、おお……」


 確かに地を踏む感触。


 それは飛ぶというよりも、浮かぶという形容が正しかった。

 俺は空中に浮いていて、ルビーと一緒に階段をのぼるイメージをして足を進めると、二人で一緒に上げた足の分だけ上空に浮かんだ。


 ルビーが手を離して走り出す。そこに見えない地面があるかのように彼女は尻尾を揺らし、落ちることなく浮かんでステップを踏む。


『ケンシロー、行くでありんす!』


「――ああ、一緒にな」


 俺たちを見て、ララもアズさんもローゼもリシェスも続いて飛び出す。


 水の上を走るように、

 空の中を駆けるように、


 ――俺たちの長い旅路が始まった。


第五章07話でした。よろしくお願いします。

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