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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第5章 限界破壊篇
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第五章05 大寡欲

 ララ、アズさん、ルビー、ローゼ、フォルテ、リシェス、レンナ。


 未来堂に就職して、色々な人と出逢ったり、再会したりした。


 ララに関しては、はじめましてのようで、実は闇市で会っている可能性がある。


 もう一度、俺が再会したい人として今すぐに挙げられるのはきっと――




「おかあさん――」


 体がもぞもぞして起きた。


「……んん」


 俺はダブルベッドで眠っていて、服の上から生温かい感覚があって、柔らかい感触があって、

 強い朝日で部屋の中が明るくなっていて、寝惚けた頭でなんとなく布団を捲った。


 捲った下で、全裸のアズさんが俺に密着して眠っていた。


「…………ハァ!?」


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?


 なんだ!? この状況!?


 全裸のアズさんが、俺に胸と下腹部を押し当てて眠っている!?


「…………??」


 綺麗な金の髪は肩で揃えられていて、華奢な背中が丸見え状態。


 完全にゼンラ!

 完全にゼンラ!


「な、何で……アズさんが全裸に……」


 よく考えれば、昨夜眠る前のアズさんはガウン一枚だけだった。眠っている間にはだけてしまったのだ。

 現に、俺の足元にはもこもことしたガウンの布地が触れる感触がある。


「……こりゃあ、ガウンを着せる余裕がねえな……」


 アズさんの肢体に触れず、見ず、起こさない方法はない。

 だったらもう、アズさんが起きた時に狸寝入りを決め込めば……いや、眼で視抜かれる。


「ぁずさん……」


 起こして良いのか悪いのかよく分からず、力ない声で彼女を呼ぶ。

 俺からは絶妙な角度で彼女の大事な部分が見えない。しかし身を起こせば確実に見える。見えてしまう。


「おかあさん……」


「――?」


 アズさんがなにか寝言を呟いて、


「んん……?」


 彼女は起きた。


「――――」


 碧い瞳が眠たそうに俺を捉え、


「――――ぁぁ」


 彼女の白磁のような顔が真っ赤に染まり、


「ち、違……っ!」


 俺は自分の顔を手で隠して、アズさんの色々を見ないようにした。

 指の隙間から見えてしまわないように目まで瞑っていたのだが、そのうちアズさんから、


「見ていいぞ、剣災」


「………………」


 ゆっくり手を下ろし、瞑った目を開けると、

 ――ベッドの上で胡坐をかいた全裸のアズさんが、背中を見せてこちらに顔だけ向けていた。


「……ガウン、着て下さい」


「分かっている。どれくらい、見えていた?」


 頬を薄紅色に染めた彼女は俺に碧い視線を向ける。


「……見えちゃいけない領域は見えていなかったですよ」


 正直に、吐く。彼女に嘘は通じない。


 アズさんはなにか考える顔をして、その後ガウンを着直した。


「朝食は何が食べたい? 用意する」


「あ、えーっと……」


 すごく新妻のような雰囲気を醸すアズさんに、俺は食べたいものを所望しようかと思ったが、


「ルビーが家で待っているので帰ります」


 アズさんが頬を膨らませてムッとしていた。



    ***



『ケンシロー・ハチオージ』


 尻尾が、しなる。


 家に帰った俺に、紅い瞳が危うげな視線を突きつける。


 隣で翠の瞳が困ったような視線を俺とその子に向けている。


「アズさんとは何もなかった」


 何もなかったはずだから、彼女たちから目を逸らして、そう言う。


『……あ、アズライトと一夜を共にしたのでありんすか? ララではなく?』


「おっ……」


 そっちの可能性で考えていたのか。


「……何もなかった」


『あの巨乳がなにもしないわけないでありんす!』


「どういう先入観!?」


 ツッコみながら彼女――ルビーの顔を見ると、彼女は顔を赤らめて不満を露わにしていた。


『ケンシローのうわきもの……』


「お前に言われるのは違うと思う」


 なんというか、こう……。


『余を抱いて寝た次の夜にアズライトとぬぷぬぷするとは何事か!』


「ぬぷぬぷとか、いやらしい擬音使うな! 違うっつの!」


 絶対に性的な事をしたときの擬音だ。


「ルビー様、落ち着いてください。ケンシロー様の朝食は抜きにしますから」


「ローゼ、勝手に抜きにしないでくれ」


「抜きですよ?」


 翡翠色の瞳が珍しく俺に穏和かつ攻撃的な目を向けてきた。


「じゃあ、ケンシロー様は昨夜の出来事を覚えている限り事細かに言えるのですか? わたくしたちに、ララ様に」


「くっ」


 そんなこと、言えるわけが……ぐぬぬぬぬ。


 俺が言い淀んでいると、ローゼが白けた目で、


「……わたくし達に言えないことをしていたのですね」


「違う! あ、アズさんの全裸を半分見ただけだ!」


「半分?」


「全裸のアズさんが寝ながら俺に抱きついていて、背中から腰のラインは見えていたが、他は見なかった。意地でも見なかった」


 俺が正直にローゼに吐くと、ローゼとルビーは目を合わせ、不穏に笑う。



『複雑』「骨折」



「……」


 本当に何にもなかったんですけど!?



    ***



「――――と、いうことがありました。許してください」


 俺はもはや恒例のように俺の家を訪ねてきたララに、正座して正直に全てを話す。

 時刻はもうすぐ家を出なければならない時間。しかし俺はもうじき死ぬ。


 ルビーとローゼの複雑骨折宣告は、つまりララに全て告白しろということだった。死ぬ。


「ルビーにひざ枕して、腕枕して、抱きしめて眠って、次の夜に、指輪を渡したアズさんと添い寝して、全裸のアズさんに抱きつかれて、それを見た……ってことでいいかしら?」


「痛くしないでくれ」


 綺麗な身体で死にたい。


「全部、私がしてない・されてない事ね。分かったわよ。覚悟しなさい」


 ララは俺の髪を鷲掴みにした。そして俺が逃げられないようにして、


『ら、ララ……余は本気で暴力沙汰を望んでいたわけでは……』


「そうです、ララ様! ケンシロー様も良心の呵責に苛まれて……」


 ローゼも言っていたほど本気ではなかったようで、ララを止めにかかる。


「そんなのは知らないわよ」


 救いはねえのか!


「ケンシロー、いくわよ」


 ララは俺の髪を持ち上げ、俺は顔を上げる。禿げそうだ。


「痛くしな――」


 ララは俺と唇を重ねてきた。


「――」


 そのまま、俺の口を舌でこじ開け、舌と舌を絡ませてきた。反射的に俺もそれに応じる。


「っ――」

「――っ」


 淫猥な音を鳴らして舌を絡ませ合い、唾液を交換し合い、舌が蕩けそうになった後、

 俺の口が解放されて、


「今度、私の家に泊まりに来なさい。続きをしましょう」


 ララはそう言ったきり、家を出て職場へ向かった。


 横で、無垢なルビーとローゼが顔を真っ赤にしていた。


 そのあと少しして、俺の部屋の郵便受けに、郵便物が入れられる音がカサッと鳴った。



    ***



 俺の住所を知っているのは、雇い主のアオネコ店長、恋人のララ、同居人のルビー、隣人のローゼ、嫌いなフィール、ライバルのリシェス、寄生体のレンナ……そして、故郷の母さんくらいだ。


 以前、久しぶりに――というか、初めてくらいの勢いで手紙を書いて送ったので、住所を知っているはずだ。


 そして手紙はその母さんからだった。

 内容としては、とんでもないことが書かれていた。



 ――浮遊大陸の欠片が極東地方近海に墜ちた。

 ――衝撃で起こった津波によって極東地方の東側・沿岸部は甚大な被害を被った。

 ――しかし沿岸部ではないハチオージ村は今のところ津波の被害は及んでいないから心配しないでくれ。



 ――――とのこと。


 俺の母親は何を書いているんだ。心配になる要素しかないではないか。


「俺に長期休暇をください」


 だから俺は未来堂へ走り、影に潜んでいたレンナを家に置いてけぼりにし、通勤途中のララを追い越し、店長に休暇を願い出た。


 母さんの身が心配だ。


 村の他の連中はどうでもいいが、母さんの身が心配だ。


「長期休暇中に何をする気でしゃる?」


「実家に帰ります。必ず戻ってきます」


「……」


「浮遊大陸の一部が墜ちて、災害が起きたんです。……母さんは強い人間じゃないので、心配なんです。だから――」


「なるほど、ダメでしゃる」


「ぇ……――?」


「剣災君は未来堂の一部でしゃる。いきなり長期間休まれるのは困る」


「しかし――――」


「そんなに休暇が欲しいのにゃら、我が輩を倒してからにしろ。それができなきゃ、無断欠勤扱いでしゃる。――連続無断欠勤はクビでしゃる」


 強欲な店長により、無慈悲な宣告を突きつけられた。


第五章05話目でした。毎度毎度遅くなり申し訳ないです。

ここから第五章が動き始めますのでよろしくお願いいたします!

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