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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第4章 奪還血痕篇
130/146

短編 控えめに言って長い台詞

 吸血鬼とその眷属の関係とはどんなものなのか。


 それはきっと、秘密の関係に近いと思う。



    ***



 ――それは、レンナの家で荷造りをしていた時だった。


 魔法騎士養成学校の学生という身分を捨てて、蕗子コロポックル兼吸血鬼・レンナは俺の憑依者・寄生者として過ごすことにしたので、今まで学生の身分で住んでいた家を引き払って家の荷物を俺の家に移す必要があったのだ。


 そしてちょうど二人きりになったこの時、レンナは話し始める。


「…………まず、ケンにぃがお母さんに手紙を書いたことは良い事だと思う。書いた内容をレンナは読んでないから分からないけど、書いて送ったことは確かだから褒めるべきだと思う。よくできました。――それで、問題の核心に触れるけど、ケンにぃは結局、ララさんを選んだんだね? ララさん大好きでいいんだね? その点に関してはケンにぃの自由だし、二人共の合意の上だとは思う。けど、けど、レンナはケンにぃを諦めたわけじゃないからそこは間違えないでね。ケンにぃはレンナの嫁だから。レンナはケンにぃと結婚する約束を反故にする気は無いから覚えておいてね? 絶対ケンにぃを振り向かせてみせるから。でも、でも、ケンにぃには今まで通り生活してほしいの。今まで通り、タリア島でのやりとりと同じ感じの態度でレンナに接してほしいの。レンナに気を遣う必要はないの。レンナを拒絶したいならすればいい。気負って無理やり仲良くする必要はない。レンナは影に潜んだら基本的にケンにぃには干渉しないから、その時は他の女の子と好き勝手すればいいと思う。それでも、何度でも言うけれど、レンナはケンにぃを諦めたつもりはないから。何度でも言うよ? レンナはケンにぃを諦めたつもりはないから。だから、だから、ケンにぃは今まで通り、自分を一番に信じて。自分に嘘をついて感情を揺らさないで。ケンにぃは自分に嘘を吐かなければカッコ悪くなんてないんだから。ケンにぃは劣勢でも、敗けても、独りぼっちでも、そこさえブレなければカッコ良いんだから。――カッコ良いままなんだから。ケンにぃがケンにぃをカッコ悪いと思う姿は意外とカッコ悪くないんだから。――ケンにぃは自分の譲れないものを護って仕事すればいいんだよ。譲れないものは譲る必要なんてないんだよ。その代わり、譲らないだけの説得力のある仕事はしなきゃいけないと思う。その仕事の手助けはきっと異世界画材店未来堂の皆がしてくれると思う。ララさんが、アズライトさんが、ルビーさんが、ローゼさんが、リシェスさんがサポートする。――もちろんレンナもサポートする。期待できないかもしれないけれど、レオナルドさんもするかもしれない。そしてアオネコ店長さんはそれを平等に、正当に評価してくれる。だから、ケンにぃは全力で仕事をして。異世界画材店未来堂と現状、直接的な接点の少ないレンナが見ても分かるよ。ケンにぃが全力で仕事ができるこのお店は、きっと、異世界画材店未来堂は必ずケンにぃを正しく評価してくれるから。――必ず報われる日が来るから、ケンにぃは全力で。サボる時も、休む時も、逃げる時も全力で。全力の言葉の定義が曖昧すぎたかな? この場合の全力っていうのは、ケンにぃが後悔しないように過ごすって意味だよ。自分を過たないように過ごすって意味だよ。自分に嘘を吐けば後悔するでしょ? それをしないって意味だよ。――分かった? ケンにぃ?」


 城砦を崩す巨大な鉄の塊のような長台詞が終わった。

 俺はその返事として、


「――――今日の夕飯はハンバーグにしよう!」


 なんとなく、全力でそう答えた。

 逆に聞けるのであれば、今のセリフの模範返答というものを聞いてみたい。


「…………うん。たべる」


 レンナは静かに、そう返してきた。


「レンナも作るの手伝ってくれるか? どんなのがいい?」


 ケンシロー・ハチオージ宅には家事戦力となり得るのは隣人のローゼのみ。ルビーはあまりあてにしてはいけない。少しずつ上手くなってきてはいるが、――アズさんに包丁の使い方を教わったようだが――まだまだ危なっかしい包丁の使い方をする。


 その点、タリア島やルビーの看病の時のレンナの料理の腕は確かなものだった。必ず家事戦力に成り得るだろう。ローゼとレンナの二大巨塔に。――――あれ、俺は?


「…………レンナとしては、ハンバーグはちゃんと焼いてほしい。煮込みハンバーグには逃げないで欲しい。ちゃんとしっかり良く焼いてほしい。ミディアムレアは甘えだと思う。もちろんレンナの個人的な趣味だから聞き流してもらって構わないけれど、レンナとしてはハンバーグとか、ステーキとかはしっかり焼くのが流儀だと思うの。よく焼いて硬くなった肉を噛み千切るのが一番いいと思うの。お腹を壊す心配も減るし、顎を鍛えることができるから。でも、でも、焦げはダメ。あれは食べ物じゃないから。カリカリレベルで留めて欲しい。それ以上はただの炭だから。――話を戻すけど、ハンバーグはヴァレリー風の味付けが良い。チーズをたっぷり使ってトロトロかつ噛み応えのあるハンバーグが食べたい。隠し味に味噌を入れて遊んでみるのもいいかもしれない。大丈夫。レンナの家には実家から送ってもらった味噌があるからそれを使ってみようよ。醤油を使うのはどう? チュッカ地方の醤を使って味付けするのもいいかもしれない。西と東の融合だよ。これは画期的だよ。もちろん、レンナの個人的な趣味だから絶対とは言わないけど、一回試してみるのもいいと思う。今日じゃなくてもいいよ? 今日じゃなくてもいいけど作ってみようよ。今日はふんわりジューシーハンバーグでもいいけど、たまにはレンナの好みに寄せた噛み応え満点なハンバーグを作るというのも考えておいてほしい。いや、レンナは生き血さえ飲めば大丈夫な身体ではあるんだけど、やっぱり食の嗜好はある程度必要だと思うの。食べたいものを食べられるというのは幸せなことなんだから、やっぱり――――ねえ?」


「――――ああ、そうだな!」


 なんとなく、全力でそう答えた。

 逆に聞けるのであれば、今のセリフの模範返答というものを聞いてみたい。


 何が言いたいのかよく分からなかったが、要約すると、『レンナ、ハンバーグ大好きー!』という意味だろう。そうでなければ一度にこの量のお喋りは出来ない。


 極東にいた頃は知らなかったレンナの食の好み。

 レンナはハンバーグが好きだったのか。

 ――――俺はそれを知らなかったのか。


 手紙の一通でも交わせば分かるかもしれない事だったのに、俺は知ろうとしなかったのか。

 改めて、俺は母さんに手紙を出してよかったと思った。


 手紙が還ってくるのが楽しみだった。

 いつごろ返信が来るのだろうか。

 どんなことをしたためてくれるのだろうか。


 還ってこないかもしれない返事を楽しみに待ちながら、全力で仕事をしようと思った。

 目の前の幼女のような才女が、ポジティブにそう思わせてくれた。


「レンナ、他に話し足りないことはあるか? 二人きりだし、今のうちに言っておけよ」


「…………うん。ケンにぃは――――――――――――――――――――――――――――」


 今日で一番、控えめに言って長い台詞が彼女の小さな口から出てきた。


 ここから先の長台詞は、俺とレンナだけの秘密の会話だ。


お久しぶりです。短編その⑤でした。

そして次話から第五章に入ります。よろしくお願いします!

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