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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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『凍れ』

 音を立てないようにそろそろと歩いていくとようやく洞窟の大空間にたどり着いた。そしてその光景を見た。そして限りなく無言に近い声量で呟いた。


「うわ……」


 その光景……いや、絶景は背中の剣の柄を握る気すら起こさせなかった。


 白銀色に輝く竜が『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ……』と鳴きながらうずくまっていた。その絶景はただただ背徳と美徳を体現していた。


 そしてその周りを燃コウモリがパタパタとなにかを見守るように緑色の炎をたぎらせて囲っている。

 白い光と緑の光のコントラストが美しく、なにか稀少な自然現象でも見ているようだった。


 絶景に魅入っていた俺だったが、周りを見て気づく。光っているのは竜ではなく外から差し込む太陽光だ。その光を竜や鉄壁が乱反射して洞窟内を白く照らしているのだ。今、俺がいるのはルクレーシャス鉱山の屹立したひとつの小山の上部だということか。――そして、


「あれが鋼竜か」


 あれが宮廷騎士千人殺しの伝説を持つ竜。討伐隊を悉く返り討ちにした竜。


 恐ろしい逸話のわりには美しい。美しすぎる。


 そんな鋼竜からガシャンガシャンと音が鳴る。なにをやっているのかと注視すると、ゴツゴツした口をガチガチ動かしていた。あれはおそらく食事中だ。金属のなにかを食っている。


 もう一度鋼竜全体を見る。滑らかなフォルムの白銀色に輝く太い四肢。先端がランスのように尖った尾。胴体以上に大きな翼。どこからどう見ても強く美しいのが分かる。


 鋼竜が口を動かすごとに劣化したであろう『鱗』がこぼれ落ちる。そしてその鱗を燃コウモリが緑色に燃えながら噛みついて食べ始める。


 そうか、燃コウモリが鋼竜の鱗を食べていたから見つからなかったんだ。あいつらあんなもの食うのか。めちゃくちゃ硬いけど顎の力どうなってんだ。どっちもどっちで。


 しかしマズいな。このままじゃ鋼竜の鱗をすべて燃コウモリに食べられる。俺の取り分がなくなってしまう。


 だが燃コウモリを除去すると鋼竜に気づかれる。


 いっそのこと鋼竜自身を……いや、やめよう。リスクが高いし目的がズレる。死んだらたぶんアズさんが悲しむ。たぶんだけど。


 さて、どうするべきか。


 ガシャンガシャンと金属が擦りあう音が静かに反響する中で考える。


 あまりにも神々しい光景に考えるのを止めそうになるが、急に冷風が吹き抜け、無意識に大剣の柄を握った。



『汝』



「……?」


 前方から血も凍るようなガラス細工に似た神々しい女性の声。しかし人など見当たらない。


 それどころかその神々しい声に考えることを止めそうになった。まるで本当に体中の血という血が一瞬で凝固したように。



『汝、ひとりで来たのかえ?』



 白銀色に輝く鋼竜が首だけ振り返ってこちらを見た。金属がしなやかに曲がる凛とした音を鳴らす。俺を見るのは透き通るように輝く紅玉の瞳だった。



 気づかれた!?



『何人で来ようと余は討てぬというのにひとりで来たのかえ?』



 鋼竜は体をこちらへ向き直り、紅玉色の眼光を静かに注ぐ。

 もしかして、話しているのは……。


「お前、なのか……? 今、喋っているのは」



『当たり前なんし。余は汝らがいうところの賢獣でありんす』



「賢獣……? ウチの店長と同属かよ」


 ってことはこの竜はなかなかに頭が良いということか。それで全然討伐できなかったわけか。つか、妙に古めかしい口調だな。……そしてメスかよ。



『フン、人ケラに盲従するような駄獣と同族にされたくないでありんす』



「……」

 あの店長はどっちかというと人を従えている立場だけどな。


「あの……俺の目的はあんたの討伐じゃなくてそのキレイな鱗なんだけど、譲ってくれない?」



『……』



 鋼竜はクァーと冷気で白く輝く冷たい息を吐く。まるで砂状の金剛石が空気中に舞っているような煌めきだった。


 そのまま鋼竜はそっぽを向くように外の景色を眺める。その鋼竜の周りには今もなお緑色に燃える燃コウモリたちがまとわりつき、劣化して剥がれ落ちる鱗を食べている。



『嫌でありんす』



 言うと鋼竜はバサッと翼を広げる。そして白銀色に輝く鱗がバラバラとこぼれ落ち、燃コウモリたちの食糧になる。



『なぜ人ケラにそんなことをしなければならないなんし? 余の鱗はこのコウモリたちの食糧でありんす。人ケラに分け与える分などないでありんす』



 相当プライドが高いみたいだ。おまけに人間嫌い。討伐隊が出るのも無理ないか。


「……ください。もらってこないわけにはいかないんだ。死んでもいいから取ってこいって言われたくらい……」



『バカバカしい。見目麗しいこの鱗が汝の命と引き替えにできるほどの――汝の命の代替品になるほどの劣化物だとでも? 戯言もいい加減にするなんし』



 通じないか。



『だいたい。汝にはプライドがないでありんすか? 死んでもいいなんてそやされてそのままこのルクレーシャス鉱山にふらふら赴くなんて、本当に死ににきただけでありんす』



「決死の覚悟ってやつだ。汲んでくれ。そして鱗をくれ」


 すると鋼竜は鼻から真っ白い冷気を漏らす。鼻で笑ったのだ。文字通り冷笑である。



『くれくれくれくれと、阿呆め。汝にくれてやる義理などありんせん。なんなら「お前は俺のものだ」くらい言ってくりゃれ』



「…………はがねりゅーおまえはおれのものだー」



『芝居にもなっていないでありんす。今すぐ背走して消えるか余に殺されて消えるか選びんす』



 強情だな。なんでそこまで嫌がる?


「あんまり強情だと俺は悪い男になっちまうぞ。か弱き乙女の柔肌を無理くりはぎとっちまうような」


 つまりメスである鋼竜の鱗を無理やり剥がしてしまうぞこらーって意味だ。


 歯の浮くような……とは言えないが俺らしからぬセリフだ。ただの冗談だが恥ずかしい。俺は不意に照れ隠しとばつの悪さで背中の大剣の柄に触れた。



 ――――――――ッ!



 その瞬間、俺の体をオーバーキル並みの凍てつく突風が襲う。


「くっ……!」


 死んだ。と思った。


 氷の塊になって、ひと突きされて全てボロボロに砕け落ちたような瞬殺の感覚がそこにあった。しかし、本当の感覚ではない錯覚だ。



『汝がそのつもりなら余はかまわんなんし。その粗末な包丁で余を斬るとな?』



 鋼竜の放つ殺気はどこまでも乾燥して冷たい。気がついたら鋼竜にまとわりついていた燃コウモリはいなくなっていた。向こうは完全に臨戦態勢だ。


「待て待て、こっちは平和的解決が目的だ。無理やり奪おうなんて思って……」



『知らぬ。知ったことではありんせん。入山者は凍らせる。凍らせて、噛み砕く。余の世界に人の影などいらぬでありんす』



 ヒュンと一瞬空気が澄んで、氷の塊が超高速で襲いかかる。俺は反射的に剣を抜いて氷塊を弾き飛ばした。


「くっ……!」


 びりびりびりびりと腕が痺れる。どんな威力で撃ち込んでんだ。殺意高い系ドラゴンめ。



『ほう……今のを凌ぐでありんすか。今までの人ケラなら五匹は殺せたのに』



「……こういう手口で一個旅団を潰してきたのか?」


 本当に怖い。どっかの股間を蹴り上げる女が可愛く思えるくらいに。



『別に。これぐらいで死ぬなら余に挑むまでもなしでありんす』



「くっ……やむなしか……」


 言いながら俺の体毛は逆立つ。今までとは違う新たな強者との会敵。強さは未知数。その圧力に心が騒ぐ。俺はアズさん謹製のブーツを履き直し、考える。


 ―――――決めた。


 一番リスクがあって、一番男の本懐を刺激して、一番血沸き肉踊るパターン。



 ――今ここで鋼竜を討つ。



    ***



 ギィィン! と激しく鋼同士が擦りあう音が鳴る。


 擦りあったのは俺の大剣と鋼竜の尻尾。巨大な玉鋼をぶつけられたような衝撃。くそっ、刃こぼれした。


 様子を見ようと距離をとれば広範囲吹雪攻撃の凍てつく冷気か、氷塊弾が俺を襲ってくるから、それを回避するためには近距離戦に徹するしかなかった。


 ところが鋼竜の体は見紛うことなく鋼鉄で、その頑強な体皮に剣は刺さらず、俺の大剣などでは鱗一枚も剥ぎとれていない。


 いや、実際には鋼竜が動くたびに古びた鱗は銀貨のように飛び散っていくのだが、もちろん拾い集める暇はない。


 なにより俺の脳は鋼竜の首を切り落とすパターンに完全に切り替わっている。


 ちまちま拾い集める必要なんてねぇ。


 その首を落としちまえばいいんだから。


 しかし俺は鋼竜討伐の名誉に目が眩んだわけじゃない。ただ純粋に、剣の腕がどこまで通用するのか知りたいだけだ。


 もうヴァレリーに剣の腕だけで俺に比肩する相手はいない。たしかに魔法を使われると勝ち目はないが、だからこそここで剣の腕だけで勝ち、さらに一段階上へ行かなければならない。


 誰もが俺の力に文句を言えなくなれば俺は宮廷騎士団長にだってなんにだってなれる。


 あの皇帝陛下に仕えるメリットは今のところ全く感じないが。


「ハア!」


 俺は垂直に跳んで鋼竜の尾を避け、一回転して勢いそのままに鋼竜の紅玉色の眼球をめがけて横一文字に斬りかかった。



『ぬん!』



俺の攻撃は紙一重で避けられ、大剣は鋼竜の硬い頬を撫でるだけだった。



『……小賢しい。乙女の顔を傷物にする気かえ?』



「へぇ、避けるってことは斬ったら痛いってことだな?」


 弱点発見。狙うはあの紅い眼だ。


「つーか、乙女とメスは別物だ」



『くだらぬ戯れ言は好かん』



 鋼竜はザッと硬い前脚を地に踏みしめると殺気を俺に向ける。思わず俺はザザッと後退した。


 そして鋼竜がくああと口を開くとその咢から冷気が溢れ出す。



『ここいらで終わらせるでありんす』



 広範囲吹雪攻撃が来る……!



『凍れ』



 もちろん避ける……わ、な――!?


「うをっ……!?」


 俺の両足が既に凍りついている!


 いかん。足の方から注意を逸らされていた。避けられない。


 死――――。


 いや、死ぬのはゴメンだ。


「まだ、だ! 焼け、ファリア!」


 とっさに魔法を使うと、爆発したように熱波が広がり、一瞬だけ冷気を相殺した。


 足の自由を確認したら即座に跳躍し、吹雪攻撃を回避する。


「少しだけ魔法が使えた……?」


 いや、コントロールがつけられていないだけでいつもと同じだ。そうだ。いつも限定的には魔法が使えていたじゃないか。俺はただ魔力を溜め込む力がないだけだ。瞬間的になら……。



『そうであった。汝も妄染なる人ケラの端くれ。魔法のひとつも遣えるでありんすな。ではもう一度言うでありんす』



 鋼竜が紅玉色の瞳を俺に向けるとシュワッと冷気を吐き出し、再び言う。



『凍れ』



 すると鋼竜は今まで使わなかった小規模吹雪攻撃をした。広範囲吹雪攻撃より狭く早い、帯状に伸びる冷血の攻撃。その吹雪は俺の右足に直撃し、凍りつく。


「……っ! しまっ……!」


 俺の足にできた巨大な氷柱は俺の足を凍らせるだけでは飽きたらず、極太の氷の柱となってこの大空間の壁と俺の足をくっつける離れ業をやってみせた。


 くそっ! 動けない!


「焼け、ファリア!」


 もう一度炎の魔法を使うが、二度も都合よくとはいかず、少し暖かい熱波を鋼竜に送るのみだった。


「こっのぉぉぉおおお!」


 苦渋の策で氷柱を力ずくで割りにかかるが、その頃には既に目の前の鋼竜の冷たい吐息が俺の鼻先をかすめ――。



「燃やせ、ヴァース!」



 黒こげになるかと思うほどの熱波が俺の背後から迫り、俺を燃やさずに氷のみを溶かして鋼竜を牽制した。


「うおっ……」


 なんだなんだなんだ!? 聞き覚えのある声が……って、


「ヒルダ!?」


 声の主の顔を落下しながら見ると、そこにはヒルダの顔が。


「お前、なにして……へぶっ」



『なんぞ。まだ人がいたのかえ?』



「うちの従業員を氷漬けにすんじゃないわよ!」



『従業員? そっちのダボハゼが?』



「そうよ。このダボハゼは画材店の従業員で私の犬よ!」



『ふっ、人ケラが高尚な生き物である犬を自称するとは自らの分を弁えぬ愚か者でありんすな』



「おい待てい! 勝手に人をダボハゼとか犬とかで話を進めるな!」


「うっさいわねぇ! 今カッコよく私、参上って感じだったじゃない。たぶんキラッ☆ってなってたわよ! キラッ☆って!」


「キラッ☆じゃねえ! っていうか、ヒルダ、なにしに来た!? ここルクレーシャス鉱山だぞ! どうやって来た!?」


「あんたの荷物のひとつに化けてあんたに運んでもらったのよ」


「なっ……!」


 俺を馬竜車代わりに使いやがって! いや、そんなことより……。


「危険だって思わなかったのかよ!」


「危険に決まってるでしょ! そうだったからってあんたは何? 危険な場所にひとり乗り込んでカッコつけてる気になってんの? 全然カッコよくないから! 分かってないようだから言うけど、みんなあんたの心配してるわよ! もう、あんたの体はあんただけのものなんかじゃないの!」


「うっ……」


 正論正論正論。ぐうの音も出ないほどの正論をまくし立てられた。しかもヒルダがちょっと涙目になっているのが俺の負い目をかきたてる。


「……すまん。俺、ちょっと調子のってたかも」


「分かればよろしい」


「でも、すげーいいタイミングで現れたな。なんか感動……」


「もちろんあんたがピンチになる時を見計らって来たんだもの……あっ」


「おい」


 感動が台無しだ。俺としては運命の再会なみに感動したんだが。心臓鷲掴みっていうフレーズがあるならばまさにそれだ。



 ガシャン……。



『そろそろ余の相手をしてくれぬか? 人ケラの雄よ。暇でありんす』



 鋼竜が外光の太陽光を照り返して輝きながらこちらへすごむ。きっと鋼竜を見て何度でも俺はこう思うのだろう。


 美しくて神々しくて、そして……寒々しい。


「改めて聞くけどあれが鋼竜で間違いないのね?」


「この状況下で鋼竜じゃなかったら、神様はドラマツルギーを間違ってるよ」


「あら、ドラマツルギーなんて高度な単語、あんた知ってたんだ」


 ……この減らず口め。


 まあ、神様はもうドラマツルギーなんて間違いまくりだよな。俺とヒルダで持ってるものが違いすぎた。魔法騎士に魔法を、画家に絵心を与えない時点でこの世界の神様は物語の作り方をわかってない。


「鋼竜だよ。トカゲ型のドラゴンで、賢獣でメス。主砲は氷」


「それくらい、見てたから分かるわよ。まるで女帝ね。それか女王。っていうか、完成された女性ってかんじの風格」


「あいつに女性性を見出すのか……」


 そこで俺は不思議とヒルダの顔に目がいった。はしばみ色の瞳と亜麻色の髪。柔らかそうにウェーブのかかったその髪は肩より少し上で切り揃えている。鼻は大きすぎず小さすぎずスッと伸びている。唇は薄め。耳に特筆するような特徴はなし。胸は……控えめ。身長は平均的。


 ああ……見ていなかった。ヒルダのこと、全然見ていなかった。なんていうか、ヒルダも女性ってかんじだ。


「ケンシロー、あんた前衛でとにかく斬り合って。私が後ろでサポートするから」


 まあ、それがベストだよな。


「ヒルダ」


「なに?」


「帰ったら、うんと高い酒でも呑もう」


「……なんかちょっと気持ち悪い。やめて、こんな時にちょっと先の話するの。でも極東酒呑んでみたい。ダイギンジョーってやつ」


「ああ、悪かった。ちょっとカッコつけたかっただけ……って、ガンガンリクエストしてんじゃねぇか!」



 ガシャン……。



 鋼竜が冷たく光る紅玉の瞳を俺たちに向けながら口から冷気を漏らしている。


 どうやら楽しく仲良くおしゃべりする時間はないようだ。


「頼むぜ、天才画伯様」

「こちらこそ、魔法騎士様」


 いざ、尋常に……勝負。


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