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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第4章 奪還血痕篇
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短編 何度でも、俺はお前と勝負する

 俺のライバルはいつも、笑った顔が似合うライバルだ。



    ***



 昼休憩になると、俺はアズさんと昼食をとるのが習慣になっていた。

 ララとルビーは基本的に職工達と昼休憩の時間がバラバラだからあまり一緒にならないが、一緒になると俺たちに混ざる。


 ローゼはむっちり体型からぽっちゃり体型になることを危惧しているのか、昼食を抜く。

 リシェスは気まぐれで食べたり食べなかったりする。

 レンナはずっと俺の影の中に潜んでいる。

 レオナルドはずっと寝ているか、店を出て昼の休憩時間を謳歌する。

 アオネコ店長は昼休憩の間も店内で客を待っている。そもそも食事を必要としないのかもしれない。


「いつも片付けまで手伝ってくれてありがとうな。剣災。それじゃあ」


「はい。午後もよろしくお願いします」


 アズさんは昼休憩に食事をとった後、いつも工房で何かを作る。今日もまた同じ。

 そして俺は残りの昼休憩をどうやって過ごすのかというと、


「――来たね、ケンちゃん」


「――来たぜ、リシェス」


 リシェスは会議室のテーブルに向かって座って待っていた。

 ――雰囲気づくりの為なのか、指を組んで、組んだ指に口を添えている。


 そしてテーブルの上にはひとつの盤が置かれている。


「座り給え、ケンちゃん殿」


「勿論だぜ、リシェス閣下」


 俺はふざけてそんなノリのままリシェスの対面に座る。


 そして色違いの采を二人同時に振り、出た目を確認する。

 ――俺が振った采の出目は四。リシェスが振った采の出目は五。


「こちらの勝ちのようだね。後攻で行かせてもらうぞなもし。ケンちゃん殿」


「なら、先攻は俺のものだ。今日こそお前を処してやる。リシェス閣下」


「ふっふっふっふっふ……」


「はっはっはっはっは……」


 俺たちは熟練軍師のように笑って向き合い、駒を所定の場所に配置していく。


「じゃあ~、ケンちゃん。どっからでも攻めてきていいよぉ~」


 あ、ノリに飽きたのかリシェスがいつも通りに戻った。


「絶対、玉座から引き摺り下ろしてやるからな。このゲームで」


 このゲーム――『ショス』というボードゲームで遊ぶのが最近の俺とリシェスの密かな流行りになっていた。


 このショスというボードゲームは、自陣と敵陣の二つに分かれて行うゲームだ。

 簡単にルールを説明すると、

 先攻側が革命軍。後攻側が国防軍。

 革命軍は国防軍のリーダーとなる駒を取るのが勝利条件。

 国防軍は革命軍の兵隊となる駒の全てを取り尽くすのが勝利条件。


 基本的に一手で動かせる駒は一個のみ。しかし駒の種類によっては盤の端から端まで動けるものもある。一手ごとに交代して自陣の駒を動かしてゲームを進めるのだ。

 国防軍側の方は駒数が多く、それに比べて革命軍の方は駒数が少ない。


 戦略・知略を使って戦う奥深い頭脳スポーツである。


 それが『ショス』――つまり、相手を処すのだ。

 ちなみに国防軍は革命軍の最後の駒を取る時に、革命軍は国防軍のリーダーとなる駒を取る時に、「処す」と言わなければならないというルールもある。


 先攻・後攻のどちらが不利ということは一概には言えないが、リシェスは国防軍役でプレイするのがお好みのようだ。


 俺はさっそく、先攻一ターン目の手を動かす。必勝法やら定跡やらはよく分かっていない。

 すると、目の前の紫紺の瞳が難しく一手を考え込み始めた。


「――にしてもよく見つけたな。このゲーム」


「へっへっへぇ~。おもちゃ屋の店主曰く知的教育にぴったりのボードゲームらしいよぉ~」


「へえ」


 仮想とはいえ、国防軍と革命軍がぶつかり合うゲームが知的教育に良いものなのだろうか。


「ってい」


 リシェスは考え抜いて一手を導き出し、実行に移す。


「むう。そう来たか」


 俺はリシェスの一手を見て、熟考し、次の一手を考える。序盤である。

 どうしてこのゲームを俺とリシェスがやっているのかといえば、俺とリシェスでないと、戦力(知力)が吊り合わないからだ。俺が相手するには、他の連中は強すぎる。全員に順番にコテンパンにされた。ルビーとレオナルドには勝てると思ったのに!


 そしてリシェスは僅かに他の連中には届かない。つまり、リシェスはこの『ショス』というボードゲームにおいて、俺以上皆以下の戦力(知力)の持ち主なのだ。

 そして、ただ単に勝ちたいだけのリシェスは格下の俺を相手して遊んでいるのだ。大丈夫。俺は泣いてない。泣いてない。


「そういえばケンちゃんってララ先生と舞踏会でキスしたんだってねぇ」


「ぐっ……」


 ただ単に世間話のつもりなのか、俺に揺さぶりの精神攻撃を仕掛けに来たのか。


「ケンちゃんってキスのやりかた知ってたんだねぇ~」


「……お前なあ、俺だって春絵を嗜む紳士だぞ? それ以上の行為を知っているぞ」


 俺は一手をさして、リシェスに番を返す。


「あっはっはぁ~耳年増ってやつだねぇ~」


「この――……お前だってそうだろうが」


「まあねぇ~。ウチも純朴なガールだからねん」


 最近、婚活パーティにも出たことのある二十歳の発言である。


「……そういえば、オネストとはどうなったんだ? あいつの砂漠よりも熱い愛は継続中か?」


「もちろ~ん。毎回すごい量の手紙をくれるんだぁ~」


「……返信はしているんだろうな?」


「もちろ~ん。毎回すごい頑張って手紙を書いてるよぉ~」


「……」


 俺とリシェスは一手を打ち合って盤面を煮詰めていく。


「……あいつとはどうなるつもりなんだ?」


「まだ考えてないねぇ。あ、いや、考えが定まってない。みたいなぁ?」


「……定まってない?」

 彼女は褐色の眉間にしわを寄せてまた次の一手を考えながら、


「そ。ウチがオネストさんに嫁げば砂漠の領主の奥さんってことで玉の輿。でも」


「でも?」


「ウチだって諦めきれないものがあるの」


「……」


 諦めきれないもの?

 ずっと憧れていた、「結婚して今までの不幸・不遇を清算する」という夢よりも諦めきれないもの?


「なんだよ、それ」


 まさか背を低くしたいとかそういうものではないだろう。


「血みどろになってでも奪い還したいものがあるってことだよぉ」


「だから、なんだよ、それ」


「ん~じゃあ、この勝負でケンちゃんがウチに勝ったら教えてあげるぅ~」


「ほう。それは戦意が高まるな――」


「ケンちゃん」


 リシェスは笑顔で俺の名を呼んで返しの一手をさした。


「処ぉ~す」


 残酷な宣告をしながらも、可愛らしい紫紺色の笑顔が映える。


 それがリシェス・ヴィオレ・ヌウェルだ。


 でも、ちょっと小狡いかな……。



    ***



 終業直前。工房の後片付けの時間。


 アズさんは店長と打ち合わせをしに行って、いない。

 ローゼは今日、シフトが入っていなくて、いない。

 レオナルドはサボって何もしていない。


 おっさん清掃員が清掃の許可をなかなか出してくれないから、俺たちは仕事で出した工具をしまうだけの作業しかできない。この野郎。


「リシェス、この要らなくなった空き箱を棚の上にしまってくれ」


「えぇ~? ウチがぁ~? 自分でやればぁ~?」


「……俺でも背が届かないんだよ」


「むぅ……ウチの背が高いことを利用するつもりだねん?」


 少しだけ不満げなリシェスの顔。


「いいだろうがそれくらい」


 あ、いや、背が高いのを気にしていたんだったか。


 リシェスが思案顔に成ってしまったので、俺も思案する。


「――じゃあ、一緒にしまうか?」


「……むむ?」


 リシェスの眉根が上がる。




 ケンシロー・ハチオージの秘技『肩車』で、長身の俺が俺よりも長身のリシェスを肩車する。

 いや、だってほら、女性が男性を肩車するのも変だし。


「ケンちゃん、これすごく怖い」


「大丈夫。砂の体のリシェスなら落ちても無傷だ」


「なんか酷いなぁ~、その理由。まあ、落ちるのもなんだから早く終わらせるけどぉ」


 リシェスは空き箱を首尾よく棚の上に置き、任務を遂行する。

 そもそもいらない空き箱を捨てられればこんな所に置かなくて済むんだがな、店長……。


「で、ケンちゃん。これからどうすればウチは自由の身に?」


「砂に成ってばっさーってやればいいんじゃね?」


 砂状化して俺の肩を離れ、その後すぐに人間の姿に戻ればいいのでは?


「やだ」


「……はあ?」


「ウチにとってばっさぁ~ってやるのは全裸になるのと同じことなんだよぅ」


「……」


 ゴーレムめんどくさ。


「ねえ、ケンシロー」


 店先でララに名を呼ばれた。


 やばい。


 リシェスを肩車しているところを自分の恋人に見られるのはなにか嫌だ。


「……っ! リシェス、早く降りろ――」


「うわわっ!?」


 俺が焦ると、リシェスは体勢を崩して大きく揺れる。その揺れにつられて俺も体勢を崩す。

 そして仰向けに倒れた。

 否、――倒れかけた。


「――」


 俺の盾になったリシェスが床に背中を打ちつける所から護ってくれていた。


「あ……ありがとう、リシェス」


「いやいやぁ~、ウチたちの騎士様に怪我されたら困るからねぇ~」


 こんな時にまで助けられるとは。


「ケンちゃん」


「んあ?」


 思わず間抜けな声で応えてしまう。


「ウチはケンちゃんを何度でも護るからねぇ」


「――」


「だからケンちゃんは皆を護ってあげて。護った数でケンちゃんに勝つのがウチの仕事だから」


「お、おお……」


 俺には教えてくれなかった、奪い還したいもの。

 それと、俺を護り続けるということ。

 それが彼女のここにいる理由。


「いざ、尋常にぃ」


 笑顔の彼女は拳を俺の前に差し出す。


 俺も拳を差し出し返し、軽くぶつけ合う。


「おう。いざ、尋常に」


 何度でも、俺はお前と勝負をしようじゃないか。


短編その④でした。応援よろしくお願い致します。

投稿ペースが落ちていて申し訳ありません!

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