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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第4章 奪還血痕篇
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第四章32 汀線協定

    ***


 まず、魔境の影響で底なしに湧くララの魔力を枯渇させるために打って出たのは「巨大津波の相殺」だった。


「津波を相殺させる? 無理だと思うけど」


 俺の剣がさらりと俺の企みを否定する。


「え? 無理なのか?」


「津波を海底まで続く動く水の塊だと思ってみなさいよ。海面上に飛び出た波だけ斬って終われるとでも?」


 ……そこまで考えていなかったな。

 でも、まあ。


 俺はスッと剣の峰を撫でる。


「……無理は通すものだからな」


「……分かったわよ。でも、私頼みすぎじゃない?」


「帰ったら……そうだな、俺からララにご褒美をなんでもひとつ与えよう。考えとけ」


「……そ。考えとくわ。――考える暇なさそうだけど!」


「消えろ! 魔女ぉお!」


 次の瞬間、エルサが攻撃を仕掛けてきて、俺は彼女の攻撃をララで受け止める。


「ララ、今は冷静だよな!?」


「剣に成ったら、不思議とね!」


 剣の姿の今のララは人間だった時よりも冷静で、どこか思考がぶっ飛んでいるという印象は無く、「いつものララ・ヒルダ・メディエーター」だった。


「じゃあ、津波より先に吸血鬼。――アレだ」


「分かってる! ナルコレプ!」


 強制催眠魔法により、エルサを眠らせる。


「魔……女――――」


 ララと俺との過剰生成される混成魔力で一撃だった。

 吸血鬼、エルサはそのまま重たそうに瞼を下ろし、ひと時の眠りについた。


「サンダー! 起きろ!」


 今しがた床にしたたか体を打ちつけたサンダーに俺は厳しく声をかける。


『ケンシローの旦那ぁ……あっしは……』


「うだうだ言うな、最速の竜! 今すぐエルサとケリをつけてこい! お前の仕事だろうが!」


『――――っ! 分かりやしたぜ、ケンシローの旦那!』


 サンダーは勢いよく起き上がり、電光石火で移動してエルサを横抱きにして回収し、部屋の奥、暗がりへ消えた。

 あそこで未成年には不健全な淫逸な行いが――とかは考えてはいけない。そういえば俺はもう未成年ではないんだったか。


「大丈夫かな、あいつ……」


 興味本位で覗き込もうと思ったが、悪趣味だし、隣の剣は未成年だったからやめておこう。


「ケンシロー、次は?」


 ララに問われ、俺は次の「案件」に目をつける。


「このわけ分かんねえ状況を加速させている――黒騎士の二人だ」


「黒騎士……」


「いや、巨大津波が先かな……」


「え? どっちなの?」


 どっちもこっちもねえ。俺の頭に期待してはいけないのは分かっているだろうが。


「ララはどっちだと思う?」


「えっと……うーん……どっちだろうね」


「お前の頭で正解が出ねえなら俺にも出ねえよ」


 目の前でフィールが情けなく斬り伏せられ、数十回目の転倒を俺に見せつける。

 新技を使ったように見えたが、呆気なく何かの魔法で無効化されていた。


「あはははは! そんな実力で二代目黒騎士を騙っていたなんて、一体この世界はどうしちゃったのさ!?」


「ふ、はは、まさか無効化されるとは……。――大仰な理由はないですよ。背伸びをする理由は大きい方がいいじゃないですか」


「背伸びをした結果、ぼくちーにボコボコにされるって、今どんな気分だい?」


「そんなに、……悪くはないですよ」


 二代目と初代の黒騎士の冗談にも似た掛け合い。


「あはははは! 面白ぉーい! ――そこで、ケンシロー・ハチオージ君!」


 黒騎士二人のやりとりをもう少しだけ眺めて打開策を考えようかと思った矢先に初代サマから名前を呼ばれる。


「あー……名前をもう一度聞いてもいいか?」


「クロス・クロック・クロコダイル! 呼ぶ時は気安くクロさんね!」


 元気よく名乗られたが、俺はこの人になにか聞こうと思っていたんだったか。


「初代黒騎士のクロス・クロック・クロコダイル……つまりはクロさん……ここへはなにしに?」


「遊びにきたよ! まーぜて!」


 ノリが軽い……。


「そこに転がっているフィールをボコボコにするのが遊びだっていうなら――」


 やってもいいけど、余所でやってもらいたいのだが……。


「ありゃりゃ? ご迷惑だったかな? だったらそろそろ出て行かせてもらうけど」


 あ? 意外とすんなり受け入れられて――


「それはお待ち下さい! 初代様! 僕はまだ諦めてはいません!」


「おい、フィール……」


「あはははは! 世界の均衡を保つのが騎士の仕事! それを投げ捨ててまでぼくちーと共に来るのかい!?」


「当たり前です! 僕は今のヴィクトリア帝国に仕えるために宮廷騎士に成ったわけではありません!」


「あはははは! そんなだから理想も思想も蒼臭いのさ! 弁えなよ、二代目!」


「くっ……」


 初代が吼え、二代目が鼻白む。二人の間にどんな確執があるのかは知らない。今も俺が首を突っ込んで良いのか悪いのか……。


「とにかくこれ以上仕事が増えるのは勘弁だ! フィール! なんかよく知らねえが、ここは諦めてくれ!」


「ケンシロー君まで、僕を否定するのかい!?」


「知ったことじゃあねえ! 金にならない仕事なんてしてたまるか!」


「ケンシロー、ちょっと言いすぎじゃない?」


「分かんねぇんだよ、今の状況が! 俺はどうすりゃあいいんだ!?」


「ケンシロー・ハチオージ少年!」


「なんすか!?」


 俺のぐちゃぐちゃになった思考回路を更にかき乱すように初代黒騎士が声をかけてきて、俺もつい強い口調で問い返してしまう。


「ちょーっと共闘してくれないかな? 竜の人為的な自然災害相手に、さ」


 竜の人為的な自然災害――という言葉の選び方には突っ込みたいところがあったが、つまりは、あと数分もしないうちに訪れる巨大津波のことを言っているのだろう。


「津波をなんとかできるとでも?」


「あはははは! 君たちが働いてくれるならね!」


「クロさん! その次は是非とも僕に機会を――」


「あーあー、聞こえない、聞こえなーい、なんにも聞こえなぁーい!」


 クロさんは大袈裟に耳を塞いでフィールの言葉を聞かなかったことにした。


「フィールはちょっと黙ってろ! クロさん、メンバーはこの三人でいいのか? 弱い薬竜とエロい吸血鬼も呼ぼうか?」


「どれくらいで準備できるかな? ぼくちーの五カウント以内?」


「それはたぶん無理だな……」


「それなら、それなら、三人でやるしかないね」


「……分かった。フィール、いいか?」


 最後の最後に確認ついででフィールからの「イエス」を待つ。


「……分かったよ。ケンシロー君。その代わり、約束だ」


「男との約束は気持ちが悪いな。……なんだよ?」


「シノビさんと御目見えする機会を作ってほしい」


 シノビさん? 陛下の側仕えの?


「いいけど、なんのために――」


「それが聞ければ充分さ! さすがは僕の親友だね!」


 俺の手を取って喜ぶフィールに、若干の辟易を感じつつも、


「ま、まあ……三人の意思が統一されたとして、クロさん、俺は何をしたら?」


「あっはは! 簡単だよ! ……最大火力で波を斬る。海を割る。それだけ」


 それだけかーなーるほどーと思ったところで俺は理性を取り戻し、


「俺は何をしたら!?」


 迫りくる巨大津波を前に俺は焦り直す。力任せすぎるやり方だった。


「はいじゃあ、剣を構える♪」

「はい」


「あ? もう始まってんの?」


 クロさんの指示でフィールは黒剣を構え、俺も並んで剣を構える。


「最大火力の斬撃を飛ばしましょう♪ はい、五ぉ~」


 カウントが始まった。


「四ん~」

「ララ、後は頼んだ」


「三ん~」

「はあ!? 私に丸投げ!?」


「二ぃ~」


 いや、だって。その方が上手く行きそうだし。


「一ぃ~」



「せーのっ!」



「嫉め、ダクネ!」

「焼き滅ぼせ、インフェーノ!」

「クロン・オルタ」



 三人の剣士は剣を振る。



 暗闇すらも吸い取るような漆黒の一線が飛び、


 地獄すら焼き尽くすような赫赫の火焔が弾け、


 物理法則をねじ曲げるような純白の嵐が巻き起こった。



 それ以上のことは何も知らない。


 それ以上のことは何も分からない。


 それ以上のことは何も要らない。



 俺の剣が手にあって、明確な指示も出さずに思った通りの魔法が飛んで、そして、

 なにかが作用し合ったせいなのか、天地がひっくり返るようなまばゆい斬撃に変わり、



 ――津波もろとも海が割れたのだから。


 海の裂け目に巨大津波は落ちて行って、そして割り飛ばした波の残滓たちが俺たちに降り注いでいた。殺しきれなかった津波の勢いも、タリア島の脇を素通りしていく。



「……次は」


 あの巨大津波を引き寄せた、厄介でやたらはんなりした竜か――――。


「――ララ、気分はどうだ?」


「なんか、憑き物が落ちたような気分、かな」


「そりゃ良かった」


 キャパオーバーの過剰に溜め込んだ魔力をほとんど巨大津波に使うことができたのだから。


「…………ケンにぃ」


「うをっ!?」


 突然、レンナが隣に現れて、俺はその場に無様に転ぶ。


「ケンシロー……」


「うるせえ」


 俺を哀れんだララの言葉に、俺は強がってすげなくし、そしてレンナに問いかける。


「お前がここにいるってことは……?」


「…………潮竜、…………逃げた」


「……は?」


「…………食い気が失せたから、…………また寝るって」


「ああ、そうか……」


 それで良かったのだろうか。


「…………レンナ、蹴りすぎたかも。…………潮竜、オブシー、…………顔、腫れ上がってた」


 見た目だけは幼女の潮竜がボコボコにされた様を想像すると、それはなんとも、不健全というか、反社会的な行いをしたような気がするのだが、そもそも島を全壊させようと津波を引き寄せたのは潮竜の方である。


「はっはっは……」


 食われないという確証があれば、一回でも膝を突き合って話してみたかったが、残念。


「ねえねえ、サンダー。この城、本当に直せるの?」


『にっはっは! あっしに任せておけ! もっと立派な城にしてやりやす!』


 大広間の影から妙につやつやしたエルサとサンダーが現れた。

 この際だから、影でナニをしていたのかとかは聞かないが、


「仲良くなりすぎじゃないか?」


「うふふ、サンダーってば、あっちは今でも最速なのね」


『よ、よせ! アルベルタ! あっしはあれでも……』


「ああ、もういいから。仲直りは出来たんだな? レンナ、怪我は?」


 その場でいちゃつくバカップルを尻目に、レンナが怪我していないかどうかだけ見る。


『にはははは! ケンシローの旦那、もう心配はいらないでさ! 魔力の方はどうですかな?』


「あ? 魔力? ――ああ」


 魔力の生成が正常に戻っている。


「これって、もしかして」


 人間の姿に戻ったララがサンダーに問いかけると、


『アルベルタから支配権を取り戻して、あっしの聖域になおしやした』


 魔境として腐っていた魔力が、正常に流れ始めていた。


 いろいろと、しっちゃかめっちゃかだったが、


「――一件落着か」


 今回の依頼がひと通り収束したのを、全員が認め合った瞬間だった。


第四章32話目でした。今回の騒動しごとの収束回です。

応援よろしくお願い致します!

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