第四章30 混沌の限界
この絶海の世界は混沌として、終わりに近づいている。
タリア島に帳が落ちた。どうやらそれは初代黒騎士の仕業らしい。魔法でなんやかんやして夜にしているのだ。
そして、
絶海の城の屋根が吹き飛んだ。どうやらそれは魔法使いの仕業らしい。圧倒的な攻撃魔法の力で破壊し尽くしたのだ。
そして、
島に向かって迫る大津波の波音が見える。どうやらそれは潮竜の仕業らしい。引力と斥力を操って津波を引き寄せているのだ。
そして、
天井の落ちた大広間に閃光が走る。どうやらそれは薬竜の仕業らしい。濃密な電撃の凝集体を飛ばして熱線にしているのだ。
そして、
暗夜の下で漆黒が飛ぶ。どうやらそれは二代目黒騎士の仕業らしい。やや劣勢な中で初代に漆黒魔法を使って応戦しているのだ。
そして、
俺の隣で護衛をする女の子がいる。どうやらそれは蕗子らしい。剣を持たない俺はほぼ無力で、戦えない故に護衛してくれているのだ。
「ら……ララぁああああああ!」
風が飛び、火が噴き、電撃が伸び、漆黒が広がる。
当初の目的だった「ララの無力化」と「エルサ、サンダーの和解」はうやむやになってこの場が混沌と化す。
『丸腰のあんたさん。ほんまに美味しそうやなぁ!』
「私のケンシローに手を出さないで!」
潮竜、オブシーが俺を食おうと攻撃を仕掛け、そこから俺を護るためにララが動き、その隙をついてララを倒そうとエルサが動き、エルサを止めようとサンダーが動き、それと並行して黒騎士の二人がぶつかり合う。
そんなこの場の混沌から俺を護るため、レンナはナイフと流水魔法を遣ってピョンピョン飛び跳ねている。
――俺が一番無力じゃねえか。
新しい竜と初代黒騎士の乱入で、より一層事態に収拾がつかなくなってきた。
新しい竜に関しては、完全に俺が招いた厄災だ。
ララの気分は魔力の干渉で揚がりきったままだし、
エルサの気性はララを駆除しようと荒々しいままだし、
サンダーは相変わらずエルサには遠慮気味で動きが鈍いままだし、
フィールの戦いは今日もよく分からないままだし、
レンナの口数は少ないままだし、
俺は剣を持たないが故に無力なままだ。
「ララ! 俺の剣に成れ! 俺が戦えば――」
――何かが変わるだろうか?
この状況が一変するほどの剣技が俺にあるのか?
潮竜を撃退し、初代黒騎士を撥ね退け、吸血鬼の怒りを鎮め、ララにサンダーの電撃ドーピングを食らわせて万事解決することが俺にできるのか?
どうすればいいと思う? ルビー。
どうすればいいと思う? アズさん。
どうすればいいと思う? ローゼ。
どうすればいいと思う? リシェス。
「…………ケンにぃ」
レンナが俺の隣で手を引く。
「どうすればいいと思う? レンナ」
「…………潮竜をなんとかしないと巨大津波にタリア島が呑まれる。…………それか、この島を諦めてヴァレリーに戻るしかない」
「……ああ、そうだな」
戻ると言っても、結局は巨大津波をなんとかして突破して進まなければならないから難しい。
ララの魔法で津波も海も貫いて進むことはできるかもしれないが、ララの精神状態が普通でなければ難しいだろう。今のララがやったら海が枯れて潮竜以上の厄災になりかねない。
「……潮竜をなんとかしないと」
まず、巨大津波を引き寄せるあの暴食の竜をなんとかしないと、俺たちは二の足を踏んでいるうちに全滅するだろう。
「…………ケンにぃ、案がひとつ浮かんだ」
「……言ってみるだけ言ってみろ。レンナ」
この際、年下だろうが、才女の意見に従うのも手だ。
「…………潮竜はレンナがなんとかする。…………ケンにぃは、ララさんをお願い」
「内容がまるで分らないが、できるのか、それ? いや、できる・できないじゃなくて、やるべきなんだろうけど」
無理を通すというのも言われれば確かにそれなのだが、可能性の面で言えば――
「…………賭けるか、賭けないかだけ、…………答えて」
――この場で一番、漢気のないのは俺なのかもしれない。
「賭ける。よく考えれば俺は、いつも女の子にピンチを助けてもらっていたからな。今回も例外じゃないということか。頼んだぞ、レンナ――」
ガブリ
――レンナに、左手首を噛みつかれた。
「いっっったいよ!?」
唐突な痛みから逃れようと、レンナを振り払おうとして気づく。
ちうちう……。
――――レンナが俺の血を吸っている。
吸血鬼の眷属だったレンナが、だ。
「お前、そんなことしたら……」
――――本物の吸血鬼に……!
「…………ケンにぃはレンナの血に成ればいい」
レンナは俺の手首から口を離し、そして血紅色の左目を爛々と滾らせる。
「…………ケンにぃは、…………成りたての吸血鬼がどんなふうに成るか…………知ってる?」
「あ……?」
レンナの左目は血走り、そして、吸血鬼さながらに爪と牙が伸びる。
「…………吸血鬼に成ったばかりの存在は、…………無敵」
レンナは短くそれだけ言って、一足で混戦状態の真夜中に飛び込んだ。
その足は流れるように振るわれ、レンナよりも見た目は幼い潮竜の胸元に飛び込んだ。
『は……っ!?』
潮竜のはんなりとした雅な顔が苦痛に歪む。
そういえば、教科書に書いてあった気がする。
吸血鬼に成ったばかりの生き物は、身体能力が飛躍的に上がり、感覚器官が鋭敏になり、そして――――影から影へ移動することができる。
すなわち夜中の吸血鬼は、瞬間移動よろしく動ける。
吸血鬼の権能と元の体が反発し合っているからだとか、吸血鬼の細胞に体が生まれ変わっている副作用だとか聞いたことがあるが、真相やいかに――だ。
『あんたさん、なんやの!? うちの食事の邪魔しんといて!』
潮竜が手のひらを向けると斥力でレンナの体が引き離される。しかしそこでレンナは素早く動く。竜の権能を押し退けて、影から影へ移動してレンナの回し蹴りが潮竜に炸裂したのだ。
『――――――――っ!』
そのまま潮竜は蹴飛ばされて天井の壊れた城から弾き出されて落ちた。
レンナはそんな潮竜に反撃の機会を許さずに追いかけて姿を消した。
「レンナ……」
今の彼女の身体能力は、もしかしたら鋼竜をも圧倒できるかもしれない。
潮竜は彼女に任せよう。それが彼女の仕事だ。
俺の仕事は――――
「ララ」
「ケンシロー」
ララはいまだ、魔力にあてられて嫣然と笑っている。
「そこで待っててね、ケンシロー。あの潮竜とかいうの、殺してくるから」
「待てよ、ララ・ヒルダ・メディエーター!」
強い口調で彼女を引き止める。
「……なによ、ケンシロー・ハチオージ」
「なんでもねえよ。ただ、――俺の剣に成ってくれ」
「……どうして? あんたがこの島で傷つかなくて済むなら、私は剣になんてならない」
「……」
理路立てて考えていたのかは分からないが、彼女はこの俺、ケンシロー・ハチオージを傷つけたくない一心で、その身ひとつで戦っていたらしい。
「じゃあ、お前は何をしてるんだよ」
「――? なにを言ってるの、ケンシロー?」
俺はララに向かって指を差す。
「お前は何をしてるんだよ」
「だから、なんのこと――」
本当は言いたくなかった。言えば、彼女は自覚するだろうから。
「ララ・ヒルダ・メディエーター。お前、『噴魔』しているぞ」
彼女の体は限界だった。
過剰生成した魔力を溜め込み過ぎて、その魔力を御しきることもできず、昇華しきることもできず、しまいには体を裂いて噴魔し始めていた。
「え……?」
ララはようやく自分の異変に気づく。
「なにこれ――」
「――駆除ぉぉぉおおおおお!」
ララの精神状態が素面に戻り始めたところでエルサがララに血の刃で斬りかかる。
「くそ」
俺はエルサよりも先にララに駆け寄る。
サンダーは何していやがんだ、と思ったら、彼は今しがた天井の壊れた大広間の空中で、弧を描いて間抜けに吹き飛ばされていた。本当に何していやがんだ。
「ララ、手を伸ばせ!」
俺は彼女に手を差し出し、彼女もやや不安げな顔で手を差し出してくる。
そして俺とララは手を繋ぎ、俺はララに無理やり魔力をつぎ込んで、
――彼女を剣に変身させた。
――彼女を奪い還した。
そして、剣士と剣の血痕だらけの孤城の中での乱舞が始まる。
お相手はこの場に巣食う混沌そのもの。
いざ、尋常に――――。
第四章30話目でした。応援よろしくお願い致します!




