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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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ルクレーシャス鉱山

「ケンシロー・ハチオージ。入れ」


 大剣を背負った騎士志願者……つまり俺は宮廷騎士の指示に従い大扉の奥へ入る。結局、服はアズさんに繕ってもらって市民の正装を着ることになった。下手に豪華な服を着てお偉いさん方の反感を買うわけにもいかない。


 大扉の奥、大剣が何万本も入るような広い大広間に入る。最奥の玉座にはまだ誰も座っていない。


「そこに座せ」


 鮮やかな緋色の絨毯を歩き、指示された場所で止まる。そこに椅子はない。極東式ではなく、西岸式で跪けという意味だ。そういうふうに騎士養成学校で教わった。


 俺は片膝をついてその場で体を屈め、頭を下げる。


 数十秒後、つかつかつか、と靴音が聞こえ、ギシッと玉座に座る音が聞こえた。


「そちがケンシロー・ハチオージか」


 皇帝陛下と敬うには若い声。現ヴィクトリア帝国皇帝陛下である、アナステシアス二世だ。


 まだ顔を上げてはいけない。顔を上げていいのは皇帝陛下が直接『顔を上げよ』と言った時だけだ。


「はい。私がケンシロー・ハチオージです」


「大きな剣だな。名前はなんという」


「……申し訳ありません。名前はこの任務が達成された時、付けようと思っております。厚かましいことですが、その時は是非、陛下にと」


 へりくだるへりくだる。とにかくへりくだる。アナステシアス二世は外聞を気にするお方らしい。上下関係をはっきり見せつける必要がある。


「そうか。考えておく。鱗は持って帰れそうか?」


「はいっ、必ずや持ち帰ってみせます」


「ふむ。よきかな」


 分かる。経験の浅いアナステシアス二世が精一杯皇帝らしい言動をしているのが。笑いはこみ上げないが、不自然な感じはする。


「ところで、メディエーター邸でラウラ・ノーラの絵を描いたのはそちか? ラウラ・ノーラがやけに気に入っていた」


 そんなことまで知っているのか。メディエーター家と宮廷にもなにか繋がりがあるようだ。


「はい。私が一枚描きました」


 俺の一人称が私って、なんかちょっと似合わない……。


「面白い。ならば今度朕の絵も描いてもらうにしよう」


 いかん。このままだと流れで宮廷画家になってしまいそうだ。


「恐悦至極に存じます」


「しかしあれだな。才能とは上手くいかないものだな。そちは絵の才能があるというのに騎士を志していたと聞いた」


「……はい。剣の才能はあっても魔法の才能がありませんでした。故に騎士の道は閉ざされております」


 今の発言はこの国の体制批判に値するだろうか。少しだけ恐々とする。


「全くだ。身の程をわきまえよ。メディエーター家の次女もそうだ。絵の才能がないのに未練たらしく夢を追っている。あれで恥ずかしくないのか」


「っ……」


 いやいやいやいや、俺のことはいいんだけどさ、さすがにヒルダのことを言う必要はないんじゃないか?


「魔法の才能があると聞いたから宮廷騎士にでも召し上げようと思っていたのにがっかりだ」


「ふざけるな」


 思わず口から言葉が突いて出た。


「――ん? よく聞こえなかった。もう一度言え」


 聞こえなかったわけがない。ここで従順な態度を示さなければ俺の宮廷騎士への未来はない。


 しかし不自然に体は動き、立ち上がり、アナステシアス二世の顔を許可なく見た。見てしまった。


 アナステシアス二世は金髪に白い肌、燃える紅玉のような紅い瞳の持ち主だった。見た目は俺と同い年なだけあってやはり若い。手にはヴィクトリア帝国に代々伝わる極東製の妖刀『斬魔』が携えられていた。


「……冗談です。心にもないことを言いました」


 俺は溢れかえりそうな怒りを押しとどめ、極東式にお辞儀をし、皇帝陛下に背中を向けた。


「どこへ行く、そち」


「決まっているでしょう。ルクレーシャス鉱山です」


 振り返ることなく俺はそう言って宮殿を去った。


「戦闘狂め」


 誰かにそう後ろ指を指された気がした。



    ***



 大剣を振るうと鉄兎の腹が裂け、鉄兎を死に至らしめた。


「今日はこいつを飯にするか」


 ドーツ地方、ルクレーシャス鉱山に入山して三日目。移動に七日かかったので宮殿で不敬を働いてから十日が経った。


 ルクレーシャス鉱山は金属にまみれた山。高度が高く春だろうが夏だろうが雪が積もって寒い。冬はなおさらだろう。


 アオネコ店長からもらった火付け綿で火を熾し、鉄兎を丸焼きにする。ついでに鉱山の雪を溶かして煮沸し、採集した香草を煮出して即席の茶にしてみる。


 ずずずっと茶を飲むが、全然味が出ていない。鉄兎は硬くて脂もなく味もしなくて食えたものじゃない。


「まずっ……塩かけるか」


 塩は貴重な調味料だが、余らせてももったいないので今のうちに使っておくことにする。皮袋に入った塩をひとつまみふりかける。


「おおっ一気に美味くなった。塩ってすげぇな」


 塩美味しい。塩さえあればなんでも食えるんじゃないか? 炭水化物が欲しくなってきた。麺……いや、米だな。っといっても米なんてヴァレリーでは滅多に手に入らないが。


「ああ~地元からの仕送りがあった時はタダで食えたんだけどな……米」


 ごそごそとポケットをまさぐって一枚の鋼を取り出す。


 銀色に光る帆立の貝殻ほどの大きな円盤。ずっしり重い。


「これが鋼竜の鱗なんだよな……」


 現職場、未来堂から持ってきたサンプル。これと同じものを拾い集めるのが今回のミッションなのだが、


「このサンプルをあと六〇枚……三日間鉱山に潜って一枚も手に入ってない。納期はまだ先だが……大丈夫かな」


 触ってみるが手触りは完全に金属そのもの。手触り以前にそもそも金属なのだ。鋼と呼ばれているが、実際にはただの鋼よりも強度があり、割れにくい。


 このサンプルは加工しているが、鋼竜から落ちたばかりの鱗は根元からどんどん刃のように薄く鋭くなり、振り回せば人を殺傷できる。


 これを溶かして鋳型に入れ、形を四角く整えればきっと立派な額縁になるだろう。ヒルダを馬鹿にしたあの皇帝の絵を飾る額縁に。


「どっちが馬鹿だっつんだ……」


 鱗を見つけるためにはもう少しルクレーシャス鉱山を探る必要がある。


 焚き火で温めた香草の湯を飲み干すと、今度は焚き火の火を松明にしてルクレーシャス鉱山深部へと足を踏み入れる。


 鉱山深部は人が整備した跡がないでもないが、ほぼ手つかずの洞窟だった。へんてこな形に上下左右に曲がりくねり、俺の行く手を阻む。


 耳を澄ましてみても冷たい風が反響する音しか聞こえない。鋼竜の鳴き声も聞こえなかった。鋼竜の鳴き声が近そうならば、ルートを変更して迂回しなければ。


 だが……宮廷騎士千人殺しの伝説に挑んでみたい気もする。討伐隊がなんども返り討ちにあっているほどの強さ。自分の剣の腕がどこまで通用するのか試してみたい。危険に挑むのが男心というもの。


 そう考えると体が震えてきた。武者震いなのか純粋に寒いだけなのか。今はよく分からない。


 しばらく歩いていると、松明の光に惹かれてきたのか手のひらサイズのコウモリがパタパタと四、五匹集まってきた。


 ルクレーシャス鉱山に吸血コウモリや人肉食コウモリはいないのでこいつらは噛みついてこないかぎり無視していい。むしろ旅のお供にはいい気晴らしになる。


「コウモリがいるってことは……奥に巣でもあんのか? それとも外で虫でも食った後の寄り道なのか。にしても今は何時なんだ」


 太陽光や時計がない今、自分の腹だけが頼りだが肝心の腹は、


 ぐぅぅぅ……。


 さっき食べたばかりなのにもう嘶きやがった。全然頼りにできない……。


「やっぱり腹いっぱい食べないと人生いろいろと狂うな」


 いつの間にか歩数を数えるのもやめていた。どれくらいの距離を歩いたのか算出できなくなってしまった。


 今考えているのは鋼竜の鱗のこと、食べること、寝ること。


 特に寝ることについてはとても気にしている。こんな所をねぐらにする猛獣は鋼竜だけだろうが、寝込みを襲われたらひとたまりもない。内臓をぐちゃぐちゃに噛みちぎられて終わりだ。


 考えるとゾッとする。


「鋼竜の主食は鉄鉱石とかの金属資源だと聞いたけど、鋼の牙で俺たち人間を咬み殺すくらいわけないだろうな……あ、もしかしたら人を喰うかもしれない」


 だからこそ戦ってみたいと思ってしまうのは、俺に騎士道精神なんかなくて、ただの戦闘狂だというのか。


「そういえば、騎士になりたいと願ったのは……」



『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ……』



「っ!?」


 不意に聞こえたのはでかい動物の鳴き声。十中八九鋼竜だ。ルートを変えるべきか……?

 しかし、三日潜って成果はゼロ枚。虎穴に入らずんばなんとやらだ。鋼竜の鱗六〇枚を集めるにはもう少し鋼竜に近づく必要があるかもしれない。


「…………行ってみるか」


 どっかの誰かが言っていた気がする。


 成功は挑戦者だけの特権であると。




 ほの暗い洞の奥を進むと、いつの間にか松明の周りに群れていたコウモリたちはいなくなっていた。次に強い突風が吹いて松明が消える。しかし洞の中は明るい。なにか外の光を取り込んで洞窟内の鉄壁に反射して照らしているような明るさだ。


「寒くなってきたな」


 俺の言葉が金属質を纏って反響する。俺は今、ルクレーシャス鉱山のどの辺りにいるのだろうか。だいぶうねうねした洞窟を上ったり下ったりしたから地理が全く分からない。寒くなったことからして今は鉱山の地下の方なのか? いや、地下の方が地中だから暖かいのか?


 そしてこの明るさはなんだ? 太陽光を鉄板で反射したような強い光度は地下では出せまい。


「もしくは明烏のような魔獣が棲息している……?」


 俺の独り言は反響し、それに応えるかのようなタイミングで、



『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ……』



 と猛獣の鳴き声が聞こえてきた。


 近いのか? いや、確実に近づいている。余計な音はたてないようにしなければ。見つかったらどうなるか。


 とりあえず金属音の鳴る鋼竜のブーツを脱いで鞄に詰める。靴下越しに地面を踏みしめるとひんやり冷たい感覚を味わう。濡れているわけではない。鉱山深部が寒いのだ。


 鉱山内自体が明るいおかげで視界は良好。ただひたすらに洞窟内を進む。ただ進むにつれて冷気が増していくのが気がかりだった。



『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ……』



 足を進めるごとに鳴き声は大きくなる。やがて視界の奥に大きな空間があることが分かる。しかしその大空間は眩い光に満ちていて、ここからではなにがあるか確認できない。もっと前へ進まなければ。


 寒いのに緊張しているのか額に汗がにじむ。その汗を袖で拭うと、後ろからバサバサと翼を羽ばたかせる音が聞こえる。


 もしや後ろから鋼竜が? と思って振り返ったが、視界に入ったのは予期せぬ魔獣だった。


 燃えるコウモリ。


 緑色の炎を発して飛ぶコウモリの大群が俺の頭上を飛び越して大空間に向かってバサバサと飛んでいく。


「なんだありゃあ……」


 頭を緑色の炎で着飾りながら飛翔するコウモリに圧倒されてしまった。あんなのがいるとは聞いていない。あれを今から燃コウモリと呼ぼう。


 しかしあんな魔獣が向かう先にはきっととんでもないものがあるだろう。行くしかない。


 ああ、頑張りすぎて腹減ったな……なんて、あいつに言ってやりたいぜ。あいつに。


引き続きよろしくお願いします!

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