第四章27 薬竜『サンダー・ネクスト』
少しだけ以前のことを思い出した。
フォーサイス砂漠に向かう途中――オネストや剣聖と最初に戦った墓地で、ララをこちらから、魔力を押し付けて意図的に剣に変えたことがあった。
結果、長続きはしなかったが、あの現象はもしかしたら――
「――できた」
大庭園に散らばった城の瓦礫に魔力を注ぎ、俺はそれを剣に変身させた。魔境によって瞬間生成される大量の魔力を糧に出来上がった俺の剣は――――すぐに崩れて壊れた。
「……だめだったか」
やはりあの現象は、俺とララのセットでないと完成しない現象なのだ。それも今の状態のララとできるかは難しいところだろう。
『ケンシローの旦那』
「……サンダー・ネクスト」
名を呼ばれ、そして「彼」はバチリと音を鳴らして俺のいる大庭園に姿を現す。
――真珠色の瞳に敵意を漲らせて俺を見ていた。
『ケンシローの旦那、あっしはアルベルタが好きでありやす』
サンダーは拳闘士のように構え、身体からバチバチと電気を迸らせる。
「サンダー、俺はララのことが好きだぜ。大好きだ」
俺はローゼの加護を使ってひと振りの木剣を生成する。
『アルベルタは素直じゃなくて、菓子を作るのが好きで、いつもあっしに美味しい「失敗作」を食べさせてくれやした』
「ララは素直じゃなくて、世話を焼くのが好きで、いつも俺に口出ししては優しく『お節介』を押し付けてきてくれた」
『鬼のあやつのことが愛しいと思える』
「剣のあいつのことが好きだと思える」
そうだ。俺はララのことが好きだ。大好きだ。俺のために剣に成ってくれるあの子がとてつもなく好きで、たまらなく好きだ。
――だから、
『惚れた女の肩を持つのが』
「惚れた女の目を覚まさせるのが」
『男の』
「仕事だ」
俺とサンダーは睨み合い、敵意を確認し合い、そして、
「――――――――っ!」
『――――――――っ!』
サンダーは雷を纏った拳を、俺はローゼの加護を使った木剣をぶつけ合う。
そこで俺は、ローゼに感謝する。
乾いたアレスの木というのは、かなり電気を通しにくいようで、サンダーの雷を帯びた打撃を、木剣で受けたのにもかかわらず、俺の体までほとんどの電気を流さなかった。
そのまま俺とサンダーは木剣と手刀で剣戟さながらの打撃劇を繰り広げる。
彼の電撃のほとんどが無力化されていて、彼が俺の剣の圧力で体勢を崩した瞬間に、
「サンダー!」
俺は木剣を振るって彼を殴打しようと距離を詰める。しかしそこで、
『ふんっ』
「は――?」
雷のごとく、電光石火のごとく、サンダーは消え、はるか後方の折れた柱の上に立っていた。
電撃ドーピングどころか、彼の体そのものが雷のように成って高速でその場を移動していた。
『あっしの権能は雷。強弱多様な雷を発生させ、時に麻痺を、時に電光石火を起こして移動する。他の竜につけられたあだ名が、――「最速の竜」でありやす』
「最速の竜『薬竜』サンダー・ネクスト……か」
チーターで、竜で、最速とは、なんとも良く出来ているのかいないのか。
「俺の力は剣の腕のみ。しかし剣の腕なら帝国最強。穢れた剣聖すらも圧倒してみせた。いろいろあって宮殿を襲った時につけられたあだ名が――『厄災の剣士』だ」
『厄災の「剣士」ケンシロー・ハチオージでありやすか』
世の中では厄災の剣士。アズさんの中では騎士『ケンシロー・ハチオージ』なのが俺。
どちらにせよ、士魂の心は失ってなどいない。
「一発かかってこいよ、サンダー・ネクスト。最速だか知らねえが、ぶっ飛ばしてやる」
『好戦的ですなあ、ケンシローの旦那。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいやす』
バチバチと、彼の体中に電撃が走るのが目に見えて分かる。彼は今、電気を生成して、溜め込んで一度きりの高速移動に変えようとしているのだ。
『ケンシローの旦那、あまり気を悪くされないように』
「分かってるよ、サンダー・ネクスト」
俺は一度きりの高速移動に立ち向かうため、木剣を構えてヤツを待ち伏せる。
小細工なしの最高速度で攻撃するなら、その攻撃は一直線上を進むはずだ。その攻撃への対処法は、正面突破しか思いつかない。鼻っ柱を正面からぶっ叩いてやるか。
『――――――覇アッ!』
彼の体は雷のように青白く光り、そして一閃という言葉そのままにこちらへ飛び込んできた。
俺は彼が動き始める前に剣を振り始め、そしてその鼻っ柱を狙う。
一瞬にして移動する物体に、一瞬を返す。あふれる剣の才能あってこその戦い方だが、俺にはそれが唯一出来る仕事だ。出来ることなら、やるしかない。
俺はその一瞬に剣を振り、すぐに違和感に気づく。
「――――っ!?」
木剣でぶっ飛ばした感触がない。
『遅いでありやす』
つい、刹那の瞬間まで目の前にいたのだ。だというのに、いつの間にか後ろにいた。
『ララの姉御は駆除する。それでアルベルタの気が晴れるのでしたらな』
サンダーは決意を胸に言葉を継ぎ、
『ケリをつけやしょう』
最高速度で振るわれるサンダーの足が、俺の体を蹴飛ばし、俺の体はバラバラになった。
――もちろん、俺のとっさの判断で、だ。
『な……!?』
リシェスの加護を使って、俺は自身を砂状に変えて蹴撃を躱し、そしてルビーの加護を使ってサンダーを氷漬けにした。
『なんと……!』
彼が急いで雷の熱量で氷を溶かしている隙に、俺は体を作り直して木剣をひと振りし、
「疾っ――」
薬竜、サンダー・ネクストの頭に一撃、したたか叩いて気絶させた。
異世界画材店未来堂・職工見習い『ケンシロー・ハチオージ』は久々に敵対者に勝てたような気がする。しかも最速で。
樹竜には自爆され、剣聖とは曖昧な終わり方をし、オネストには勝てずじまい、砂の王・ベラノに関しては最後をオネストに横取りされている始末。
本当に戦闘時間的には最速で、さらに久しぶりの勝利だった。よりにもよって竜相手に。
「本当に、最速の竜だったな、お前」
その力、最強の鋼竜には及ばない。
俺は伸びているサンダーを、ローゼの加護による蔓でぐるぐると縛り上げ、完全に身動き取れないようにする。
そして俺は陰から視線を送る相手に気を向けた。
「出てこいよ。フィール」
「……ことは済んだのかい?」
名前を呼んだ通り、フィールと、ついでにレンナが生け垣から顔を出した。
「人の戦いに加勢もせずに、傍観とは悪趣味だな」
「いやいや、人の戦いに手を出さない素晴らしき漆黒趣味というものさ」
そう返すと思った。
「それより――」
【――――――――――――――――ッ!】
フィールが言いかけ、城内から爆発音がまたしても鳴り響く。
もはや鳴りすぎてありがたみも珍しさもあったものではないがしかし、
「あそこにララがいるってことだよな……」
暴走した俺の想い人が、今も暴走し続けながらあそこに――――。
もしかしたら、今もエルサと衝突しているのかもしれない。
――その場合、死に至るのは……。
『ケンシローの旦那』
「なんだよ、サン……ダー!?」
もう起きたのかよ! こんなに早く復活するとは……。
『アルベルタを止めて下せえ』
「……お前がララに電撃ドーピングを食らわせてくれれば済むんだがな」
そうすれば、アルベルタ・エルサ・セポルトゥラの気も落ち着くだろうに。
『それも含めて、アルベルタを止めればいいのでさあ』
「……具体的には?」
『このタリア島が魔境と化しているのは、情けなくもあっしがアルベルタに追い出されたからでありやす。だからこの島の支配権をあっしに戻せばいいのでさあ』
――タリア島の支配権をエルサからサンダーに戻す。
そもそも、その項目をクリアできれば、俺たちの吸血鬼への要求が全て達成されるはずだったのだ。
「お前はその為になにをする気だ?」
『……あっしは、アルベルタ・エルサ・セポルトゥラ――――あやつにプロポーズをする。あっしもあやつを奪還し、結婚する』
「――」
彼は言葉を継ぐ。
『だからケンシローの旦那は、ララの姉御の時間を稼いで下せえ』
成功するかどうかわからないサンダーとエルサが成婚するそれまでの間、俺に荒ぶるララの相手をしてくれということか。
「そもそも、サンダーはプディングの件をちゃんと謝ったのか?」
それを聞いたサンダーは目を丸くして、
『にははははは、アルベルタのやつ、そんなことをケンシローの旦那に話していたとは』
「しょうもない喧嘩でこんな事態に発展したんだから反省はしてるんだろうな?」
『あの日もプロポーズしようと思っていたんですがなぁ……。本当に、長年に亘る大喧嘩で頭が上がりやせん。だからこそ、今日なんでさあ。だからあっしを信頼してこれを解いてもらえやしやせんか?』
「……分かった」
俺たちはサンダーを信じ、縛っていた蔓を切り、解放する。
『さて、行きやしょう。ケンシローの旦那、フィールの旦那、レンナの嬢ちゃん』
サンダーはチーターの頭を爽快そうに掻く。
『あっしは絶海の孤島「タリア島」の元主、最速の他愛竜そして、色欲の薬竜「サンダー・ネクスト」でありやす』
彼の真珠色の眼が輝いた。
第四章27話目でした。応援よろしくお願い致します!




