第四章26 破壊する魔女と駆除する鬼女
――吸血鬼。
主たる権能は吸血行為による眷属の隷属だが、それ以外にも特殊な権能を有している。
自らの血を操り、矢のように固めて飛ばしたり、血管そのものを固めて盾のようにしたり、また、血液そのものを様々な形に固め直して剣、服、鈍器などにも応用できる。眷属の影に潜むこともできる。
吸血鬼の血液は呼吸をすればするだけ作られ、体内の血液量は使っても使っても一定に保たれ、枯渇するということはない。
それゆえに吸血鬼は常に血に飢えているというわけではなく、吸血衝動が起きた時のみ吸血行為に走っているだけの――比較的、人間に友好的で安全な類の魔人種である。
吸血鬼たちはそれ故に、フォーサイスのかつてのゴーレムとは違い、人間に対して攻撃的になるということはほぼないだろう。
***
城のどこかで爆発音が鳴った。もうこれで何度目になるのだろうか。
ララが分身させて作った爆弾はまだまだ城内を徘徊しているはずだ。
その彼女に手を引かれ、俺とララは向かい合って立つ。
「ケンシロー、踊りましょう」
「いきなり……なんのために」
「今、踊りたいからよ!」
楽しそうに笑うララの瞳孔が、さっきよりも開いている。
「俺の下手なリードでいいのか?」
「あんたの下手なリードがいいの!」
常軌を逸したララの笑顔は大好きなままなのに、今の俺にはひどく恐ろしく感じられた。
だから俺の動きもぎこちなく、
「……分かったよ。でも、音楽は?」
彼女の言葉に素直に従うことしかできなかった。
「ご安心を! 私は魔法が遣えるの!」
……音響魔法の類か。
すると、ララの体がうすぼんやり光り、本体とは違って胡乱な目をした分身が生まれる。
「ここにいるララ二三四号に音響魔法を遣わせるの!」
そんなに量産したのかよ。だから城内にうようよ溢れかえっていたのか。
「ほら、遣いなさい」
本体のララが指示すると、分身のララはこくりと頷いて音響魔法を遣おうとし、
「カアッ――――っ!」
エルサの声とともに、黒ずんだ血液のような物体がグシャッと、ララ二三四号を潰した。
「え……」
俺とララがその光景に呆然としていると、吸血鬼の女、アルベルタ・エルサ・セポルトゥラが殺気立った様子で、
「これ以上、アタクシの城を壊させないわ。厄災と魔女」
と、言う。彼女の瞳は強く固く、血紅色に淀んでいた。
「……なによ。私とケンシローの邪魔をしないで」
「それならアタクシも言わせてもらうわ。――――乳繰り合うなら余所でやって頂戴」
「なんですって?」
「聞かれるならアタクシは何度でも言うわよ。魔女」
ララとエルサの敵対的な視線が熱量を持って交叉し、そしてその熱が異常に高まった頃、
「焼き滅べ、インフェーノ!」
「死に絶えろ! 魔女!」
二人の女が人間の魔法と吸血鬼の権能で攻撃し合った。
「ララ――」
部屋の中が業火に焼かれ、俺の声は掻き消える。
すぐに部屋の中が業火に舐められて大火事になったと思いきや、
「…………渦巻け、スウィリル」
その業火はレンナの流水魔法によって勢いを殺された。
そして炎が晴れたその先に居たのは、――肩から血を流して涙目になっているララと、赤黒い槍を携えたエルサだった。
「……なによ。なんなのよ! 私が一体、何したっていうのよ!」
ララが過剰生成される魔力を遣って、ものの数秒で傷を癒し、血が染みて穴のあいた服まで元に戻り、そう吼えた。
「これだけアタクシの城をメチャクチャにしておいて、どうしてそんなに偉そうにできるのよ! よくもまあ、何もしてないなんて言えるわね!」
「待て、二人とも冷静に――――」
「うるさい!」「男は黙ってろ!」
「くっ……」
怒り心頭のララとエルサは俺のことなど眼中にない様子だった。ララが腕をひと振りすると、何かの魔法でも遣ったのか暴風が起こり俺とレンナは壁際まで押し退けられた。
「ララ……」
俺の声は届かず、彼女はまたしてもエルサを攻撃しようとして、
『いけやせんなぁ、ララの姉御。あっしの女にそんな乱暴な手を使っちゃあ』
窓際から薬竜、サンダーが現れた。
「サンダー! お前、今までどこに……!」
「ずっと孤島の近くにある小島でふて腐れていたようだよ」
俺の疑問に答えたのはサンダーの後に続いて大広間に入ってきたフィールだった。
「お前が見つけ出したのか……」
俺、ララ、フィール、レンナ、サンダー、エルサ――
役者全員が大広間に揃った。
「状況を確認したいのだけれど、ケンシロー君。なぜララさんとエルサ殿は仲を違えて戦おうとしているのかな?」
「……」
それをララの目の前で言えと言うのかよ。
「サンダー! 今すぐ城を荒らすこいつらの首根っこ捕まえて外に捨ててきなさい!」
エルサがサンダーに向かって吼える。
「待ってくれ、エルサ! 俺たちは……、ララは魔力を溜め込み過ぎただけで……」
「そっちから出て行かないんだったら、アタクシはその女を駆除するしかないじゃない!」
「な……」
――――駆除。
吸血鬼・エルサが、魔境の魔力にあてられ気が大きくなったララを『駆除』すると、そう宣言してきた。
『……仕方ねえでさあ。ケンシローの旦那、フィールの旦那。ウチの姫サマがお怒りだ。無条件で出て行ってもらえやしませんかねえ?』
サンダーはつかつかと大広間の中に進み、距離をとって向き合うララとエルサの間に入った。そして拳闘士さながらのポーズを見せて、俺たちを獣面で睨む。
「ここで俺たちが立ち去って、エルサと痴話喧嘩中のお前にメリットがあるのかよ」
『惚れた男の弱みでさあ』
「この……」
恋愛というのはどうしようもなく厄介な病気だ。こんなにも人を盲目にさせるなんて。
このままララが持て余した魔力で暴れ続けていたら、吸血鬼と竜の二人との距離は大きくなるばかりだ。それどころか、エルサの人間に対する心象まで悪くなるだろう。
少しでもララが精神的に落ち着いてくれれば……。
「――あ! そうだ、サンダー! ララにもう一度電撃ドーピングをかけてくれ! その後また話し合おう! 話し合えば分かるはずだ!」
俺の話術じゃ無理かもしれないが、フィールが交渉すれば俺たちとタリア島の二人との間を取り直すことは可能だろう。
「電撃ドーピングなんて嫌よ! 必要性を感じられないわ! 私、今とっても楽しいもの! これ以上、私が損しなきゃいけない理由が分からないわ!」
俺のそんな思いを尻目に、感情が昂ったララがそれを拒否してきた。
さながら違法薬物のように今の状態を心地よく感じているのだろう。
「ララ、お前はとりあえず落ち着け!」
「落ち着いてるわよ、ケンシロー! これ以上落ち着いてたら石に成っちゃうわ!」
「おいおい……」
ララの常軌を逸した笑顔は、今すぐ抱きしめてやりたくなるくらい危うげで、恐怖を煽るほどの異常性を秘めていた。
『……そうでやした。ケンシローの旦那。あっしの電撃ドーピング、少し強めに打てばまだ間に合うかもしれやせん』
「だから、あんたのそれは要らないわよ!」
『うお……』
俺の思いつきでサンダーが電撃ドーピングの準備をしようとしていたら、ララに鬱陶しく思われたのか、彼女の腕のひと振りでサンダーは壁を何枚も貫いて圧し飛ばされて言った。もう、彼の姿は影すら見えない。
「ララ……」
――お前を平常時の精神状態に戻してくれる相手だろうに!
本当に常軌を逸している。
「……駆除よ」
そのやりとりを見ていたエルサが、呟く。
「駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除駆除、駆除、駆除、駆除、駆除!」
呟きはやがて叫びに変わり、そしてララへの新たな敵意をあらわにした。
「駆除よ、ララ・ヒルダ・メディエーター。貴女を駆除して、この島の平穏を取り戻す」
「アルベルタ・エルサ・セポルトゥラ。私の邪魔するんだったら皆、皆、壊してあげる」
ララとエルサは睨み合い、俺とフィールも目配せする。
そしてフィールが動きかけ、
「邪魔しないで!」
「な……」
少しの足音に気づいたララに腕をひと振りされ、フィールは窓辺から窓の外まで旋風によって吹き飛ばされていった。
「…………ケンにぃ、…………どうする?」
隣のレンナに問われ、俺も自身に問いたくなるが、そんな時間も与えてくれずに、
「はああああああ!」
エルサがララに攻撃を仕掛け、ララが溢れる魔力で攻撃をやり返そうと、
「うっざいわねえ!」
高威力の暴風を引き起こして、エルサを壁の向こうに、俺とレンナを窓の外に吹き飛ばした。
「ララ――――っ!」
窓の外からさっきまでいた大広間を眺めると、そこで爆発したように大広間だった空間が崩れ去った。
「駆除してやる」
エルサの怨念のような叫びが聞こえた気がした。




