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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第4章 奪還血痕篇
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第四章17 ルビーとアズライト

    □□□□



 余は、あの金髪碧眼巨乳の金言術師が少し苦手でありんす。


 ケンシローに雌の視線を向けるあやつが苦手なのでありんす。


 別に、体型的に負けているからとか、そんなことは考えておらぬ。本気を出せば余だって胸を揺らすくらいの進化は出来るなんし。成ろうと思えば、ケンシローを誘惑するばいんばいんの女にも成れるでありんす。


 なんでも見透かすあの眼からは余がどのように視えているのか不安なのでありんす。


 あやつが視ていること全てが真実なわけではないでありんしょう。


 しかし、あやつが真実として解説すれば、全ては真実になってしまうやもしれぬ。


 有り得ないとは分かりつつ、アズライトがケンシローに余のことを誤って伝えないか不安なのでありんす。それ故、苦手なのでありんす。


 しかし同じ仕事仲間として、苦手なままではよくないなんし。


 ――――だから今日は、


「本当に付き合うつもりなのか? 護悪」


『もちろんでありんす。余だってケンシローの同棲相手。料理くらいは出来るでありんす』


「……」


 店の狭い調理場でアズライトの碧い瞳が、不安のような嫉妬のような、余になんとも言えない視線を向けてくる。


 余はこれから、アズライトと二人で昼食を作るのでありんす。


 何故か、と言われれば、自分でもそう思っていた所に、ローゼとリシェスの助言を受けたからでありんす。


 ――もっと仲良くなった方がいい、とのこと。


 特段、嫌い合っているわけではないでありんすが、確かに余は暇になるとケンシローやララ、ローゼやリシェスと一緒に居てばっかりでありんす。今までアズライトには頷きくらいしか返してこなかったでありんす。


『それでアズライト。包丁はいつ使えばいいのでありんすか?』


 料理の醍醐味と言えば包丁。家ではケンシローやローゼが危ないからと使わせてくれなかったゆえ、早く使ってみたい。握ってみたい。振るってみたい!


「護悪には危ないから包丁はダメだ」


『な……なにを言うでありんすか! 包丁を使わなければ料理とは言えないなんし!』


「しかし護悪……」


『アズライトぉ~!』


「……はあ」


 アズライトはため息をひとつついて自分の金髪の後ろ髪をかく。そして黒く染まった前髪の一筋を撫でつけ、


「分かった。怪我をしないようにしてくれ。護悪も子どもじゃないんだから」


『きゃふー!』


 包丁を使う許可を貰って余はそれを取り出す。


『それで、なにを作るのでありんすか?』


「そうだな。夏の極東料理といえば……そうめんを茹でよう」


『そうめん? なんでありんすか、それは? 包丁はどのタイミングで使うなんし?』


 ケンシローの故郷の極東地方は長寿料理で有名だとケンシローが言っていたでありんす。長寿料理のひとつかもしれない。しかし齢五〇〇の余に対して長寿料理とはなんともナンセンスでありんす。


「薬味に使う長ネギを切ってほしい」


『――切る! ……それで?』


「それだけだ」


 余は包丁の持ち手を変えた。


『……それで?』


「包丁を下ろせ。そんなふうに使うな。……護悪には麺を茹でる工程もやってほしい。つまり、護悪には作業の全工程を任せることになる」


『ハッ――』


 思わず、胸がときめいたでありんす。


 料理の全工程を余に任せてもらえるなんて!


 家ではケンシローもローゼもやらせてくれなかったのに!


『分かったでありんす! アズライトの頼みなら仕方がないなんしな。くっふっふ!』


 そうして余は包丁で長ネギを丁寧に薄く切り、そうめんとやらを茹でたでありんす。




 ――して、実食をしてみる。箸とやらの持ち方はケンシローに教わっているでありんす。


『ふむふむ。なかなか美味いでありんすな』


 調理はほどなく過ぎ、余とアズライトで食事まで共にする。


 夏の疲れた胃にするっと爽やかに入ってくるのがたまらないでありんす。


「当たり前だ。剣災の故郷の味だ」


『なるほど、ケンシローの地元の味でありんすか』


 それなら美味いのも頷けるでありんす。


 ふっとアズライトを見ると、彼女は余の顔を眺めていた。


「随分、剣災に入れ込んでいるようだな」


『……なにが言いたいのでありんす?』


「当ててみろ」


『……』


 金言術師の眼が言いたいこと。それ即ち、


『かつて殺し合った相手を好きになれる心境というものでありんすか?』


「分かっているじゃないか」


『それくらい分かりんす。余だってだてに五〇〇年も生きておらぬ。……そうさな』


 余はどうしてケンシローを好いたのだったか。……よく思い出せぬ。


「……」


 アズライトは箸を置いて余の回答を待っている。


『好きになるのにきっかけなどいらなんし』


「……そうか」


『余は、眠っているケンシローの顔を眺めるのが日課でありんす』


「――」


『強いて言えば、その日々がきっかけでありんすな』


 ――何度も見ていれば、次第にその相手が愛おしく感じるようになる。


 それに近いかもしれないし、もしかしたら、


『最強の竜と呼ばれた余を倒した男の寝顔は、存外かわいらしいものでありんすよ』


 自分の鋼に一撃を与えてくれたあの男のギャップに、心を奪われているのやも知れぬ。


「剣災の寝顔は可愛いのか?」


 アズライトの羨ましそうな目つきの変わり様を見て、心が躍る。


 ざまあみろ。余の方が、ケンシローに近いでありんす。


 それだけは、余の特権でありんす。


『どうでありんすかな。アズライトの眼には可愛いかもしれぬし、可愛くないかもしれぬ。全ては余の主観でありんす。あの愛い顔を見られるのは同棲してでもいないと見られないでありんすな。くふふっ』


「……」


 得意になってそう言うと、アズライトの眼が悔しそうなそれに変わった。くふふ。


 こういう眼をアズライトはケンシローに向けてやらない。可愛い子ぶりおって。


 料理の仕方を教わった身でありんすが、昼のこの時間は最終的に余の勝ちなんし。


 くふふ、今日は一段と飯が上手いでありんす。


 嗚呼、早くケンシローが帰ってくればいいのに!


 ケンシロー・ハチオージ。


 かつて余が負け、今は余と馴れ合い、暮らす只人の剣士。


 余の大切で、尊い男。


『アズライト。今度は極東料理以外を教えてくれたもう』


「――? どうした、護悪?」


 その眼は、すでにそれを視ぬいているようでありんした。


『余だって女の端くれ。男の胃袋を掴む料理とやらをいつか自分で作りたいでありんす』


 アズライトの料理の腕を、ララの料理の腕を、いろんな者の料理の腕を盗んで、余がケンシローの一番好きな料理を作ってみせるでありんす。


 ――嗚呼、ケンシローが待ちきれぬでありんす。



    □□□□


第四章17話目でした。基本的にケンシロー視点で物語が進むので、ルビー視点でのアズライトとの絡みは書いていて新鮮でした。

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