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剣と画材と鋼竜  作者: 鹿井緋色
第1章 鋼竜討伐篇
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情けは人の為ならず

 長い長い廊下。紅いカーペット。メディエーター夫人かその他の有名画家が描いたであろう絵が飾られている。


 そしてシークレットサービスに促されて一つの部屋の扉の前に立つ。


「なあ、俺で大丈夫なのか?」


「黙って。大切な人なのちゃんとして」


 真剣そうなヒルダの態度に恥ずかしながら気圧されて、俺は隣に並ぶ。やっぱり腹をくくるしかない。


 そして扉は開かれた。


「ただいま。ママ」


「あら、おかえりなさい。ララ」


 部屋を開けた途端に鼻腔を突く独特なぬべっとした顔料の匂い。ああ、この匂いは昼食前に訪れた各アトリエでも嗅いだな。しかし妙な臭いが混じっている。この臭いはなんだろうか。


 部屋の奥を見ると、ヒルダによく似た淑女がペインティングナイフを持って立っていた。ただそのいでたちは……。


 紅いシミの付いた病人服。そして蒼白く不健康そうな肌色。


 なるほど、病人だ。妙な臭いは医薬品の類か。


「あら、ヒルダったらもしかしてその男の子は……」


 いかん。なにかあらぬ誤解を……。


「そ、彼氏。冴えない顔だけどけっこう良いヤツなのよ」


 ――はぁ!? なに言ってんのコイツ!?


「もう、ララったら……大切な男の子にそんなこと言わないの」


 メディエーター夫人は呆れたように笑って空咳をこぼす。


「ちょい、ヒルダ。話がある」


「え? なに? まだ恥ずかしがってるの~?」


 わざとらしい演技がかったヒルダの手を引いて俺は扉の前に戻る。そして小声で、


「おい、ヒルダ。これは何事だ」

「決まってるじゃない。私事よ」

「まじめに言え」


 ヒルダは俺の反応に対してウザったそうに髪の毛を掻きあげた。


「さっきのママの姿見て分かるでしょ? 病気なの。元気づけたいの」


「それで何故に俺が絵を描くんだ? 愛娘の絵の方が……」

「いいから彼氏のフリして描いて。それができなきゃ貸した金を今すぐ返せ。何に使うのか分からないけれど、臓器ってそれなりの値段で売れるらしいわよ」


 この女は暴君か!


 しかし後ろで怪訝そうな顔をして俺たちを眺めているメディエーター夫人を見る。若々しいのにどこか薄幸そうな顔。そうか、もう長くないのか……。


「分かったよ。描けばいいんだろ」


 だがやはり、愛娘も絵を描くべきだ。


「その代わり、一緒に描け。これはヒルダ、お前の問題だ」


 ヒルダの顔はムカッとしかめっ面になるが、


「分かったわよ。どっちが芸術的に描くか……しょ、勝負よ」


 少し裏返った声でそう言った。


 勢い余って俺とヒルダはメディエーター夫人をテーマに抽象画勝負をすることになった。




 メディエーター夫人が簡素なベッドに座り、俺とヒルダが斜めに立つ。カンバスを挟んで俺は困っていた。抽象画ってどうやって描けばいいんだろうかと。


 なんかモヤモヤしたのが抽象画っていうイメージがあるから淡い感じにするか。メディエーター夫人自身も儚げな印象だし。とりあえず肌の不健康そうな白だな。で、やっぱり血の赤だろ。あとは病人服の色だ。


 俺はカンバスにべっとりとペインティングナイフで色を塗る。あ、失敗した。これ水彩画じゃないんだ。


 いい感じにしなるペインティングナイフをこすって若干ぼかしてごまかす。んん、こんなんでいいか。


「あなた、名前は?」


「ケンシローです」


「まあ、不思議な名前ね」


「極東生まれなんで」


「この子とは未来堂で出逢ったの?」


「え? ああ……そうです」


 そこで流し目にヒルダを見る。真剣な目つきで絵を描いていた。


 ふと妙案が浮かぶ。

 ――ここで俺がヒルダより下手に描けばヒルダは褒められるのでは……?


 よし。この際、めっちゃくちゃに描いてみよう。


 まず照明のオレンジ色を原色バリバリに塗りたくる。

 次にベッドの枠の茶色を原色バリバリに塗りたくる。

 もうちょっと赤を足そう。

 そうだ、この部屋の独特の匂いを灰色で表現しよう。


 ベッタベッタと顔料をカンバスに塗り込んで俺流の不出来な抽象画を完成させた。うん。不出来なのか上出来なのかよく分からないな。


 それではお披露目会である。




「じゃじゃん」


 俺とヒルダは一斉に見せ合う。


「まあ、綺麗な絵」


 俺たちの絵を見てメディエーター夫人は嬉しそうな顔をする。……が、すぐに表情が曇る。


「どういうつもりなの……?」


 その顔は修羅か夜叉か鬼神の類だった。


「こんな不出来な絵をこの私に見せて」


 メディエーター夫人はペインティングナイフ片手にぬっと立ち上がり、不穏な雰囲気でヒルダの絵に近づく。


 不出来? と怪訝に思ってヒルダの絵を見ると、ヒルダの絵はメディエーター夫人の精密画の周りに何本かの波状のラインが描かれ、背景は色とりどりな円が描かれていた。


 これは抽象画というより、イラストなのでは……?


「あっ!」


 思わず俺は失態の声を上げる。

 俺はとんだ考え違いをしていた。


 ヒルダは父親に絵の才能がないと言われた。それは精密画『しか』描けないからだ。


 もしかしたら上手い抽象画の描き方なんて微塵も……。


「病気の私をからかいに来たの!?」


 メディエーター夫人はペインティングナイフを振り上げ、カンバスに向かって真っ直ぐに振り下ろした。



 ――張り詰めたカンバスが裂ける。



「ちょっ、おい……」


 俺がメディエーター夫人を止めようとしたら、


「ごめんなさい!」


 ヒルダが叫ぶように謝る。一方、メディエーター夫人は血の混じった咳をしながらヒルダのカンバスにトドメの一撃を入れてその場にへたり込んだ。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 ヒルダは泣きながら実の母親に謝罪の言葉を連呼する。


 ああ……俺、やっちまったな……。変に気を回しすぎた。ヒルダは最初からこうなることを予想して俺に絵を頼んだのだ。申し訳ない。


「ら、ラウラ・ノーラさん! 俺の絵はどうですか!?」


 とりあえず標的を逸らそう。わざとめちゃくちゃに描いた俺の絵を見よ!


 メディエーター夫人は人殺しのような目つきで俺の絵を睨む。今思うべきじゃないかもしれないが、この親にしてこの子あり。


「まあっ」


 明烏が明滅するように一瞬でメディエーター夫人は破顔した。


「なんて素敵な絵!」


「……え?」


「なんて大胆な色使いなの! 素敵!」


 褒められてしまった。


「大胆でいて不思議と寂寥感を感じさせる色のタッチ。病で臥せっている今の私を体現しているわ! 美しい……」


 さっきの鬼のような怒り方から打って変わって一目惚れしたようにメディエーター夫人は俺の絵に見とれている。この落書きのどこにそんな価値が……?


「ママ、この絵なんだけど……」


「ええ。買わせてもらうわ。あなたの粗雑な絵に対して素晴らしい芸術的センスね。嬉しい。娘のゴミ作品とは違ってちゃんと私を理解しているわ。この家に飾るに相応しい……」


 実の娘の絵にめちゃくちゃなこと言ってんなぁ……。俺の絵の方がゴミなんですけど。ゴミにしようと思って描いたゴミなんですけど。


「――え? 買う?」


「ええ。言い値で買わせてもらうわ。いくらがいいかしら」


 俺の頭に『言い値で買わせてもらうわ』のフレーズがリフレインする。俺の絵が売れる……? 芸術素人の俺が初めて描いた抽象画が……?


「えーと……」


 いくらだ? 俺の処女作いくらで売ればいい……?


「五〇〇ヤン……」


「バカ言わないで! そんな安いわけないじゃない!」

「バカ言わないで! そんな安いわけないじゃない!」


 ヒルダとメディエーター夫人から同時に叱られた。あんなに落ち込んでいたヒルダが元に戻っている。それなりに仲良いなこの二人……。いつもこんなやりとりしてんのかな。


「じゃあ千……」


 言いかけてようやく俺は気づいた。ヒルダはこの絵を売って今日の仕事分にするつもりなのだ。なら少し高めに請求しよう。


 ヴァレリーの最低賃金から考える新米画材店店員二人の日給……。


「二〇〇〇〇ヤンってところで……」


 それよりももうちょっと多めに請求しておいた。


 するとメディエーター夫人はきょとんとした顔をする。老いを感じさせない麗しい顔だ。


「そんなに安くていいの?」


 そんなに価値があるのかこの落書き?


「まあ、処女作ってこんなものじゃないですか?」


 相場なんてさっぱり分からないけど。


「そうかしら? 私の処女作は二三八〇〇〇〇ヤンだったけれど……」


 才能の暴力か! 本来の若手画家の相場は絶対そんなに高くないだろ。

 さすが大天才ラウラ・ノーラ。レベルが違う。



    ***



「今日はありがとうございました」


 俺とヒルダはメディエーター夫人から二〇〇〇〇ヤンを受け取って未来堂へと帰る。

 うおおお……久し振りに見た大金。大金だと思う自分が情けない。


 俺が適当に描いた絵がこんな高値で売れるとは感動ものだ。しかも宮廷画家のお墨付きまでもらうとは。


 メディエーター家っていいとこだな。いろいろと思うところはあったけど。


 豪華な門を抜けると一気に庶民的な気持ちに戻った。近道するために裏道に入る。


「分かったかしら?」


 俺の隣を並んで歩くヒルダが言う。


「ああ。父親には会ってないけどあんな両親の下で育ったら性格も捻くれて……」


「違うっての!」


「へぐっ!」


 ヒルダの細い足が俺の股間を撃つ。もはや異国の挨拶レベル。


 このやりとり懐かしいなーと思ったら朝にもしていた。不覚。


「あんたには絵の才能があるの。すごく、すごーく需要があるの。私とは比べものにならないくらいにね」


「……やっぱりそういう意図があったのか」


 つまりヒルダは俺に剣の道を諦めさせて画家として活躍させようとおだてるためにメディエーター夫人をテーマに絵を描かせたのだ。


「やだね。俺は剣で生計を立てていくんだ」


「そうよね。あんた絵ぇ描いてる時、本気じゃなかったものね」


 ぎくりと俺の心臓が引きつる。


「適当に描いた絵が宮廷画家に認められて、絵の相場も分からずに二〇〇〇〇ヤンで売るなんて。自分の才能を分かってないわ。あんたは絵の才能はあっても騎士になる才能なんてないのよ。適当に力を抜く騎士がどこにいるのよ」


「そんなふうに決めつけんなよ。俺は」


「自覚してよ。自分に才能があるって自覚して。じゃないと、才能がない人間は……やってらんない」


 ヒルダは攻撃的な瞳を下げてせつなそうに地べたの蕾が膨らんだ雑草を見下ろす。


「その才能。咲くんだったら、咲いてほしい。咲かない花になんの意味があるのよ」


「それをお前が言うなよ。ヒルダは超精密な絵を描けて、魔法の才能が……」


「魔法の才能なんて、私生まれて一度も望んでないっ」


「俺だって絵の才能なんて望んでなんか! ――――っ!?」


 感情が高ぶったところで不穏な雰囲気に気づく。焦って俺は辺りをキョロキョロ見まわす。この気配はもしかしたら……。


「なに? どうしたの?」


 と俺の不審な挙動に不機嫌そうなヒルダ。


「……囲まれてる」


 俺たちは近道するために裏道に入っていたのだ。


 とっさに武器を探すが、使えそうな棒状のものは見つからない。『鋼竜討伐失敗』のチラシが壁に貼ってあるだけだ。これを丸めて筒状にしても武器にはなるまい。


「ヒルダ、探したぞ」


 そそそそっとグレーのマントの集団が俺たちを囲んだ。今日日マントを羽織るのは後ろめたいことをしたヤツか春絵師くらいだ。


「……あんたらぁ!」


 知り合いか? と思ってマント集団を見返して納得。ヒルダが顔だけ貸していたという、この前の春絵サークルだ。


「頼むぜ、ヒルダ。美少女春絵師の売り文句は金になるんだ。戻ってきてくれ」


「いやよ! 私の精密画はあんなふしだらな絵を描くためのものじゃないの!」


「……あれ? 絵が下手だから顔だけ貸してたって……そういえば、ヒルダって精密画が……」


 精密画の需要がここに。


「ヒルダ! 頼む! 描かなくていいからまた一緒に春絵を売ろう!」


 リーダーらしきグレーマントの男が深々と頭を下げ、両手を合わせて懇願する。


「NOよ!」


 ヒルダはきっぱりと風を切るように真一文字に腕を振り、拒否する。俺で言えば裏社会・地下闘技場のデスマッチの見世物になってくれと高い金積まれて頼まれているようなものか。屈辱的だな。助け舟を出さねば。


「残念だったなお前ら! ヒルダはもう春絵サークルの……えーっと……」


「グレーチーズ」とヒルダがぼそり。サークル名らしい。


「グレーチーズには今後一切関わり合いにはならない! 今、手を引かないとメディエーター家が全力でお前らを潰しにかかるぞ! 金の力はなあ、とんでもない殺傷力があるんだぞ!」


 グレーチーズの面々があからさまに動揺する。やっぱりメディエーター家のネームバリューは飛び抜けているな。俺のセリフの小物感ったらないけど。


「……分からず屋だな。なら、メディエーター家が見つけられないように縛りつけなければ。大丈夫。売り子ができなくても良い資料になる」


 リーダーらしき男はゆらりとマントから手を出し、銀色に光るそれを見せつけた。


 取り出したのはナイフ。


 それで脅して監禁でもするつもりなのだろうか。良い資料になるの意味合いはゲスの極みだがなんとなく分かる。どちらにせよ……


「分からず屋はお前らだ」


「変身の分、変われ、メタフル 」

 ヒルダが唱え終わるとすぐに、俺は現れたシンプルな剣の柄を掴んだ。



    ***



 ものの十数秒といったところか。俺が最後の一人に峰打ちをくらわせて気絶させたのは。


 剣に変身したヒルダを掴んだ俺はまず壁を駆けて円状に俺たちを囲っていた一番奥のやつに峰打ちをくらわせ、剣をそこに置いたまま猛スピードでなぞるように走って瞬殺(気絶させただけ)し、高く飛び上がって曲芸師のように回転しながらリーダーの男を斬り伏せた。


 普段筆かペンしか握ってないようなヤツがナイフ持って十数人束になろうと、刃物が絡めば俺は負けない。あれ? 俺、ちょっと危ないヤツみたいだな。


「……全く、困ったものだ」


「ホントよね。逆恨みしちゃってまあ」


「憲兵呼ぶか?」


「やめて。私が春絵サークルにいたことまでバレるから。それはメディエーター家的にちょっとかなりまずい」


 ちょっとなのかかなりなにかどっちかにしろよ。


「……まあ、まずいよな。どうする? なにか手を打たないとこいつらきっとまた来るぞ。今度は俺がいない時に」


「……仕方ないわね。最後に倒した男を剥いて」


「……は?」


 ヒルダからの耳を疑う一言。


「なぜ俺が男を全裸にしなければならない? 俺にそんな趣味があると思うか?」


「店から売り物のペンと紙持ってきといてよかった~」


 いつの間にか人間に戻って服を着ていたヒルダはカバンから筆記用のペンと紙を取り出した。


 そして紙数枚を千切ると、「変われ、メタフル」と唱えてロープに変える。そして俺にそれを投げてよこした。


 縛ってね。と言わんばかりに。


 ようやくヒルダがやろうとしていることが分かった。


「……悪趣味だぞ、お前」


 ヒルダは気絶させ全裸にした挙げ句ロープで縛った春絵サークル『グレーチーズ』のリーダーの男を精密に二枚写生し、一枚はリーダーの枕元に、もう一枚は俺のカバンの中に収めた。


『私にもしものことがあったら、この絵が街中に拡散します』という素敵な文面を添えられて。



    ***



「ただいま帰りましたー」


 ヒルダはアオネコ店長に今日稼いだ、総額二一二四〇ヤンを渡した。


 俺とヒルダが未来堂に着いたのは午後七時半だった。


「にゃる。けっこう稼いだでしゃるな」


 アオネコ店長は注意深く俺とヒルダの匂いを嗅ぐ。なにかを疑われている気がする……。


「店のペンと紙を使ったでしゃるな」


「……」


 鋭い。さすがのご慧眼。いや、慧鼻?


「道中、暴漢に襲われまして、必要経費です」


「にゃるん。じゃあ職務報告書を提出して帰宅するでしゃる」


「……はーい」


 そういえば、職務報告書ってどうやって書けばいいんだ?




「却下でしゃる」


 俺たちの冒険の書は削除された。


「……なぜですか」


 俺とヒルダは『店の文具数点とハチオージの描いた絵画一点を売り上げた。小計二一二四〇ヤン。帰り道に暴漢に遭遇し、店のペンと紙を数枚使用』と書いてアオネコ店長に提出したのだが……、


「君たちの仕事は画材と店の名を売ることであり、剣災君の名と絵画を売ることではないでしゃる」


 という理由で却下である。


「つまりケンシローの描いた絵の売り上げは未来堂の仕事に入らないと?」


「にゃーる」


「それじゃあ俺たちの今日の成果は……一二四〇ヤン」


「残念にゃがら、目に見える成果ではないでしゃる」


「……」


 卒倒しそうだ。どうやら仕事続行らしい。これは労働法に反していないのか?


「ちょっと待って下さい」


 ここでヒルダが食い下がる。低くくぐもった攻撃的な声色だ。


「じゃあケンシローの絵の売り上げはどうするんです? あなたが持っていくんですか?」


「覚魔くん、なにか勘違いをしているでしゃる。君たちが私用で儲けた二〇〇〇〇ヤンは君たちのものでしゃる。折半にでもすればいいでしゃる。しかし、君たちは未来堂の店員。未来堂の仕事もしてもらうでしゃる」


「え? じゃあ二〇〇〇〇は私のものなんですか?」


 ヒルダの声がパッと明るくなる。


「うおい! 全部持っていくな!」


 俺が描いた絵なんですけど!


「もしもーし」どこか遠くからお爺さんの声が聞こえる。


「くそっ、なんか仕事ないんですか? 与えてくれればやりますよ」


 今日一日仕事が手に入らなかった俺にはもう打つ手がない。アオネコ店長に仕事を催促する。


「もう終わってしもたんかー?」どこか店の外からお爺さんの声が聞こえる。


「言っておくでしゃるが、我が異世界画材店未来堂は人材には恵まれているでしゃるが財政的には赤字でしゃる。仕事が常にあるとは思わないでほしいでしゃる」


「なんや、聞こえてんねやろー? 未来堂はーん!」


「ねぇ、なんか聞こえない?」


 ヒルダの問いかけでようやくアオネコ店長は気づいたのか、だっと駆け出して店の扉を開けた。


「いらっしゃいでしゃる。お客さん」


 営業用のよそ行きの声。あ、あからさま……。


 そして店内に入ってきたのは、


「おお! ケンシローはん! まだ仕事しとったんか! 忠義もんやのう!」


 朝方、俺が川に落ちた絵筆を拾ってやったお爺さんだった。たしかジンエモンさん。


「知り合いでしゃるか?」


「せやせや、朝方なー。あん時大変だったんやー」


 そう言ってジンエモンさんはペラペラと朝のやり取りを話してくれた。俺に話す元気はない。


「あん時はありがとうなぁー」


「いえいえ。あれくらい剣の道を歩むものとして……」


「つまり新しい絵筆をご所望でしゃるな? ジンエモン・カネツグ・サトーさん」


「え? 店長、この人知ってるんですか?」


「ジンエモン・カネツグ・サトー。極東出身の芸術家よ。墨の濃淡を使って絵を描く水墨画家の第一人者。あんたは知らないでしょうけど」


 ご丁寧にヒルダが説明してくれる。


「そんな凄い人だったんですか……」


 つーか同じ極東出身なのに知らないとは……本当に教養ねぇな、俺。


「にゃるん。打ち合わせするのでジンエモンさん、アズのいる工房へ来て下さいでしゃる」


 ジンエモンさんはアオネコ店長に連れられて店の奥へ消えていった。


 ……と、その前にアオネコ店長は立ち止まって俺たちを一瞥する。そして、


「職務報告書を書き直すでしゃる。絵筆の依頼を貰ってきた、と」


 と言い残して工房に向かっていって姿を消した。


 俺たちはしばらく固まって顔を見合わせる。そして数秒後、現状をようやく理解した。


「今日の仕事、達成!」

 ようやく、ゆっくり休める。


次回から鋼竜関係の話になる予定です。慈悲があるなら読んでください!(必死)

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